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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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最新映画レビュー『search/サーチ』 今ならではの斬新な手法だが、基本はきちんとしたスリラー


100%、PCの画面で物語が進行するという手法で、アメリカで話題を呼び、主人公やおもな登場人物が白人ではなくアジア系移民(韓国系)にもかかわらず、中ヒットしたスリラー。
主演は、「スタートレック」シリーズのヒカル・スールー役で知られるジョン・チョー
監督はインド系のアニーシュ・チャガンティで、こうした作品がエンタメでヒットする機会があるのも、最近のアメリカ映画界だ。

カリフォルニア郊外に住むデビッドは、数年前に妻を亡くし、
今は高校生の娘マーゴットと二人暮らし。
しかし思春期になった娘との関係は、最近はぎくしゃくしがちだ。
ある夜、同級生の家での勉強会から娘が帰って来なかった。
警察に通報したデビッドだが、娘が置いていったPCから、自分の知らない娘の一面を知っていくことになる。

警察に促され、娘のPCから足取りを探る父親。
友人とのSNS、メール、ショッピング記録、投稿サイト。。
パスワードもIDがひとつ分かれば、あとは再発行していけば、
けっこう追えるものだ。

思春期の娘はなかなか難しい。
なかなか親に心を打ち明けることなく、
親としても不安は大きいだろう。
とくに母親がいない場合は。
主人公デビッドも娘を愛する気持ちは変わりないが、
母親がいない分、どうしても娘に厳しく当たってしまうことも多くなっていく。
そして娘は父親に心を閉ざす。
本作はそんな父親が、娘の捜索を通じ、
彼女が家庭外ではどんな生活をしており、
また何を考えていたかを知っていく物語でもある。
ネット上のチャットやトークで、
友人たちに娘のことを聞いていく父親。
以前の映画なら、直接訪ねていく映像になるが、
ここではそれがPCの画面上で進んでいく

POV映画よりも意外に固定画面が多いので、
画面の単調さは気にならないかと思う。
また、「単調」と感じるのは一般的にはむしろストーリー運びなので、本作を謎解きのスリラーにしたことで興味は持続し、飽きたりすることもない。

手法は特殊だが、“スリラー”ということで、意外な犯人、
どんでん返し、結末へ向かっての盛り上がりという基本的な構成はすべて盛り込まれている。
そして、“親子の絆”という一本の縦線は見事に貫かれ、
着地している。
ネタバレになるのであまり書けないが、映画を見終わったとき、
デビッドと家族への愛情が異なる対照的なある人も描かれていたことに気づくだろう。
最後は感動も待っていて、けっこうきっちりと書かれた脚本だなと感じた。

低予算で派手さはなくとも、アイデア次第で映画は面白くなるという一例ともいえるし、またアメリカ映画界でのアジアパワーを感じさせる一編でもある。
★★★

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by mahaera | 2018-10-30 11:25 | 映画のはなし | Comments(0)

子供に教える世界史[古代編]古代オリエント文明(前3500〜前2300年ごろ)1・シュメール文明(その5)

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(写真)ブリューゲル「バベルの塔」。風景や人物は、もちろんヨーロッパ人が想像したものだ。


シュメール人の王朝の変遷

紀元前3000年ごろになると、エジプトではメネス王が上下エジプトを統一し、第一王朝が始まる。
エジプトの古代文明については後述するが、メソポタミア地域との交流はあったようだ。
同時期、ヨーロッパでは、巨石墓や巨石文明が最盛期を迎えていくが、国家というほどの規模のものは登場していない。

紀元前2900年ごろ、シュメール一帯を大洪水が襲い、
その影響で有力都市がウルクからシュメールの
北のアッカドの地にあるキシュに移る。
また、その頃からウルラガシュといった新興都市が生まれ、都市国家が誕生していった。
しかし紀元前2700年ごろ、再びメソポタミア南部の諸都市が勢力を盛り返し、ウルク第一王朝が成立。
その国王のひとりが、後述するギルガメシュである。
紀元前2600年にはウルでも第一王朝が成立する。
やがてシュメールの諸都市間の抗争が激化していく。
このころ、エジプトではピラミッドが次々と建造されている。

