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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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ライブ告知 Mamatos 9.1日曜日 新宿ヘッドパワー

今週日曜日、新宿で半年ぶりにライブをします。この日はなんと当バンドのギタリスト、サイトーさんの還暦を祝うイベントです。僕もオールモスト60なので、他人事ではないですが、お時間あれば見に来てください。Mamatosの演奏は17時から。小一時間ほどのステージです。CDも販売します!

当日は、ザ・ニートルズ他5つのバンドやユニットも出演。
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全体のスタートは15:30から。終了は19:40の予定です。
OPEN 15:15
Start 15:30

Mamatosは17:00〜17:50に出演です

チケットは2000円+1ドリンクでお願いします

告知動画はここhttps://www.youtube.com/watch?v=MGW7dPRVhc0&feature=youtu.be&fbclid=IwAR13pRdOE5GTnb1oxKZT38s9_uMS-LkdShwaXlzOoT6DPUdNsQ5u9BLwAS8



by mahaera | 2019-08-30 12:48 | ぼくの音楽・バンド活動 | Comments(0)

Bunkamuraザ・ミュージアムに「みんなのミュシャ展」を観に行く

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展示はかなり充実しており、正直、プラハにあるミュシャ美術館の100倍いい
あちらにあるポスターは、写真から起こしたパネルだが、こちらはきちんと当時紙に印刷されたものが展示されている。
またミュシャの習作も数多くあり、特にプラハの市庁舎の天井画の習作が興味深い
あれを描くために、一応、どれも習作を描いていたのだ。

 平日にもかかわらず、館内はそこそこの人出。
やはり8割は女性客。
クリムトと並んで女性を美しく描いたミュシャは女性好み。

 展示の後半は、ミュシャが与えた影響で、「ミュシャ風」の作品が並ぶ。
1970年前後に流行ったロックコンサートのポスターやアルバムジャケット(グレイトフルデッドやイエス)のコーナーは楽しい。
最後が日本の女性漫画家に与えた影響で、水野英子の名作『ファイヤー!』から始まる。
まあ、中には、「あまり関係ないのでは」というのもあるが、ミュシャの描く女性ポスターは、少女漫画の扉のページそのものであり、直接的ではないにせよ多かれ少なかれ、みんな影響を受けているのだろう。

 そう思うと、プラハのミュシャ美術館より、この「みんなのミュシャ展」の方が充実しているのも納得。
ミュシャの遺伝子は、日本で独自の発展を遂げたと言える。


by mahaera | 2019-08-28 17:41 | 日常のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『ロケットマン』 エルトンの前半生を描いたミュージカル。「ユア・ソング」誕生の場面は名シーン 


 今回、自分の持っているエルトン・ジョンのCDを数えたらなんだかんだで12枚持っていたライブも2回行っている
なので今回の映画では、ほとんどの曲を知っていた。

 本作はエルトンの前半生を描いた伝記映画ではあるが、リアルさは追求していない。
もちろん実際にあったエピソードを紡いではいるが、歌で物語を語り、進行させるというミュージカルなので、事実を再構築したファンタジーと言ってもいいかもしない。しかし映画とはそういうものだ。

 映画は依存症施設に来たエルトンが、自分の半生を語るという形式になっている(話が飛んだり主観で語られるのもそのためだ)。
 両親に愛されず、今でいう「毒親」の元で育ったレジナルド・ドワイトだが、音楽に関しては一度聴いたものは記憶して弾けるという才能を持っていた。王立音楽院に入学し、青年期はロックに傾倒。自分の名前を“エルトン・ジョン”に変える。
 20歳のエルトンは音楽出版社で、作詞家希望のバーニー・トーピンと出会い(18歳ぐらい)、意気投合。二人は作詞作曲家のコンビを組み、やがて「ユア・ソング(僕の歌は君の歌)」が生まれる。
 初めてのアメリカツアー。LAのトルバドールでのライブが大成功し、エルトンは一気にスターに。
 しかしエルトンは、自分のセクシャリティに悩んでいた。そんな彼を、恋人であり、マネージャーのジョン・リードがサポートするが、やがて二人の関係は泥沼になっていく。
 もがいても愛を得られないエルトン。次第に派手に、そして虚飾の世界に入っていくエルトンに、盟友バーニーさえも背を向けて去っていく。。。。


 エルトンがゲイで同性婚をしていることは今では周知の事実だが、人気絶頂の70年代の頃はそれは公表されていなかった。フレディ同様、当時の社会ではそれはオープンにはできなかった。何せイングランドでは、1967年まで同性愛は刑法で“犯罪”とされていたほど。
なのでエルトンも最初は女性を愛そうとするが、失敗している。自分が同性愛者であることに気づいても、それを認められず、恥ずかしくも思う。
そして音楽のパートナー、バーニーは異性愛者なのでやんわりと拒絶され、寂しい思いもする。

 ただし映画では、むしろエルトンの心を傷つけたのは、愛のない両親のようにも描かれる。
ハグを拒否する父親、稚いレジーは両親が自分に全く関心がないのを肌で感じている。
有名になったエルトンだが、両親は自分を有名人の親としてしか見ていない。
大人になっても、子供は両親に褒められたい
いくつになっても子供は傷つくのだ。

