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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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カテゴリ:映画のはなし( 741 )

旧作レビュー『続・男はつらいよ』第2作 1969年 キネ旬9位

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 およそ月いちで観始めた、寅さんシリーズ。今回は2作目。
1作目が8月25日公開でこの2作目が11月15日公開というから、およそ2ヶ月半という短いインターバルで製作された。
 一作目でシリーズのフォーマットはほぼできていたが、ここではアバンタイトルが寅の夢(瞼の母に会う)という、のちによく使われるパターンが登場。また、1作目では登(秋野大作)が寅の舎弟だったが、ここでは源公(佐藤蛾次郎)がその役を担うように。
 今回、寅さんが惚れるのは、柴又の学校時代の恩師の散歩先生(東野英治郎)の娘・夏子(佐藤オリエ)。その夏子の恋人となるのが寅さんが入院した病院の医者(山崎努)。結果的に寅さんが、二人を結びつけることに。
 その失恋話(と言っても勝手に思って勝手に諦める)と並行して、ここでは寅が瞼の母に会いに行く話が。京都の連れ込み旅館のやり手ババア風のミヤコ蝶々が母親だと知って、寅は大ショック。常に勘違いしてしまう寅は笑いを誘うも、それは悲しみと表裏一体。
 しかしパターン化されているとはいえ、役者同士の間合が名人芸で、本作もハイクオリティ。知らぬは寅ばかりと、オロオロするおいちゃんと観客は一体化し、寅さんが傷つくことを予想しながらも、笑い、共感する。
 出てくる日本の風景は、まるで80年代の中国か東南アジア。カラーも昔の絵はがきのような色合いで、不思議な感覚になる。


by mahaera | 2020-06-03 11:08 | 映画のはなし | Comments(0)

Netflixドキュメンタリー『トロフィー』本日5/31配信終了予定

Netflixドキュメンタリー『トロフィー』本日5/31配信終了予定_b0177242_11330992.jpg
いつも終了ギリギリで紹介で申し訳ない。昨日はサーカスゾウの最期を描いたドキュメンタリーがショッキングだったが、こちも観てかなりショッキングなドキュメンタリーだった。しかしこれが現実なのだ。おすすめ。

 冒頭、観察小屋に入るハンターとまだ小学生ぐらいの子。子供に狙いをつけさせてシカを撃たせる。「よくやった」と誉めたたえる父と得意げな子供。
 場面が変わり、サイを女性が撃つ。ハンティングかと思うと麻酔で、集まってきた人たちがサイの角を切り落とす。密猟者ではない。角があると密猟者に狙われるために、あらかじめ除去している保護者だ。

 タイトルの「トロフィー」とは、「トロフィーハンティング」と呼ばれる、娯楽のための狩猟から。つまり「トロフィー」は獲物を仕留めた証拠となる戦利品のようなもので、ハンター達は部屋にライオンやヒョウの剥製を飾るのだ。

 映画は南アフリカやナミビアのトロフィーハンティングの実態を描く。ほとんどのハンターはアメリとカナダからやってくる。野生動物達には値段がつけられ、ビッグ5と呼ばれるゾウやライオン、ヒョウは高い。この産業は数百億円になり、ライオンを扱う業者だけでも100を超える。

 このドキュメンタリーが秀逸なのは、単に「動物を殺してかわいそう」という動物愛護団体の視点ではなく、ハンティング業界に関わる人と、それと紙一重のところで保護をせざるを得ない最前線の人々両方に密着していることだ。
 もともと、南アフリカでも人口が増えて野生動物のエリアを人が侵食し、密猟が増えていた。その中でトロフィーハンティングは、どの個体をハントしていいか厳格に分け流ことで野生動物の狩猟を合法化し、それで得たお金で野生動物の繁殖を行っている。ライオンやキリンを増やして、狩猟のためだが野生に返しているのだ。

 密猟者を取り締まる保護区のレンジャーも登場する。牙や角を取るために、見境なく野生動物を殺す密猟者たち。
 しかし犯人達の多くは近隣の村のものだ。家畜を殺し、畑を荒らす野生動物たちを許可なく殺せば罪になる。
 保護区に接するエリアに住む村人たちにとって、野生動物は守るべきものというより敵だ。
 普段は動物を保護しているレンジャー他が、時には間引きや保護区を抜け出した動物を自らが撃たなくてはならなくなる。また、種によって年に何頭かは殺していいことになっている。そのターゲットのゾウが撃たれて倒れると、村人達が集まり、あっという間に解体して肉を持って行ってしまう。