紀元前2330年ごろ、ウルク第3王朝のもと
初めてシュメールが統一されるが長くは続かず、
すぐにアッカドサルゴン王に破れる。
サルゴン王は、アッカドとシュメールを治め、
初めてメソポタミアを統一した王だ。
そして世界史の教科書に初めて登場する、
歴史上の個人名である。
サルゴン王からは次の時代に移るので、別の章で解説したい。


ジッグラト

シュメール文明の特徴の一つに、「ジッグラト」と呼ばれる日干しレンガを重ねて造ったピラミッド状の神殿がある。
ウルクやウルといった各都市にはそれぞれの守護神となる神がおり、それを祀る神殿が建てられた。
都市間の戦争が起きると、
勝った方の都市の守護神の力が強くなっていた。
都市が先か神殿が先かはわからないが、
ともかく神殿を中心に都市は発達し、
そこに税として集められた穀物などが集まり、再分配される。
それを行っていたのは当初は神官達だが、
やがてそのトップが王となり、権力を集めていく。
やがて聖俗が分離され、王は世俗のトップになり、
やがて神官達の力を抑えていくようになった。

前3000年以前に、すでにメソポタミアの地には
多くのジッグラトが建てられていた。
これを見たエジプド人がピラミッドを造ったという説もある。
ジッグラトはシュメールだけでなく、
後のアッカドやバビロニアの時代でも造られた。
平地に建てられた小山のような神殿は、
きっと当時の人々に大きなインパクトを与えたに違いない。
それが旧約聖書に出てくる「バベルの塔」のモデルになったというのは、よく知られている説だ。
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by mahaera | 2018-10-28 11:30 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)

子供に教える世界史[古代編]古代オリエント文明(前3500〜前2000年)1・シュメール文明(その4)

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(写真)手持ちの参考画像がなかったので、シュメール人とケムール人を描いてみた。
名前の響きは似ているが、見た目はまったく違う。


シュメール文明の成立

前3500年、ウルク期が始まり、前3400年には初期の文字が発明、前3300年には粘土板文字記録システムが成立し、

ここからいわゆる「シュメール文明」が始まる。
ウルク以外にもウル、ラガシュ、エリドゥなどの都市が
チグリス・ユーフラテス川下流域のシュメールの地に生まれ、
中流域のアッカド地方にもキシュやニップルなどの都市が生まれていった。
アッカド人はセム系の言葉を話していたが、文字記録はシュメール語、あるいはシュメールからの借用語で行っていた。
ではシュメール人はどんな民族だったか。
これは今でも民族系統がわからないとされている。

余談だが、僕は中学の世界史の授業で、「シュメール人」と初めて聞いた時、「ケムール人」がすぐに浮かんで覚えた。
幼い頃、「ウルトラQ」を見させていた息子にそのことを言って覚えさせようとしたが、あまり響かなかったのは残念だ。

さて、シュメール最大の都市はウルクで、
2〜4万人が住んでいたと推測されている。
これだけの人口を支えるだけの農業の生産力があったということだろう。
大麦、小麦などの穀物以外には、豆類、ナツメヤシ、玉ねぎやニンニク、ハーブなども栽培されていた。
また、家畜としては、ヒツジやヤギ、ロバ、牛などが家畜として飼われていた。
しかし、シュメールのその他の資源は粘土だけだった。
鉱物資源は皆無だったので、それは東のザグロス山脈のエラムの地(現在のイラン)から交易で得るしかなかった。
たとえば装飾品や祭器に使われた金やラピスラズリもエラムから、初期の金属器の原料である銅、木材さえ輸入だった。
つまり、シュメールの都市は穀類や加工した工芸品を輸出し、原料を輸入して成り立っていたのだ。


青銅器時代の始まり

人類が最初に利用した金属は何だったのか。
金は精錬しなくても自然界に存在する自然金があり、
またいくらでも薄く延ばせるので、早くから加工して利用していたようだ。
古代ではむしろ自然銀の方が少なく、
金よりも価値があった時期もある。
銅も自然銅があり、早くから人類に利用されていた。

人類最古の銅製品は、イランで発見された前8700年のペンダントという。
銅は柔らかく低温で柔らかくなるので、350〜500度の熱で叩いたりプレスしたりして加工し始めたのが最初だろう。
前7000〜前3000年ぐらいには世界各地で銅が精錬され使われるようになっていたが、まだ硬度が足りず、武器や農具などには使えなかった。
これに錫を混ぜて硬度をつけたのが「青銅」だ。