 キャラが類型的、演出に新鮮味がない、展開が予想がつくとか、完成度でいったら、本作はそれほど高くはないかもしれない。高揚感のあるいいシーンが前半に多いので、盛り上がって終わる感じでもない。コンサートシーンを最後に持って行って盛り上げた「ボヘミアン〜」とは対照的だ。
 しかしレジナルド・ドワイトがエルトン・ジョンになり、最後にエルトン・ジョンこそが実は本当の自分だったと、幼い自分をハグするシーンは感動的だ。
 人は、日々の生活では本当の自分を出しているわけではない。その落差が大きいほど、別キャラが必要なのだろう。ステージの上の方が、ほんとうの自分だってこともある。
 ちなみに本作で一番の感動シーンは、「ユア・ソング」が生まれる場面だ。歌詞は知ってはいるが、こうして物語とシンクロすると、なんてチャーミングで愛に溢れた歌なんだと思う。というか、好きな人にこんなラブレターもらったら泣いちゃうのでは。バーニー役のジェイミー・ベル(「リトル・ダンサー」の少年)も、実にいい奴だ。
 エルトン全盛期は、歌詞はすべてバーニー。なので二人にしかわからない内容の歌詞も多いが、それだけ二人の実人生や感じたことに迫っているとも言える。
 最後に。スタッフの紹介を。
脚本のリー・ホールは、映画『リトル・ダンサー』や『ヴィクトリア女王最後の秘密』の脚本や、舞台「ビリー・エリオット」を手がけている。
監督のデクスター・フレッチャーは『サンシャイン/歌声が響く街』ですでにミュージカルを、『ボヘミアン・ラプソディ』では途中降板したブライアン・シンガーに変わって監督を引き継いだ(クレジットはなし)ことでも知られている。
製作のマシュー・ボーンは『キングスマン』シリーズの監督で、そこでタロン・エドガートンとエルトンに出会った。
 主演のタロン・エドガートンはご存知だと思うが、映画本編で歌唱は、エルトンでなく、すべてタロンのもの。見た目は似てないが、タロンが歌うことでリアルさを得ている。
点数は「ユア・ソング」のシーンがいいので★★★★


by mahaera | 2019-08-26 12:46 | 映画のはなし | Comments(0)

名盤レビュー/ザ・バーズ  The Byrads その8 ●『イージー・ライダー』 - Ballad of Easy Rider (1969)

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1969年の7月から8月にかけて録音されたバーズ8枚目のアルバム。
タイトルトラックの「イージーライダーのバラード」は、アメリカン・ニューシネマの傑作『イージーライダー』のテーマ曲で、映画のエンデンィグに流れるが、映画に使われたロジャー・マッギンのソロとは別バージョン。
アルバムの発売は1969年11月で、その前の10月に「イージーライダーのバラード」がシングルカットされた。
映画『イージーライダー』のアメリカ公開は1969年の7月14日(建国記念日)
その一ヶ月後の8月15〜17日にはニューヨーク郊外でウッドストックフェスが開かれた。
また7月20日にはアポロ11号が人類初の月面着陸、8月9日にはハリウッドでヒッピーのカルト教団マンソンファミリーによるシャロン・テート殺害事件も起きていた。
そんな1969年の夏に録音された本作は、全体的には激しいサイケの時代から逃れるような穏やかなカントリーロックだ。
メンバーは前作と同じ、マッギン、クラレンス・ホワイト、ジーン・パーソンズ、ジョン・ヨークの4人体制だが、ベースのジョン・ヨークはアルバム発売後、脱退してしまう。
アルバムは前作『バーズ博士とハイド氏』がチャート100位内に入らなかったのに対し、上向きになり最高位41位だった。
できも、前作に比べるとはるかに良く、聴き込めば聴き頃ほど味わい深いアルバムだ。
『ロデオの恋人』がカントリー寄り、『バーズ博士とハイド氏』がサイケとの折衷だったのに対し、こちらはかなりこなれたカントリー・ロックといえよう。

A-1『イージーライダーのバラード』。映画に使われたマッギンのソロよりもこちらの方がはるかにいい。オーケストレーションもこの曲にぴったり。もともと映画のエンデングはディランの「イッツ・オールライト・マ」が流れる予定だったが、ディランが拒否したため、マッギンのソロに差し替えられ、さらにエンディングクレジットには「イージーライダーのバラード」が新録された。この曲の作者はマッギン単独となっているが、実際はディランがかなり力を貸したことがのちにわかり、現在ではマッギンとディランの共作とクレジットされているものもある。バーズのこのバージョンは2分3秒と短いもので、もっともっと聴いてみたい雰囲気にさせるがあっけなく終わる。ちなみにボーナストラックの20秒長いロングバージョンでは、クラレンス・ホワイトのギターソロが聴ける。また、本作で唯一のマッギンの作曲。
A-2『Fido』はベースのジョン・ヨーク作。ちょっとディランの「マイティクイン」に似ている。途中で珍しいジーン・パーソンズのドラムソロが挿入されている。
A-3『Oil In My Lamp』はパーソンズとホワイトの共作。コーラスが美しいのと、終始入り続けるホワイトのギターのオブリが魅力的。
A-4『Tulsa County』はヨークが持ってきたカントリーのカバーだが、最終的にはマッギンの歌唱に差し替えられた。印象的なバラード。途中のホワイトのカントリー風のソロの音色が気持ちいい。
A-5『Jack Tarr The Sailor』は伝統歌のカバーでボーカルはマッギン。

