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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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子供に教える世界史[古代編] インド=ヨーロッパ語族の民族移動の時代(前2000〜前1500年)その6 インド・アーリヤ人と同系統?のフルリ人のミタンニ王国


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前回までは黒海北岸から東へ向かったインド=ヨーロッパ語族の話だったが、ここからは南に向かったグループの話。
これもインド=ヨーロッパ語族ではないかと言われているのが、前25世紀ごろコーカサス山脈付近から北メソポタミアに南下したフルリ人だ。
最初は少数であちこちに分散し、国家を作るほどの勢力ではなかったが、前17世紀にはフルリ人初の国ヤムハド王国が生まれる。
この国は短命だったが、前16世紀には北メソポタミアにミタンニ王国が建国する。
ミタンニは世界史の教科書にも出てくるので、覚えておいたほうがいいだろう。
この王国の支配層はフルリ人だったが、住民の多くは前から住んでいたメソポタミアの民族だった。
またフルリ人もすべてがインド=ヨーロッパ語族ではなく、そのトップだけがそうだったのかもしれない。
というのもフルリ語は膠着語でインド=ヨーロッパ語系ではないものの、ヴェーダ時代のインドのサンスクリット語と共通する単語が多数使われていた。
数字の呼び名が1(eka)、3(tera)、5(Panza)、7(satta)と、今もインドで使われている単語に近かったり、インドラやヴァルナといったインドの古代の神々を信仰していたりしたようだ。
また、フルリ人の神々の名前、王の名前はサンスクリット語で説明できるものだった。
なので南に向かったアーリア人の一派がコーカス山脈あたりで土着の民族を支配し、フルリ人を形成。
さらに南下したのかもしれない。
彼らはインド=ヨーロッパ語族が持っていた火葬の習慣と馬と戦車の使用をメソポタミアにもたらしたが、それはアーリア人のインド侵入とほぼ同時期だった。
また、馬を扱うフルリ人は、古代オリエントの国家に調教師として派遣されていたという記録もある。
また、陶芸や冶金にも秀でていたという。
フルリ人のミタンニ王国は300年続き、最盛期はアッシリアを支配下に置き、オリエントの強国として南のバビロニアと対立。ヒッタイトやエジプト新王国と交流し、時には戦争もした。



by mahaera | 2019-02-28 19:01 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)

2019インド旅行 その11 ハイダラーバード 「バーフバリ!」ラモジー・フィルムシティへ

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「バーフバリ、王を讃えよ!」
ハイダラーバードに来たらマヒシュマティ王国に行かねばなりません! 
ということで、行ってきましたRamoji Film City。
市内から33kmもあるので、テランガーナ州観光開発公団の現地発ツアーで。
8時集合というけど、バスが来たのは15分遅れ。
そして動いて5分もしないうちに、次のピックアップポインドて「いきなり「ブレックファスト!」。
いや、食べてから来いよ運転手。
こちら前の日にバナナ買って用意したじゃん。

1時間ちょっと走ってRamoji Film Cityへ。
ツアー参加者は日曜だというのに、自分を入れてたった10人。大丈夫か。
現地に着くと、そこで園内周遊の赤バスに乗り換える。
まずは「ここは〇〇のロケに使われた」という区画を通り、最初の下車地点が、駅のセット。
駅名はなぜかBadami。次にバスで運ばれていくのは、バンガロール空港のセット。
3番目がHawa Mahalというラジャスタン風の建物。
降りて行くとなぜか中国庭園。
ここで急にオンボロバスに乗り換え、Film Cityの外(といっても敷地内)へ。
いよいよバーフバリのセット、いやマヒシュマティ王国へ。
インドでは公開されて時間が経っているが、それでも人気の場所。
玉座の前では、インド人が「おれはバーフバリだ!」と叫んで、写真を撮っている。

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次がバタフライファームやバードガーデン、謎のブッダケイブや盆栽ガーデン。
正直、ここはなくてもいいな。
2時間ちょっとの、バスによるツアーの後は、アトラクションゾーン。
ここではゆるーいショーがあったり、レストランがあったり、ゆるーいライドがあったりと、帰る時間までここで過ごす。ダンス(けっこうゆるい)のショーでも、やはりバーフバリ!

