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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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子供に教える世界史[古代編](序章)先史時代・その5 ホモ・サピエンスの拡散と先行人類の絶滅

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(写真)中米のマナグアのアカウアリンカ遺跡にある、6000年前(前4000年)とされる人類の足跡。時代はずっと下るが、大昔から人類は徒歩で世界に拡散していった。

ホモ・サピエンス、世界を見る

猿人や原人は舟を作る技術はなかった
オーストラリアに渡るには、途中、海を80kmほど越えなくてはならなかったが、その頃にはカヌーなどの簡単な舟を操れるほどの技術はあったのだろう。

ホモ・サピエンスがオーストラリアに上陸した時、
そこは大型動物の宝庫だったが、大殺戮の後、
オセアニアにいた大型のトカゲや飛べない鳥は絶滅してしまう。

一方、アジアを北上していったグループは、やがてベーリング陸橋を徒歩で渡り、約1万5000〜3000年前にアメリカ大陸へ上陸する。
 
このころにはすでにアジア方面に進出していた
ホモ・サピエンスは、モンゴロイド系の外観を
持っていたようだ。アジアにいた旧人のデニソワ人と
多少の混血はあったのかもしれない。

アメリカ大陸に入り、動物を追って進む彼らのスピードは速く、
わずか3000年(1万2000年前)で、
南米南端のフエゴ島にまで到達する
前回述べた「ボトルネック効果」で、ホモ・サピエンスの遺伝的多様性は狭まっていたが、さらにその中の少数のグループがアメリカ大陸に渡り(数百家族だったのかもしれない)、それが1万5000年かけて数千万人に増えたようだ。

その証拠というわけではないが、ネイティブアメリカンは血液型がほぼ全員がO型という。アメリカに渡ったグループにO型が多かったためだろう。


ネアンデルタール人との交配はあった?

さて、7万前から1万年前にかけて
ホモ・サピエンスが世界中に拡散していく間、
世界各地には先行して渡っていた原人の末裔や
ネアンデルタール人(西アジアからヨーロッパ)、
デニソワ人(ロシア〜東アジア)も並行して暮らしていた。

異なる種の人類が同時代に生きていたのだ。

しかし次第にホモ・サピエンス以外は劣勢になっていき、
ネアンデルタール人は3〜2万年前に絶滅してしまう。

ホモ・サピエンスによる虐殺があったのか、
単に彼らが生存競争に負けたのかははっきりしない。

種としてはホモ・サピエンスとは別種なので交配はなかったという説が長らく定説だったが、遺伝子研究が進み、2016年に現在の人類のDNAの中にネアンデルタール人のものが1〜4%ほど含まれているという研究発表がされた。

逆に、サハラ以南の人々には、ネアンデルタール人の
DNAはまったく含まれていなかったという。

それが正しければ、ホモ・サピエンスはアフリカを出てまもなく、西アジアでネアンデルタール人と交配し、その子孫が世界に拡散したことになる。

つまり、現在、アフリカのサハラ以南に住む人々は、
100%原ホモ・サピエンスの血を最も強く受け継いでいる人々と言っていいだろう。

ちなみに日本人は、平均して2%ほどネアンデルタール人のDNAが残っているそうである。

一方、デニソワ人は2008年にシベリアで発見され、
2010年に未発見だった旧人のグループだと発表されたばかりなので、これからの研究が待たれるところ。

研究では、漢人、チベット人、メラネシア人などにそのDNAが含まれているそうだ。

やはりホモ・サピエンスと交配したのだろうと推測されている。

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(写真)ホモ・フロレンシアスの頭骨の化石のレプリカ(インドネシア國立博物館/ジャカルタ)