 サイを愛し、千頭ほど増やしている冒頭の保護区の実業家は、切り取った角を倉庫に保管している。
 彼は保護の資金を得るために、角の売買を合法化して欲しいと政府に訴える。
 そもそも角を狙ってサイが殺されており、角の売買を非合法化しているのに。
 しかし非合法化すれば密猟が増え、角を取るためにサイを殺す。合法化すれば、サイを殺さなくても角は取れる。
 実業家は密猟者に対抗するために、大勢のセキュリティーを雇うが、維持費に年間数億がかかる。資金は底をつき、彼が死んだら、サイを守るものはいない。
 矛盾は承知の上だが、角を売って保護の資金にするしかないのだ。
 
 密着しているトロフィーハンティング業者は、多くの野生動物を繁殖させ、今日もハンター達を受け入れている。
 インタビュアーが、「中には可愛がってしまい、ハンターの標的にさせるために野生に返したくない個体もいるのでは」と質問すると、「それは仕事だし、それをしなければ、大勢の動物を養得ない」と答える。しかし、その直後、彼は「カメラを止めてくれ」といい、フレームアウトして嗚咽する。
「図星だよ。育てているうちに愛して、野生に放せなくなってしまうものもいる」。

 遠い国で動物愛護を唱えることが悪いことではない。しかし、最前線では、そんな善悪では物事は片付けられない。すべての野生動物を保護することなんてできないのは、誰もが分かっている。その線引きをするのは難しい。
 
 ただ、撃たれて倒れる動物たちを見るのは辛い。アクション映画の銃声は全く気にしない自分だが、このドキュメンタリーで銃が撃たれると、見ていて体がビクッとしてしまったよ。向こうで倒れる動物。死んで見開いたゾウの黒い目を、カメラがとらえる。
 見ていて辛い。が、非常に勉強になったドキュメンタリーだ。ただかわいそうだけでは、何も前進しない。★★★☆


by mahaera | 2020-05-31 11:33 | 映画のはなし | Comments(0)

Netflixドキュメンタリー『サーカス象タイクの悲劇』 華やかなショーの裏側の過酷な環境

Netflixドキュメンタリー『サーカス象タイクの悲劇』 華やかなショーの裏側の過酷な環境_b0177242_10395628.jpg
 78分と短めなドキュメンタリーなので、寝る前にちょこっと思ったら、眠れなくなった。Netflix配信は明日いっぱい(5/31まで)なので、興味のある方は急いでどうぞ。

 1994年、ハワイのホノルルで、サーカスのゾウがショーの最中に調教師を踏み殺して町へ脱走。人々の見守る中、87発の弾丸を浴びて死ぬという事件が起きた。ゾウの名はタイク。長年、ショーで活躍してきたアフリカゾウだ。なぜそんな悲劇が起きたのか、そしてそれは防げなかったかとを関係者へのインタビューと、残された映像で描く。

 冒頭、サーカスの最中、登場したタイクが足で調教師助手を転がしながら観客の前に現れるというショッキングな映像が。そしてタイクは止めようとした調教師を観客の前で殺害、逃げ惑う観客。興奮したタイクは通路から町中へ逃亡。裏道でタイクを囲んだ警官たちは、一斉射撃をする。

 話は事件の前に遡る。アフリカで捕獲され、アメリカのサーカスに売られたタイクは、もともと従順なゾウではなかったと前の調教師は語る。それでも長年にわたり、サーカスで芸をしていた。
 ホノルルの事件の前、タイクは脱走騒ぎを起こした。調教師は興業主に、タイクは引退させるべきだと進言するが、利益優先のサーカスはそれを許さない。
 
 私たちは人の前に出て、芸をするところしかサーカスのゾウを知らない。しかし興業がないときは1日22時間鎖に繋がれる環境で育てられ、またマッチョな業界のサーカスでは虐待は日常的だったという。
 強い野生動物を従わせるには、それ以上の力が必要だ。
なので常に、人間の方が上位であることを示さなくてはならないが、それは暴力によるものになる。

