人気ブログランキング |
ブログトップ

旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

mahaera.exblog.jp

カテゴリ:音楽CD、ライブ、映画紹介( 168 )

名盤レビュー/ザ・バーズ  The Byrads その7 ●『バーズ博士とハイド氏』 - Dr.Byrds & Mr.Hyde (1969年)

b0177242_08465719.jpg
デビュー4年目、7枚目にしてとうとうロジャー・マッギン一人になってしまったバーズ。
ここでおしまいかと思ったら、メンバーを補完して再スタート。しぶといマッギンだが、ソロにならずにあくまでバンドとしての形態にこだわったのはなぜだろう。

まず前作『ロデオの恋人』の録音の時にサポートとして参加したセッションギタリストのクラレンス・ホワイトが、1968年7月にバンドに加入。演奏能力が高いホワイトの加入によって、バーズはこの後しばらくはライブバンドとして活動することになる。そして音楽路線はグラム・パーソンズがもたらしたカントリー路線も継承しつつも、それまでのロック路線に少し戻して続けることに。

ドラムにはホワイトの元バンド仲間ジーン・パーソンズを入れ、10月にはベースにジョン・ヨークという新四人編成でのスタートとなった。
ただし今までのボーカル複数体制は崩れ、本作は全曲マッギンがリードボーカルに。
録音は10月から12月にかけて行われた。バーズお得意のコーラスは入るも、なんだかバーズぽくないのもそのせいか。
ということで、バーズのアルバムの中でも、最も印象が薄いアルバムかもしれない。

新生バーズのこのアルバムは1969年3月に発売された。
A-1『火の車』 こ存じザ・バンドでもおなじみのディランとリック・ダンコの共作。新生バーズもディラン作品をやりますよってことなんだろうが、何度聴いても演奏や歌がよれているように。難しい曲だけど。
A-2「Old Blue」カントリー曲だけど、これは演奏も歌もまとまっている。
あとはインストのA-5「ナッシュビル・ウエスト」もいい感じ。最後のB-5はなぜか「My Back Pages」の再演からのメドレーになっている。

一人になったマッギンが頑張ったアルバムだが、本アルバムはアメリカでは最高位153位と全く振るわず。ホワイトのギターはいろいろ聴きどころもあるのだが、まだまだ。多分リズム隊が重いのが、このアルバムをまったりした雰囲気にしているのかもしれない。シングルはアルバムには未収録のディランのカバー『レイ・レディ・レイ』が5月に発売された。


by mahaera | 2019-08-18 08:49 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)

名盤レビュー/ザ・バーズ  The Byrads その6 『ロデオの恋人』 - Sweetheart Of The Rodeo (1968年)


b0177242_08334966.jpg
僕がザ・バーズで一番好きで、一番聴いた、そして今も聴いているアルバムがこの『ロデオの恋人』だが、一番、ザ・バーズらしくないアルバムとも言える。
まず、1曲めの「どこにも行けない」にノックアウトされる。こんな気持ちがいい曲、ない。
カントリーなど聞かない僕でも、この曲の素晴らしさ。陽気なコーラスの中にどこか不安と悲しさも混じる、カントリーロックの名曲だ。

1967年、モンタレーポップフェスに出た後、バンドの主導権争いに敗れたオリジナルメンバーのデビッド・クロスビーが脱退。続いて『名うてのバード兄弟』録音中に、すでにドラムの力量が疑われていたやはりオリジナルメンバーのマイケル・クラークは解雇されてしまう。
4人組のバーズは2人になった。ビートルズで言えば、リンゴとポールがいなくなるようなものだ。
残ったのはリーダーのロジャー・マッギン、バーズに入ってからベーシストになったクリス・ヒルマンの2人。
しかしヒルマンはこの頃には徐々にベーシストとしても上達し、またバンド内での発言権も増していた。

ともかくメンバーの補完を、ということでマッギンはキーボーダーを欲しがった。
そこでヒルマンが見つけてきたのが、インターナショナル・サブマリンバンドのボーカル&ギタリストのグラム・パーソンズだった。パーソンズはキーボードも弾けた。
しかし、マッギンの思惑は外れる。もともとマンドリン奏者だったベースのヒルマンは大のカントリー好き。
パーソンズと意気投合し、バーズを一気にカントリーの世界に引き込んでしまう。

パーソンズはカントリーの聖地ナッシュビルでの録音を提案。ナッシュビルではすでにボブ・ディランが現地のミュージシャンを使い『ブロンド・オン・ブロンド』(1966)や『ジョン・ジョンハーディング』(1967)という名盤を産んでおり、ロックミュージシャンにも注目されていた。ドラムにはヒルマンのいとこでライ・クーダーらと活動していたケヴィン・ケリーが入り、4人はナッシュビルへ。

ということで完全にヒルマンの人選でメンバーが決まった新生バーズ。そしてここではグラム・パーソンズが作曲、リードボーカルなどで大活躍。ちなみに全11曲のうち、リードボーカルの内訳はマッギン6曲、ヒルマン2曲、パーソンズ3曲。バーソンズはもっと多かったが、脱退したため、歌をマッギンに差し替えられた。

出来上がったこのアルバムは、まさにカントリーロックの名盤にふさわしい
というより、ここからカントリーロックが始まったと言ってもいい。8ビートのドラムに乗ってベースがブンブンいうのはロックのリズムだが、上に乗るのはカントリー。
そしてスティールギターやマンドリン、フィドルが曲を彩る。ロックしか聴かない人には、イーグルスの源流といえばわかるだろうか。