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しかし、暑い! 
2月なのに日中温度は36度ぐらい。途中でバテてしまったよ。
5時半に現地をでて、ハイダラバードに戻ったのは7時ちょっと前。
てっきり乗車ポイントまで送ってくれるのかと思ったら、ルンビニ庭園前の朝食ポイントで降ろされる。
運転手「7時からレーザーショーがあるから見てけ」。いやね疲れているから帰りたいんだけど。
「OK、歩いてたった7分だ」。いや、2km近くあるんだけど。車なら5分だろうけどさ。
どうやら運転手は、さっさか帰りたいらしい。
しょうがないので、噴水&レーザーショーを見る。ダンスビートにのって噴水が動くのと、水煙にレーザーを映すのだが、まあ大したことがない。
歌詞も「East West, India is best !」みたいな、インド素晴らしい!的なもの。
インド国旗やガンディーがレーザーで描かれる。ここでも、途中でおお「バーフバリ」の曲が。
ということで、バーフバリ三昧の至福の1日。


by mahaera | 2019-02-28 09:51 | 海外でのはなし | Comments(0)

2019インド旅行 その10 ハンピ→ハイダラバード

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当初、寝台列車で移動するはずで、チケットも取り終えていたHospete→ハイダラバード。
しかし、ハンピから33km離れたところに小さな空港があると知り、キャンセルしてチケットを買う。
しかしモタモタしている間に、1日で2090ルピーから4400ルピーに値上がり。
しかしその時点で列車をキャンセルしてしまったので買うしかない。
インドのフライトは本当に時価なので、予約で埋まってくると突然高くなる。

さて、乗ったのはTrujetという、ハイダラバードを拠点に運行しているマイナーな航空会社。
しかし、ハンピはベンガルールからもハイダラバードからも遠いので、航空路線があると便利だ。
ただし、ハンピ、ベンガルール、ハイダラバードともに空港が市内から30km以上あるので、街の真ん中まで来られる鉄道と便利さはそうかわらないかも。
この空港はもともとJSWというインドの鉄鋼会社大手のプライベート空港だったという。
このデカンのほとんど何もないところに、大きな工業団地ができていて、そこだけモダン。
飛行機は世界各国から来たビジネスマンたちが目に付いた。
いまはテランガーナ州となったハイダラバード。
ここも市内から30数キロ離れており、エアポートバスで市内へ。
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途中、夕闇が近づく市内にでかい魚の建物が見えてきた。漁業開発庁の建物だとか。

前回ハイダラバードに来たのは何年前だろう。
その時に泊まったホテルは、メトロに開通に伴う道路拡張工事で、なくなっていた。
メトロはとりあえず、ハイダラバード駅とスィカンダラーバード駅は繋がったが、主な見所の旧市街チャールミナール方面はまだ未開通。
これが開通すると、半分ぐらいの見所は、メトロで行けることになる。
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ハイダラバードというと、ラクノウ、ジャイプル、マイソールと並んで、ムガル帝国後半からムガルをしのぐ発展をしていた王国(のちに藩王国)。
ハイダラバードというとゴールコンダ王国時代のフォートだろう。
立派な城なのだが、大きいだけで面白みがないのは、ムガル帝国に破壊されたからか。
のちのニザーム藩王国時代には、南インドのムスリムの中心地として発展。
インド独立の際は、パキスタンに入りたがったが、インドの中央部にパキスタン領ができてしまうことを恐れたインド政府により経済封鎖され、降伏。
なんで旧市街の雰囲気は、ムスリムが多くちょっとパキスタンぽい。

着いたのが週末だったので、あちこちで結婚式。
ドンチャカ踊り狂う親族たちと、疲れ切って馬に乗っている新郎が対照的だった。

by mahaera | 2019-02-26 05:24 | 海外でのはなし | Comments(0)