 ゾウにはそれぞれ気質があるという。タイクは他のゾウと異なり、真っ先に従うタイプではなかった。
そして芸に失敗した時の罰(暴力)を常に怖れていたという。芸に失敗すると罰を怖れて逃げようとするのだ。
前の調教師は、信頼関係を保てないと危険だと語る。そしてタイクを力だけで抑えようとした助手を、投げ飛ばした前科があることも語る。
 
 そして物語は冒頭の運命の日へとまた戻る。映画が始まったときは“知らないゾウ”だったタイクも、このときは“知っているゾウ”だ。
 同じ映像でも、見ていて辛くなってくる。
確かにタイクは人を殺した危険なゾウだ。
だがそれは人間の論理だ。もし虐待されている人間が、逃げようとして人を殺してしまったら正当防衛だろう。
 タイクにすれば、人間に反抗するのは、本来あるべき姿に戻ることだったのかもしれない。彼女は野生のものなのだから。

 滑稽な衣装を着せられたタイクが、街中を必死に逃げる。人々にとっては危険だが、タイクはタイクで怖がっているのだ。警官隊が取り囲む。一発、二発。だがタイクは死なない。血を流しながらも逃げようとする。十発、二十発。それを見つめる町の人々。血を流し、ついにタイクは倒れる。死んだ目からは涙が流れているように見える。衣装が悲しい。自由になるには死しかなかったのか。

 タイクの死後、動物愛護団体とサーカスで、動物のショーを禁じるかについて裁判が開かれる。
 サーカスの動物ショーを今まで、何の疑問もなく見てきた。ゾウのショーは生で見たことはないが、トラは見たかな。確かにその時、トラはショーを全く楽しんでいないように見えた。
 考えれぱ、ゾウやトラ、ライオンは家畜でもペットでもないのだ。人に芸をさせられて幸せなはずはない。

 本作を見たあと、ネットでサーカスや動物園の野生動物の事件を読むと、こうした事件は時々起きていることがわかる。その時代ではよかったことも、いつまでも良いとは限らない。今の時代に、剣闘士を殺し合わせることはできないだろう。サーカスの野生動物もそれと同じかもしれない。

 ※事件のショッキングな映像を含むので、多少閲覧注意です。


by mahaera | 2020-05-30 10:40 | 映画のはなし | Comments(0)

『FYRE:夢に終わった史上最高のパーティー』ほか、Netflixドキュメンタリー映画レビュー3本

『FYRE:夢に終わった史上最高のパーティー』ほか、Netflixドキュメンタリー映画レビュー3本_b0177242_11011141.jpeg
 連休後も生活がそれほど変わらない自分。いや、会社勤めを辞めてから同じと言えば同じかな。さて、今月に入ってネトフリで観たドキュメンタリーをまとめて紹介。ドキュメンタリー映画は、寝る前に40分ぐらい見ると、2日で観終わるのでちょうどいい。途中で止めやすいし。

『FYRE:夢に終わった史上最高のパーティー』★★★
 失敗に終わった音楽イベントの舞台裏を描くドキュメンタリー。一ヶ月で2000万人が視聴したというヒット作。2017年にバハマの島で行われる予定だったが、初日までに用意が間に合わず中止。誇大広告でお金を先に集めて、訴訟問題に発展した。
 もともとは、アーティストにイベント出演を依頼するブッキングアプリの開発をしていたFyreアプリの会社の社長が、プロモーションイベントとしてバハマの島で、セレブを集めて音楽イベントをしようとしたのがきっかけ。トップモデルとインフルエンサーを集めて、バハマの島でプロモーション映像を作り、ネットで仕掛けたら、たちまち17万から2500万円までのチケットが完売。豪華ビラに泊まって優雅な休日を過ごすイメージ先行が、金持ちたちを集めることに成功したのだ。
 しかし計画はずさんで、会場選びからインフラ、宿泊所建設まですべてが間に合わず、結局、当日を迎えてしまう。。。
 もし自分がスタッフだったら、悪夢のような出来事。そもそもセレブのためのイベントなので、お客としてはいかないと思うが。やっていることは、オレオレ詐欺のようなもので、嘘をついてお客を集める。いや、もともとは、素晴らしいイベントにして賞賛されるつもりだったが、あまりにも現実を見ないトップがすべてを破滅させるという出来事。
 そしてイメージ先行のネット社会の弊害も、極端な形で見せてくれる。