熱帯のホビット

2003年、インドネシアのフローレス島で、原人の子孫と推測される化石が見つかった。

「ホモ・フロレシエンエス」と名付けられたこの種が生きていたのは、5万年前。

すでにこの地域にはホモ・サピエンスが進出していたが、
それとは異なる人々で、大人でも身長は約1mしかない。

ちょうどこの発見の頃、ヒットしていた映画に
ちなんで「ホビット」という愛称も付けられた。

島に孤立して暮らすうちに矮小化していったのではないかと推測されているが、まだ研究が進んでいる最中だ。

彼らは島にいた小型のゾウなどを狩って暮らしていたようだ。

大型哺乳類の絶滅

ホモ・サピエンスが世界に拡散していった時代
(7万年前〜1万年前)に絶滅したのは、
ホモ・サピエンス以外の人類だけではなかった。

それまで生きていた大型哺乳類の多くが消えたのだ。

これは「第四紀の大量絶滅」として知られるもので、

ゾウ類ではマンモスを筆頭に、マストドンやステゴドン、
デイノテリウムなどが滅んだ。

少なくともマンモスは、数千年前まではまだ生息しており、人間の狩りの対象になっていたことは知られている。
生きていたらと想像が膨らむのが、

南米にいた6〜8mという巨大ナマケモノのメガテリウムと、

3mの巨大アルマジロのグリプトドンだ。

これらのアメリカ大陸にいた大型獣は、
人がアメリカ大輪に到達して以降、滅んだ。

ウォーレス線を越えたオセアニアへは海が行く手を阻み、

哺乳類が陸路で到達できなかったため(ネズミとコウモリを除く)、3mもある巨大ウォンバットのディプロトドン
2mの巨大カンガルーのプロコプトドンなどの有袋類が繁栄していたが、ホモ・サピエンスの到達以降、それらは絶滅した。

他にも、ライオンもトラもトカゲももっと巨大な種がいたが、たいてい1万年前までには絶滅している。

それらすべて人類によるものなのかは、はっきりしないが、気候の変動など、様々な要素が組み合わったものかもしれない。

それにしても、今生きていたらと、見れないのが残念だ。

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# by mahaera | 2018-05-23 10:42 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)

子供に教える世界史[古代編](序章)先史時代・その4 トバ・カタストロフと人類の出アフリカ


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(写真)カルデラ湖となったトバ湖。全体像は衛星写真で見るしかないが、火口の縁がこんなに高いということから、全体をご想像ください。温泉もあります。


7万年前に起きた「トバ・カタストロフ」とは?


インドネシアのスマトラ島に、世界最大のカルデラ湖があることをご存じだろうか? 

長さ100km、幅30km、面積は1103平方キロメートルで、

琵琶湖の約2倍、貯水量は約9倍もあるが、実はこれは超巨大噴火の跡なのだ。


7万年前、地球に再び氷期が訪れた。

これは「最終氷期」と呼ばれ、1万年前まで続いた。

最近(1998年)の研究では、7万3000〜4000年前に起きた、

トバ火山の噴火(トバ湖はこの時にできた)が、

氷期の開始だという(トバ・カタストロフ理論)。

この噴火は、過去10万年間では最大の噴火で、火山爆発指数では最大の「カテゴリー8」だ。

噴煙は地球全体を覆い、離れたインドでも2mの火山灰層ができたほど。

地球上の平均気温も3〜5度も下がり、寒冷化が数千年続いた後、

地球はそのままヴュルム氷期に突入してしまう。


ユーラシア大陸の北部や北アメリカ大陸は氷に覆われた。

寒冷化は一方で熱帯の乾燥化を加速させる。

熱帯雨林はサバンナに変わり、サバンナは砂漠に変わっていった。

陸が氷で覆われたため、海水面は最大で120メートル低下した。

現在の東南アジアの半島部とジャワ島やスマトラ島、

フィリピンの一部は陸続きになり、スンダランドを形成した。

また、オーストラリアとニューギニアもつながった。

インドとスリランカ、ソマリアとアラビア半島、北海道と樺太が陸続きになり、東シナ海の大部分も陸地になった。

べーリング海峡は陸橋となり、アジアからアメリカへは陸続きで行けるようになった。


この最終氷期が始まるまでにも、すでに何度かの氷期があり、

絶滅した種もあり、地球全体の原人たちの数はかなり減っていたようだ。

しかし、アフリカにいたホモ・サピエンス、ヨーロッパのネアンデルタール人、アジアのデニソワ人(ネアンデルタール人の近種)以外は、このトバ・カタストロフにより絶滅したのかもしれない。


