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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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最新映画レビュー『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』 ドラマ部分が見ていて辛い。感情移入できずに終了


この映画の感想を書こうと思っていたのが、見たのが旅行出発前日だったので、書く時間なかった。
さて、「GOZILLAゴジラ」「キングコング髑髏島の巨神」に続く、モンスターバース第3弾。
今回は念願の大怪獣バトルが見られるとあって期待大だったが。。。なんだか、ダメな点が多すぎて、乗り切れない。

多くの人が指摘していることだが、脚本がひどい。
大人の鑑賞にはかなり目をつぶらないと厳しい。
その一方で、ゴジラ映画ファンに対する目くばせは異常なほど高く、過去作品の引用やオマージュがかなり入っている。

現実の世界に巨大怪獣が出てくるというパニック描写は、前作でやったので、今回はあくまで怪獣バトルを見せるための作り。
しかしそこに家族問題を入れて、人間の視点を子供にしたのは、お子様サービスか。
これがうまく機能していない。
それと、世界各地で怪獣が出現するというスケール感も、意外に出ていない。
というのも、登場人物たちがすぐに次の場面に移動してしまうので(時間経過が映画を見ていてさっぱりわからなかった)、これは脚本の失敗か。
なんで、この映画が1日の出来事にしか見えなくなってしまう(実際には何日かにわたる話なのだろうが)。

ドラマはひどい。で、怪獣バトルはどうかというと、もちろんいいところもあるのだが、都合3回あるゴジラとギドラの戦いが南極の吹雪の中、暗い海上、雲が立ち込める悪天候のボストンと、みなモヤっとした天気の中。
なんで、同じように見えてしまう。一つは晴れた昼間にするとか、変化をつけて欲しかった。

あと、チャン・ツィイー演じる博士が双子(モスラの小美人オマージュ)だなんて、よくわかなかったよ。写真だけでなく、せめて二人が会話するとか、同じ場面に出してくれ。映画終わって解説読んで、理解した次第。

「怪獣たちが古代文明の守護神」というのは、ゴジラというより平成ガメラで、その辺りもしっかり取り込んである。実際、前作「GOZILLAゴジラ」は、世界観は平成ガメラの方が近かったし。元は多分、クトゥルー神話なんだろうが。
ということで、期待値を大きく下回ったので★さ


# by mahaera | 2019-06-15 14:34 | 映画のはなし | Comments(0)

子供に教える世界史[古代編]中国王朝の開始 その3 殷の社会と滅亡

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(写真)甲骨文


殷は祭政一致の国家で、国王は天界と人界をつなぐ存在だった。日本で言えば邪馬台国のようなものだったのか。
ただし、古代ではエジプトのように王と神を同一視するのは珍しいことではない。

殷を支えていたのは氏族の構成員で、次第に強大な軍事力を持つようになり、周辺地域を併合していく。
一番の武器は戦車(馬が引き、御者と兵士が乗っていた)で、それを多くの歩兵が支えた。エジプトを侵略したヒクソスの戦車などと同じタイプだ(時代的にも同じくらい)。
武具としては青銅器による兜や、皮による鎧などが発見されている。


人身御供 —殷の習俗—
殷の特徴としては、多くの人身御供があげられる。
戦争捕虜が儀式の際に生贄とされたが、戦争がない時は、儀式のために戦争や侵略が行われたほど。
つまり周囲の異民族を生贄のために捕獲していたのだ(古代の中南米の文明を連想する)。
また、王や貴人の墓には殉葬も行われていた。
殉葬は動物のほかに、チベット系の羌族や、戦争捕虜、死者の家族や部下などで、多い時には一度に数百人が埋められた。
発掘から、捕虜の場合は首を切断されていたことがわかる。
また、殉葬される動物は家畜のほかに、当時まだ中国にすんでいたゾウも含まれていた。


殷墟と甲骨文
史書によれば、殷墟(中国では「商」あるいは「大商邑」という)に遷都を行ったのは殷の第19代の王・盤庚(ばんこう)で前1373年。
ただし甲骨文が見られるのは、第22代の王・武丁(ぶてい)の時代のものから。
なので、考古学的には殷墟は武丁の時代からとされている。
今までに殷墟から発見された甲骨に刻まれた文字は5000字以上で、うち1700字余りが解読されている。殷は祭政一致の国家で、占いが国家の方針を決めていた。
それに使われていたのが、亀の甲羅や獣の肩甲骨で、これに小さな穴を開けて、熱した青銅の棒を差し込む。
するとひび割れが生じ、それに虚って吉兆を占っていた。
占いの前に甲骨に、占う内容の文字が刻まれていたが、これが甲骨文字だった。