B-1『Jesus Is Just Alright』はゴスペルグループのアーサー・レイノルズの曲のカバー。本作のベストトラックの一つで、シングルカットされたのも納得。ヒットには至らなかったが、1973年にドゥービーブラザースがリメイクしてこちらは最高位35位になった。こちらはバーズのバージョンをハードにして、なかったミドルのスローな部分を入れている。
B-2『It'S All Over Now, Baby Blue』はご存知ディランの代表曲の優れたカバー。スローにアレンジし、相手を攻撃するより諦念に近いフィーリングで歌われる。シングルでは『Jesus Is Just Alright』のB面として発売された。
B-3『There Must Be Someone (I Can Turn To) 』はカントリーのカバー。
B-4『Gunga Din』はパーソンズ作。イントロの3フィンガーから朗々としたパーソンズのボーカル、バンジョーの明るい響きと、この曲はかなりの佳曲。マッギン以外のメンバーが活躍しているのも、このアルバムの魅力だ。
B-5『Deportee (Plane Wreck At Los Gatos)』は、ウディ・ガスリーのカバー。1975年のディランのローリングサンダーレビューでは、ディランとバエズがデュエットで歌っていた印象的な曲。
最後のB-6『Armstrong, Aldrin And Collins』は打ち上げカウントと離陸音から始まる、アポロ11号の月面着陸を讃える歌。宇宙好きのマッギンらしい小品。

現在、発売しているデラックスエディションでは、テイク違いや未発表曲を7曲を加えた豪華なもの。
ボーカルが他のメンバーのものもあり、これは貴重。
また本作では、ギタリストのクラレンス・ホワイトとドラマーのジーン・パーソンズによって開発されたベンダー・ストリング・ギターが活躍。
個人的には、気軽に聞け、しかも飽きないということで、いつの間にかかなりの愛聴盤になっていた作品だ。おすすめ。


by mahaera | 2019-08-25 08:34 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)

旧作レビュー『ブルース・ブラザース2000』映画としては緩いが、出演者はすごい。これはこれであり


 仕事が詰まっているので(2か月近く旅行に行っていたので当たり前だが)、基本的には家に引きこもっていたお盆の2週間。映画もTsutayaにも行けず、見たのは家で配信で見たこの『ブルース・ブラザース2000』ぐらい。前作とは違い、見た人はほとんどいないのではないか。かくいう僕も、公開当時、あまり評判が良くなかったので見ていない。

 「2000」とあるが公開は1998年。前作のエイクロイドの相棒、ジョン・ベルーシは死んでしまったから、今回はジョン・グッドマンがエイクロイドの相棒になり、孤児も加わり、ほぼ前回と同じ話が繰り広げられる。
主人公が出所して、バンドメンバーを集めてコンサートをしようとするが、警察ばかりか、ヘイト集団やギャングにも追われる羽目になりという、書いていて全く同じ内容だ。

 で、前作にも増してゆるい内容で(それが売りだが)、制作費の半分しかアメリカでは回収できなかったという。まあ、真剣に見ると確かにグダグダ。
映画の出来としては★かもしれないが、それを帳消しする音楽シーンの素晴らしさ。
『ブルース・ブラザース』の功績は、偉大なR&Bアーティストの魅力を後世に残したことだが、本作も然り。
つまり音楽シーンの合間にコントが入る、といった楽しみ方でいいのだ。
そして、この「2000」に出ていた多くのミュージシャンがすでに故人(20年前なので)。
そう思うと、「見られただけでいい」という感もある。

ジォームズ・ブラウン、ウィルソン・ピケット、アレサ・フランクリン、BBキング、ドクター・ジョン。。そして演奏するミュージシャンたちも亡くなっている。その姿を映画という形で永遠に残しただけでも、この映画の価値はあるなと。
ここに貼ったのは、最後のコンテストで、ブルース・ブラザース・バンドと競う、ルイジアナ・ゲーター・ボーイズの演奏シーン。
ステージに上がったこのメンツが、いかにすごいかは音楽通ほどよくわかる。
わからない人には、全くわからないだろうなあ。
この中では、クラプトンも“若手”。
あと地味に、Jazz系のすごいミュージシャンがバックアップしているのもすごい。
ドラムがジャック・デジョネット、ベースがウィリー・ウィークス、他にもジョシュア・レッドマンやグローバー・ワシントンJR(故人)といったホーンの中に、Eストリートバンドのクラレンス・クレモンズ(故人)が紛れ込んでいるのが、おかしい。ということで、この演奏シーン見てくれ

by mahaera | 2019-08-24 08:18 | 映画のはなし | Comments(0)