今までもボブ・ディランの曲をカバーしてきたザ・バーズだが、ここでは2曲をカバー。「どこにも行けないYou Ain't Goin' Nowhere」と「なにも送ってこないNothing Was Delivered」。共に当時は未発表曲で、のちにザ・バンドとビック・ピンクで録音したデモ集『地下室』、ベストアルバムの『グレーテストヒッツ第2集』で発表された。

A-1「どこにも行けない」は名曲中の名曲だが、このザ・バーズのバージョンがディランをしのいでいる。カントリーロックの誕生を告げると言ってもいい。ゲストのリロイド・プラウンのペダル・スティールギターに導かれて始まるこの曲は、とにかくリズムが気持ちいい。なんてことない曲だが何十回でも続けて聴ける心地よさがある。

フィドルのイントロから始まるA-2「私は巡礼」はスタジオミュージシャンを使って録音した曲で、ヒルマンがアコギと歌、マッギンはバンジョー。
A-3のカントリーワルツ「クリスチャン・ライフ」にはのちにバーズのメンバーになるクラレンス・ホワイトも加わっている。A-4の「涙の涸れるまで」もカントリーワルツ。
A-5の「思い焦がれて」はパーソンズがリードボーカルでドラムのリズムが気持ちいい。後ろのペダルスティールとカントリー風味のピアノも効いている。
A-6「プリティ・ボーイ・フロイド」は、1920年代の銀行強盗のことで、ウディ・ガスリーのカバー。ヒルマンのマンドリンが聴ける。

B-1「ヒッコリー・ウインド」はパーソンズがボーカルの静かなカントリーワルツ。
B-2「100年後の世界」はこのアルバムの中で唯一、以前のバーズらしいハーモニーが聴けるロックビート曲。ペダルスティールがなければ前のアルバムに入っていてもおかしくないし、70年代のカントリーロックの曲と言われても通用する。
B-3はヒルマンがボーカルの「ブルー・カナディアン・ロッキー」。ギターはクラレンス・ホワイト、パーソンズはピアノを弾いている。
B-4「監獄暮らし」はパーソンズがボーカル。
そして最後のB-5はディラン作の「なにも送ってこない」。Aメロがドラムはシャッフルだが、他のリズム隊はあまり跳ねていない不思議な感じで進み、Bメロで普通の8ビートになるという、CCRの「ミッドナイトスペシャル」につながる感じ。これも名演。

録音は1968年の3-4月に行われ、まずは3月録音から「どこにも行けない」がシングルカットされ、4月に発売。しかしチャート的には最高74位と振るわなかった。
アルバムは8月30日に発売。アルバムは高評価を受けたが、ファンは以前のバーズとは別バンドになってしまったことに戸惑いを覚えた。ビートルズの新作がイーグルスのようなものだったらという感じだ。

しかしアルバムがリリースされる前に、パーソンズはバーズを脱退してしまう。録音時点では、11曲中6曲がパーソンズがリードボーカルで、リーダーのマッギンはバンドがパーソンズに乗っ取られたことを快く思っていなかった。
そしてこれは何よりもバーズのアルバムで、パーソンズのアルバムではない。マッギンとパーソンズは何かと対立し、パーソンズはアルバム発売前のヨーロッパツアーで仲良くなったキース・リチャーズと行動を共にして、バーズの南アフリカツアーに行かなかった。これにより、脱退、というか解雇されてしまう。
そして急遽、パーソンズのリードボーカル曲6曲のうち、3曲をマッギンの歌に差し替えて発売することになったのだ。

パーソンズの解雇と共に、オリジナルメンバーでベーシストのクリス・ヒルマン、ヒルマンが連れてきたドラムのケヴィン・ケリーも脱退。というかヒルマン人脈がこぞっていなくなった。これによりバーズはロジャー・マッギンただ一人になってしまった。しかしマッギンはザ・バーズ=自分と思っているので解散はせず、バンドは続行することになる。

アルバム『ロデオの恋人』は当時は受けなかったが、70年代に入りウエストコーストロックが流行ると、その源流として再評価されることになった。
現在発売されているのは通常盤の他に、7曲のボーナストラックがついたデラックス版と、パーソンズがいたインターナショナルサブマリンバンドと差し替え前のパーソンズのリードボーカル版が聴けるボーナスディスクがついた2枚組のレガシーエディションがある。

最後に、ザ・バーズを脱退したパーソンズとヒルマンは1968年から1971年までカントリーロックバンドのフライング・ブリトー・ブラザースを結成して活躍。
ここにはのちにイーグルスを結成するバニー・レイドンもいた。パーソンズは70年にそれも脱退し、ソロになるが2枚のアルバムを出した後、1973年に麻薬の過剰摂取で死亡
ドラマーのケヴィン・ケリーはしばらく活動していたが、1973年頃には音楽業界から引退。
ヒルマンはフライング・ブリトー・ブラザース解散後、スティーブン・スティルスと1972年にマナサスを結成する。


by mahaera | 2019-08-16 08:38 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)

名盤レビュー/ザ・バーズ  The Byrads その5 ●名うてのバード兄弟 The Notorious Byard Brothers (1968)

b0177242_12054440.jpg
『昨日よりも若く』に続くバーズの新作は難航したようだ。本作の録音は1967年6月から12月にかけてで半年かかっている、発売は翌1968年1月。
レコーディングに取り掛かったのは、前作、前々作と同じロジャー・マッギン、デビッド・クロスビー、クリス・ヒルマン、マイケル・クラークの4人布陣だったが、アルバム発売時には半分のマッギンとヒルマンだけになっていた。

