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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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ルーファス・ウェインライト 2019年3月29日 東京国際フォーラムC 最高だった!

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うーん、最高の公演だった。いろいろなライブ行くけど、これほど歌のうまさに終始うっとりできるコンサートはなかなかない。
ロック系でもないしダンス系でもないので、僕の周りでは聴く人はほぼ皆無だけど、今回この公演が見られて本当に良かったと思う。

1973年生まれのルーファス・ウェインライトは、1998年にデビュー。
家庭環境によりアメリカとカナダの両方で育ち、十代のうちにゲイであることをカミングアウト。
音楽性は、オペラやジュディ・ガーランド、エディット・ピアフ、ミュージカルなどに影響を受けたもので、ロックやダンスといったヒットチャートのメインストリームとは違う。
例えて言うならば、それらをしないフレディ・マーキューリーか。
僕が初めて彼を知ったのは映画『シュレック』の挿入歌で、レナード・コーエンの「ハレルヤ」のカバー。
それが本家やバックリィ版よりも素晴らしく、この曲が大好きになってしまった。映画『アイ・アム・ア・サム』の挿入歌「アクロス・ザ・ユニバース」もPV共々素晴らしかった。

さて、昨年、ドイツ人のアーティストと結婚したルーファス。
今回はバンド編成で、初期2枚のアルバム(『ルーファス・ウェインライト』『ポーセズ』)を再現する試みで、5人編成のバンドで来日(ここしばらくはピアノの弾き語りが多かった)。
先週、パートナーと中国から長崎に上陸したルーファスは、京都など日本観光を楽しんでちょっと新婚旅行気分で終始上機嫌。
twitterを見ると、長崎ではグラバー邸「蝶々夫人」に思いを馳せたり、目黒川で花見をしたり、京都で坂東玉三郎の公演を見たり、楽屋にはなぜか映画監督の三池崇史が来たりしていたらしい(昨日は楽屋に坂東玉三郎が来たらしい。客席には鈴木慶一の姿も)。
さて今回のステージは休憩を挟んだ二部構成。
第一部はファーストアルバム『ルーファス・ウェインライト』からの8曲と最近の曲、ジョニ・ミッチェルの「青春の光と影」のカバー。
ほぼ一曲ごとにトークが入る。歌はほとんどCDと同じクオリティで、うますぎる。
そして声が同じ男でもうったりするほどいい。
これはフレディやジョージ・マイケル、エルトンのレベル。
昨年、同じカナダのジョニ・ミッチェルの生誕75周年を記念するコンサートにも出演していたっけ。
MCは予想に反してちょっと可愛い感じ。
曲の前にはその解説も交えたりお客も笑わせたりと、サービス心もある。曲によって、アコギとピアノを行き来。
そして客席にいるパートナーを「マイ・ハズバンド」と呼んだりしていた。

15分の休憩を挟んだ後の第二部は、2nd『ポーゼス』の全12曲をその曲順にMCなしで一挙に歌う。
きっとMC入れると緊張感が途切れるのだろう。日本で用意したという派手なキモノを嬉しそうに着て登場。ほぼフレディ。
バンドサウンドだが、非ロックの要素も強い。
数年前に同じ国際フォーラムで見たブライアン・ウィルソンの『ペット・サウンズ』全曲公演に似た感じだ。

アンコールは続けて3曲。
自作2曲の後、最後はビートルズのうっとりするようなカバー『アクロス・ザ・ユニバース』で締めた。
そういえば、ルーファスのデビュー当時はショーン・レノンとツアーをしていたらしい。

大満足のコンサート。
残念なのは客の入りが今一つで、2階席の前の方までしか埋まらず、3階は人もいれていない。
それと会場限定のカバーCDが、前日の初日で売り切れて2日目は販売なし(おいおい分けて販売してくれよ)。
Tシャツなどのコンサートグッズも在庫がなかったのか、すぐに売り切れてたし。
もっといろんな人に見てもらいたいと思ったコンサートだ。で、彼の歌声はやはり最高!