『月面に立った最後の男』★★☆
 最初の人間は記憶に残るが、最後の人を覚えているものはいない。月面着陸というとニール・アームストロングばかり取り上げられるが、これはアポロ計画が終了したアポロ17号で月面に立った、ユージン・サーナンを描くドキュメンタリーだ。
 サーナンは2017年に82歳で亡くなったが、その前に撮られたので、彼の現在の日常とインタビューが豊富。ちょっとイーストウッドのような佇まいの彼は、なかなか格好いいが、プライベートでは家族生活がうまくいかず、離婚も経験


した。宇宙飛行士と家庭の両立は難しい。奥さんが緊張感に耐えられないからだ。
 思えば、1972年以来、人類は月に行っていない。そう思うと、月到達は、本当のことだったのだろうかという気にもなってくる。
 題材は面白いと思ったのだが、映画としては正攻法すぎて、面白みやひらめきにに欠けるかな。

『サイケな世界〜スターが語る幻覚体験』★★☆
 LSDやペヨーテなどの幻覚体験を、有名人(日本では知られていないアメリカのテレビの人が多い)が語る。僕が知っているのは、せいぜいスティングぐらい。まあ、楽しそうって感じるぐらいで、特には発見はなかった。


by mahaera | 2020-05-27 11:01 | 映画のはなし | Comments(0)

旧作レビュー『男はつらいよ』記念すべき第1作 1969年 キネ旬6位 やっぱり面白い


 3月から月一で「寅さん」を観ようと思い立ち、今は3作目まで来た。僕が小学生の時、寅さんのシリーズが始まったが、映画館で見るようになったのは高校に入ってから(夕焼け小焼け)。基本的な流れは知っていたから、それまで散々テレビで見ていたのだろう。でもどの話かわからない。シリーズは様式化されていて、どの話も基本的には同じだからだ。
 主人公である寅さんが成長したら、物語にはいつか終わりが来てしまう。永遠の夏休み感は、コロナでどうにもならないこの春に引っ張りだった。

 第1作目の『男はつらいよ』。1969年の8月27日公開とあるが、寅さんにはウッドストックもアポロの月面着陸の影響もまるでない。主な舞台となる葛飾柴又は、時代を感じさせない。
 第一回目なのにいつものように「とらや」に帰ってきた寅二郎。久しぶりに会う、妹さくら。
 しかし寅は酔っ払って、さくらのお見合いをぶち壊しにしてしまう。おいちゃんたちと大げんかした寅は、再び旅へ。旅先の奈良で御前様と再会した寅は、その娘で幼馴染の冬子に惚れて、一緒に柴又へ帰ってきてしまう。その頃、さくらと隣の町工場の従業員・博との間に恋が進行していた。。
 時代を感じさせるのは、さくらの仕事がキーパンチャーだということ。昔はコンピューターに入力するのは、パンカードに穴を開ける方法だったことを思い出した。
今ではQRやバーコード管理できるが、当時はすべて情報は手入力だった。いや、大変だったなあ。
 本作は第1作目にして、すでにシリーズの型が出来上がっている。噂話をしていると寅が帰ってくる。最初は歓迎するとらやの面々だが、やがて寅が調子に乗って大失敗し、喧嘩をして飛び出す。
数ヶ月が経ち、旅の寅が旅先で美しい女性(マドンナ)に一目惚れする。その女性が寅さんを訪ねて寅やにやってくると、寅も帰ってくる。いろいろあるが寅は失恋する。
 おいちゃん、さくらをはじめとする寅やの人々、タコ社長、御前様、ガジロウもいる。ただし佐藤蛾次郎は、この一作目ではセリフがないちょい役で、やや不気味。この作品では蛾次郎の役割は、寅の舎弟の登役の秋野太作(津坂匡章)が担っている。
 とにかく伝統芸を見ているような、セリフの節回しが今見るとすごい。喋って喋って、映画というよりは舞台。その一方で被写体深度を活用して、手前、中間、奥と空間を生かして、カット割りに頼らず、多くの登場人物をフレーム内で動かす絵もいい。話も画面も密度が濃いのだ。
 とにかく「ちゃんとした」映画で、感心して見てしまったよ。★★★★


by mahaera | 2020-05-24 09:01 | 映画のはなし | Comments(0)