収録曲に関して、マッギンとクロスビーが対立した
まずシングルとして1967年10月にキャロル・キングとゲリー・ゴフィン作の「ゴーイン・バック」が発売された。
これは前年にダスティ・スプリングフィールドのシングルとして出たカーペンターズぽい曲だが、クロスビーは自分の曲(Triad)を外されて、他人の曲のカバーを取り上げたことが気に食わなかったと言う。
1967年6月17日にモンタレー・ポップ・フェスにバーズとして出演していた頃には、その不満がたまっていたようだ。
その後10月にバーズを脱退する。

困った残りのメンバーは、初期バーズの中心メンバーだったジーン・クラークにバンドに戻らないかと打診する。
初期バーズのオリジナル曲の多くを書いていたのはジーン・クラークだったからだ。
しかしそれもうまくいかなかったようで、ジーン・クラークは2曲のコーラスと1曲の作曲に参加しただけで、2週間でまた脱退。

また、このアルバムの録音中に、ドラムのマイケル・クラークも演奏の力量がないということで、ドラムを叩いたのは半数ほどの曲に。
もともとバーズに入る前はコンガ奏者だったという初心者ドラマー。
あとはセッションミュージシャンのジム・ゴードン(のちにデレク&ドミノス)とハル・ブレインがドラムを叩いた。
オリジナルメンバーなのにマイケル・クラークは、12月にはマッギンらに解雇されてしまう

そんなゴタゴタが続きようやく発売された本作は、「バーズのサージェントペパーズ」と呼ばれるようにバラエティに富んだ内容になっている。
1967年、ビートルズの「SGTペパーズ」、ドアーズの「ハートに火をつけて」、ストーンズ「サタニック・マジェスティーズ」、クリーム「カラフル・クリーム」が出て、モンタレー・ポップフェスでは、ジミヘン、フー、オーティス・レディング、ジャニス・ジョプリンが会場を沸かせていた。
バーズもサイケデリックの次の目標を模索していたのだろう。
ホーンセクション、ストリングスを大胆に入れ、クラレンス・ホワイト、ジェームズ・バートンといったセッションミュージシャンも使った。
収録曲はA面6曲、B面5曲の11曲。共作が多いが、キング=ゴフィンのカバー2曲を除くと、メインのソングライター別にみると、マッギン2曲、ヒルマン3曲、クロスビー3曲、ジーン・クラーク1曲となる。ブロデューサーはテリー・メルチャーとゲイリー・アッシャー

A-1「人造エネルギーArtificial Energy」はマッギン作。
いきなりホーンセクション(と言ってもビートルズに比べるとかなりチープ)から始まる。新しい作風の曲。
A-2はクロスビー脱退のきっかけとなったキング=ゴフィンの「ゴーイン・バックGoin' Back」。確かにシングルヒットも狙えそうないい曲だ。前述のようにダスティ・スプリングフィールドのほか、キャロル・キングの自演もいい。
A-3「自然なハーモニーNatural Harmony」はヒルマン単独作のこれまた美しい曲。
A-4「Draft Morning」はクロスビー作の反戦歌だが美しい曲。途中に進軍ラッパや戦争映画の効果音が入る。声もよく、クロスビー作のベストトラックの一つ。
A-5「Wasn't Born To Follow」もキング=ゴフィンのカバーで、カントリー調になっている。
カントリーワルツ風のA-6「Get To You」は呼び戻されたジーン・クラークがメインのソングライターだったが、アルバムのクレジットからは消されていた。5/4と3/4拍子が交互にくる。

B-1「今が転機 Change Is Now」、B-2「年老いたジョン・ロバートソンOld John Robertson」はヒルマンがメインの作品。「年老いたジョン・ロバートソン」は珍しくクロスビーがベースを弾き、ヒルマンがギターを弾いている軽快なカントリー風の曲。
B-3「部族集会Tribal Gathering」はクロスビー作でジャズの「take5」のような5拍子の曲。
B-4「Dolphin's Smile」もクロスビー作。
最後のB-5「Space Odyssey」はマッギン作で、SF作家アーサー・C・クラークの「2001年宇宙の旅」にインスパアされた曲という。

アルバムからはこれといったヒット曲は出ず、またキャッチーなメロディーの曲もないが、本作をバーズのベストアルバムに推す人は少なくない。
ヒットチャートは最高位47位と振るわなかったが、批評家には高く評価された。聴いているうちにだんだん味が出てくる類のアルバムかもしれない。

ちなみにジャケット写真に写っているのは、マッギン、クラーク、ヒルマンの3人で、クロスビーの姿はなく、彼がいるべき位置からは馬が顔を出しているのは偶然か、それとも嫌がらせかも話題になった。
まあ、でも一度は聞いてみるべきアルバムかも。
僕も最初はピンとこなかったが、30回ぐらい聴いていたら、スルメのようにいつの間にか好きになっていた
by mahaera | 2019-08-15 12:07 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)