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by mahaera | 2019-03-30 12:08 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)

名盤レビュー/ジョニ・ミッチェルその6『ドンファンのじゃじゃ馬娘』(1977)聴き応えのあるジョニのホワイトアルバム

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●『ドンフアンのじゃじゃ馬娘』

- Don Juan's Reckless Daughter (1977)
ジョニ初の2枚組で、前作から一部参加していたジャコ・パストリアスが全面参加するだけでなく、おそらくアレンジや楽曲構成にも大きく関わっていると思われるジャズ・フュージョン寄りのアルバム。
ポップさはかなり後退して、誰もが歌えるようなメロディはなく、ほとんどジャズの即興のようなふわふわしたもの。
レッドツェッペリンのロバート・プラントの歌メロみたいな。
サウンドは基本的には、ジョニのアコギとジャコのベースが核。ここ数作で参加しているジョニの恋人ジョン・ゲランがドラム、何曲かでラリー・カールトンがエレクトリックギターで参加しているが、印象にない。
ウエイン・ショーターがソプラノサックスで2曲、ドン・アライアスとアレックス・アクーナがパーカッションで参加しているのは、ジャコつながりだろう(ウェザーリポート人脈)。
コーラスではチャカ・カーンが「テンス・ワールド」「ドリームランド」、グレン・フライとJ.D.サウザーが「オフ・ナイト・バックストリート」が参加しているのも話題に。

1曲目「オーバーチュア〜コットンアベニュー」でアルバムは幕を開け、ちょっと「コヨーテ」風の2曲目「トーク・トゥ・ミー」では、ジョニのギターとジャコのベース(オーバーダブされて何本も入っている)が、共に歌う。ジャコの饒舌なベースメロが聴ける。この1-2曲がジャコのベストプレイか。

LPではSide-B一面を使った16分強の大作「パプリカ・プレインズ」はジョニのピアノの弾き語りから始まり、途中からマイケル・ギブ編曲の壮大でドラマチックなオーケーストレーションが加わっていく。
中盤は歌がなく、ジョニのピアノとオーケストラのみで曲が進む。
後半、再び歌が戻り、まるで映画を見ているかのよう。
歌詞はジョニの子供時代のカナダの平原をイメージしたものだそう。
エンディングはドラムやベース、サックスも加わり、ドラマチックに。

Side C 1曲目「Otis and Mariena」のエンディングから途切れなくカリブ風のパーカッションが入り、パーカッション(アイアート・モレイラはスルド、アレックス・アクーナもコンガで参加)とコーラスの掛け合いだけの「The Tenth World」へ。
これは完全にワールドミュージック。
間髪入れず、パーカッションとジョニの歌のみという「Dreamland」へ。
こちらは「The Tenth World」がカリブ風なのに対して、アフリカ風。
Side Dに移り、「Don Juan's Reckless Daughter」では、ジョニのアコギとパーカッション。
ここまでがワールド・ミュージック風のものが続く。

Side D2曲目「Off Night Backstreet」にはグレン・フライとJ.D.サウザーがコーラスで参加、ドラム、ベース、アコギという普通の編成で、このアルバムの中では一番ポップな曲
アルバム最後の「絹のヴェール」はジョニのアコギ弾き語り。これは久々にフォーク時代の曲のよう。

アルバムは全米チャート最高位25位とふるわず、また批評家からも賛否両論だった。
しかし内容はバラエティに富んでおり、ビートルズで言えば「ホワイトアルバム」
アコースティック感があり、音で埋め尽くさないのもいい(コード楽器はほとんどジョニのアコギかピアノのみ)。
名作であることに変わりないだろうが、ジョニ初心者にはとっつきにくいアルバムかも。


by mahaera | 2019-03-28 12:28 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)

最新映画レビュー『ROMA/ローマ』本年度暫定マイベストワン! 内容、風格とも素晴らしい


今年のアカデミー賞作品賞最有力と言われながら、劇場での限定公開、そしてメインが動画配信サイトのNetflixでの公開のためで惜しくも3部門の受賞にとどまり、選考基準にも一石を投じた作品。
ただし、映画自体は文句なくすばらしく、また作品賞を取ってもいい格調であるあることは確か。
そして動画配信作品ながら、もっとも映画館の環境で見るべき作品だ。もし、見に行くか迷っている人がいたら、公開が終わる前に必ず行くべし! 
パソコンのモニターとスピーカーで見たら、映画の良さの1/10ぐらいしか伝わらないからだ。
ベネチア映画祭では最高賞の金獅子賞、アカデミー賞では外国語映画賞、監督賞、撮影賞を受賞