わかっているのは、7万年前にはアフリカにいたホモ・サピエンスは、

1万人以下のグループ(少なく見積もる学者によれば2000人)にまで減少していたようだ。人類は絶滅の危機に瀕し、最大のピンチである。
この時にいわゆる「ボトルネック効果」が起きた。

ボトルから中身を取り出そうとすると、狭い口で一度数が絞り込まれる。

現在の人類は、この時に一度遺伝子が絞り込まれ、そこから増えたのでもともとあった多様性が失われ、少数の遺伝子の特徴を引き継いでいるというのだ。

私たちは世界を見ると人間の容姿は地域で異なり、多様性がすごくあるように感じるが、生物学的にはほとんど遺伝的特徴は均質らしい。

とにかく現在、70億を数える人類だが、遺伝的にはすべて2000人から1万人程度に減少していたホモ・サピエンスの子孫であることは確かなようだ。


トバ・カタストロフが人類にもたらした影響に「衣服の着用」がある。

寒冷化により、約7万年前にヒトは衣服を着るようになった(動物の毛皮だろう)。それがなぜわかるかというと、DNA研究(2003年発表)により、ヒトに寄生するシラミがアタマジラミとコロモジラミに分化したのが、この頃だというのだ。いや、いろんなことがわかるもんである。


ホモ・サピエンスの「出アフリカ」

 ともかく約7万年前、アフリカの乾燥化が進み、わずかに生き残っていたホモ・サピエンスの一部がソマリアからアラビア半島に渡り、拡散を始める。
このグループはインドや東南アジアを抜け、6万年前にはオーストラリアとニューギニアに達した。
一方、エジプト付近にいたグループは4万年ほど前に北上し始め、やがてヨーロッパに達した。このグループがクロマニョン人とも呼ばれる人々だ。

 移動を始めた原因は、乾燥化でアフリカが住みにくくなったためかもしれないし、マンモスなどの大型動物を追っているうちに移動していたのかもしれない。
 しかし気候の変動の影響は大きく、ホモ・サピエンスは絶滅の一歩手前だった。

今、全世界に70億いる人類が、時計の針を巻き戻したら、コンサートホールか武道館に入るぐらいの人数しかいなくなってしまうのだ。種としてはギリギリの数だ。


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# by mahaera | 2018-05-22 11:28 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)

子供に教える世界史[古代編] (序章)先史時代・その3 新人は旧人からの進化ではない?

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昔、世界史を学習した人(私たち親世代)は、人類は
「猿人→原人→旧人→新人」と進化し、

私たちは最後の「新人」であると覚えた。
ところが、最近の研究では進化は一方向ではなく、

上記の4つはそれぞれ“別な種”であるとされている。
つまり現在の人類は、分化していったいろいろな種のうちの一つで、同時代に原人も旧人も新人も暮らしていたらしい(もしかしたら猿人も)。

だから、現在のアジア人は北京原人やジャワ原人の子孫ではなく、

すべて現生人類であるホモ・サピエンスの子孫だ。
そのため、最近の学会では「旧人」という言葉は使用されなくなってきているらしい。
それでは、「旧人」として習ってきたネアンデルタール人は、

我々の祖先ではないのだろうか。


最新の教科書でも、依然として「約60万年前に、より進化した旧人が出現した。
ヨーロッパに分布したネアンデルタール人がその代表である」との表現があるが、このネアンデルタール人はホモ・サピエンスの先祖ではなく、ホモ・サピエンスの前の段階であるホモ・ハイデルベンルゲンシス(ハイデルベルグ人)から分かれた別の種であるという学説が現在は学会では主流だ。
なので、数年以内に教科書の記述が大きく変わる可能性もあるが、今のところ試験には出ない(笑)。