7月28日、初フジロックでした

b0177242_08483205.jpg
日曜日、フジロック、初参戦してきました。
日帰りですが、朝までは今の体力では無理。
何かをフルで見たというよりは、流し見しながら、会場の雰囲気を味わう感じ。
特に見たいお目当はなかったので。


b0177242_08484755.jpg

イタリアのバンド、タイのバンド、カリブ?のバンドなど、世界各国の音楽が聴けたのが良かったかな。
もはやロックは少数派という感じ。
出演者の半分は日本からだし。
ステージごとに、もっと特色があってもいいかなと思った。

b0177242_08492211.jpg
日帰りでも、一日券2万、交通費一万五千、飲食など3000円、僕の場合、それにリュックやレインジャケットなど2万近い別出費もあり、お金がないと行けないなーというフェスでもあった。
b0177242_08494000.jpg

日曜日は天気も良く、夕方に少し雨が降っただけ。
途中、晴れ間も出て、かなり蒸し暑くもなった。
前夜の豪雨のあとはあちこちにあり、川が濁流と化していた。
キャンプの人たちは大変だったようだ。
客層は高額な分、意外に高く、小さな子供を連れた親子連れが目立った。
主力は40代前半?
まあ、でも天気次第のフェスなんだろうなぁ。
by mahaera | 2019-07-31 08:49 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)

ニューオーリンズ・ジャズ・フェスでのドクター・ジョンの思い出


画像に含まれている可能性があるもの:2人

ドクター・ジョンが亡くなった。
一昨年のニューオリンズ・ジャズ・フェスに行ったのは、トム・ペティが目当てだったが。その前のステージがドクター・ジョンだった。
ペティもそのあと、故人になってしまったが、ドクター・ジョンも続いて。あの時、無理してニューオリンズ行ったけど、行ってよかったな。
この時も代表曲、IKO IKOやサッチ・ア・ナイトやってたっけ。
杖をついて手を引かれてステージに出てきたけど、ピアノと歌はモノホンだった。
b0177242_13434132.jpg



by mahaera | 2019-06-08 13:45 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)

名盤レビュー/ザ・バーズ The Byrads その4 昨日よりも若く Younger Than Yesterday(1967)

b0177242_14031566.jpg
昨日よりも若く Younger Than Yesterday(1967)

1967年2月6日発売。アルバムからは3枚がシングルカットされた。
まず1月9日に「ロックンロール・スター So You Want To Be A Rock 'N' Roll Star」がシングル発売。ビルボード最高29位。
当時人気絶頂だったアメリカのバンド、モンキーズを揶揄する歌で、ロックンロールスターになるならの心得を皮肉交じりに歌っている。
イントロのギターリフからカッコよく、マッギンのサイケ風の12弦ギターのフレーズもマッチ。ロック曲なのに、常にギロがリズムを刻み、トランペットが忘れがたいソロを奏でる
ちなみにこのトランペットは南アフリン出身のジャズ・ミュージシャンのヒュー・マセケラ
僕はトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズのカバーで知り、ザ・バーズにたどり着いた。


アルバムのタイトルは、このアルバムで唯一のカバー曲、ディランの「マイ・バック・ペイジス My Back Pages」の歌詞の一節から。
「ああ、あの頃の僕は何て年老いていたのだろう。今の方がずっと若いさ」という内容。
アルバムではB面3曲目に配置され、2枚目のシングルカットとして3月にリリース。このアルバムのベストトラックというばかりか、全バーズの作品の中でもベスト3に入るかもしれない。ディランの3/4拍子の地味な曲を4拍子に置き換え、哀愁漂うコーラスとギターによる間奏は何度聞いても素晴らしい。

この曲に関しては、完全にディランのオリジナルを凌いでいる。ディランのデビュー30周年記念コンサートでも、このバーズのバージョンで歌われ、マッギンやジョージ・ハリスン、トム・ペティ、ディランが歌い継いだ(ギターソロはエリック・クラプトンとニール・ヤング)。このバーズのバージョンをもとに、キース・ジャレットもカバー
日本では真心ブラザースのカバーがまた素晴らしく、映画「ボブ・ディランの頭のなか」のオープニングで流れたほか、実質のそのリメイクとも言える真心ブラザース+奥田民生のシングルが映画『マイ・バック・ページス』(主演:妻夫木聡、松山ケンイチ)の主題歌として発売された。


さて、アルバムはA面6曲、B面5曲の11曲入りで、カバーは前述の「マイ・バック・ペイジス」のみで、あとはメンバーのオリジナル。
バンドのメインソングライターだったジーン・クラークが脱退したことにより、前作ではリーダーのマッギンの頑張りとクロスビーのサポートが印象に残ったが、本作では第3の男クリス・ヒルマンの台頭がめざましい
ベース&ボーカルのヒルマンは、バーズに入ってからベースを始めたようなヒルマンだが、前作からようやく個性的なプレイを発揮するようになり、また本作では単独で4曲、マッギンとの共作で1曲と半数近くの曲に関っている。
クロスビーも単独で2曲、マッギンとの共作で2曲と存在感を示し、リーダーのマッギン作はすべて共作しか無くなってしまった。


ヒルマン作の曲から見ていくとA2の「Have You Seen Her Face」B1「Thoughts and Words」はGSあるいはマージービート風のポッブなナンバー。
「Have You Seen Her Face」はアルバムからの3枚目のシングルカットになった。
A5「Time Between」とB4「The Girl with No Name」は、次につながるカントリーロックといってもいい曲。
この2曲にはカントリーのセッションミュージシャンであるクラレンス・ホワイト(のちにバーズに加入)が参加。