殷の滅亡
殷の時代は、その勢力範囲は黄河の中下流域がほとんどで、のちの中国王朝よりもずっと小さかった。
その周辺にはチベット系の羌族や、のちに雲南省に移り住む少数民族たちの祖先が暮らしていた。
現在の漢民族による「中国」はまだ生まれたばかり。
しかしのちに漢民族の文化は拡大していき、数千年かけて他の民族を周辺に追いやるか、あるいは同化していく。

殷が滅んだのは前1046年とされている。「史書」によれば、無能な王や暴君が相次ぎ、最後の紂王は妃の妲己を寵愛し、国を傾けた。
「酒池肉林」はその紂王の贅沢ぶりを表す言葉だ。
もっとも中国の歴史は、新しくできた王朝が編纂するので、前の王朝の最後は暴政であることがほとんど。
なので歴史的根拠はない。
ともあれ、最終的には周辺の従属国家が反乱を起こし、殷は滅んだ。
新たに王朝を打ち立てたのは、殷の西の渭水流域を統治していた「周」だ。周については、また別の項で。


# by mahaera | 2019-06-11 06:26 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)

子供に教える世界史[古代編]中国王朝の開始 その2 殷の成立

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中国最初の王朝と言われる夏王朝については歴史上まだ曖昧だが、次の王朝「殷」については文字資料も発見されており、より多くのことがわかるようになっている。
伝説では夏王朝が暴政を働くようになり、殷の湯王が天命を受けてこれを滅ぼしたことになっている。
実際、夏の都市のひとつであった「望京楼遺跡」(2010年に発掘)からは破壊と虐殺の跡が見られるという。

日本では、ひとまず殷が確認できる中国最初の王朝とされている。殷王朝の開始は前16世紀頃という。
都は何度も遷都されたが、前1300年ごろには現在の安陽市の殷墟を都として落ち着き、滅亡まで首都として栄えたようだ。

殷の初期の都は、黄河が流れる現在の河南省・鄭州にある「二里岡遺跡」と言われている。
この都市が栄えたのは前1600〜前1400年ごろで、先行する二里頭文化の影響を受け、青銅器を大々的に使用。
陶器を作る工房なども発見されている。

殷の歴代の都市の規模ははっきりしていないが、およそ1〜2万人ぐらいと推測されている。
当時、都市人口は、エジプトのテーベが8万人ぐらいいたのは別格で、ギリシアのミケーネやクノッソスなどもせいぜいこのぐらいの人口だった。最後の都となった殷墟はそれら比べるとかなり大きく、5万人以上が住んでいたと推測されている。


「殷」の発見は20世紀に入ってから

殷墟の発見の経緯はよく知られた話だ。
中国では動物の骨の化石は「龍骨」として漢方薬に使われていた。
清末の1899年にその龍骨を収集していた金石学者がその中に古代中国の文字が書かれているものがあることに気づき、それを収集。
やがてそのコレクションは金石学者の羅振玉にわたり、その出土地が河南省北部の小屯村であることがわかる。
羅振玉はここが殷王朝の都ではないかと推定し、1928年から発掘調査が始まった。
この調査は日中戦争で中断するが、多くの甲骨と青銅器が発見され、ここが殷の都であることがわかった。

それまで中国(清)の歴史学界では、「疑古派」と呼ばれる過去の史書の真偽を疑う考えが主流で、殷の存在も疑われていた。
ただし司馬遷の「史記」とほぼ一致する王名が甲骨文字から発見されたことにより、殷が存在し、ここが都であることが裏付けられた。
日本では王朝名を「殷」としているのはこの殷墟に由来するが、中国では王朝名を「商」としているので、中国の博物館で展示物を見るときは注意が必要だ。(続く)


# by mahaera | 2019-06-10 07:03 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)

ニューオーリンズ・ジャズ・フェスでのドクター・ジョンの思い出


画像に含まれている可能性があるもの:2人

ドクター・ジョンが亡くなった。
一昨年のニューオリンズ・ジャズ・フェスに行ったのは、トム・ペティが目当てだったが。その前のステージがドクター・ジョンだった。
ペティもそのあと、故人になってしまったが、ドクター・ジョンも続いて。あの時、無理してニューオリンズ行ったけど、行ってよかったな。
この時も代表曲、IKO IKOやサッチ・ア・ナイトやってたっけ。
杖をついて手を引かれてステージに出てきたけど、ピアノと歌はモノホンだった。
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# by mahaera | 2019-06-08 13:45 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)