ホモ・ハイデルベンルゲンシスは、60万年前から40万年前に現れた種で、身長180cmと大柄。
見つかったのがドイツのハイデルベルグだったので、この名前が付けられた。しかし、のちに東アフリカでも同種の骨が見つかる。
つまり、ホモ・ハイデルベンルゲンシスはアフリカ発祥で、そこからヨーロッパに渡ったと推測されている。


これが原人なのか、次の段階の旧人なのかは意見の分かれるところらしいが、今のところ「ギリ原人だがもう少しで旧人に進化」(笑)というところに落ち着いている。
脳容量はだいぶ現生人類に近くなり、剝片石器も使っていたようだ。

このホモ・ハイデルベンルゲンシスは、ヨーロッパでは、

約20万年前にネアンデルタール人と入れ替わった。

東アジアに向かった人々は、

やがて「デニソワ人」になったと言われている。
デニソワ人は、2008年にロシアのアルタイ地方で発見されたばかりなので、いまだ研究中だが、ヨーロッパのネアンデルタール人のように、ホモ・サピエンスが来る前は西アジア以東に分布していたようだ。


ネアンデルタール人の登場


ネアンデルタール人は、西アジア(今のパレスチナあたり)から

ヨーロッパにかけて、骨が発掘されている。

名前の由来は、初期に発掘されたドイツのネアンデルタール(ネアンデル谷)から。

地球が氷期と間氷期を繰り返す時代に寒さに適応し、

居住地域を南から北へと広げていった。

彼らは狩猟採集生活を行い、数種の剝片石器を目的に応じて使い分けていた。

体毛は薄くなり、毛皮をまとっていた。

言語があったかどうかはわからないが、簡単な言葉の疎通は可能ではあったかもしれない。

家族や少人数のグループで暮らし、すでに病人の介護をしていたとみられる様子も見られる。

イラクでは、歯が抜けた老人の化石が発見された。

つまりその歳まで、誰かがお世話していたということだ。


意外にも、ネアンデルタール人の脳容積は現代の人類よりもやや大きく、死者を埋葬する習慣も持っていた。

見た目だが、かつての毛むくじゃらの姿は疑問視されていて、現在では肌が白く、現在のヨーロッパ人に似ていたかもしれないとそれている。

北方に長く暮らすうち、皮膚や髪の毛の色素が変わっていったと。

このネアンデルタール人は、かつてはホモ・サピエンスの先祖と言われていた時期もあった。

これは世界各地にいた旧人が、別々にホモ・サピエンスに進化したという、「多地域進化説」によるものだ。北京原人の子孫がアジア人に、ジャワ原人の子孫がアボリジニに、ネアンデルタール人の子孫がクロマニョン人になったという具合だ。

年配の方は、今でもこの説で覚えている方もいるだろう。

しかしそれに対して、ホモ・サピエンスはアフリカから世界に拡散したという「アフリカ単一起源説」が1987年に発表される。

そしてヒトのDNAの解析ができるようになった現在では、後者が正しいと決着がついている。現在の人類の祖先は、20〜14万年前にアフリカに現れたホモ・サピエンスが世界に拡散したのだ。では、なぜホモ・サピエンスが拡散したか。それは7万年前に起きた“あるできごと”が原因なのだが、それはまた。


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# by mahaera | 2018-05-21 16:14 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)

子供に教える世界史[古代編] (序章) 先史時代 ・その2 原人の登場

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(写真)ジャワ原人の頭骨のレプリカ(サンギラン博物館)。かつてはピテカントロプスと言われたが、今はホモ・エレクトゥスの亜種。脳の容量がまだ小さいことがわかる。火は使用していなかった模様。