旧作映画レビュー『昼間から呑む』青春とは時間の無駄遣い。でもそんな旅も必要

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2011年 韓国
 新作映画が見れないので、配信されている映画を家で見る。本作は、現在編集中の本『旅シネの20年』で、旅映画というお題で他の執筆者からオススメされた1本。で、これが面白かったので紹介する。僕はTSUTAYAプライムビデオで鑑賞
 居酒屋で酒を飲んでいる4人の男。彼女にふられた男を慰めようと、翌日みんなでチョンソンのペンションに行くことに。ところが翌朝、チョンソンのバスターミナルにきたのはそのふられた男ヒョクチンだけ。電話をすると、みんな仕事もあり、くるのは明日と言われる。
 仕方なくヒョクチンは教えてもらったペンションに行くが、主人は異常に愛想が悪い。そこから優柔不断な、彼の災難が始まる。。

 始まった瞬間から、カメラワークから「なんか自主映画っぽいなあ」と感じる
 実際、制作費は日本円にして100万円以下だったという。主人公も垢抜けない。
本当に面白いのか?と不安になりながら観ていると、ペンションについて悶々とする一夜を明かしてからが俄然面白くなる

 旅に目的を持つようになるずっと前、若い頃の国内旅は遊びであり、暇つぶしだった。観光地とも言えない田舎に行き、ただ友達とウダウダして帰ってきただけの事もある。すべてがうまくいかない旅って、そういえばあったなあと思い出した。

 冬で周囲には何もない田舎のペンションに一人泊まり、明日来るという友人を待つ主人公。やることはないからテレビを観ながら部屋で酒を呑む。
 そんな宿に、「一人で来ている」という若い女性がいたら、酒を持って部屋をノックし、何を期待するだろう。中から男が出てくるまでは。

 この映画は、そんな期待と失敗の繰り返しで、なかなかソウルに帰れない主人公を淡々と追う。独特のテンポとユーモア。感情を読み取れない女たち。事態は主人公が望む方向と明後日の方向に、常に行ってしまう。でもそれが人生。

 山下 敦弘監督の『リアリズムの宿』や、ジム・ジャームッシュの『ストレンジャー・ザン・パラダイス』が好きな方なら、絶対ハマるはず。低予算ながら、アイデアというか、撮り方次第で映画はこんなにも面白くなる。面白かった。★★★☆


by mahaera | 2020-05-19 09:44 | 映画のはなし | Comments(0)

旧作映画レビュー『ハワード・ザ・ダック暗黒魔王の陰謀』ルーカスの黒歴史

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「ワースト映画」と言われているものがある。
 映画史上に記憶されるダメ映画は、お金をかけたけっこうな大作で、公開前は期待されていた。もちろんネットなどない時代、真偽は映画館へ行くまではわからなかった。しかし今から思えば、お金をかけたクズ映画を押し付けられた宣伝マンも辛かったろう。
 Netflixなど配信映画を見るようになって、有料なら見ないような、ワースト映画をつい見てしまうようになった。噂は本当か、そんなひどいのか。しかし、ただ退屈でつまらない作品なら、ワースト映画としても残らない。それなりの見応えがあるのは確かだ。
 さてこの『ハワード・ザ・ダック暗黒魔王の陰謀』は、ルーカスの黒歴史として残っている1986年のアメコミ作品だ。ルーカスは製作総指揮だが、スターウォーズでその名は知られ、監督よりも前面に。監督は「アメリカン・グラフィティ」や「インディジョーンズ」の脚本家だが、不幸な監督デビューを飾り、以降は一線から消えた
 まずCG以前の時代のSFXなので、あひるのハワードは着ぐるみで、これがまたなんとも言えないデザイン。可愛くはないし、格好良くもない。むしろ不気味。このハワードの地上の恋人になるのが、ロックボーカリストのリー・トンプソン。リー・トンプソンは当時は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズで大人気だったが、ここではあひるの彼女という、アンモラルなものを見せられるているような居心地の悪さ。だって、一緒に下着姿でベッドに入るんだから。このリー・トンプソンの下着姿は映画の中でも唐突で、ファミリープログラムなのにと疑問。子供は喜ばないだろ。
 ティム・ロビンスのキャラはただウザいだけだし、クライマックスの怪物はコマ撮りアニメだしと、大作なのに随所にチープ感が。自信を持って人に「ひどい映画」とすすめられるできなんだが、少し中毒性があって、しばらくすると見たくなったりもする
 まあ、見なくてもいい映画だが、それも見るのも真の映画ファン。音楽はトーマス・ドルビーで悪くない。