舞台は1970年から71年にかけての、メキシコシティのローマ・コンデンサ地区。
若い先住民の女性クレオはそこで医者のアントニオと妻のソフィアに雇われ、住み込みの家政婦として働いている。
家には夫婦の子供たちが4人、ソフィアの母のテレサも暮らしていた。
ケベックへ仕事で出かけたアントニオだが、そのまま家には帰ってこなかった。その前からソフィアとの夫婦関係はギクシャクしていたのだ。
一方、クレオは友達の恋人の紹介で、フェルミンという武術を習っている青年と付き合っていたが、ある日、彼に自分が妊娠したことを告げると、彼は戻ってこなかった。
クレオの出産予定日が近づき、テレサにつれられてベビーベッドを買いにいくクレオだが、そこで暴動に巻き込まれてしまう。。。


上映時間2時間15分、モノクロ、映画のための劇伴音楽は一切なし。そして出だしはスロースタートと、見ていて眠くなってしまう要因は多いが、最初だけ我慢して見続けて欲しい。
冒頭、床とそこに流される水が数分にわたって映し出される。耳を澄ますと流れる水の音、犬の吠える声、遠くを飛ぶ飛行機、通りの物売りの音がリアルに聞こえてくる。
カメラがパンすると、主人公である若い家政婦のクレオが映し出され、それから彼女の日常の1日の仕事が始まる。
この生活音の音響設定が見事で、まるで自分がそこにいるかのように、左右、前方から聞こえてくる。
スロースタートなのは、映画の世界に没入するようにするためだろう。
基本的には1シーンのカット割りが長い。というか、ほぼ1シーン1カットだ。
家の2階をゆっくりカメラが一周し、クレオの仕事とそこで暮らす家族を映し出す(これが劇中何度か繰り返される)。観客は間取りまで、完全に頭の中に入る。

ワイドスクリーンの画面をフルに使った画面構成は見事
クレアが家を出て町の通りを歩き、映画館に着くまでを長い横移動でほぼ1カットで見せる。
クレアがベビーベッドを買いにいくくだりでは、数百人のエキストラが動き、デモから暴動、屋内の家具店内での事件からクレアの破水までを、ほぼ1カットの流れるような移動カメラで見せる。すごい迫力だ。
このカメラワークと、自然音の演出は、クレオの出産シーンやラストの海のシーンでピークに達する

そうした映画の中でインパクトが強いシーンの合間にも、印象的なシーンが多い。
というか、ほとんどが印象的なシーンといってもいい。
フルチンで武術をクレオに見せるフェルミンの滑稽さと、その後の最低男ぶりは、誰かに語りたくなるほど。
フェリーニ映画(とくに『アマルコルド』)のような、大変なできごとを後ろの方で起きているユーモラスな絵のアンバランスが打ち消す。
たとえば深刻な状態でベンチに座り込んでアイスを食べている一家の後ろには巨大なカニの作り物(カニ道楽のような)があり、そして後ろでは結婚で喜ぶ新婚カップルが映し出されるなど、あげていけばきりがない。

さらに、メキシコにおけるメスティソと先住民との経済格差といった問題(先住民が多い地方の町はバスを降りると未舗装でドロドロだ)などが、重層的に盛り込まれている。
ただ、そうした階層の差を超えて、いつしか家政婦のクレオと雇い主のソフィアは、男に苦しめられている女性という点で心情が理解し合えるようになるのだ。