約240万年前・原人の登場


258万年前から1万年前まで、地球は「更新世」という15回にわたる断続的な氷河時代に入り、その間、氷期と間氷期が繰り返された。

氷期には北極と南極の氷の面積が増え、海面が下がり陸地面積が増える

その間、陸地の氷も増え、大気の水分が循環しにくくなり、暖かい地域では乾燥化が進んだ。

環境の変化により、多くの種が絶滅したり、

新たに環境に適応した新しい種が生まれたりすることもあった。


アフリカに「原人」が登場したのもそんな時代だった。

原人の登場も以前は約180万年前とされていたが、

2013年の教科書では約240万年前にさかのぼっている。

原人は脳の容量が猿人の約2倍になり、石器の他にも火を使用するようになった。

身長は140〜160cm。全身には体毛がまだ生えていた。


有名な原人は、「ホモ・エレクトゥス」

この昔の呼び名である「ピテカントロプス・エレクトゥス」の方が馴染みあるという人は、ある程度の年齢の方(笑)。

ジャズのチャールス・ミンガスの名盤『直立猿人』の原題であり、

1982年に原宿にオープンした“日本初のクラブ”の名前でもある。

しかし現在、学術的にピテカントロプス属は廃止されているので注意だ。


ジャワ原人と北京原人


このホモ・エレクトゥスにはいくつかの亜種がある。

みなさんも、ジャワ原人と北京原人の名前ぐらいは聞いたことがあるはず。

大陸の形は同じでも、氷期には海面が下がるため、

水深の浅い海は陸となり、徒歩で渡れるようになる。

アフリカを出たホモ・エレクトゥスは、現在のソマリアと地続きだったアラビア半島を経由して、東南アジアにあった陸橋を通り、現在のジャワ島に達した。


1891年にインドネシアのジャワ島で発掘されたのがジャワ原人だ。

180〜170万年前にいたというが、いまだ全身の骨は見つかっていない。 

1920年代には北京郊外の周口店で、北京原人の骨が発見された。

しかしその骨は日中戦争中に紛失し、次に北京原人の骨が発掘されたのは1966年のことだった。

北京原人が生きていたのは、ジャワ原人よりも時代がぐっと下がった70万年前。

火や握り斧を使用していたようだ。


この原人たちは夜は洞窟で暮らし、昼間は狩りで暮らしていた。

この時代は、マンモスやマストドンなどのゾウ類も豊富な大型哺乳類の時代でもあり、食べ物には事欠かなかったろう。

こうした大型哺乳類を捕獲するのには、集団で狩りを行う必要があり、頭も使わねばならなかった。

簡単な言語を使っていたという説もある。


火の使用の始まり


この時期から始まった火の使用は、人類の進化において石器の使用に次ぐ飛躍で、

人類が手に入れた最初のエネルギーだった(次は電気だろう)。

暖をとり、獣から身を守り、夜間の活動ができるだけでなく、「調理」が発明されたのだ。


たんぱく質は加熱により、栄養を摂取しやすくなる。

例えば肉を食べる場合、生よりも火を通した肉の方が柔らかくなり、消化も早い。

調理にかかる時間は増えても、食べる時間は短く、体に栄養もより行き渡りやすくなる

また、多くの植物(改良された現代の野菜を想像してはいけない)は、生では有毒成分があり、それまでは食用にならなかった。

しかし加熱により、根菜類なども食用になる。

こうして栄養が体に行き渡るようになったことが、人の脳の発達につながったという説がある(人間は全体で消費するエネルギーの20%が脳に使われているという)。

火の使用が、人間が食べられるものの種類を増やしたことは確かだろう。

「料理によって人間は頭が良くなった」と言えるかもしれない。


続く


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# by mahaera | 2018-05-20 10:49 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)

子供に教える世界史[古代編] (序章) 先史時代 ・その1 サルからヒトへ〜人類の誕生

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(写真)ジャワ原人の骨が発掘されたサンギランのジオラマ。本当にこうだったかは、不明。。

これから時間を見て、前に連載していた「子供に教える世界史」、古代にさかのぼり毎週末にアップしていく予定です。

前回は本にまとめてはみたものの、「産業革命」からで、自分的には大好きな古代史のことを書けなくて、不本意。なんで仕事の合間になってしまいますが、ちょこちょこと書いていきます。

タイトルの「子供に教える」は、もともと息子の大学受験のために世界史を毎週教えていたから。

受験勉強としての世界史も大事かもしれないが、我々はどうしてこんな世界に住み、このようなシステムの中で暮らしているのかを知って欲しかったから。ここに至るまでの長い歴史を知れば、ニュースを聞いて感じることも違うだろう。

先史時代とは?