映画『ゴッドファーザー』のコッポラ監督によるオーディオコメンタリーを聞く


仕事が終わり長編映画を観る気になかなかなれなくて(そんな時間があるなら飲みにいくか寝る)。

で、見たといえば、『ゴッドファーザー』のコッポラ監督による音声コメンタリー
それでも映画と同じサイズだから2時間50分ある

映画『ゴッドファーザー』については、前にも解説したし、観ていない人はいないと思うからストーリーはここでは割愛。今回はコッポラのコメンタリーの話だ。
コメンタリーが録音されたのは、DVD発売の頃だろうから、もう20年ぐらい前だろう。
制作の面白い裏話ももちろん聞けるが、大半を占めるのはまだ30歳そこそこの青年監督が、スタジオに解雇されそうになりながら、なんとか作品を仕上げたというグチ話だ。
これが本当に辛かったようで、その話が繰り返し繰り返しされる。

小説『ゴッドファーザー』の権利を手に入れたパラマウントは、低予算映画として企画し、まだ小品しか監督していなかったコッポラに監督を依頼する。
コッポラの前の作品『雨の中の女』(1969)は批評家には高く評価されたが、ヒットにはほど遠かった。
コッポラは当時は脚本家として業界では知られていて、脚本を担当した大作『パットン大戦車軍団』ではアカデミー脚本賞を受賞していた。
野心溢れるコッポラは1969年に制作会社を作り、ワーナーと契約するが、その第1作目『THX1138』(ロバート・デュヴァル主演)は難解として重役に嫌われ、契約を破棄されてしまう。この映画はジョージ・ルーカス(当時27歳)のデビュー作だったが、製作のコッポラは多額の借金を抱え込むことになり、全く興味がなかったマフィア映画の脚本と監督に就任することになったのだ。

コメンタリーでコッポラはしきりに「低予算映画」というが、当時のお金で250万ドルなので同年の『フレンチコネクション』や『キャバレー』と同等なので、まあ標準的な製作費だ。しかも制作中に小説がベストセラーになったので、最終的に制作費は600万ドルにまで上がったという。

さて、新人監督なのでスタジオは脇を固める技術スタッフにベテランをつけた。
ただしキャストはドン・コルレオーネを演じるマーロン・ブランド以外は当時はほぼ無名。
ファミリーの長兄を演じるジェームズ・カーンと相談役のロバート・デュヴァルは、コッポラと組んだことがあるので選ばれたが、あとはオーディション。
最大の功績は、アル・パチーノの発掘だろう。
当時、彼の主演作『哀しみの街かど』は公開されておらず、誰も知らなかった。スタジオはロバート・レッドフォードを推したが、コッポラの直感は当たった。
テストフィルムを見た重役は、パチーノの演技に納得した。

ブランドの起用もまた、過去の名優、トラブルメーカーとしてスタジオは難色を示した。
それに撮影当時はブランドはまだ47歳ぐらいだったから、役柄に対して若すぎた。
しかしブランドはこの役が自分にとってとても重要であることを理解しており、テストフィルムで口にティッシュを詰め、完璧にドンを演じてスタジオを納得させた。

ケイ役のダイアン・キートンもまだ映画に一本出ただけだったが、コッポラに抜擢。『ゴッドファーザー』がきっかけで、アル・パチーノと実生活でも実際に付き合っていた。
次兄フレドー役のジョン・カザールは、十代の頃からパチーノとは友人で、本作が映画デビュー作になる。

コメンタリーでは、映画の冒頭、葬儀屋と会話するドンのシーンで、ドンの膝の上でくつろぐ猫は、撮影所にいたそこらへんの猫だったとか、ドンが孫とトマト畑で遊んで倒れるシーンの、ブランドーがオレンジの皮を歯に見立てて脅かす演技はアドリブだとか、ニーノ・ロータの音楽にスタジオが不満だったとか、撮影三週目に解雇されそうになり、先に裏切り者の助監督やスタッフを解雇したとか、馬の生首はドックフード会社から手に入れた本物とか、そんなエピソードが語られていく。
また、ノンクレジットだが、ジョージ・ルーカスが助っ人として撮影に加わっていたことも明かされる。

あとは、家族が本当に好きなんだなと。
妹のタイア・シャイア(コニー役)の起用は「妹はコニー役には美しすぎる」と平気でコメントしている。いや、ロッキーのエイドリアンだろと。
あとは父親のカーマイン・コッポラも全面的に劇伴音楽の作曲に参加させているし(映画の中でピアノも弾いている)、生まれたばかりのソフィアに至ってはうれしくて、クライマックスのマイケルの息子の洗礼式のシーンに登場させている(ここは映画用に書かれたシーン)。
役はアンソニーなので男だが、乳児なのでわからない。

