1週間ほど前、新聞の海外欄にセルビアの戦犯カラジッチが捕まったとのニュースが出ていた。
僕がカラジッチのことを知ったのは最近。
昨年末に公開されたドキュメンタリー映画『カルラのリスト』を見たためだ。
この映画について詳しくは以下のページに僕が書いたレビューが掲載されているので、よければ参照して下さい。
http://www.ryokojin.co.jp/tabicine/carlaslist.html
ドキュメンタリーの主人公は、国際刑事法廷の検事カルラで、
ボスニアの内戦で民族浄化を行った首謀者たちを追っている。
ふつうドラマだと、何かのカタルシスを迎えてエンディングになるのだが、実際はそうもいかない。
ドキュメンタリーの最中に何人かは捕まるものの、大物のカラジッチは
捕まらないまま映画は終わり、欲求不満が残ってしまうのだ。
しかしそれが現実だ。
カラジッチが指導した民族浄化の中で、
最大のものが「スレブニツァの虐殺」だ。
セルビア人勢力がイスラム教徒が住むスレブニツァを包囲し、
家族から男性8000人を引き離して殺りくした。
いまだに遺体がどこにあるか分からないものも多く、
夫や息子を殺された家族にとって、
カラッジッチが捕まらない限り、心は休まらない。
しかしカラジッチはセルビアでは「英雄」という一面もあり、
シンパも多く捕まえることは困難だった。
今年の初夏、このカラジッチがモデルの戦犯を追う映画が
日本で公開された。
リチャード・ギア主演だが、社会派エンタテインメントとして
こういう映画が作られるのは、アメリカならではだろう。
たぶんボスニアの虐殺なんて知らなかった人が、
たくさん見にくるのだから。
その映画『ハンティングパーティ』では、
(詳細は以下の僕のレビューを参照のこと)http://www.ryokojin.co.jp/tabicine/huntingparty.html
ハリウッド映画なので、ラストでカラジッチは罪の報いを受ける。
しかし現実では、先週までカラジッチはのうのうと暮らしていた。
しかも町中に住み、人前に普通に出ていたのだ。
懸賞金500万ドルがかかっていても、捕まらなかったのは、
セルビア政府がひそかに保護していたからだろう。
今回EU加盟の条件に、匿っている戦犯を突き出せと圧力を受けたため、
しぶしぶ差し出したのだろう。
ボスニア紛争は、それまでジェノサイド(大量虐殺)は遅れている国(カンボジアやアフリカ)でしか起きないと思っていた先進国の人たちに、いつでもどこでも起きるということを知らしめた。
人間は簡単に、隣人を殺し始めるのだ。
ある日、隣の家族がナタをもって襲ってくるという恐怖は、
ゾンビ映画ではなく、現実世界の話なのだ。
さて、カラジッチは捕まったが、おそらく裁判は何年もかかるだろう。
「戦争だったからしょうがない」という意見も出るだろう。
裁判が長引くたびに、遺族はため息をつき、
先に亡くなる者も出るだろう。
しかし正当な判決が出るまで、残されたものは心が落ち着かない。
「カルラのリスト」に出ていた、死んだ息子の母親たち、夫を殺された妻たちの姿が、新聞記事を読んでよぎった。