by mahaera | 2020-05-17 11:26 | 映画のはなし | Comments(0)

旧作レビュー『めぐり逢い』と『めぐり逢えたら』

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 1957年の『めぐり逢い』は恋愛映画の古典だが、実は初見。ベタそうすぎてわざわざ男は観ないだろうと。ところが、もうねえ、最後は涙、涙。いちいちツボを突いてくる。そしてベタながら、脚本がうまい。
 50歳になっても一回も働いたことがないという女たらしのボンボンのケイリー・グラントと、元クラブ歌手で今はお金持ちの婚約者がいるデボラ・カーが、欧州からニューヨークへ向かう客船で出会う。デボラ・カーも若くはないという設定だが、その清楚と上品な佇まい、そしてユーモアを交えた会話など、「こんな女性が今いたら天然記念物」と誰もが惚れる女性像。いや、こういう品(ひん)て、今の俳優にはないなあ。
 ケイリー・グラントもお金持ちの婚約者がいて、結婚する予定だ。しかしその二人が、長い船旅のうち、恋に落ちる。ニューヨークに着いたら、二人の恋は終わる。グラントは働いたことがないし、カーは恋人と別れたらまたクラブの歌手だから。

 しかし二人はそれぞれの婚約者と別れて、新しい道を選ぶ。ニューヨークに着くまでの1時間、この二人が出会い、決心をするまでを丁寧に描いているので不自然さはない。
 二人は半年後にそれぞれの婚約者との関係を清算してエンパイアステートビルの展望台での再会を約束する。しかしある障害が起きて再会できなくなってしまう。

 とにかく演出が上品だなあと思うのは、グラントのおばあさんの死を「死」という言葉をひとことも言わずにわからせたり、肝心なことはセリフではなく、すべて察するようにする演出。脚本のセリフは、ストーリーを進行させるためでなく、その人のキャラを表すためにある。もちろん最後は涙の堤防決壊。そしてあっという間にさくっと終わるのも昔の映画。
 しかしネットがある今の時代、この設定は成り立たないなあ。
 
 『めぐり逢えたら』は日本語タイトルが似せているが、リメイクではなく、別の話。ただしメグ・ライアン演じる主人公はじめ女性陣が皆この映画が好きという設定だ。ラストは『めぐり逢い』では果たせなかった、エンパイアステートビルの展望台で、無事トム・ハンクスとめぐり逢えます。


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by mahaera | 2020-05-15 11:10 | 映画のはなし | Comments(0)