『ゴッドファーザー』が名作として今も残るのは、これが家族の映画だからだ。それまでギャングの家族のことなんて考えたものは誰もいなかった。「創業社長の跡を継ぐ二代目社長の苦労」、「仕事と家庭の両立」、「性格が異なる兄弟」、「功労者の裏切り」はギャングに限らず、どんな社会にも通用する。


by mahaera | 2019-08-20 10:19 | 映画のはなし | Comments(0)

名盤レビュー/ザ・バーズ  The Byrads その7 ●『バーズ博士とハイド氏』 - Dr.Byrds & Mr.Hyde (1969年)

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デビュー4年目、7枚目にしてとうとうロジャー・マッギン一人になってしまったバーズ。
ここでおしまいかと思ったら、メンバーを補完して再スタート。しぶといマッギンだが、ソロにならずにあくまでバンドとしての形態にこだわったのはなぜだろう。

まず前作『ロデオの恋人』の録音の時にサポートとして参加したセッションギタリストのクラレンス・ホワイトが、1968年7月にバンドに加入。演奏能力が高いホワイトの加入によって、バーズはこの後しばらくはライブバンドとして活動することになる。そして音楽路線はグラム・パーソンズがもたらしたカントリー路線も継承しつつも、それまでのロック路線に少し戻して続けることに。

ドラムにはホワイトの元バンド仲間ジーン・パーソンズを入れ、10月にはベースにジョン・ヨークという新四人編成でのスタートとなった。
ただし今までのボーカル複数体制は崩れ、本作は全曲マッギンがリードボーカルに。
録音は10月から12月にかけて行われた。バーズお得意のコーラスは入るも、なんだかバーズぽくないのもそのせいか。
ということで、バーズのアルバムの中でも、最も印象が薄いアルバムかもしれない。

新生バーズのこのアルバムは1969年3月に発売された。
A-1『火の車』 こ存じザ・バンドでもおなじみのディランとリック・ダンコの共作。新生バーズもディラン作品をやりますよってことなんだろうが、何度聴いても演奏や歌がよれているように。難しい曲だけど。
A-2「Old Blue」カントリー曲だけど、これは演奏も歌もまとまっている。
あとはインストのA-5「ナッシュビル・ウエスト」もいい感じ。最後のB-5はなぜか「My Back Pages」の再演からのメドレーになっている。

一人になったマッギンが頑張ったアルバムだが、本アルバムはアメリカでは最高位153位と全く振るわず。ホワイトのギターはいろいろ聴きどころもあるのだが、まだまだ。多分リズム隊が重いのが、このアルバムをまったりした雰囲気にしているのかもしれない。シングルはアルバムには未収録のディランのカバー『レイ・レディ・レイ』が5月に発売された。


by mahaera | 2019-08-18 08:49 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)

最新映画レビュー『アートのお値段』 みんなが気になる現代アートとお値段の関係に迫るドキュメンタリー


どうでもいいことが気になるが、その最たるものが僕にとって現代アートかもしれない。
旅行先などで割と現代アートを見に行くが、好きかと聞かれると30年見続けた今でも「わからない」。
みんな神妙な面持ちで見ているが、それは展示されているから価値があるのだろうという先入観があるからで、ほとんどの人はわかったふりをしているだけだと思う。
まあ、本当に好きな人もいるだろうが、現代美術館は毎回僕にとっては、自分に対する自問自答の場だ。
「お前にわかるか」と突きつけられているようで、まるで謎かけのスピンクスの前に立ったような気分だ。

「表現の不自由展・その後」で、「国民の税金を使ってみんながいらないものを展示して税金泥棒」という意見があったが、そんなことを言ったら現代美術館のほとんどが税金泥棒ってことになるだろうな。

ちょっと前、クーンツのステンレス製のバルーンウサギの彫刻が100億円で売れ、存命する作家の最高額だったことがニュースになった。
ということで、そのジェフ・クーンツも登場するタイムリーなドキュメンタリーがこの『アートのお値段』だ。
いかにして現代アート作品の価値や値段が決まるのかを、アーティスト、オークショナー、美術評論家、ギャラリスト、キュレーターなど数十人にインタビューし、探るという内容だ。
つまり、ほとんどの人にはどうでもいいことだが、僕には気になること。

うすうすご存知だろうが、現代アートは転売されなければ価値が上がらない。
評価が定まって美術館に展示されている古い作品とは違い、存命中の作家は尚更だ。
例えばバスキアなんて比較的最近の作家だが、もう死んでしまってこれ以上作品は増えないから、ある意味値段は上がりやすい。
逆に優れた作家でも、生きていて評価を下げる作品を作り続けると、以前の作品の価値も下がってしまう。
コレクターからすれば、筆を折るか死んでくれるかの方がありがたい。

しかし作家にとっては、転売されて高い値段がついてもちっとも嬉しくない。一円も入ってこないからだ。
映画でも出てくるが、200万で売れた絵が転売で2億円になっても、作家にはお金は入らない。儲かるのは転売した投機家だ。
ゲハルト・リヒターは、投機家の家の壁に飾られるぐらいなら、美術館に飾られて多くの人が気軽に見て欲しいという。