錫は銅よりも融点が低く加工しやすい割には硬い。
「青銅」は、たまたま錫を多く含んだ銅鉱石を精錬した時に発見されたという。
以降、混ぜる銅と錫の割合によって、色や硬度を変え、青銅製の刀剣などの武具、祭礼に使う神具、宝飾品など、多岐にわたって使用されることになる。
これが青銅器時代の始まりとなる。

メソポタミアで青銅器の使用が始まったのは、
紀元前3100年ごろ

ただし、南部メソポタミアでは銅も錫も産出しなかったので、銅はザグロス山脈のエラムから(のちにオマーンからも)、錫は現在のアフガニスタンやトルコ南部あたりから輸入していた。
つまりそれだけの交易網があったということだ。
まだこの頃は、ラクダや馬がメソポタミアでは家畜化されていなかったので、輸送にはペルシャ湾の港から各地へ交易船が行き来していたのだろう。
オマーンにあるバット遺跡には、メソポタミアへ輸出する銅の採掘跡があり、世界遺産にも登録されている。(続く)


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by mahaera | 2018-10-26 16:26 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)

10月21日、Mamatos "Chase the Cloud" 発売記念ライブ at 渋谷nob 終了しました!

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10月21日の日曜日、晴天の天気の中、渋谷nobで行った、Mamatosのライブ、無事終了しました。
おかげさまで満員御礼で、当日、お越しいただいたみなさん、ありがとうございました。
また、共演のTHEおれらーず、アメフラヘヴィのみなさんもありがとうございました。
なかなかメンバーの皆さん、忙しくてライブ活動ができませんが、次が決まりましたらまたお知らせします。

当日は、新譜となるCD『Chase the Clouds』の全曲演奏がメインでした。
楽しんでいただけたでしょうか? 
いらした方で、画像や動画をお撮りの方は、送ってくださると助かります(笑)。

また、次の予定が決まったら、お知らせしますね!
ありがとうございました!

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by mahaera | 2018-10-23 11:47 | ぼくの音楽・バンド活動 | Comments(0)

最新映画レビュー『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ 』 F・ワイズマンによる多様性のスケッチ


2015年/アメリカ、フランス

監督:フレデリック・ワイズマン
配給:チャイルド・フィルム/ムヴィオラ
公開:10月20日よりシアターイメージフォーラムにて公開中

僕は知らなかったが、ジャクソンハイツは、ニューヨークのクイーンズ区の北西にあるエリア。
マンハッタンに近いながらも地代が安いということもあり、世界中からきた移民たちが暮らしている。
ここで話されている言語は、167あるという。
本作はそこに住む人々の営みを追ったドキュメンタリーだ。

監督は、アメリカのドキュメンタリー界の巨匠と言われるフレデリック・ワイズマン
1967年のデビュー作『チチカットフォーリーズ』で注目され、1995年の『アメリカン・パレエ・シアターの世界』は日本でも一般映画館で上映された。
ほとんどのドキュメンタリーが3時間前後の長編、ナレーション、劇伴音楽なしというスタイルで、ある意味、ふつうの人には非常に敷居が高い作品群だ。
劇映画と違い、きまった結末に向かって進行するわけではないドキュメンタリーを、音楽やナレーション、説明を排除し、それが3時間続くのだから、こちらもかなりの体力を要求される。しかしそこからしか見えてこないものもある。

本作でもカメラは、そこに住むさまざなま人種のコミュニティを、ただ、ただ、映していく。
とはいえ、ワンカメラではなくちゃんとカット割りや切り返しもあるので、映像的には一般映画とそう変わらない。
そして多種多様な人々のスケッチが続く。

たとえばユダヤ人のシナゴーグの集会スペースで討論しているのは、黒人だったりスペイン系だったりとあきらかにユダヤ人でない人々。彼らはゲイのグループだ。
ジャクソンハイツは、毎年レインボーパレードが行なわれているほど、ゲイコミュニテイがあるが、彼らが直面しているのはコミュニティの“高齢化”だ。