「先史時代」とは、文字が発明され、文献が残された「歴史時代」以前のこと。歴史時代は、一般的には最初に文字が発明された前3500年ごろ、シュメール人の登場あたりからだ。

高校生が使う世界史の教科書では、この先史時代は最初の方で取り上げられているものの、大学受験で出ることは稀だ。ボリュームが少ないこともあるが、最大の理由は現在も毎年のように新発見が相次ぎ、教科書には取り上げにくいためだろう。

しかし、だからといってここをスルーしないで欲しい。私たちがいったい何もので、そもそも「人類」がどうして生まれたか、そしてどんな道のりを経てここまで来たか、その原点があるからだ。

そして、現在30代以上は、おそらく学校で学んでいた「先史」とは、かなり違うことに気づくはずだ。


人類の誕生・サルとヒトはどう違う?

生物学的に言うと現在のヒト(ホモ・サピエンス)は、「サル目ヒト科ヒト亜科ヒト属ヒト亜族」の種となる。長い(笑)。

ヒト科はオランウータンなどの類人猿を、その下のヒト亜科はゴリラとチンパンジーを含んでいる。

そこから先、ヒトの祖先がサルと分化して「ヒト属」になった時点が「人類の誕生」で、ここが先史時代の始まりだ。

サルとの違いは、二本足歩行をし、犬歯が退化していること。

もうサルではないが、まだヒトとは呼ぶには原始的な「猿人」の誕生だ。


この猿人の誕生だが、私が高校生の頃は約350万年前だった。

しかし、2007年の山川出版社の歴史教科書(以下「教科書」とあれば山川出版社の「詳説世界史B」を指す)では約500万年前になり、2013年以降はそれが約700万年前と、その時代がどんどん古くなっている(Wikiでは約600万年前)。近年になり組織的な発掘が進み、アフリカでは次々とより古い時代の猿人の痕跡が発見されるようになった。

なかでも有名なのは、1994年にエチオピアで日本人学者が発見した「ラミダス猿人」だ。

これは約450万年前に生きていた原人で、当時、最古の猿人記録を更新した(その後、さらに古い猿人サヘラントロプスの化石が2001年にチャドで発見された)。

身長は120cm、脳の大きさはヒトの半分ぐらいで、まだチンパンジーに近かった。


ラミダス猿人が暮らしていたアフリカ地溝帯は、当時乾燥化が進み、森林がまばらになり、草原化が進んでいた。

木と木との間を移動するにも、我々の祖先は地上に降りざるをえなかったのだろう。

ラミダス猿人は直立歩行もしていたが、足でも物をつかめ、長く歩くのは不向き。

樹上生活と地上生活を半々にしていたようだ。


メスに食べ物を運んだのが進化のきっかけ?

直立歩行は両手が空く。つまり手を使って食糧を運び、道具を使用できるようになるのだ。

最近では、「直立歩行が進化したのは食糧を運ぶため」という食糧運搬説が注目されている。

猿人は一夫一妻制で、オスが子育てをしているメスに食糧を運ぶ必要があり、食糧を抱えるのに有利なように直立歩行に進化したという説だ。

この説によると、一夫一妻制が人類の進化を促したことになる。

それが本当なら、人類は誕生した時からオスがメスのために働くのは宿命だったのかもしれない(笑)。


猿人の代表格・アウストラロピテクス

その少し後の約420万年前に、「アウストラロピテクス(南の猿の意味)」が登場する。

化石の発見は1924年に南アフリカで。

もっとも有名なアウストラロピテクスは、1974年にエチオピアで発見された「ルーシー」だ。

名前の由来は、その時に作業場で流れていたビートルズの曲からという(流れていたのはビートルズのオリジナルではなくて、その少し前に発売されて大ヒットしたエルトン・ジョンのカバーの方か気になるが)。

