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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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新作映画レビュー『ミスター・ガラス』いつのまにか3部作になってしまったシリーズ完結編


日本では2001年に公開されたシャマラン監督の3作目『アンブレイカブル』。その前年の『シックス・センス』の大好評を受けての公開だが、この作品は賛否両論を呼んだのを覚えている。
ブルース・ウィリス演じる主人公デビッド・ダン(ヒーローは名前と名字が同じイニシャルが多い)は、全員が死亡した列車事故からただひとり生き残った男。そこにサミュエル・L・ジャクソン扮するミスター・ガラスという男が現れ、彼こそがヒーローだと告げる。
サスペンスフルな内容で、意外なオチを期待した人は、オチの方向性が違って(そっちか!)びっくりはしたものの、なんだか変な映画を見させられたと思った人もいるだろう。
いまはアメリカエンタメ映画の主流とも言えるアメコミヒーローものだが、その誕生編を地味に魅せられている感じといったらわかるだろうか。

2016年の『スプリット』は、ジェームズ・マカヴォイが24の多重人格を持つスリラーとして公開されたが、そう思ってみた人はオチなしのオチのあとに、別なオチが用意されていて驚いた。「えーっ、その話だったか」と。悪役誕生編だ。

となると、次こそ本題となる「善玉VS悪役対決編」と期待する。それがこの『ミスター・ガラス』なので、期待しないわけはない。しかしアメリカでは興収初登場1位の大ヒットだが、日本ではかなり厳しい成績となった。そして相変わらず、賛否両論になっている。

前回逃亡した“ケビン=ザ・ビースト”の事件から数週間後、彼を追うものがいた。“アンブレイカブル”のダンだ。
ダンはザ・ビーストに監禁されている少女たちを救うが、ザ・ビースト共々警察に捕まり、精神病院に収監されていまう。
そこには長年収監されているミスター・ガラスもいた。
精神科の医師エリーは、自分が超人的な力を持つ人間だと信じ込むのは精神疾患だと3人を説得するが、納得させることができない。やがてミスター・ガラスは、ケビンからザ・ビーストの人格を呼び出して、病院から脱出しようとする。

たとえば、「アベンジャーズ」のクライマックスシーンが実際の出来事だったとして、それを引きのワンカメで音楽も効果音もなしの映像で見たら?なんてことも考えてしまうのが本作だ。
本作の英雄も悪漢も空を飛べるわけではないし、光線も出さない。人よりも強い身体能力を持っている程度。だが、常人ではない。どんな能力でも、訓練して使わなければ、本人も気づかないで終わってしまうかもしれない。それは勉強でも運動でも、特殊能力でも同じだと言わんばかりに。つまり両者とも、英雄だろうが悪漢だろうが、力は初期段階なのだ。

本作は、シャマラン流の「ヒーロー論」だ(映画の、というよりコミックの)。もしこの世の中にリアルに英雄や悪漢がいたら? それは社会の秩序を破壊するものなのか。
映画のほとんどは、地味な病院内の会話劇だが、僕は面白く観れた。
「ヒーロー映画の大アクションを期待するな」という感じは、ラストに至るまで貫かれている。
そして本作に失望した人たちは、きっとこんな結末を見たくなかったからだろう。
しかし、これは「世の中の人が違う結末を望めばそれは叶うかもしれない」というシャマランのメッセージなのかもしれないし、そのぐらいだよと言いたいのかもしれない。
ともあれ、スキッとカタルシスを感じさせてくれないのがシャマラン。ベルドリッチとかヨーロッパ映画の巨匠が作ったようなヒーロー誕生物語は、新鮮だ。

★★★☆


# by mahaera | 2019-01-28 14:48 | 映画のはなし | Comments(0)

子供に教える世界史[古代編] インド=ヨーロッパ語族の民族移動の時代(前2000〜前1500年)その4 アーリア人の移動とインダス文明の滅亡

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(写真)インダス文明でも牛は神聖視されていたが、やってきたアーリア人もそれは同様だった。牛の家畜化はオリエントで始まったが、現在のインドの牛は別系統なので、インドでは別の種類の牛を独自に家畜化したのかもしれない。

民族大移動始まる
前2000年ごろから、インド=ヨーロッパ語系のアーリア人が黒海北部あたりから中央アジアに進出し始めた。
地中海ではミノア文明が栄え、エジプトでは中王国時代、メソポタミアでは都市国家が並立していた頃だ。
この頃、世界的な規模で人々が移動を始めているので、大きな気候の変動があったのかもしれない。

中央アジアではおそらく彼らにより独自の文化(バクトリア・マルギアナ複合体=BMAC)が発展し、世界最古のスポーク付きの車輪が生まれた(車輪自体はそれ以前からあった)。
アフリカでもこのころ大規模な民族移動が始まり、エチオピア高原から牧畜民がケニアに移動し始める。
西アフリカでは、カメルーンのあたりからバントゥー系語族が東へ移動を始める。
これはアフリカにおいては、インド=ヨーロッパ語の移動に匹敵し、南アフリカにまで広がった。
中央アジアから前2000〜1500年ごろイランに移動したアーリア人たちは、ゆるやかに先住民のエラム人の社会に浸透し、そしてエラム人をアーリア化していった。
これはエラム人がいなくなったという訳ではなく、文化的に同化されていったということだ。