とはいえ、一番印象に残ったのはジェフ・クーンズかも。
例のステンレスのウサギが有名だが、ビルバオのグッゲンハイム美術館の花の犬も彼の作品。
彼の工房では十数人のアシスタントが、彼の指示に従って作品を描いており、もはや彼は自分では描いていない。
「自分で描けば1年に1枚しか描けない。なのでこうしているが、全て私の作品」と言う。
そんなクーンズは私たちがイメージするアーティストとはかけ離れ、むしろウォールストリートの投機家やビジネスマン、あるいは社長のようだ。
ただし、そうした自分の露悪的な見た目も含めて、彼の作品なのかもしれない。

 監督のカーンは「芸術家にとってお金がないのは地獄だが、金があっても地獄になり得る」と言う。
そもそもお金がなければ作品は作れない。例えばミケランジェロやダ・ビンチだって自分一人で作品を作っていたのではなく、常にスタッフを抱えており、彼らにお給料を払っていた。当時は材料費含めてのギャラだったので、ダ・ビンチだって現在のお金にすれば何億単位のギャラをもらっていたのだ。

とはいえもしあなたが名声とお金が欲しければ、ロックスターにより、現代アート作家になる方がよほどいいかもしれない。
ビートルズだって売れたから評価されているとも言えるのだ。

ただ、“現代アート好き”の僕にとっては、この作品は入門編というところで、ちょっと物足りないとも言える。
もっと深掘りして、エグいところも見たかった。コレクターや転売家の世界も、もっとエグそうだから。★★★☆


by mahaera | 2019-08-17 16:52 | 映画のはなし | Comments(0)

名盤レビュー/ザ・バーズ  The Byrads その6 『ロデオの恋人』 - Sweetheart Of The Rodeo (1968年)


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僕がザ・バーズで一番好きで、一番聴いた、そして今も聴いているアルバムがこの『ロデオの恋人』だが、一番、ザ・バーズらしくないアルバムとも言える。
まず、1曲めの「どこにも行けない」にノックアウトされる。こんな気持ちがいい曲、ない。
カントリーなど聞かない僕でも、この曲の素晴らしさ。陽気なコーラスの中にどこか不安と悲しさも混じる、カントリーロックの名曲だ。

1967年、モンタレーポップフェスに出た後、バンドの主導権争いに敗れたオリジナルメンバーのデビッド・クロスビーが脱退。続いて『名うてのバード兄弟』録音中に、すでにドラムの力量が疑われていたやはりオリジナルメンバーのマイケル・クラークは解雇されてしまう。
4人組のバーズは2人になった。ビートルズで言えば、リンゴとポールがいなくなるようなものだ。
残ったのはリーダーのロジャー・マッギン、バーズに入ってからベーシストになったクリス・ヒルマンの2人。
しかしヒルマンはこの頃には徐々にベーシストとしても上達し、またバンド内での発言権も増していた。

ともかくメンバーの補完を、ということでマッギンはキーボーダーを欲しがった。
そこでヒルマンが見つけてきたのが、インターナショナル・サブマリンバンドのボーカル&ギタリストのグラム・パーソンズだった。パーソンズはキーボードも弾けた。
しかし、マッギンの思惑は外れる。もともとマンドリン奏者だったベースのヒルマンは大のカントリー好き。
パーソンズと意気投合し、バーズを一気にカントリーの世界に引き込んでしまう。

パーソンズはカントリーの聖地ナッシュビルでの録音を提案。ナッシュビルではすでにボブ・ディランが現地のミュージシャンを使い『ブロンド・オン・ブロンド』(1966)や『ジョン・ジョンハーディング』(1967)という名盤を産んでおり、ロックミュージシャンにも注目されていた。ドラムにはヒルマンのいとこでライ・クーダーらと活動していたケヴィン・ケリーが入り、4人はナッシュビルへ。

ということで完全にヒルマンの人選でメンバーが決まった新生バーズ。そしてここではグラム・パーソンズが作曲、リードボーカルなどで大活躍。ちなみに全11曲のうち、リードボーカルの内訳はマッギン6曲、ヒルマン2曲、パーソンズ3曲。バーソンズはもっと多かったが、脱退したため、歌をマッギンに差し替えられた。

出来上がったこのアルバムは、まさにカントリーロックの名盤にふさわしい
というより、ここからカントリーロックが始まったと言ってもいい。8ビートのドラムに乗ってベースがブンブンいうのはロックのリズムだが、上に乗るのはカントリー。
そしてスティールギターやマンドリン、フィドルが曲を彩る。ロックしか聴かない人には、イーグルスの源流といえばわかるだろうか。

今までもボブ・ディランの曲をカバーしてきたザ・バーズだが、ここでは2曲をカバー。「どこにも行けないYou Ain't Goin' Nowhere」と「なにも送ってこないNothing Was Delivered」。共に当時は未発表曲で、のちにザ・バンドとビック・ピンクで録音したデモ集『地下室』、ベストアルバムの『グレーテストヒッツ第2集』で発表された。