それまで断片的にしか骨が発見されていなかったアウストラロピテクスだが、ルーシーには全体の40%の骨が残っていた。

ちなみにこのルーシーの復元模型が、上野の国立科学博物館にある

アウストラロピテクスはラミダス猿人とは異なり、土踏まずがあり(樹上生活はほとんどなかった証拠)、草原で集団生活し、簡単な石器(打製石器)を使い、肉も食べていたことがわかっている。

石器は獲物を倒すためというより、他の肉食動物の食べ残りの骨を割り、中の骨髄を食べるために使っていたようだ。このころの人類はまだ、集団で狩をするほどは強くはなかったのだ。


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# by mahaera | 2018-05-19 12:47 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)

最新映画レビュー『イカリエ-XB1 デジタル・リマスター版』 1963年のチェコ製SF映画のリバイバル



1963年/チェコスロバキア

監督:インドゥジヒ・ポラーク
出演:ズデニェク・シュチェパーネク、フランチシェク・スモリーク
配給:コピアポア・フィルム
公開:5月19日より新宿シネマカリテほか全国にて順次公開

ちょっと珍しい、1963年のチェコスロバキア製SF映画
のリバイバル上映。ポーランドのSF作家
スタニスワフ・レムの小説「マゼラン星雲」が原作で、
22世紀後半、アルファ・ケンタウリ惑星系を目指して、
生命の調査の旅に出た宇宙船イカリエ-XB1を描いたもの。

時代的には「ウルトラマン」や「スタートレック」が
始まるちょっと前だけど、宇宙船内のデザインは、
のちの「2001年宇宙の旅」にもつながる、未来感。
装飾を廃し、直線で構成される現代建築の影響下のセットは、
今見ると失われた未来を見ているようだ。
しかしスペースオペラのSF映画を見て育った人にとっては、
非常に地味な映画だろう。だって宇宙人や怪獣も出てこないし、
大スペクタクルもない。CGは当然ないが、
ミニチュアや合成以外の特撮もほとんどない。
なので、俳優のセリフや演技で、話を運ぶしかない。やはり地味だ。

しかし、僕が子供の頃のSFってこんなものだったような気がする。
SFは子供向けでなく、大人向けで、
そして科学と哲学がせめぎ合うものだった

派手な爆発とか、撃ち合いとかもなく、
淡々と未知なものを解明していくのが主流。
本作も、イカリエ-XB1 がアルファ・ケンタウリに着くまでの
船内の様子と人間模様を描くだけだ。
大きな事件は2つ。不審な漂流船を発見するのと、
ダークスターの影響で船内の人々の精神や身体が病んでいく
という2つのエピソードだ。
危機は危機だが、派手さはない。
現在の文明批判的なものも少しは含まれるが、
それほど深追いもしない。

では、つまらないのかというと、そういうわけではない。
セットのディティールとか、結構気になって見てしまう。
そして、「あの頃は、こんな未来感を持っていたのか」と、
図鑑を見ているような気になるのだ。
45分のSFテレビドラマを2本見たような気分。
ただ、疲れている時に見たら、寝るかも
『惑星ソラリス』がそうだった(笑)
★☆


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# by mahaera | 2018-05-17 11:18 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』 ダメ人間たちによる悲喜劇だが愛おしい



GW中に上映している映画、大作もあるが僕が一番良かった映画は、実は「レディプレイヤー1」でも「インフィニティウオー」でもなく、「パティケイク$」と本作。
特に本作は、「好き」というだけでなく、
映画としての出来も非常に高い。

1994年に起きた女子フィギュアスケートの
「ナンシー・ケリガン襲撃事件」を、ある年齢以上の方なら覚えて覚えているだろう。
しかし、ほとんどの人はうろ覚えだろう。
映画でも語られているように、中にはライバルのトーニャが直接暴行したと思っている人もいるかもしれない。