もちろんアメコミ映画などとは違い、受け身で楽しめる映画ではない
しかし集中して見れば、不穏な空気がだんだん高まっていき、緊張を持って見ることはできるだろう。
なので、いつでも視聴を止められる環境で見ることは、あまり勧められない(集中が中断すると良さは半減する)。
そして、素晴らしい立体的な音響効果を堪能するには、やはり音のいい劇場空間で。いや、本当に音が360度から聞こえてきて、びっくりした。THXならもっといいんだろうな(試してないがヘッドフォンやサラウンドシステムもアリかも)。

見る人を選ぶかもしれないが、今の所、本年度暫定ベストワンの作品だ。

★★★★☆


by mahaera | 2019-03-27 19:13 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『キャプテン・マーベル』 MCU次の展開への布石となるか


『アベンジャーズ/エンドゲーム』公開1ヶ月前、MCUの21作目で新キャラが投入。
ということは、もちろん次につながる重要なキャラであることはまちがない。
MCU映画はおそらくあまり興味のない人でも、何本か見たことがあるだろう。
第1作目の『アイアンマン』からもう10年。
そろそろ節目に来ていることは、製作陣も承知の上。
そこでファースト・フィナーレに向けて動いているのだが、それがセカンド・シーズンに向けているのも確か。


舞台は1995年の宇宙と地球。
クリー人とスクラル人の星間戦争が続く中、クリー人の特殊部隊の隊員バースは過去の記憶がなかった。
スクラル人との戦闘で囚われたバースは、記憶を少しずつ呼び起こされる。
脱出したバースは地球に転落。
スクラル人の追跡をかわしながら、シールドのエージェント、フューリーと知り合い、過去の記憶を探っていくうち、自分が地球人キャロル・ダンバーズだったことを知る。


映画の最初の20分ほどは、クリー星や宇宙人どうしの戦いが描かれる。
そのあとは、“地球に落ちてきた女”バースが、自分が誰であるかを探るミステリー要素と追っ手との戦いのアクション要素、そして一緒に旅をする若きフューリーとのバディムービー要素が絡み合う。
1995年の地球が舞台の部分は、わざと画面を白っぽく飛ばしたり、解像度を低くしているのは、当時の映画の雰囲気を狙っているからだろう。
アクションはあるが、シリアスにはさほどならず、ライトなコメディ感を出している。
なんで、キャプテン・アメリカ系のリアルアクションではなく、ゆるいものといえばゆるい。戦闘シーンとか。

高度な文明持っている宇宙人なのに、格闘技で勝負するの?とか、そんなのでスーパーパワーが身につくの?とか、まあ、いろいろつっこみはあるだろうが、MCU世界の中ではそういうもの。

名作・傑作ではないものの、お客が楽しめるように、細かい配慮がされていて飽きさせないのは、いつもながらさすが。
目が光ったり、手から光線出したり、モヒカン型の宇宙服着て宇宙を飛んだりは、10年前ならお子様以外は白けたかもしれない。
そう思うと、ギリギリ、リアルな『アイアンマン』からシリーズをスタートさせ、徐々に観客を慣らせていった。
いきなり第一弾が本作だったら、やはり子供向け映画か、MIBのようになってしまったかもしれない。
そんなわけで、ブリー・ラーソンの女を感じさせないヒロインの頑張りもあり、合格点のでき。
でも一番アガったのは、エンドクレジットの最初の追加映像。「早くエンドゲーム観たい!」ってみんななったはずだ。★★★☆


by mahaera | 2019-03-26 20:41 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『サンセット』見るものの知的レベルを問う、100年前のブダペストを描く意欲作


大傑作だが何度も見るのが辛い『サウルの息子』のネメシュ監督による新作(長編第2作目)は、第一次世界大戦前夜の1913年のオーストリア=ハンガリー帝国の都ブダペストを舞台にしている。
第一次世界大戦が始まるのはちょうどその1年後の翌1914年。
大戦が終わるとオーストリア=ハンガリー帝国は解体し、オーストリア、ハンガリー、チェコスロバキアなどの国に分裂。
しかし民族主義の台頭はまったく解決できず、第二次世界大戦への引き金の1つになる。
本作は、そうした結果を知っている現代の人々が、時計の針を戻して、1913年のブダペストに降り立つような映画だ。
ただし映画の中の人々は、1年後に戦争が始まり、国が無くなることは当然ながら知らない。
映画タイトルの『サンセット』とは、没落する大帝国の最後の姿のことだ。