クロスビー作のA4「Renaissance Fair」はマッギンとの共作(のちにクロスビーがクレームをつけたけど)。のちのCS&Nにつながるクロスビーらしい作風。アレンジが複雑になり、後ろで動くベースのランニングも当時は珍しい。
B1「Everybody's Been Burned」は、もはやビートバンドではなく、ジャズっぽいコード使いや編曲も印象的。クロスビーのボーカルもいい。
B2「Mind Gardens」は作風が他の二人と異なり、ドラムやベースのリズムはなく、かき鳴らすギターと歌、テープの逆回転がや織り成す幻想的な曲。この曲の収録には他のメンバーが反対したという。この3曲は、西海岸ヒッピーの雰囲気が出ている。
B6「Why」はマッギンとの共作で、シングル「霧の8マイル」のB面として発売されていたもののリメイク。


本作は3人のソングライターによる作品を、ディランのカバーで強引にまとめた感じ。ただしバンドというより、3人の作品と思えばいい曲が揃っていて、初期バーズの最高傑作にあげる人もいる。ローリングストーン誌が選ぶロック名盤でも124位。サウンド的には、テープの逆回転を使うなどビートルズの『リボルバー』に影響を受けているという。

クロスビーの主張はマッギンとの主導権争いになり、それがやがて他のメンバーとの緊張感も生んでいく。

つまり前作までのマッギン独裁体制が崩れたのもこのアルバムだ。また、ベースのクリス・ヒルマンの急成長が、バンドがのちに彼が好きなカントリー指向を高めるきっかけにもなったかもしれない(クリス・ヒルマンはバーズ加入前はブルーグラスのマンドリン奏者)。


時代はこの後、「サマー・オブ・ラブ」「SGTペバーズ」と向かう。1967年の代表曲は「ペニーレイン/ストロベリーフィールズ・フォーエバー」(ビートルズ)、『ウィ・ラブ・ユー』(ローリングストーンズ)、『青い影』(プロコル・ハルム)、『あなただけを』(ジェファーソン・エアプレーン)とサイケデリック全盛時代に。その夏、バーズは初めてのベストアルバム「グレイテストヒッツ」も発売する。


by mahaera | 2019-05-29 14:07 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)

名盤レビュー/ザ・バーズ  The Byrads その3/霧の5次元 Fifth Dimension(1966年)

b0177242_10451555.jpg
1966年3月14日にシングル「霧の8マイル Eight Miles High」発表。B面は「何故 Why」。ジーン・クラーク、ロジャー・マッギン、デビッド・クロスビーの共作で、ザ・バーズの代表作であり、最初のサイケデリックロックとも言われる作品。最高位14位。
シンプルだがかっこいいベースのイントロに続き、マッギンの12弦ギターによる短いけど超かっこいいイントロが始まる。これはよく言われているように、ジョン・コルトレーンのフレーズを意識したもので、ラヴィ・シャンカールにも通じることから、「ラーガロック」とも呼ばれた。まあ、正直コルトレーンの「インプレッションズ」の「India」のイントロとほとんどフレーズも同じ(笑)。
当時はビートルズで言えば、まだ「リボルバー」の前。イギリスでもまだサイケは始まっていなかった。しかしこの「霧の8マイル」からロックは次の次元に移っていき、ビートルズは「ペーパーバックライター/レイン」、ストーンズは「黒くぬれ!」に進んで行く。アルバム未収録になったB面の「Why」でもマッギンのコルトレーンというかインド風のソロが聴ける。


さて、シングル発表後、メインのソングライターであり、リードボーカルでもあるジーン・クラークがバンドを脱退してしまう事件が起きる。表向きは、飛行機恐怖症でツアーに出られなくなったという理由だが、メンバー間で軋轢が生じていたようだ。特にバーズのオリジナル曲の多くをジーン・クラークが書いていたので、印税所得による収入のメンバー間格差が問題になっていたようだ。

アルバムの発売は1966年6月18日。6月13日にはアルバムからの2枚目となるシングルカットでマッギン単独作の「霧の5次元 5D(Fifth Dimension)」が発売。3拍子のフォークロック曲だが、サウンドはすでにサイケに入りつつある。今までになくぶっといクリス・ヒルマンのベースや、隠し味のヴァンダイク・パークスのキーボードもいい味を出している。この「霧の5次元」はアルバムのタイトルにもなり、またA面の1曲目に収録された。

2曲目はトラディショナルの「ワイルド・マウンテン・タイム Wild Mountain Thyme」。コーラスワークとストリングスが印象的。
3曲目はマッギン作の「ミスター・スペースマン Mr. Spaceman」。9月6日にアルバムからの第3弾シングルにもなる。これはサイケというより、のちのカントリーロックに通じるサウンドで、これまたパーズの先進性を感じる。
ちなみにシングルのB面はクロスビー作の「ホワッツ・ハプニング What's Happening?!?!」。Aメロしかないシンプルな曲だが、合間に入るマッギンのサイケなソロがかっこいい。

アルバム4曲目はマッギンとクロスビー共作のロックナンバー「アイ・シー・ユー I See You」。マッギンのソロが、ほとんど「霧の8マイル」と同じなのがご愛敬(笑)。
5曲目は上記の「What's Happening?!?!」。
6曲目の「死んだ少女 I Come and Stand at Every Door」はトルコの詩人Nâzım Hikmetの歌詞によるもの。この詩の方の日本語タイトルは「広島で死んだ少女」。原爆で7歳で死んだ少女が平和を訴えるという反戦詩だ。