Netflix音楽ドキュメンタリー紹介『私がモーガンと呼んだ男』配信中

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劇場公開時は『私が殺したリー・モーガン』だったが、タイトルが変更されて配信中。もっともこちらの方が原題に近い。
 ジャズはマイルス以外はそれほど聴かない僕でも、リー・モーガンのCDは1枚持っている。もちろん超有名な「サイドワインダー」だ。8ビートのブルース進行ということで、ロック系の人にもわかりやすいタイトルトラックが収められているアルバムだ。ただ、モーガンがどういう人物かは知らず、またジャズファンには有名なのだろうが、彼が妻に射殺されたことも知らなかった。
 モーガンが死んだのは1972年。1958年のアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャースの「モーニン」に参加しているから、結構な歳かと思っていたら、亡くなった時はまだ33歳だった。生まれた年は1938年だから、ジョン・レノンより2つ上ぐらいだ。本作はその彼の生涯を追う一方、彼の内縁の妻であり、低迷期に彼を支えた女性ヘレン・モアに撃たれて生涯を終えた日へ向けて進んでいく。
 華々しくデビューしたモーガンだったが、やがてドラッグに溺れてホームレス同様になってしまう。そんな彼を支えて再起させたヘレン。モーガンはやがて一線に復帰するが、ドラッグと完全に縁を切ることはできなかった。ドキュメンタリーは、生前のヘレン・モアへのインタビューテープ、そしてモーガンと一緒に演奏していたメンバーたちへのインタビューなどを通して、運命の日へ向かって突き進んでいく。
 もしあの日、ニューヨークに大雪が降っていなかったら、たまたま拳銃を持っていなかったらと、いくつか偶然が重なってモーガンは撃たれた。死んでしまった人のことを悪く言う人は少ないから(しかも若くして)、本作からはモーガンの人間性がわかりにくいが、きっと音楽以外はダメな人だったのだろうと思う。それでもステージに立てば女性にもてたことは確かなようだ。トランペッターはロックギタリストよりも格好いい。
 内容的にはそれほど濃くはないが、60年代のニューヨークの雰囲気が伝わってくる。さらりと見れるし、また「サイドワインダー」以外のモーガンの演奏を知るいい機会にもなった。★★★

by mahaera | 2020-05-12 11:14 | 映画のはなし | Comments(0)

Netflixドキュメンタリー『バーデン』銃で撃たれるのもアート? ボティアートの第一人者

Netflixドキュメンタリー『バーデン』銃で撃たれるのもアート? ボティアートの第一人者_b0177242_11013680.jpg
 クリス・バーデンを知っているだろうか?
 僕も実はこのドキュメンタリーを見るまでは、たった一つのことしか知らなかった。現代美術史のボディアートの項で、彼が自分の腕を人に銃で撃たせる「シュート」という作品が紹介されているのを読んだだけだ。
 これはどんどん過激になっていくボディアートの例として有名なのだが、それ以外のことは知らなかった。本作は、そんなクリス・バーデンのアート人生を追うドキュメンタリーだ。

 当初、大学で彫刻家を目指したバーデンだが、人とは違うこと、誰もやっていないことを目指し、大学院生時代にロッカーの中に何日も入ったり(単なる変人)、連絡を絶って失踪するパフォーマンス(連絡が密でない人は気づかなかった)などを行う。

 しかしほぼ無名だった彼は、1971年の「シュート」で有名になる。身体を傷つけるというボディアートでは旧ユーゴのマリーナ・アブラモヴィッチが有名だが、銃を使うのはアメリカ的だ。友人にライフルで自分の腕を撃たし、それを動画や写真で撮るアートは当然ながら「これはアートか?」と物議を醸し、日ごろ現代アートに興味がない人も注目する事件になった。
 今じゃそうでもないが、当時は現代アートは、流行を追う人には注目すべきトレンドだった。ジョン・レノンだって、そうやってヨーコと出会ったのだから。

 さて、このドキュメンタリーでは「シュート」の裏話が聞けるのが面白い。何と当初の予定では、腕の表面をかすってかすり傷を負わせるだけだった。しかし撃つ人が緊張してわずかにずれてしまい、腕を銃弾が貫通してしまった
 失敗だったのだが、結果的にそれがセンセーショナルな話題になり、クリス・バーデンは時の人になる。

 もう一つ有名なボディアートに、1974年にワーゲンの車体に自分の手のひらを釘で打ち付けた「Trans-Fixed」がある。これも誰もバーデンの手のひらに釘を打ちたくなかったので、妻がやったというエピソードが語られる。

 しかし1970年代が終わるとボディアートも飽きられ、バーデンも元の立体アートの世界に戻っていく。カメラはカリフォルニアのトパンガ渓谷にある彼のアトリエで、その新作制作風景を映し出していく。街灯が密集した作品の2008年の「アーバンライト」はロサンゼルスで人気の観光スポットにもなった。
 ものすごく斬新というドキュメンタリーではないが、アーティストを代表作のみで記憶するというのも、ちと違うということを考えさせられる。★★★


by mahaera | 2020-05-11 11:03 | 映画のはなし | Comments(0)