では、簡単なストーリーを。
ブダペストにある高級帽子店であるレイター帽子店に、トリエステ(現在はイタリアだが、当時はオーストリア=ハンガリー帝国の一部)から、帽子店の創業者の娘イリスがやってくる。
2歳の時に両親が死に、イリスは身寄りがなく、トリエステで暮らしていた。
しかし親が作ったレイター帽子店で働きたいと、ブダペストにやってきたのだった。
しかし現在の経営者であるブリルは、なぜかイリスを追い返そうとする。
しぶとく帰らないイリスに、ブリルはイリスを雇うことにするが、次第に両親の死に人々が語ろうとしない謎があることを知る。
また、カルマンという兄がいて、失踪中であること。
彼がハンガリーの独立運動に関わっていることがわかってくる。。。


きっとアメリカ映画など最近の娯楽映画しか見ていない人の中には、謎が提示されるだけで回収しない本作に、集中力が途切れてギブアップしてしまう人もいるかもしれない。
ただし、1960-70年代の欧州系アート映画を見慣れた人なら、「あの雰囲気ね」と感じるだろう
つまり「謎は出すが解釈は観客に委ねる」というスタイルだ。
だから映画を見ている間は、何も知らずにやってきた主人公のように、何が起きているのかさっぱりわからない。
集中して見ても、わかることは限られている。
そして謎が次の謎を生み、答えは見つからない。
それを強調するように、カメラはイリスにぴったりと寄り添い、彼女が見たこと以上は映し出さない
それが彼女が理解出来る世界だから。


この帽子店は上流階級がお得意先で、それはハンガリーを支配している親オーストリア派(権力側)に取り入っていることでもある。
1年後に暗殺されるオーストリア皇太子夫妻も店にやってくる。
それと対立しているのが、独立派の人々。
取り締まりやが強化され、スパイが暗躍し、街には不穏な空気が流れている。
イリスは兄がいることを知り、次に兄が両親の死に関わっていたことを知る。
どうやら両親は権力側、兄は独立側で対立があったらしい。
謎めいた人物が次から次へと登場し、イリスに「帰れ」「関わるな」と忠告したり、「カルマンの妹ならこっちへこい」などと連れ回す。
そして目の前で人が死んでいく。
どちら側が正しいかはわからない。
ただし、旧体制がサンセットを迎えていることは確かだ。

主人公イリスの目は終始大きく見開かれている。
そしてラスト、過去から現在の私たちへその眼差しは向けられる

受け身で映画を見ることに慣れてしまっている人は脱落するかもしれない。
歴史的背景も難しいかもしれない。
とはいえ非常に作家系が高いネメシュ監督の作風に、知的好奇心を呼び起こされる人もいるだろう。
そういった意味で、見る人を選ぶ作品だろう。

★★★☆


by mahaera | 2019-03-25 12:25 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』スコットランド女王メアリーの生涯を描く


世界史好きで映画好きなら、ヘンリー8世からエリザベスまでのチューダー朝のドロドロした王室ものは大好物。
『1000日のアン』『わが命つきるとも』『エリザベス』『エリザベス:ゴールデンエイジ』『ブーリン家の姉妹』など数多くの映画になってきた。
さて、本作はその中でも、脇役として描かれることが多かったスコットランド女王メアリー・スチュワートを中心に描いた作品で、メアリーをシアーシャ・ローナン、エリザベスをマーゴット・ロビーが演じている。

イングランド国王ヘンリー8世は、生涯に6人の妻をとったが、うち2人を“姦通の罪”で処刑している。
2番目の妃となったアン・ブーリンが最初の犠牲者だ。
ヘンリーは彼女と結婚するために、最初の妻(レコンキスタを完成させたカトリック両王イサベルの末子)との間に男子が生まれなかったことから、結婚の無効を訴え、それがローマ法王に認められなかったことからイギリス国教会を成立させた男。
しかし、アンが生んだのは女子で、失望したヘンリーは次の女へと向かい、アンを処刑する。
そのアンの娘がエリサベスだ。
ヘンリーは6回結婚するが、結局生まれた男子はひとりだけ、しかも国王に即位して早死してしまう。
次には最初の妻キャサリンとの間に生まれたメアリー1世がイングランド女王となるが、彼女が死んでエリザベスに王位が巡ってきた。