最新映画レビュー『クリムト エゴン・シーレとウィーン黄金時代』クリムト少な! シーレの方が多い、ウィーンの芸術運動全般のドキュメンタリー

2018年/イタリア
監督:ミシェル・マリー
日本語ナレーション:柄本佑
出演:ロレンツォ・リケルミー、リリー・コール
配給:彩プロ
公開:6月8日よりシネスイッチ銀座ほかにて

先日、クリムト展を見たばかりだが、続いてクリムトやシーレを擁した世紀末ウィーンのアート運動全般を描いたドキュメンタリーが公開される。
昨日、東京都美術館で試写だったので行ってみた。

タイトルに反して、クリムトの出番はそんなに多くはなく、取り上げ方的にはシーレの方が多い。
そして画家だけでなく、映画はマーラーやフロイトなど、世紀末から第一次世界大戦までのウィーンの芸術運動を俯瞰で捉えているので、新書を一冊読んだぐらいの満足感。
映画というより、教養番組のようだ。

これから僕は初めてウィーンに行くので、映し出される美術館や建築物、カフェは見ていていい予習になった。
しかし、一時的に盛んになったウィーンの芸術も、ハプスブルグ家の崩壊とともに消える。いや、止めを刺したのは、芸術のパトロンだったユダヤ資本家たちを収容所に送り、退廃芸術としたナチズムか。
ナチ以降のウィーンでは、アートがしぼんだのも、芸術学校の試験に落ちた狂った伍長の仕業と思うと、その因果関係は残酷だ。
アドルフが画家になっていれば、その後の世界も変わっていたろう。

# by mahaera | 2019-06-07 05:40 | 映画のはなし | Comments(0)

旧作映画レビュー『ゴッドファーザー』午前十時の映画祭にて 後継教育は辛いよ


何度見たかわからない『ゴッドファーザー』だが、劇場で見たことはあったけ?と思いつつ、午前十時の映画祭ファイナル上映の劇場へ。
皆さんも機会があったら、ぜひ最後のスクリーン上映かもしれないこの機会に。

映画ファンでこの映画を見ていないってことはないと思うので、ストーリーは書かないが、ギャング映画の形を借りた家族映画であり、ファミリービジネスの後継者問題は難しいという映画。
コッポラはマフィアに全く興味がなかったが、家族を描くというテーマに惹かれたという。
DVDに入っているコッポラの音声解説は、いかにしてスタジオと戦いながらこの映画を作ったかの、グチが3時間(笑)。

マーロン・ブランドのヴィトーはもちろん素晴らしいが、この映画で一躍スターになったのはほとんど無名だったアル・パチーノだ。
スタジオはロバート・レッドフォードを推したらしいが、それでは別な映画になってしまう。

何度見ても素晴らしいのは、ゴードン・ウィリスによる撮影だ。
上からのライトで目の下真っ黒に潰してしまう画面と琥珀色の色調は、古典絵画のようだ。
スタジオは大作を手掛けるのは初めてというコッポラを心配して、技術スタッフはベテランをそろえたという。

意外にも、コッポラのファーストカットは125分。
長くなったのはスタジオの要請で(普通は逆だ)最終的に175分に。
おかげで、この映画のテンポが決まった。
特に最初の結婚式のシーンは、短かったらこの映画の雰囲気は出ないだろう。

昔は、実際の主人公であるマイケルに共感したが、今見ると父であるヴィトーに共感する。
自分が創り上げたものを、自分の子供に伝えることの難しさ。
ヴィトーには4人の子供がいるが、一番優秀なマイケルにだけは家業は継がせたくなかった。
その苦渋の選択が、この映画の肝。次のPART IIだと、今度は、二代目社長は辛いよという話になる。
★★★★★

# by mahaera | 2019-06-04 14:28 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『パドマーワト 女神の誕生』インド史上の美女をめぐる、闘いを描く歴史大作



2018年/インド
監督:サンジャイ・リーラー・バンサーリー(『ミモラ 心のままに』)
出演:ディーピカー・パードゥコーン(『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』)、ランヴィール・シン、シャーヒド・カプール
配給:SPACEBOX
公開:6月7日より新宿ピカデリー、ユナイテッドシネマほか全国で公開
公式HP:http://padmaavat.jp/