A-1「どこにも行けない」は名曲中の名曲だが、このザ・バーズのバージョンがディランをしのいでいる。カントリーロックの誕生を告げると言ってもいい。ゲストのリロイド・プラウンのペダル・スティールギターに導かれて始まるこの曲は、とにかくリズムが気持ちいい。なんてことない曲だが何十回でも続けて聴ける心地よさがある。

フィドルのイントロから始まるA-2「私は巡礼」はスタジオミュージシャンを使って録音した曲で、ヒルマンがアコギと歌、マッギンはバンジョー。
A-3のカントリーワルツ「クリスチャン・ライフ」にはのちにバーズのメンバーになるクラレンス・ホワイトも加わっている。A-4の「涙の涸れるまで」もカントリーワルツ。
A-5の「思い焦がれて」はパーソンズがリードボーカルでドラムのリズムが気持ちいい。後ろのペダルスティールとカントリー風味のピアノも効いている。
A-6「プリティ・ボーイ・フロイド」は、1920年代の銀行強盗のことで、ウディ・ガスリーのカバー。ヒルマンのマンドリンが聴ける。

B-1「ヒッコリー・ウインド」はパーソンズがボーカルの静かなカントリーワルツ。
B-2「100年後の世界」はこのアルバムの中で唯一、以前のバーズらしいハーモニーが聴けるロックビート曲。ペダルスティールがなければ前のアルバムに入っていてもおかしくないし、70年代のカントリーロックの曲と言われても通用する。
B-3はヒルマンがボーカルの「ブルー・カナディアン・ロッキー」。ギターはクラレンス・ホワイト、パーソンズはピアノを弾いている。
B-4「監獄暮らし」はパーソンズがボーカル。
そして最後のB-5はディラン作の「なにも送ってこない」。Aメロがドラムはシャッフルだが、他のリズム隊はあまり跳ねていない不思議な感じで進み、Bメロで普通の8ビートになるという、CCRの「ミッドナイトスペシャル」につながる感じ。これも名演。

録音は1968年の3-4月に行われ、まずは3月録音から「どこにも行けない」がシングルカットされ、4月に発売。しかしチャート的には最高74位と振るわなかった。
アルバムは8月30日に発売。アルバムは高評価を受けたが、ファンは以前のバーズとは別バンドになってしまったことに戸惑いを覚えた。ビートルズの新作がイーグルスのようなものだったらという感じだ。

しかしアルバムがリリースされる前に、パーソンズはバーズを脱退してしまう。録音時点では、11曲中6曲がパーソンズがリードボーカルで、リーダーのマッギンはバンドがパーソンズに乗っ取られたことを快く思っていなかった。
そしてこれは何よりもバーズのアルバムで、パーソンズのアルバムではない。マッギンとパーソンズは何かと対立し、パーソンズはアルバム発売前のヨーロッパツアーで仲良くなったキース・リチャーズと行動を共にして、バーズの南アフリカツアーに行かなかった。これにより、脱退、というか解雇されてしまう。
そして急遽、パーソンズのリードボーカル曲6曲のうち、3曲をマッギンの歌に差し替えて発売することになったのだ。

パーソンズの解雇と共に、オリジナルメンバーでベーシストのクリス・ヒルマン、ヒルマンが連れてきたドラムのケヴィン・ケリーも脱退。というかヒルマン人脈がこぞっていなくなった。これによりバーズはロジャー・マッギンただ一人になってしまった。しかしマッギンはザ・バーズ=自分と思っているので解散はせず、バンドは続行することになる。

アルバム『ロデオの恋人』は当時は受けなかったが、70年代に入りウエストコーストロックが流行ると、その源流として再評価されることになった。
現在発売されているのは通常盤の他に、7曲のボーナストラックがついたデラックス版と、パーソンズがいたインターナショナルサブマリンバンドと差し替え前のパーソンズのリードボーカル版が聴けるボーナスディスクがついた2枚組のレガシーエディションがある。

最後に、ザ・バーズを脱退したパーソンズとヒルマンは1968年から1971年までカントリーロックバンドのフライング・ブリトー・ブラザースを結成して活躍。
ここにはのちにイーグルスを結成するバニー・レイドンもいた。パーソンズは70年にそれも脱退し、ソロになるが2枚のアルバムを出した後、1973年に麻薬の過剰摂取で死亡
ドラマーのケヴィン・ケリーはしばらく活動していたが、1973年頃には音楽業界から引退。
ヒルマンはフライング・ブリトー・ブラザース解散後、スティーブン・スティルスと1972年にマナサスを結成する。


by mahaera | 2019-08-16 08:38 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)

名盤レビュー/ザ・バーズ  The Byrads その5 ●名うてのバード兄弟 The Notorious Byard Brothers (1968)

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『昨日よりも若く』に続くバーズの新作は難航したようだ。本作の録音は1967年6月から12月にかけてで半年かかっている、発売は翌1968年1月。
レコーディングに取り掛かったのは、前作、前々作と同じロジャー・マッギン、デビッド・クロスビー、クリス・ヒルマン、マイケル・クラークの4人布陣だったが、アルバム発売時には半分のマッギンとヒルマンだけになっていた。