2019インド旅行 その9 ハンピ編 セルフィープリーズ


ハンピはインド人にとっても大観光地なので、かなりのにぎわい。
するとあちこちで、「セルフィー・プリーズ!」の掛け声が。
これがまた、一組に応じてしまうと、次から次へとインド人が押し寄せてくる。
また、写真を撮れというものも結構いて、うっかり撮ったりすると、送ってくれと言ってくるものも5人に一人はいる。
送る方法を聞くとメルアドもなく、インスタも僕はやっていないので、手段がなく途方にくれる。インド人や欧米人はFBよりWhat's Upなのだろうがやっていないしな。

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この写真は、マイソールにあった「セルフィー・スポット」。
いや、ただの広場で名所旧跡でもないのだが、こんな看板を見かけると撮らずにいられないのがインド人。若者たちが、セルフィーしていた。
最近は、写真撮影ができるところが増えてきたインドの博物館や宮殿だが、入り口で、「Photo OK、Selfi No」と言われることも多い。
確かに人気スポットではあちこちでセルフィー渋滞しているな。
そこでまた「セルフィー・プリース゜」と言われても。。
あとはハンピの対岸の村でカフェ休憩中の写真。
このカフェ、眺めはいいのだが、すべてにおいて50ルピーずつ高いツーリストプライスが難。
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by mahaera | 2019-02-25 02:18 | 海外でのはなし | Comments(0)

2019インド旅行 その8 マイソール編

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(写真)チャームンディーの丘の中腹にある一枚岩から削り出されたナンディー像、前に来た時は真っ黒に塗られていたのに、今回は真っ白というか岩の色に。インド人、変更は気にしないのかな。


インドの旅@マイソール
おそらく7、8回は来たと思うマイソール。
久々に鉄道を利用。3時間で普通に着いた。
エアコン指定席で260ルピー(約400円)とバスより安め(エアコンバスは280ルピー)。
さて、マイソールにいる間、歩いた距離は2日で30km。
初老の身としては、足がパンパンだ。
マイソールの見所はわりと郊外にあるので、結構疲れた。
昨日は朝、12km南のチャームンディーの丘に行き、11時ごろ市内に戻ってマイソール宮殿。

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(写真2)マイソール宮殿。2年前は外国人料金ありで、写真撮影は厳禁だったが、なぜか外国人料金なし、撮影もOKに。しかしそのため、見学路がしばしばインド人のセルフィー渋滞に。


その後2時に33km東のソームナトプルのケーシャヴァ寺院へ、また市内に戻って、5時半に他のバススタンドから北西19kmのブリンダーヴァン庭園へ。


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ここも珍しく外国人料金なし。昔来た時は、うるさい音楽が流れていたが、今回はなくて静か。よかった。


庭園着が18時半。着いたら日が落ちてしまったけど、すぐにライトアップが始まる。しかしバスが混まないうちに市内へ急いで戻る。
なんか、夜は疲れすぎてビールも一杯しか飲めなかったよ。
あと疲れていると、リクシャーとの交渉もどうでもよくなり、粘らなくなるねえ。

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さて日本では報道しているのかな。
インドではカシミールでのテロ、軍事衝突などでパキスタンに対する非難が高まり、マイソールではロウソク持った人々が追悼の行進をしていた。

あと、マイソールでもバンガロールでもシェア式の自転車が街の各所に置かれていた。登録しなければならないのと、そもそもどこにあるのかわからないので、旅行者には使いにくいが、インドでもきちんと広まるのだろうか。
南インドの朝飯といえば、基本なのがイドリーとワダ。インド人は絶対手でつまんでつけて食べると思っていたら、相席のインド人たち、みな2つのスプーンで切って、サンバルやチャトニーにつけて、手を使わずに食べている。手で食べているこちらが行儀悪い感じ。
これから夜行列車で、ハンピに向かいます。そうとう暑そう。


by mahaera | 2019-02-23 02:00 | 海外でのはなし | Comments(0)