B面に移り1曲目は、シングル「霧の8マイル」が収められた。
2曲目はジミヘンでもおなじみのビリー・ロバーツ作「ヘイ・ジョー」のカバー。当時、この曲は流行っていたようで多くのミュージシャンがカバーしている。ここではクロスビーのリードボーカルによるシンプルなアレンジだが、せわしないギターがいい感じ。
3曲目はメンバー4人の共作による「キャプテン・ソウル Captain Soul」。まあ、3コードのインストブルースジャムで、そんなに面白くない(笑)。ハーモニカを吹いているのは脱退したジーン・クラーク。
4曲「ジョン・ライリー John Riley」はトラッドのアレンジ。ストリングがタビングされている。
B面最後の5曲目「ジェット・ソング 2-4-2 Fox Trot (The Lear Jet Song)」はマッギン作の、ワンフレーズだけ繰り返す曲だが、効果音がコラージュされている。宇宙船のスペース音が、掃除機の音にしか聞こえない。

このアルバムはビートルズで言えば『リボルバー』のような感じで、フォークロックからサイケに入る過渡期のアルバムだろう。メンバーで言えばソングライターのシーン・クラークが抜け、その分、マッギンとクロスビーの曲が増えてきた。
サウンドで言えば、バーズサウンドの顔だったマッギンの12弦ギターのアルペジオがなくなり、コルトレーン風のリードを多用。あとはベースのクリス・ヒルマンが存在感を増してきたことだろうか。
1966年の代表的なロックアルバムはビートルズの『リボルバー』、ストーンズの『アフターマス』、ディランの『ブロンド・オン・ブロンド』、ビーチボーイズの『ペットサウンズ』などがある。


by mahaera | 2019-05-22 10:49 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)

名盤レビュー/ザ・バーズ The Byrads その2 ターン・ターン・ターン Turn! Turn! Turn!(1965年12月)

b0177242_14340986.jpg

アルバムに先行し、10月1日に先行シングル発売されたタイトルトラックの「ターン・ターン・ターン」が、12月4日に全米1位。B面はジーン・クラーク作の「シー・ドント・ケア」

「ターン・ターン・ターン」はフォークシンガーのピート・シーガーの1950年代作のカバー。旧約聖書が元なので、歌詞は名言のオンパレードだ。

レコード会社は、ディランの「イッツ・オール・オーバー・ナウ・ベイビー・ブルー」のカバーをシングルに望んだが、バンドはディランではなく、シーガー作を選んだ(ディランの方は現在はボーナストラックで聴ける)。


アルバムは11月6日発売。ディランのカバーは2曲。その他のカバー3曲と、ジーン・クラークの3曲、マッギンの2曲(共作含む)、タイトルトラックを加えた全11曲が含まれている。オリジナルの5人編成最後のアルバムでもある。

ベストトラックは、やはりタイトルトラック「ターン・ターン・ターン」。12弦ギターのサウンドもコーラスワークもバッチリ。初期のベスト曲の一つだ。フォークから一歩前進してロック的なリズムだが、これはこのアルバムからメンバーが録音で楽器演奏をするようになったこともある(前作はスタジオミュージシャンの演奏が大半だった)。「涙の乗車券」的な12弦ギターのアルペジオも印象的だ。

2曲目はマッギン作の「It Won't Be Wrong」で、このアルバムから徐々にマッギンの曲作りが見られるようになってきた。この曲はシングルのB面にもなったが、そのA面曲がこのアルバム3曲目ジーン・クラークによる「Set You Free This Time」で、Aメロはコーラスなしなのでジーンの声質がわかる。ロックよりもポップス的な明瞭な声だ。この2曲は翌1966年1月10日にシングルとして発売。最高位79位と、シングルとしてはパッとしない出来に。なぜ、地味なこの曲をシングルに選んだのか謎。なので一ヶ月後の2月にはAB面を逆にして再発。「It Won't Be Wrong」が63位に。


4曲目はディラン作の「Lay Down Your Weary Tune」だが、ディランのバージョンは1985年までレコード未発表。マッギンのリードボーカルでいい感じだ。
5曲目はフォークの伝統歌「He Was a Friend of Mine」で、これもマッギンのボーカル。ドラがなくタンバリンがアクセントを入れるだけのフォーキーなムード。


B面に入り、1曲目はバスドラが軽快な8ビートを打つロック曲「The World Turns All Around Her」。ジーン・クラーク曲で、フォークロックと言うより、ロックに近い。
2曲目はエラ・フィッツェラルド、ジョーン・バエズ、ウィリー・ネルソンなど多くの人々がカバーしている1955年発表のスタンダード曲「Satisfied Mind」。リズムは三拍子で、ドラムの代わりにタンバリンが静かにアクセントを入れるだけ。
3曲目はジーン・クラークのやはり3拍子曲「If You're Gone」。ペダルで鳴り続ける低音のバグパイフ風の音が印象的。
マイナーな曲が続いた後の4曲目は、軽快で明るいディラン作の「時代は変わる」。リードボーカルはマッギン。オリジナルは3拍子だったが、ここでは4拍子に変えている。
5曲目はマッギンによる「Wait And See」。最後の6曲目がフォスター作曲による「おお、スザンナ」。西部劇でもおなじみの曲のカバーだ。