●ストーリー
13世紀末、ラージャスターンのラージプト族のひとつメーワールの王ラタン・シンは、シンガール王国(スリランカ)を訪れる。
その時、シンは王女パドマーワティと恋に落ち、彼女を妃に迎えることに。
その頃、北方のデリーでは、アフガニスタンからやってきたハルジー朝がデリーを都として力を伸ばしていた。
その中で若きアラーウッディーンは頭角を現していき、スルタン(皇帝)である叔父を殺し、ハルジー朝のスルタンの位を簒奪する。
モンゴル軍の侵入を防ぎ、「第二のアレクサンドロス」と呼ばれたアラーウッディーンに敵はいなかった。
そんな時、アラーウッディーンは絶世の美女パドマーワティの噂を聞き、軍をメーワールの都に向ける。

●レビュー
何年か前、ラージャスターンのチットールガル城塞へ行った。
行った人はわかると思うが、ここは平地にそびえる高さ150m、東西800m、南北2.5kmという軍艦のような形をした丘だ。
その周りを城壁が取り囲み、戦時には人々がこの中に避難して戦うという城市だった。
今では中は遺跡になっているが(世界遺産)、その中に「パドミニ・パレス」という建物がある。これは王妃パドミニ(パドマーワティ)のために建てられた宮殿で、その隣の貯水池の中に小さなキオスクがあった。
解説によると、そこはアラーウッディーンがパドマーワティを見初めた場所と書いてあった。
その時は、本作で描かれたパドマーワティの伝説は知らなかったので、今回は映画を見て「ああ、あの場所か」と感慨深いものがあった。

パドマーワティは、インドでは知らない者がいないという絶世の美女だ。
何しろ彼女を手に入れるために、時のスルタンが大軍を送ったほどなのだから。
とはいえ、それは歴史上の事実ではなく文学による創作だ。
1540年にイスラームの詩人が著した叙事詩「パドマーワト」で、1303年に起きたハルジー朝のメーワール王国への侵攻をロマンチックに脚色したものだが、それが人気を呼び人々の間で歌い継がれ、現代ではドラマや映画として上演されて、インドでは知らぬもののない状態になったのだ。

本作はその叙事詩をもとに、自由に脚色した歴史大作だ。
33億円というインド映画では最大級の制作費を使ったが、『バーフバリ』のような派手な戦闘スペクタクルシーンは意外に少ない。
それではその制作費はどこに消えたかというと、CG処理ではなく(もあるが)、豪華な宮殿のセットや主人公であるパドマーワティの衣装代だという。
実際、そちらを見せるシーンにはかなり力をかけていることは確かだ。
一着何百万もする衣装が、映画のために作られたという。

本作はインド映画の王道とも言える演出で、特に目新しいところはない。
美男美女が出会って恋に落ち、結ばれるが強敵が登場する。
キャラクターもぶれずに、映画内での成長も特にない。
いい人は最後までいい人、悪い奴は反省もしない。
歌や踊りもあり、安心して見られる。
『バーフバリ』みたいに、笑っちゃうほど破天荒でもでもない。
オーソドックスに堅実に作っているのだ。

映画ではハルジー朝の軍は二度にわたってチットール城を包囲する。
ただしその攻防戦が、力の戦いだけではなく、バカしあいで相手の心理を見抜いて逆手に取るのは面白かった。
メーワール国王は善人なのだが、その分、映画的には掘り下げにくく、また攻めてこられる側なので、ドラマはほとんどが悪役であるアラーウッディーンを中心に展開する。
なのでアラーウッディーン、出番は多いのだが、もう少し人物像を彫り込んで見たら(小さい頃にトラウマがあったとか、冷酷だが動物は異常に愛するとか)と思う。
まあ、インド映画でそれをやったら、観客が混乱してしまうかもしれないけど。

二人の男の闘いも見せ場としてあるが、やはりパドマーワティを演じるディーピカー・パードゥコーンの美しさが本作の最大の見どころだろう。
とにかく彼女が美しく見えるようにというのが、本作のキモなのだ。
ということで、ラージャスターンの宮殿と豪華な衣装、それにアクションを足して楽しめる2時間半。この映画はしばしあなたをインドに連れて行ってくれるはずだ。
★★★
(この記事は旅行人のウエブサイト「旅行人シネマ倶楽部」に寄稿したものと同じです)

# by mahaera | 2019-06-02 09:38 | 映画のはなし | Comments(0)