違法移民の集会では、メキシコからの必死の国境越えの話が語られる。
また、この街にも再開発の波が押し寄せ、家賃の値上げて閑散としたショッピングモールも映し出す。

印象的だったのは、アメリカ市民になろうとする移民に、ボランティアが“民主主義”と“基本的人権”の違いを教える場面だ。
自由に宗教を選べる、自由に発言できる、命が脅かされることがないと言う移民に、ボランティアは「アメリカは民主主義の国だが、それは民主主義ではなく基本的人権だ」と答える。
では、アメリカの国是とされている民主主義とは何か。
それは基本理念だが、それは果たされているかという、矛盾もここにある。だが、それでも基本は忘れてはならない。

ひとりひとりの努力なしに、民主主義を維持するのは難しい(日本だってそうだ)。
民主主義はひとりひとりに自主性を強要するかもしれない。
だが人任せなら、専制君主制か全体主義のほうが楽かもしれない
。ジャクソンハイツから浮かび上がってくるのは、ひとりひとりの積極性なしには、この自由な雰囲気が成り立たないということだろう。★★★
まあ、とにかく189分あるので、体調万全で本作に挑みましょう(笑)


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by mahaera | 2018-10-22 13:52 | 映画のはなし | Comments(0)

10月21日、Mamatos "Chase the Cloud" 発売記念ライブ at 渋谷nob



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明日、Mamatos、久しぶりにライブやります。2ndアルバム発売記念、といっても2ヶ月たってしまいましたが(笑)

■日時:10月21日(日曜)17:00開場、17:30開演
17:30 オレラーズ ナカジーマン(ds, vo)、向井くん(Gu, Vo)
18:15 アメフラヘヴィ おのゆみ(key,vo)、丹代利隆(ba,etc)
19:00 Mamatos カオリン(vo), 斉藤厚(Vo,Gu),JACK大西(Vo,Dr)、前原利行(Vo,Ba), ゲストKey おのゆみ
(終演20:00予定)
■会場:渋谷nob
      TEL 03-3464-9593 [URL]shibuya-nob.com/
      〒150-0044 東京都渋谷区円山町1−3 BF1
 渋谷東急本店向かって左の道に入り、
 松濤郵便局前の信号を左。ユーロスペース手前

■料金:チャージ1500円+1ドリンク(600円)または3ドリンク(1000円) フードもあります

ライブ終了後、出演者たちとお客様がたで、そのまま打ち上げします(20:00-22:00予定)。こちらフリードリンク(フード付き)で2000円です。こちらもいらしてください。

また、CD販売も現地でしますので、お声かけください!

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by mahaera | 2018-10-20 20:31 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)

子供に教える世界史[古代編]古代オリエント文明(前3500〜前2000年)1・シュメール文明 (その3) 文字の発明

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(写真)前13世紀にヒッタイトとエジプトの間で行われたカデシュの戦いの後に結ばれた平和同盟条約を記した碑文。現トルコのボアズキョイで発掘されたものだが、この時代でも楔形文字が使われているのがわかる。(イスタンブール考古学博物館収蔵)


シュメールでは余剰生産物はまず“神殿”に集められ
そこで記録されて再分配された。
こうした管理システムの試行錯誤のうち、
文字が生まれたとされている。
たとえば、ふだんは文章をほとんど書かない人でも、
数字のメモ書きぐらいはするはずだ。
数を記憶しておくことは、現代人でも苦労する。
シュメールでは、まずそれが“トークン”という形で
管理された。

たとえば発掘されたシュメール文明初期の粘土ボールの中には、48個の小石が入っていた。
これは48頭の羊を納品したという記録で、そのボールの表面には羊を表す絵文字が刻まれ、印章も押されていた。
そのうちトークン自体の形が羊なり麦なりを表すようになったが、やがて数字を書いた粘土版に代用されるようになった。
つまり初期の文字は、奴隷や家畜、物品、あるいは土地の面積などを管理するために、行政文書として生まれてきたのだ。
こうしてシュメールの都市ウルクで文字化が始まると、それはすぐに諸都市にも伝わり、トークンの使用と入れ替わっていく。

初期の文字文書は、たとえばヒツジの絵を描いて
横に数字を入れる程度のものだった。
数字以外は絵文字で、それが次第に簡略化され、エジプトのヒエログリフや中国の漢字のような表意文字に変わっていく。
ただしメソポタミアでは、文字が描かれるのは紙でなく
粘土板なので、細かいものは書けない。
こうしてペンで粘土に刻んで形を書く、
「楔形文字」が生まれた。