一方、スコットランド女王メアリー(ヘンリー8世の姉の孫)は、若い頃はフランスの宮廷で暮らし、フランスの王子と結婚していた。夫が14歳で国王フランソワ2世になるが、16歳で病死。
18歳で未亡人となったメアリーは、王位が空いたスコットランドへと呼び戻される。
メアリーはカソリックだったが、スコットランドではプロテスタントの長老派が力を伸ばしており、反対も多かった。

偶然、ブリテン島の南北で女性君主が誕生する。
ふたりはライバルであるが、映画の中ではむしろ“共感”も描かれている。
16世紀はまだまだ男の時代。
君主だが、宮廷の男性たちには「政治はわからない」と軽んじられ、結婚して子供を産む以上の期待はされない。
男子を生まなければ、離婚、あるいは処刑もありの世界
そんなドロドロとした宮廷の陰謀の中を、うまく生き残らなければならない点では、同じ境遇なのだ。
そして自分が女王である限り、寄ってくる男は国内の者なら全て“格下”になり、結婚を利用するだけの男かもしれない。
未亡人であるメアリーがスコットランドで結婚したのは、見た目や人当たりはいいが、実は男に興味がありヘタレの貴族(暗殺される)、次は部下の貴族に強制されて。
一方、エリザベスは「男になる」として、生涯独身を通す(愛人は何人かいた)。

予告編ではエリサベスの出番が多いが、映画は8割がメアリーを軸に動く
波乱の生涯と悲しい死を迎えたメアリーだが、その生涯に悔いはなかったのではないか。
それを見つめるエリザベスは自分の生涯を犠牲にする代わりに、イングランドを強国にしたが、それで良かったのだろうかという自問する。

エリザベスは生涯独身だったので、彼女の死とともにチューダー朝の血統は途絶えた。代わりに王になったのは、メアリーの息子でスコットランド国王のジェームズ1世だった。メアリーは自分は国を追われて死んだが、息子はスコットランドばかりかイングランドの国王になった。
ということで、歴史劇や宮廷劇が好きな人には興味深いだろうが、それ以外の人にはどうなのかな。たとえば「大奥」とかを欧米人が見て面白いかどうなのかという感じで。
個人的にはもう少し深みが欲しかったなあ。
出てくる男は、基本的に嫌な奴ばかり(笑)

★★★


by mahaera | 2019-03-24 10:31 | 映画のはなし | Comments(0)

2019.3.21 Mamatos Live Chase the Cloud 2019 at 新宿クロウダディクラブ

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おかげ様で、Mamatos 2019
新宿クロウダディクラブでのライブ終了しました。
来場していただいたみなさま、
温かい拍手と声援、ありがとうございました。

次のライブはまだ未定ですが、告知しますね!
誘っていただいた対バンのGAVANのみなさんもありがとうございました。


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新宿クロウダディクラブセットリスト
  ( )はリードボーカル
 1. モノクロームの…  (斉藤)
 2. 今宵このバーにて (カオリン)
 3. ぶるーすでい (斉藤)
 4. サニーデイ  (カオリン)
 5. Carry On (前原)
 6. 花 (ジャック大西)
 7. 紅い月 (斉藤)
 8. さよなら僕の影 (カオリン)


by mahaera | 2019-03-23 10:21 | ぼくの音楽・バンド活動 | Comments(0)

子供に教える世界史[古代編]エジプト新王国(前1400年〜前1200年)その3 アマルナ時代

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(写真)ネフェルティティの胸像(ベルリン国立博物館収蔵)。映画『フランケンシュタインの花嫁』の“花嫁”の髪型はこの像がモデル。ヒトラーもこの胸像が好きだったとか、エジプトの返還要求が1世紀近くも続けられているとか、エピソードはつきない。