2019インド旅行 その7 バンガロール編1 日本食が続く

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インドの旅@バンガロール1日目
2月14日 デリーからバンガロールへ。空港はモダン。
市内までのエアポートバスも何路線もある。
タクシーはあるが高いので(といっても1500円くらいだが)使わない。
Uber専用のレーンもある。
市内までは40km、1時間ちょっとで到着。
前回来た時は、お酒の法律が変わってゴタゴタしていたが(国道沿いの酒類の販売禁止)、閉鎖していた英国式パブも名前を変えて、同じ場所で営業。
道を国道ではなく、州道にしたとか、法律に合わせてシステムもかえる柔軟なインドだ。
デリーと違うのは、メトロ(地下鉄&高架)で通勤する女性たちが、けっこうおしゃれ。
また、女性が働いている姿もよく見かけるのが、南インドらしい。

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禁酒州のビハールなどに行っていたので、しばらくアルコールを入れてなかったが、夜は仕事を兼ねてパブへ。
インドによくあるBARと違い、明るい店内、音楽大きめ、若い男女多し。
お値段は張るが、大ジョッキの生ビールを飲む。久し振りなので酔いが早い。
しかしデリーに比べるとこの時期のバンガロール、寒すぎず、暑すぎずでかなり快適。
しかしガヤーあたりでひいた風邪の咳が抜けないなあ。


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2月15日 バンガロール2日目
仕事など、訳あっていきなり日本食が続く。
まだ、日本食を渇望するほどではないのだが、たまたま続いてしまった。
バンガロールにはけっこう駐在員がいて、日本食受容はあるようだが、だいたいどこの店も半分はインド人らしい。
しかし僕は旅行者だからいいが、帰りたくても帰れない会社員は、インドに来てもなかなか大変だろう。
僕だったら、グチが言えるマスターがいるバーか、チーママがいるスナックが必要だな。
サラリーマンに必要なのは、グチが言える場だと思うが、単身赴任だとストレスため込みそう。
一番の娯楽は、日本のテレビ番組を見ることらしいが、それもねえ。



by mahaera | 2019-02-20 12:26 | 海外でのはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『ファーストマン』期待のチャゼル監督の新作。しかし出来は、、


『セッション』『ラ・ラ・ランド』と続けて“面白い”映画を送りだしたデミアン・チャゼル監督
その新作は、『ラ・ラ・ランド』でもタッグを組んだライアン・ゴズリングを主演に迎え、人類初の月への第一歩を踏み出した宇宙飛行士ニール・アームストロングを描いたものだ。IMAXカメラで撮影された月への初飛行の再現が大きな見どころだが、エンタメ大スペクタクルを期待するとなんだか違うものを見てしまった感がある。
本作はアームストロングの自伝が原作だが、もともと彼が「冷静沈着で面白みがない」と評される人物なので、映画を見ていても彼の内面はわかりにくくなっている。
感情的でないから、もちろん月着陸という大務を任させられたのだろう。
ゴズリングはそんなアームストロングを、『ブレードランナー2』のように淡々と演じている。

映画はアームストロングが幼い娘カレンを治療の甲斐なく亡くす1961年から始まる。空軍のテストパイロットだったアームストロングは、悲しみから逃れるようにNASAの宇宙飛行計画に応募。
妻と長男を連れてヒューストンに移ったアームストロングは、過酷な訓練にも耐え、仲間たちとの友情も築いていく。ジェミニ計画で宇宙初飛行をしたアームストロングだが、ドッキングの際にトラブルが起きる。
それを冷静に乗り越えたアームストロングに、次のアポロ計画での重要な任務が任される。1969年、アポロ11号の船長に任命されたアームストロングは、月へと向かった。

過去には『ライトスタッフ』や『アポロ13』、近年では『ドリーム』など、アメリカの宇宙飛行の実話の映画化は少なくないが、意外にも一番のトピックともいえる「月着陸」を正面から描いた映画はなかった。
本作はその月面第一歩を刻んだアームストロングを中心に、月着陸までの道のりを描いている。もちろんドラマチックな展開はある。数々のトラブルが起きるが、トラブルも日々の生活も淡々と綴られていく。しかし演出もあるのだろうが、出来事をどこか傍観しているように見え、盛り上がりに欠けるのだ。高揚感がないというか淡白というか。淡々とした店舗でもいいが、深い味わいもない。技術的には確かに着陸シーンとかは見応えがあるのだけどね。
ということで、個人的には響かず“期待はずれ”になってしまった。残念。

★★


by mahaera | 2019-02-19 01:59 | 映画のはなし | Comments(0)