資源がないシュメールの地だが、粘土は豊富にあった。
楔形文字が描かれた粘土板は、保存するものは焼かれて、
手紙のように運ばれたという。
シュメール人はとにかく行政文書の管理や保管には熱心で、
遺跡から発掘された粘土板の8割はそれらだという。
紀元前2500年ごろには楔形文字が整理され、
約1000文字程度になった。
すごく多いと思われるだろうが、日本の常用漢字が現在では2136字だと思えば、覚えられないことはないだろう。
前2000年頃にはさらに整理されて200〜400字になり、
シュメール以外のオリエント諸地域でも、
楔形文字が使用されるようになる。

ただし、シュメール語は周辺のセム語系とは異なる
日本語と同様の膠着語なので、それをそのまま用いるのは
無理があった。
たとえば中国語と日本語では言語形態が異なるのに、
文字だけ輸入して日本語を書きあらわそうとすると、
かなを使わない限り無理がある。
同様に、のちにアッカド人やヒッタイト人、ペルシャ人が楔形文字を使う際、自分たちの言葉とシュメール語の借用が入り混じっていた。
日本語を文章で書く時に、
漢字や音読みが混じるようなものだろうか。(続く)



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by mahaera | 2018-10-20 11:18 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)

子供に教える世界史[古代編]古代オリエント文明(前3500〜前2500年)1・シュメール文明(その2)シュメール文明は高い農業生産に支えられていた

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(地図)シュメールの土地の範囲。一番北にあるキシュは、アッカド人の都市国家だが、シュメール文明圏だ。


南メソポタミアの気候と風土

シュメール文明が始まった前3500年ごろの気候は現在と異なり、世界の海岸線は今よりも少し内陸にあった。
サハラ沙漠もまだ緑で覆われていた。
ただし南メソポミアが暑くて乾燥していたことはまちがいなく、当時も今も年間降水量は100ミリあまり。
降雨に頼って農業が営めるような場所ではなかった。
海岸線は現在よりも100km近く内陸だったとも言われている。
それでも前6000年ごろには人々はこの土地に住みだした。
沼地での漁労や狩猟、そして細々とした農業。
これといった資源がないこの土地で、使えるものは泥だけだった。前6000年を過ぎると、彼らは北メソポタミア同様に日干しレンガの家を造り出す。
集落が生まれ、やがて灌漑農業が始まる。
前5000年ごろのことだ。

毎年、氾濫を起こすチグリス・ユーフラテス川

チグリス・ユーフラテスの両河川は、毎年決まった時期に増水し、氾濫していた。
上流から運ばれてきた養分を含んだ水は農耕には欠かせないものだった。
しかしゆったりと流れるエジプトのナイル川とは異なり、両河川は時に大洪水を引き起こし、集落を押し流すほどの力を持っていた。
そのためには“治水”が不可欠だった。
また、極度に乾燥している地域のため、放っておくとすぐに塩害が広がって収穫率が激減する。
つまり他の地域に比べて、必ずしも南メソポタミアは農業の条件に適しているわけではなかった。
むしろ農業を行うためには、毎年治水作業をしないとならないというハンディがあったのだ。
しかし、人間は困難があるからこそ工夫する。
大勢の人々が協力して川の水をせき止めたり、引いたりするうちに技術が発達し、大きな集落も生まれ、そして農業生産力が上がっていったのだ。
前5000年ごろには「ウバイド期」と言われる先行する文化がこの地域に現れ、ウル、ウルク、ラガシュといった古代都市が生まれ始めていた。