このアルバムにより、すっかりフォークロックの代表的なバンドとなったザ・バーズだが、この後、バンドの顔でソングライターもあるジーン・クラークの脱退を迎えることになる。


by mahaera | 2019-05-16 14:38 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)

名盤レビュー/ザ・バーズ The Byrads その1 ミスター・タンブリン・マン Mr. Tambourine Man(1965年6月)

b0177242_10544431.jpg
不定期で気分転換に書いている名盤レビュー。今回からはしばらくは、ザ・バーズ  The Byradsのアルバムが続く予定です。ビートルズ、ビーチボーイズ、ストーンズと並ぶロックバンドですが、日本では知名度は今ひとつ。まずはデューアルバムから。


●ミスター・タンブリン・マン

 Mr. Tambourine Man(1965年6月)

アメリカンロックバンド、バーズの記念すべきデビュー作。アルバムの1曲めであり、シングルヒットしたディラン作のカバー「ミスター・タンブリン・マン」をタイトルにしたアルバム。
1965年4月12日に発売されたシングルは、英米でNo.1ヒット。B面は「I Knew I'd Want You」。

ザ・バーズの結成のきっかけは、デビュー前年の1964年にビートルズの映画『ハード・デイズ・ナイト』を観て衝撃を受けたフォーク系ギタリストのロジャー・マッギンが、アコギとバンジョーを売ってリッケンの12弦ギターに持ち替え、ロックバンドを結成したことに始まる。
最初のメンバーは、ロサンゼルスのトゥルバドールで出会ったジーン・クラークとデヴッド・クロスビー
3人ともボーカルだったので、3声コーラスが売り。
そこにリズムセクションとして、ベースのクリス・ヒルマン(加入まではマンドリン奏者だった)、ドラムにマイケル・クラーク(コンガ奏者をしていた)が加入。
二人ともそれまでベースもドラムも経験がなかった。
バンドはジェット・セットJet Setと名乗り、1964年にエレクトラからデビューしたが、売れなかった。
やがて年末にコロンビアと再契約が決まり、名前をザ・バーズに変更する。
The Birdsを一文字変えて、The Byrdsにしたのは、ビートルズがヒントだという。

「ミスター・タンブリン・マン」のシングルの録音は1964年1月20日。楽器を演奏しているのは12弦ギターのロジャー・マッギンのみで、他の楽器は、グレン・キャンベル、リオン・ラッセル、ラリー・ネクテル、ハル・ブレインといった60年アメリカンロックを作ったスタジオミュージシャンたち。
アルバムもスタジオミュージシャンが演奏している。
ディランのバージョンは一ヶ月前に発売されたばかりだったが、ライブで披露していた。マッギンは発売前にデモテープを手に入れ、リズムを変更。
もともとは4番まである長い曲だが、バーズのバージョンは、サビ+2番+サビといいとこ取り
イントロの格好よさと、ハモりたくなるコーラスワークのアレンジで、大ヒット。

意外なことにマッギンは当初、ディランのファンではなく、マネジャーから言われてディランのカバーをすることにしたという。インタビューでは、グリニッジビレッジでマッギンが歌っていた頃、ディランはすでに女の子に囲まれるスターで、自分には誰もファンがおらず、嫌っていたという(笑)。

セカンドシングルは、同じくディランのカバー「オール・アイ・リアリー・ウォント」が6月15日に発売(録音は3月)。
最高位40位とはヒットには至らなかったが、ディランは自分の曲で人々が踊っているのを見て驚いたという。
やはり12弦ギターが印象的な仕上がりだ。
B面はバーズの中でも人気が高い、「すっきりしたぜ I'll Feel a Whole Lot Better」。ポップな名曲だ。途中のマッギンのソロもいい。作詞作曲とリードボーカルはジーン・クラーク。トム・ペティのカバーで僕は知った。ビートルズのアルバムに入ってそうな極上のポップソング。

アルバムは同年6月24日に発売。全12曲でディランのカバーは、他に「スパニッシュ・ハーレム・インシデント」「自由の鐘」を含む4曲。ピート・シガーなどのカバーが3曲、ジーン・クラークが5曲(共作含む)という割合だった。

「ミスター・タンブリン・マン」のサウンドは「フォーク・ロック」というジャンルを生み出すほど衝撃を与えた。
ちなみに翌週のチャート1位はビートルズの「涙の乗車券」だ。
偶然だがあれも12弦ギターのアルペジオで、フォークロック的だ。そのため似たようなサウンドのレコードがしばらく次々と作れ出されていくことになる。

有名なのはサイモン&ガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」だ。こちらのオリジナルはアコギとボーカルだけのシンプルなものだがヒットせず、失意のサイモンが渡英中に、ディランやバーズと同じコロンビアレコーズのプロデューサー(トム・ウィルソン)が本人の断りなく、翌年の1965年にバンド演奏をオーバーダブ。しかしこのバージョンが大ヒットし、サイモン&ガーファンクルの解散が免れた。

ビートルズでさえ、バーズの影響を受けたという。
このアルバムに入っている「リムニーのベル」のイントロは、『ラバーソウル』の「If I Needed Someone」とかなり似ているし、途中のギターソロの部分は「Nowhere Man」のソロ部分にも似ている。ハリスンがシタールを始めたきっかけのうちに、バーズのクロスビーと話していたら、彼がシタールやシャンカールを知っていることもあったとインタビューで述べているから、そうなのだろう。つまり「ハード・デイズ・ナイト」がバーズの結成のきっかけとなり、「ラバーソウル」はそのバーズから影響を受けているということだ。