2019インド旅行 その6 デリー再び 国立博物館とラールキラー

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2月13日 デリー
ブッダガヤーからひとまずデリーに戻る。
ガヤー空港初めて使ったが、今やバンコクやヤンゴンから国際便が到着する立派な国際空港だ。
トランジットでバラナシで一度降機したが、ここも今や立派な空港で、規模も前に来た時よりも大きい。
まあまあスムーズに乗り継いで、デリー着。エアポートメトロでShivaji Stadium駅で降りると、オートリクシャーの溜まりがあり、そんなに頑張って交渉しなくても50ルピーでメインバザールへ。
Shivaji Stadium駅にはインド人向けのビザセンターがあった。

日が明けた今日、まずは開館時間付近を狙って国立博物館へ。
すでに団体のバスが何台も停まっている。
訪れるのは3年ぶりだが、布や織物の展示室が新しくなっていた。
その代わり、閉まっている展示室もいくつもある。
入館料は高いが、日本語のオーディオガイド込み。
先日、インダス文明のことを「子供に教える世界史」で書いていたので、こんな分銅と秤の写真を撮ってみる。
紀元前2000年、重さを量るのにこんなシンプルな装置を発明したのはすごいな。
今でも天秤ばかりを使う人たちがいるし。
あとはインダス文明のおもちゃ。

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本当におもちゃとして使われていかはわからないが、子供が遊びそうな牛車や、溝に球を転がして遊ぶ円盤とか、素朴だが生活に余裕があったことを感じさせてくれる。


2月14日 インドの旅@デリー2日目
昨日の午後はメトロに乗り、ラール・キラー(Red Fort)へ。
毎度、毎度行くので(おそらく8回は行っている)、行かなくてもいいかなと思うのだが、何か変わっていると困るので。しかし天気わるし。
入場料金は他の世界遺産と同様、Rs500から600へ
クレジットカード払いは50ルピー割引なので、カードを使う。
中はあちこちで工事や整備中。
驚いたことに、今までは城内で観光できるエリアは南側の一部に制限されていたが、前までここに駐屯していた軍が出て行ったようで、今まで入れなかったエリアにも行けるようになったこと。
といってもそこにはムガル時代のではなく、英領時代以降の建物があり、それらのリノベーション中。

ゆくゆくは博物館やギャラリーにするようだ。
下の写真はその整備が進んでいない北側の敷地

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かつての噴水や水路の跡が残っていた。

あとは城壁沿いに道ができていて、外側を南に歩いて行くと城壁の南門まで行けた。ここを乗り合いオートリクシャーが片道Rs10で通っている。
南門脇にはチケットブースが作られていたので、将来的にはここからも入場ができるのだろう。
南口を出ると、メトロ駅「ジャマー・マスジット」まで徒歩4分。便利になったものだ。
下の写真は、そのラールキラー南門近く

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by mahaera | 2019-02-18 03:16 | 海外でのはなし | Comments(0)

2019インド旅行 その5 ブッダガヤー

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インド仏跡巡り@ブッダガヤー1日目。
ラージギルからバスでブッダガヤーへ。
12時半頃バスに乗る。これが偶然か、ちょっといいバス。
バスの行き先は、ガヤーの対岸のマンプールの町。
ここからブッダガヤーまで14kmをオートリクシャーで移動。20分、200ルピー。
宿は予約サイトで予約済み。チェックインしたらすでに午後3時。
それから遅い昼食を食べたら、もう日が傾いていて、
あわててマハーボディー寺院と向かう。

ここはブッダが覚りを開いた場所。
その何代目かの菩提樹が境内にある。
寺院と言っても、1000年ほど前に建てられた仏塔があるだけ。
むしろその周りの、仏塔を囲んで多くの仏教徒が祈りを捧げている広い境内が寺院といっていい。
ここで失敗。カメラの動画が動きっぱなしになっおり、せっかくカメラ撮影代を支払って入場したけど、すぐにバッテリー切りになってしまったこと。そして仏塔は東向きなので、夕方行くと逆光になっていること。ああ、明日の朝、また来なきゃ。