余剰生産が文明を生んだ

前3500年ごろになると、シュメールの地における灌漑農業は、世界でも群を抜くほど発達し、多くの余剰生産を生んでいた。
増水した川から水を農地に引き、堤防の水門を閉める。
数ヶ月して川の水位が下がり、また水門を開けると水は川に流れていく。
泥混じりの畑を牛にひかせた鋤を使って耕し、その後に種を一定間隔で撒いていく。3人一組になって行うこの作業は、同じ時期に一斉に行われるため、統制のとれた組織が必要だった。
シュメール農耕の収穫率は当時としては驚異的な水準で、前5世紀でもギリシアの歴史家ヘロトドスが「バビロン地方の穀類の収穫率は200倍」と驚いている。
これはかなり盛った数字だが、近年の研究でも一粒の種子に対し50〜100倍はあったと推測されている。
中世の北フランス、あるいはヘロトドスの生きていた古代ギリシアでは4〜5倍だったとされているので、これがいかに高い数字だったかわかるだろう。
それにより余剰生産物が生まれ、農業活動に従事しなくても暮らしていける人達が住む“都市”も発達していった。
子供には、「食の安定が文明発展には不可欠」と教える。人間、食えなきゃ他のことをする余裕もない。余裕がなければ、なかなか文明も発展しないのだ。(続く)


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by mahaera | 2018-10-19 10:43 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)

最新映画レビュー『クレイジー・リッチ』 恋人の実家は大金持ち!



NYで生まれ育った中華系アメリカ人の娘が、
恋人に連れられてシンガポールの彼の実家に行くが、
彼の家族は想像を絶する大金持ちだった!というコメディ映画。
オールアジアンキャストにもかかわらず、全米で3週連続No.1ヒット
批評家からも評価が高く、
今までアメリカ映画で取り上げられることが少なかった
アジア系マイノリティが注目されることになった。

日本ではあまり話題になっていないが、
宣伝あまりしなかったのかな。
それともアジア人が活躍するハリウッド映画は見たくないのかな。
タイトルからも、アジアとっちゃったし
(原題は「Crazy RIch Asians」)。
アメリカではアジア移民の数が増え、
今や映画界も無視できないようだ。
中国系、インド系、フィリピン系の順に多く、社会的に地位が高いものも増えてきた。

主人公レイチェルは、NYの大学で経済学を教えている女性。
冒頭にゲーム理論の講義の場面があるが、
これが映画の最後に効いてくる。
映画にも出てくるが、典型的なABC(American Born Chinese)で、中国語はカタコトしか話せないし、習慣もあまり知らない。
恋人のニックはシンガポールの華僑の息子だが、
自分の家庭のことは語りたがらない。
ニックの親友の結婚式があることから、
ニックに誘われてシンガポールに行くレイチェルだが、
実はニックはシンガポール有数の金持ちの御曹司だった。

アバンタイトル、1995年の雨降るロンドンで中国人女性と2人の子供たちを連れて予約した格式高いホテルにチェックインしようとするが、宿泊拒否をされる。
アジア人はお断りという、明らかな人種差別だ。
電話も使わせてもらえず(携帯はないころ)、
表の公衆電話を使えという屈辱。
しかし女性がその電話から帰ってくると、
ホテルのオーナーが彼女を出迎える。
彼女はその間にホテルを購入していたのだ。
青ざめる従業員。
これがニックの母エレノアで、香港映画ファンには懐かしいミシェル・ヨー(『ポリスストーリー3』)が演じている。

ニックの家族は、シンガポールがジャングルだった頃にやってきて財をなした一族で、そこらの成金とは違う代々のハイクラスだ。
映画を通じて、その金持ちぶりが見ものだが、
途中で出てくるレイチェルの友人の成金一家の家が
下品な装飾で覆われているのに対し、こちらは本物。
お金はあるが、上品で堅実な部分を残している。

ニックの親戚(いとこたち)や友人たちも、上流クラスの人々。
結婚式前のバチェラーパーティは、
女子はマレーシアの島を借り切って、
男子は国際海域に浮かぶタンカーを借り切ってというスケール。
当然ながらレイチェルは戸惑うが、その金持ちぶりは映画の彩りで、主となるのは古典的な嫁姑の対立だ。
一般庶民であるレイチェルを、ニックの母であるエレノアが息子にはふさわしくないと受け入れない。
その対立が物語の中核になる。

ニックはいかにも善良な金持ちのご子息(影が感じられるない)。
レイチェルは日本人的な感覚では、超美人という感じでもないのが微妙なところだが、整形美人よりはいいのかな。
ストーリー的には古典的といっていいもので、
恋人の母親にいじめられながらも見返そう、
あるいは受け入れられようとする女性の話だ。
しかしそれが、大ヒットしたのは、金持ちの世界を垣間見たいという覗き見的な部分と、同じ中国系といっても新旧の価値観の対立があること(パキスタン系移民の家族を描いた『ビッグシック』も一世と二世の価値観が対立していた)を裏テーマとして描いていることがあったからだろう。