エジプト新王国時代初期、シリアには何度目かの最盛期を迎えつつあるヒッタイト(新王国)が力を延ばし始めていた。
衰退したヒッタイトを盛り返し、新王国時代を築いたトゥドハリヤ1世は、アレッポとミタンニを破り、北部シリアに侵入(前1430年ごろ)。
これを機に長年戦いを続けていたエジプトとミタンニの間に同盟が結ばれることになる。
ミタンニの王の娘が、トトメス4世、アメンヘテプ3世に嫁ぐという、婚姻外交が始まるのだ(前1400年ごろから)。
同様にカッシートやアルサワ(キプロス)の王の娘がエジプトに嫁いだが、エジプト王の娘が外国に嫁ぐことはなかった
。つまりエジプトは、自国を“格上”としていたのだ。
その代りに、大量の金が送られたという。

アマルナ時代〜アメンヘテプ4世の時代

どの世界史の教科書にも記載されているのが、「アマルナ時代」だ。
アメンヘテプ3世の後を継いだアメンヘテプ4世(在位前1362年ごろ〜前1333年ごろ)は、強力なアメン神官団に対抗することもあったのか、アメン信仰を廃して唯一神アテンを信仰し、王命も「アクエンアテン」と改名。
そして首都をルクソールの北402km、カイロの南312kmにあるアケトアテン(アマルナ)に移した。
これが史上初めての「一神教」の誕生と言われている。
とはいえ、のちのヘブライ人による一神教とは異なり、アテンを信仰するのはファラオのみで、他のすべての人は自分(アクエンアテン)を神として信仰しろという内容だ。

この時代、数千年にわたって類型化していたエジプト美術とは異なる、写実的な「アマルナ美術」が生まれた。
そこでは例えば王族が子供達と遊んでいるといった図象や、それまでの王と違い、面長でアゴが尖り、指が長いといった王の像が作られた。
かつてはこの容姿から「マルファン症候群」という病気で「病弱説」もあったが、現在ではそう容姿を描くのは美術の様式で、また統治期間の長さからも病弱は否定されている。
しかし、彼の宗教改革は彼の死後は頓挫する。
アメンホテプ4世の浮き彫りに削られているものがあることから、反対勢力があったようだ。

アメンホテプ4世を知らなくても、彼の妻で王妃のネフェルティティの名は聞いたことがあるかもしれない(僕はマイルス・デイビスのアルバムで知った)。
彼女の記録は歴史から意図的に消された形跡があり、多くは知られてはいないが、現在ベルリンの国立博物館に残る未完の胸像の存在により、容姿は知られている。
そのため「古代エジプト三大美女(他はクレオパトラとラムセス2世の妻ネフェルタリ)のひとりと言われている。
アメンホテプ4世の在位14年から彼女の記録がなくなることから、その頃に亡くなったと推測されている。
わかるのは6人の子がいたということだ。(続く)



by mahaera | 2019-03-22 16:05 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)

子供に教える世界史[古代編]エジプト新王国(前1400年ごろ〜前1200年ごろ)その2ハトシェプスト女王とトトメス3世の時代

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ハトシェプスト女王時代のエジプトは平和外交が主で、戦争も少なかった。
しかしその一方、先王であったトトメス1世が抑えたシリアでのミタンニ勢力が力を伸ばしていた。
あと記録では南方のソマリア付近にあったブント国との貿易が残っている。
ブントからは金や香料、象牙、奴隷、ヒヒなどが輸入された。

50歳でハトシェプストが亡くなり、トトメス3世(在前1490〜前1436年)の単独統治時代が来る。
彼はまず彼女の彫像や墓などを破壊し、記念建造物から名前が削り取られ、ハトシェプストの記録を抹消した
エジプトの王に女性がいた痕跡を消したかったか、単に彼女が嫌いだったか。
トトメス3世は単独統治に入ってすぐ、シリア遠征を行った。
これはミタンニ王国が、シリア北部のカデシュ王を盟主としてシリアの諸都市に「反エジプト同盟」を組ませて対抗したからだ。
トトメス3世はシリアの反エジプト同盟軍を撃破し、以降、監察官を置いて支配を固める。
しかしその後もシリアの反抗は続き、トトメス3世は都合17回のシリア遠征を行っている。
8度目にはアレッポ近郊でミタンニ軍と戦い、敗走するミタンニ軍を追いユーフラテス川にまで達した。
この勝利により、エジプトは国際的にもヒッタイトやカッシート、アッシリアといった国に、シリアでの主権がエジプトにあると認めさせた。
南では現在のスーダンにあったクシュ王国を屈服させた。
こうしてエジプト新王国の版図を過去最大にしたため、「エジプトのナポレオン」とのちに呼ばれるようになった。

