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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

mahaera.exblog.jp

2019年 05月 01日 ( 1 )

子供に教える世界史[古代編]前1200年のカタストロフとオリエントの混乱/その5 カタストロフ前の地中海東岸

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(写真)シリアにあるウガリット遺跡(現ラス・シャムラ)。写真を探したらあったので行ったことがあるのだが、どんな場所だか覚えていない。。

これまで独立して説明はしてこなかったが、前1500年から前1200年までの地中海東岸の「レバント(現在のシリア、ヨルダン、レバノン、イスラエルのエリア)」について簡単に説明を。
この地域は世界で最初に農耕が始まった地域のひとつだったが、強力な領域国家は生まれなかった。
のちのフェニキア人の時代になっても栄えたのは都市国家。
それはこれらの都市は農業ではなく交易に依存していたからだろう。
地中海貿易は前2000年ごろから始まったクレタ島のミノア文明が牽引し、ギリシア、キプロス、クレタ、そしてエジプトを結ぶ海洋交易が盛んになった。
やがてこれにギリシア本土のミケーネや小アジアのトロイアも参入してくる。
ミケーネは前15世紀にクレタに上陸し、ミノア文明を滅ぼしたばかりか、前1250年前後にはライバルのトロイアも滅ぼす。
一方、地中海東岸のレバント地方は、北がヒッタイト、南がエジプトの勢力圏になっていた。
ただし文化的には北シリアもエジプトの影響を受けていたようだ。

ウガリットの繁栄
前18世紀ごろにエジプトに侵入した異民族ヒクソスは、このレバント地方にいた様々な民族の集合体だった。
この頃、馬を利用した戦車による戦術がエジプトに伝えられる。やがて、エジプトからヒクソスは追い出され、カナン(パレスチナ)のあたりに旧ヒクソス政権が移るが、それもエジプト新王国軍に壊滅させられたようだ。
さて、レバント地方には多くの都市国家があったが、この時代、最も繁栄したのがシリアのウガリット(現ラス・シャムラ)だった。
当初はエジプトの勢力圏だったが、次第にヒッタイトに従属するようになる。
ウガリットは貿易によって栄え、人口も5万人ほどいたという。
ウガリットが世界史で紹介されるのは、「世界初」というアルファベットが使われていたこと。
これはメソポタミアの楔形文字を簡略化して、音節ではなく表音の子音としてのみ使い、文字数もたった30字にして使いやすくした。
フェニキア文字が先だったという説もなくはないが、時期的にウガリット文字がのちのフェニキア文字のアルファベットにつながったと見る方が一般的だ。
また発見された粘土板に書かれた神話には、ヘブライ語の旧約聖書と共通する部分も多いことが指摘されている。
ウガリットの繁栄は前1200年まで続いた。
しかしこれも「前1200年のカタストロフ」(後述)の影響で、前1195年前後に都市は破壊され、復興することは二度となかった。(続く)


by mahaera | 2019-05-01 12:31 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)