バーズの成功を受けて、ディランもエレクトリック化を目指すが、それは翌年のこと。このころはまだギター一本のフォークだった。
バーズは一躍人気バンドになり、テレビにもよく出るようになる。そしてよりサウンドを煮詰めた次のアルバムの製作へと向かう。(続く)


by mahaera | 2019-05-14 10:59 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)

名盤レビュー/ジョニ・ミッチェルその8最終回 『シャドウズ・アンド・ライト』 Shadows and Light (live) (1980)

b0177242_09074048.jpg
ジョニ・ミッチェルの70年代を総括するような傑作ライブ。
1979年9月カリフォルニア州サンタバーバラにて録音。
LP時代は2枚組で、CDは最初は1枚のため何曲かカットされていたが、のちに2枚組で出てLPと同じに。
同内容の映像版DVDは微妙に収録曲が異なる。
映像の方にはアンコールのGod Musy Be a Boogie ManとWoodstockがないが、「陽気な泥棒」が入っている。
78年のアルバム『ミンガス』の後のツアーなので、『ミンガス』でミュージカルディレクターを務めたジャコ・パストリアスがツアーメンバーの人選を行った。メンバーはジャコ・パストリアス(ベース)を筆頭に、パット・メセニー(ギター)、ドン・アライアス(ドラム・パーカッション)、ライル・メイズ(キーボード)、マイケル・ブレッカー(サックス)という強者揃い。
本当はジャコはウェイン・ショーターを入れたかったが、レコード会社との契約で、ウェザーリポートからの人選は2名までとキマていたらしい。

LPとCDが手元にないので、今回はDVDのレビューを。
イントロは『シャドウズ・アンド・ライト』(最後に入っているライブ音源と同じ)で始まり、映像は『理由なき反抗』など50年代の映画や音楽映像が流れる。
そのまま「フランスの恋人たち」に突入。曲の途中でようやくライブ映像に切り替わる。こちらとしては豪華なメンツなので、普通にライブ映像を見せて欲しいのだが、本作は時々PV風のイメージ映像に切り替わり、それが余計に感じるかな。
『イーディスと親玉』に続く代表作「コヨーテ」もコヨーテの映像がかぶる。ジャコのベースがもっと見たい曲なのに。
明るいヒット曲「パリの自由人」でマイケル・ブレッカーが登場。次はジョニはギターを下ろしてスタンドマイクでミンガスの「グッバイ・ボーク・パイ・ハット」へ。
次はステージはジャコだけ残り、彼のソロコーナー。ハーモニクスとディレイを使ったメロディアスなソロを聴かせる。最近のエド・シーランが使うようなループがない時代だから、ループさせると音がどんどん劣化していくけど(笑)。ソロの後、ジャコは退場。

ステージのドン・アライアスがリズムを刻み、それに合わせてジョニが「デ・モインのおしゃれ賭博師」を歌い出す。
途中からジャコとブレッカーが参加。曲に合わせてか、ラスベガスの映像が挿入される。
曲が終わると映像は太平洋上で消息を絶った女性飛行士アメリア・ハートの記録映像になり、ジョニの弾き語りで「アメリア」へ。バックには薄くメセニーのギターが絡む。サックス、キーボードが静かに加わる。続いてメセニーのソロを挟んで、曲はそのまま静かに「逃避行」へ。
この曲の次はライブ映像ではなく、アルバム「逃避行」のジャケと同じジョニが黒いカラス風の衣装を着て、スケート選手とリンクの上で滑るPV風の映像になっている。
ジャカジャカというジョニのギターコードカッティングに始まる「黒いカラス」で盛り上げ、ここでメセニーとアライアス以外のメンバーはいったん袖に引っ込み、「フュリー・シングス・ザ・ブルース」へ。シンセのようなメセニーのスライドが静かに絡む。
メンバーが戻り、ノリノリのロックンロールナンバー「陽気な泥棒」へ。ジャコとメセニーに笑顔が見える。ここで、メンバー紹介があり、黒人コーラスグループのパースエイジョンを呼び込み、ドゥーワップのWhy Do Flool in Loveを歌とパーカッションのみで演奏。そしてシンセがコードをイントロを流し、パースエイジョンと共にアカペラで最後の「シャドウズ・アンド・ライト」が歌われ(これが秀逸)、コンサートは幕を閉じる。

イメージ映像が入ったり、カメラの切り替えが悪くてジャコがあまり映らなかったり、と音楽だけちゃんと聴きたい人にはいろいろ不満があるとは思うが、音楽自体は一級品。
当時のトップミュージシャンたちが、ジョニの歌を立てるために自己主張を抑えめに、絶妙のバランスで音を奏でている。
また選曲も70年代中盤以降のジャズ・フュージョン期を代表するものが多く、1974年のLAエクスプレスとの共演のライブ『マイルズ・オブ・アイルズ』とも曲がダブらず、買いの一枚だ。

この後、ジョニはラリー・クラインを公私ともにパートナーとして80年代に入っていくのだが、セールス的には不調に。
サウンドも時代に追いつくように変わっていき、悪くはないのだが、マジックが消えていってしまったような気がする。
ということで断続に続いていたジョニの名盤紹介、これにて終了。次からは、他のアーティストを取り上げていこうかな。あくまで不定期だけど(笑)。


by mahaera | 2019-04-23 09:10 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)