国王と神官団
トトメス3世の死後も有能なアメンヘテプ2世、トトメス4世といった王が後を継ぎ、何度か起きたシリアの反乱を手早く鎮圧した。
しかし一方で、この時代にはテーベの神官たちが強力な力を持ち、王と緊張関係を持つようになって行った。
国家神であるアメン・ラーを祀るカルナック神殿には、エジプトが戦争で勝利するたびに膨大な戦利品が寄付され、経済的にも国家予算の半分を手にしていた。
記録によると、神殿領はエジプトの全耕地の1/3を所有し、その神殿領の全財産の3/4をテーベの神殿が保有していた。
そのため国王を誰にするかでも、神官たちの力が働いていた。
戦争に勝つたびに、神官たちの力は強くなっていったのだ。

トトメス4世はその力を削ごうと、他の神への寄進も行った。
次のアメンヘテプ3世(在位前1386年〜前1349年)は40年にわたる統治の間、アメン神官団をうまく抑え、多くの建造物が造られた。
今もルクソールに残る「メムノンの巨像」は、アメンヘテプ3世の座像で、彼の巨大な葬祭殿の一部だった。
ただし葬祭殿自体は現在ではほとんど残されていない。
また、ルクソール神殿もこの時代に建設された。(続く)
(写真)ルクソールにある「メムノンの巨像」は、アメンヘテプ3世葬祭殿の一部だった


by mahaera | 2019-03-21 11:04 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)

最新映画レビュー『シンプル・フェイバー』オシャレなサスペンス・コメディー。そこそこは面白いが。。


アナ・ケンドリック、ブレイク・ライブリー共演のサスペンス・コメディー
シングルマザーのステファニー(アナ・ケンドリック)は子どもの送り迎えで、息子の友達の母親エミリー(ブレイク・ライブリー)と知り合う。
育児と料理のブログが生きがいで、どちらかとえば鈍臭いステファニーに対し、ファッション業界で働くエミリーは見た目も生活も華やか。
ある日、ステファニーはエミリーから子どもを預かるが、エミリーはそのまま失踪してしまう。
やがて意外な事実が。。。

コメディ系の主演で人気があるアナ・ケンドリック、美人系でスタイルも良く華やかさがあるブレイク・ライブリーという対照的な2人の旬の女優共演のサスペンスコメディ。
失踪したママ友を探すため、個人的に捜査を始めるステファニーだが、調べれば調べるほどエミリーの意外な過去が。
中盤までは文句なく楽しいが、しかしそこから失速していくのは、話が少しシリアスになり、気楽に映画を見ていたのが“殺人”という生々しい出来事が起きるからか。

それでも全体のトーンはコメディ。
なぜか全体に流れるレトロなフレンチポップス(フランスギャル)が、作り物感を出して映画を軽くするのに貢献。
エミリーのダメ夫に『クレイジー・リッチ』の金持ち息子ヘンリー・ゴールディング。
誠実そうだが、そうでもないという雰囲気にピッタリだ。
あとはストーリーに関係なく、スタイル抜群で毎回華やかな服に身を包んで登場するブレイク・ライブリーに、男女とも目が離せないだろう。

ということで、気楽に楽しめるサスペンス・コメディーなのだが、見終わった後、残るものが少ない。
こうした映画は主人公の魅力1つで変わるのだが、どうもアナ・ケンドリックのカマトト演技が鼻についてしまったからか。

残念。★★★


by mahaera | 2019-03-20 10:35 | 映画のはなし | Comments(0)