ミシェル・ヨー扮する鬼母も、単に悪者ではなく、なんでそういう態度をとるのかという事情も後半になって明かされていき、ドラマとしてうまくきれいにまとめられていく。
後半はきちんと伏線を回収してくのは小気味いい。

監督は、『G.I.ジョー2』『グランドシリュージョン見破られたトリック』と、今までパッとしない娯楽作品を撮っていたジョン・M・チュウ
多くの登場人物が出る映画を仕切る手腕を買われたのだろうが、意外にドラマがうまいことがわかった。
★★★☆

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by mahaera | 2018-10-18 12:29 | 映画のはなし | Comments(0)

子供に教える世界史[古代編] 古代オリエント文明(前3500〜前2500年)1・シュメール文明(その1)

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(写真/アッシリアの有翼人面牡牛像・ルーブル美術館収蔵)

仕事が一段落したので、また世界史の続きを。
誰が読むんだろと思うが、まずは自分が読みたい(笑)。
自分の子供はゲームのチャットに夢中で、
世界史にほとんど興味を示さなくなっているが。
まあ、教えたときのことを思い出しながら続けていこう。

長い先史時代が終わり、
ようやく今回から世界史でいう“古代”に入る。
「先史時代」は歴史がまだない時代。
つまり人類が文字をまだ発明する以前のこと。
歴史学者が文献や石碑などをもとに研究するのに対し、
先史時代の場合はどちらかといえば文化人類学に近いのだろう。

世界史の教科書の始まりは、
序章である先史時代に続いて「古代世界」から始まる。
「四大文明」説は古いものになりつつあるが、
教科書上では便利なのでまだ生き残っている。
ただし、世界史は地域別に進んでいくので、
最初に「古代オリエント」という章を設け、
メソポタミアとエジプトの文明を。
それからイラン文明、古代ギリシア、古代ローマと紀元前3500年から紀元後400年までぐらいまでを一気に学習
それから古代中国や古代インドの文明に戻るので、
「そのころ、世界の別な場所ではどうだったか」という同時代的な感覚はつかみにくい。
なので、子供に教えていた時は、
もっと小刻みにイメージをさせていた。
試験にも「これと同じ時代のものを選べ」というのがよく出題されるのだ。あと地図問題。
まずは紀元前3500年から前2500年くらいまでの1000年で区切り(それも大雑把だが)、そのころの世界を見てみよう。

ティグリス川とユーフラテス川に囲まれたメソポタミア

どの教科書だろうが、古代文明の最初はメソポタミアから始まる。
「メソポタミア」とはギリシア語で「川の間」という意味。
ティグリス川ユーフラテス川という2つの川が流れる間やその周辺の土地で、現在の国でいえばほぼイラクとシリア東部と重なる。
東を流れるティグリス川は長さ1750km、その上流はトルコ東部で、ディヤルバクルのあたりを流れている。
一方、ユーフラテス川は長さ2800km。
やはり源流はトルコ東部で、ペルシャ湾に出る195km手前でティグリス川と合流し、シャットラアラブ川となる。

先史時代のところで述べたが、人類最古の集落や農耕が発展した場所の一つが、この両河川の上流地域、
いわゆる「肥沃な三日月地帯」だった。
前9000〜前6000年には、ムギが栽培され、ヤギやヒツジが飼われていた。
上流の降雨量は年間250ミリ前後(東京は1500ミリ)と乾燥はしているが、ムギなどの栽培には適していた。
農耕は降雨に頼る天水農業だった。

ティグリス川とユーフラテス川は、
その真ん中あたりの中流域でくびれのように接近しているが、
その付近に発展した都市がバグダードであり、
古代ではバビロンもこの地域にあった。
古代史ではこのあたりから北を「アッシリア」
南を「バビロニア」といい、
バビロニアはさらにその北部を「アッカド」
南部を「シュメール」という。
初期の文明が生まれたのはその下流域であるシュメールの地においてだった。
(続く)

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by mahaera | 2018-10-15 12:59 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)