本作は、その事件を核に、トーニャの半生を本人や元夫、
母親などの証言をもとに、そしてさらに本人たちの意見を
役者がカメラ目線で語ったり、最後には本人たちの
インタビュー映像を流したりと、面白い距離感でつづる悲喜劇だ。
監督は隠れた名作『ラース、とその彼女』クレイグ・ギレスビー
今回も、笑いと哀しみのブレンド感が絶妙
登場人物のあまりのゲスさに笑いながらも、
そうしか生きられなかった貧富によるアメリカの階級社会も感じる。

1970年、トーニャはポートランドの貧しい白人家庭の家に生まれる。
父親は母ラヴォナの4番目の夫だったが、
トーニャが幼いうちに家を出て行った。
トーニャは4歳でスケートを始め、激しい罵倒や虐待の中で
育ちながらも、その才能を開花させていく。
貧しいながらも母ラヴォナはトーニャを教室に通わせていたが、
それは貧乏から抜け出るためだった。
15歳の時、トーニャはジェフと出会い、やがて結婚。
ジェフもまた暴力を振るうダメ夫だった。
1991年にトーニャはアメリカ人で初めてトリプルアクセルに成功し、たちまち脚光を浴び、翌年、オリンピックに出場。
しかし、“育ち”の壁はなかなか越えられない。
彼女はアメリカ人が求める、洗練されたスポーツ選手ではなかった。
そして、1994年、選考会を前にライバルである
ナンシー・ケリガンが暴漢に襲われる。

トーニャもその母親も、夫も、とにかく出てくる人間がクズばかりで、笑える(そして本人にその自覚が全くない)。
「毒親」という言葉があるが、この母親はまさにその典型だ。
トーニャを言葉や暴力で支配するが、
娘は自分のおかげでスターになったと思っている。
強烈な印象を残すこの母親を演じるアリソン・ジャネイは、
本作でゴールデングローブ助演女優賞を受賞したが、当然だろう。
夫のジェフも典型的なホワイトトラッシュ根性が染みついている男で、
気が弱いくせに都合が悪くなると暴力を振るうDV男。
そして降られるとストーカー化する粘着男。
演じるのはウインターソルジャーことセバスチャン・スタン
しかしトーニャも暴力で対抗する。
トーニャも傲慢で、自己中心的だ。痛いバカップルだ。

そして、その3人に後半加わるのが、最も痛い男
ジェフの友人でトーニャのボディガードとなる、ショーン。
いい歳で親と同居しているニートだが、自称、国家の対テロ対策顧問を務めたことがあるスペシャリスト(実は一度だけ記事を寄稿したことがある程度)。
自分を百倍ぐらいに大きく評価し、彼に雇われた男によって
ナンシー・ケリガンは選考会会場で殴打されてしまう。
痛い。とっても痛い。

で、こうしたゲスな人々を見て笑ってはいるものの、彼らを少しも嫌いになれない。
むしろその破壊力に、すました社会が引っ掻き回されるのを「やれ!やれ!」と応援したくなる。
もうこんな環境で育ったら、こうなるでしょう。
彼らのしていることは本当にゲスだが、そんな底辺がないことにしている社会もどうなのと。
トーニャがスケート界から追放されるシーンの頃には、
どんなにゲスでもそこまでしなくてもという気持ちになっている。
彼女が唯一、人に誇れるものを奪っていいものなのかと。

実際のトーニャは、2000年代に入り、恋人に暴行して逮捕されたり、プロボクサーに転向したり、格闘家になったりもするなど、相変わらず波乱に満ちたイタい人ぶりを見せているが、必死に自分の人生を生きていることには変わりない。
もちろん、映画は映画で、実際とは違うようだが、
笑って楽しみながらも、いろいろ考えさせてくれる作品だ。
★★★★

追記
・主演のマーゴット・ロビーの顔がヴァン・ダムに似ているのが気になった

・フリートウッド・マック「ザ・チェンイン」、シカゴ「長い夜」などの往年のロックの選曲が、いちいちはまった

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# by mahaera | 2018-05-12 12:17 | 映画のはなし | Comments(0)