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インド仏跡巡り@ブッダガヤー2日目。
前日カメラのバッテリー切れという失敗があったので、朝、もう一度マハーボディー寺院へ。
今度は順光で光も正面から当たり、また朝のお祈りが終わった後ぐらいでもあったので、混んではおらず、ゆっくりと境内を廻る。
仏塔の裏の菩提樹のあたりでは、チベット僧たちが低音のお経をあげていた。
その後、ホテルや各国寺院を回る。
インド人に人気なのは、日本が作った大仏。
とにかく大きくて見栄えのするものは、わかりやすくて人気が高い。
ここには日本のお寺も4つある。そこでは日本のお坊さんたちが働いていた。
そのうちのひとりと、長話もさせてもらった。
気がつくと日本語を話すのは、先週デリーを出て以来だ。
夜はチベット料理。インド料理以外が食べられるのはうれしい。
ということで、現在はデリーに戻りました。

by mahaera | 2019-02-13 23:51 | 海外でのはなし | Comments(0)

2019インド旅行 その4 ラージギルとナーランダー

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インド仏跡巡り@ラージギル
パトナーを出たあたりから天気が崩れ、時折雷雨。パトナーからラージギルまでは列車移動だったが、4時間のところ3時間30分で到着。
油断していて、「終点だよ」と言われて降りる。

チェックイン後、また雷雨になり、夕方になって少し止んだので外へ。
この時、雨がパラパラなので無理しないでおけばよかった。
いつのまにか有料になった竹林精舎(単なる公園)のあと、温泉寺院へ行ったがそこでぬるぬるになった階段で転倒。顔を打つ。
その時は打撲で呆然としたが、出血・内出血はなく、ただドロドロになっただけなので部屋で洗濯・休憩に。
顔の方はともなく、倒れてひねたったかした左手首が夜のうちに痛くなり、翌朝(昨日)、雨で仕事もできないこともあり、診療所に行って固定。
大けがにならなくてよかった。小さな町なので、入院もできない。
天気は回復したが、なんとなく半人前の状態。でもインドの旅はまだまだ続く。


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インド仏跡巡り@ナーランダー。
昨日は午後から天気が回復してきたので、晴れるだろうと、ラージギルからバスでナーランダーへ行く。バスで片道20分。
そこで降りると、遺跡行きのターンガー(馬車)が客待ちと「歩き方」にはあるが、もう並んでいるのはオートリクシャー(しかも電動)。
僕が行った時も7年ぐらい前だが、ターンガーに6人ぐらいの相乗りだったが、インドは変わる。道も2車線になっていたし。そして昨年世界遺産になったこともあり、外国人入場料金も200ルピー(約300円)から、600ルピー(約900円)に値上がり。
遺跡は前に行ったときに比べると、ぐっと拡張・整備され、見学路ができていた。あと、今はシーズンということもあり、観光客の数が数倍、遺跡内でセキュリティーやら掃除やらで働く人も10倍ぐらいに増えていた。その全員がバクシーシ攻撃をしてくる。なんだが、こんなに大勢にバクシーシと言われたのはインドに毎年来てても何年ぶりだろう。
しかし仏跡に来る外国人、昔は日本人中心だったが、ここも今や多いのは中華系東南アジア人(タイ人とか)。ミャンマー人の団体もかなり多い。
日本語ではなく、インド人もまず中国語で話しかけてくるし、ホテルでは「日本人減ったよー」と言われる。

まあ、日本の国力が相対的に没落しているのでしょうがない。昔の日本人は貧乏でも海外旅行に行こうとしたが、今や貧乏じゃ海外にも行く気も起きないのだろう(気分的にも)。まあ、とにかく昔と違って、中国人や東南アジア人が大量に仏跡にはくるので、日本の顔が目立たなくなっていることは確かだなあ。
ナーランダーは三蔵法師こと玄奘が学んだことでも知られる仏教大学の跡なのだが、博物館に展示している仏像とか、タイのスコータイ時代の仏像に似たマント姿のものもあるので、タイ族の僧侶とかも来ていたのだろうか。

by mahaera | 2019-02-13 01:54 | 海外でのはなし | Comments(0)