収録曲に関して、マッギンとクロスビーが対立した
まずシングルとして1967年10月にキャロル・キングとゲリー・ゴフィン作の「ゴーイン・バック」が発売された。
これは前年にダスティ・スプリングフィールドのシングルとして出たカーペンターズぽい曲だが、クロスビーは自分の曲(Triad)を外されて、他人の曲のカバーを取り上げたことが気に食わなかったと言う。
1967年6月17日にモンタレー・ポップ・フェスにバーズとして出演していた頃には、その不満がたまっていたようだ。
その後10月にバーズを脱退する。

困った残りのメンバーは、初期バーズの中心メンバーだったジーン・クラークにバンドに戻らないかと打診する。
初期バーズのオリジナル曲の多くを書いていたのはジーン・クラークだったからだ。
しかしそれもうまくいかなかったようで、ジーン・クラークは2曲のコーラスと1曲の作曲に参加しただけで、2週間でまた脱退。

また、このアルバムの録音中に、ドラムのマイケル・クラークも演奏の力量がないということで、ドラムを叩いたのは半数ほどの曲に。
もともとバーズに入る前はコンガ奏者だったという初心者ドラマー。
あとはセッションミュージシャンのジム・ゴードン(のちにデレク&ドミノス)とハル・ブレインがドラムを叩いた。
オリジナルメンバーなのにマイケル・クラークは、12月にはマッギンらに解雇されてしまう

そんなゴタゴタが続きようやく発売された本作は、「バーズのサージェントペパーズ」と呼ばれるようにバラエティに富んだ内容になっている。
1967年、ビートルズの「SGTペパーズ」、ドアーズの「ハートに火をつけて」、ストーンズ「サタニック・マジェスティーズ」、クリーム「カラフル・クリーム」が出て、モンタレー・ポップフェスでは、ジミヘン、フー、オーティス・レディング、ジャニス・ジョプリンが会場を沸かせていた。
バーズもサイケデリックの次の目標を模索していたのだろう。
ホーンセクション、ストリングスを大胆に入れ、クラレンス・ホワイト、ジェームズ・バートンといったセッションミュージシャンも使った。
収録曲はA面6曲、B面5曲の11曲。共作が多いが、キング=ゴフィンのカバー2曲を除くと、メインのソングライター別にみると、マッギン2曲、ヒルマン3曲、クロスビー3曲、ジーン・クラーク1曲となる。ブロデューサーはテリー・メルチャーとゲイリー・アッシャー

A-1「人造エネルギーArtificial Energy」はマッギン作。
いきなりホーンセクション(と言ってもビートルズに比べるとかなりチープ)から始まる。新しい作風の曲。
A-2はクロスビー脱退のきっかけとなったキング=ゴフィンの「ゴーイン・バックGoin' Back」。確かにシングルヒットも狙えそうないい曲だ。前述のようにダスティ・スプリングフィールドのほか、キャロル・キングの自演もいい。
A-3「自然なハーモニーNatural Harmony」はヒルマン単独作のこれまた美しい曲。
A-4「Draft Morning」はクロスビー作の反戦歌だが美しい曲。途中に進軍ラッパや戦争映画の効果音が入る。声もよく、クロスビー作のベストトラックの一つ。
A-5「Wasn't Born To Follow」もキング=ゴフィンのカバーで、カントリー調になっている。
カントリーワルツ風のA-6「Get To You」は呼び戻されたジーン・クラークがメインのソングライターだったが、アルバムのクレジットからは消されていた。5/4と3/4拍子が交互にくる。

B-1「今が転機 Change Is Now」、B-2「年老いたジョン・ロバートソンOld John Robertson」はヒルマンがメインの作品。「年老いたジョン・ロバートソン」は珍しくクロスビーがベースを弾き、ヒルマンがギターを弾いている軽快なカントリー風の曲。
B-3「部族集会Tribal Gathering」はクロスビー作でジャズの「take5」のような5拍子の曲。
B-4「Dolphin's Smile」もクロスビー作。
最後のB-5「Space Odyssey」はマッギン作で、SF作家アーサー・C・クラークの「2001年宇宙の旅」にインスパアされた曲という。

アルバムからはこれといったヒット曲は出ず、またキャッチーなメロディーの曲もないが、本作をバーズのベストアルバムに推す人は少なくない。
ヒットチャートは最高位47位と振るわなかったが、批評家には高く評価された。聴いているうちにだんだん味が出てくる類のアルバムかもしれない。

ちなみにジャケット写真に写っているのは、マッギン、クラーク、ヒルマンの3人で、クロスビーの姿はなく、彼がいるべき位置からは馬が顔を出しているのは偶然か、それとも嫌がらせかも話題になった。
まあ、でも一度は聞いてみるべきアルバムかも。
僕も最初はピンとこなかったが、30回ぐらい聴いていたら、スルメのようにいつの間にか好きになっていた
by mahaera | 2019-08-15 12:07 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)