インダス文明の滅亡とアーリア人の侵入
イランより東では、前1500年を過ぎた頃に中央アジアから(もしくはイラン高原経由)アーリア人の一派がインドのインダス川方面に移動を始めた。これがインド・アーリア人になる。
インダス川周辺に栄えていたインダス文明だが、前1800年ごろを境に衰退していった。
その理由は現在もハッキリとわかっていない。
メソポタミアやエジプトは建物の建材に日干しレンガを使っていたが、インダス文明の都市は焼きレンガを使っていた。
これは大量の木材が必要だったので、森林伐採による環境破壊が原因ではないかという説もある。
また気候の変動による洪水説、交易路の変化説などが唱えられているが、決定的となる説はない。

1980年代までの歴史教科書では、侵入してきたアーリア人がインダス文明を滅ぼしたと書いてあったかもしれないが、現在ではアーリア人がインド北部に来た頃にはすでにインダスの諸都市は滅亡しかかっていたとして、否定されている。
ともかく、インドでは都市文明が放棄され、この後は小さな村落を中心に農耕と牧畜の時代が1000年ほど続く。
次にインドに都市といえるものが現れるのは、前500〜前400年ごろだ。

# by mahaera | 2019-01-27 22:20 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)

最新映画レビュー『バジュランギおじさんと、小さな迷子』迷子の少女をパキスタンまで送り届けるヒューマンドラマ


2015年/インド
監督:カビール・カーン
出演:サルマン・カーン、カリーナ・カプール、ハルシャーリー・マルホートラ
配給:SAPCEBOX
公式ページ:bajrangi.jp/
公開:1月18日より新宿ピカデリーほかにて公開中

●ストーリー
パキスタンの山岳地帯に住む少女シャヒーダーは、幼い頃から声が出ない。そこで心配した母親がインドの聖者廟に願掛けに連れて行くが、帰国途中ではぐれてシャヒーダーはインドにひとり取り残されてしまう。そんな彼女に出会ったのは熱心なハヌマーン信者のバワン。「バカ」がつくほどの正直者の彼は、やがてシャヒーダーがパキスタン人と知って驚くが、彼女をパキスタンへ送り届けようと国境を越える。

●レビュー
『ダンガル きっとつよくなる』『バーフバリ 王の凱旋』に次ぐインド映画世界歴代興行収入第3位というヒットのヒューマンドラマ。
タイトルロールのバジュランギおじさんことバワンを演じるのは、インド映画界の大スターのサルマン・カーン。アクションもののイメージが強い彼だが、今回は多少の立ち回りはあるものの、“頭がちょっと弱いギリギリの正直者”(昔の邦画喜劇ではよくあったキャラ)を演じている。
面白いと感じたのは日本人には馴染みが薄い宗教の違いから来るギャグだ。
迷子の少女を最初は「バラモンの子」と勘違いしていた主人公。
シャヒーダーが目を離した隙にイスラム教徒の家に入り込んで肉を食べているのを見てビックリするシーン、モスクに入り込んでお祈りしようとしているのを見て「ムスリムだ」とショックを受けるというのも、日本人には異文化を感じるシーンだ。
バワンはバラモン階級らしいヒンドゥー教徒で、しかもハヌマーン信者とドラマ内では公言しているが、これがどんなタイプなのかがわからない。
シヴァとかヴィシュ信者は聞くけど。
パキスタンに住むシャヒーダー(イスラムの「殉教者」という意味)が、「ご利益あり」として母親に願掛けに連れて行かれるのが、デリーのニザーム・ウッディーン・アウリヤー廟。
ガイドブックではおなじみの場所だが、ここがパキスタンからわざわざ苦労してくるほどの場所だとは知らなかった。
厳格なイスラーム原理主義の国とは違い、インドを含む南アジアではイスラーム神秘主義(スーフィズム)による聖者信仰が盛んだ。モスクは神のために祈る場所であり、神様は個人の願いなど聞いてくれない。
しかし人々は神様にすがって何かを祈願したい。
そこでイスラーム教の場合、神様ではなく聖者にご利益を求める。有名な聖者の廟は、男ばかりのモスクと違って女性が多い。
厳粛なモスクと違い、ここでは熱狂が渦巻くことがある。
ただし、厳格なムスリムからすればそれは偶像崇拝で異端でもある。
しかしヒンドゥー寺院などみれば、聖者廟はインドの文化に受け入れやすい。
「声が出ますように」という祈りは、娯楽映画なので最後には叶えられるのだが。
また、映画には「インド人のパキスタン人観」が垣間見られ、面白い。
バワンは最初は正規のルートでパキスタン行きを申請しようとするのだが、埒があかない(役人のダメさ加減は笑いの対象)。
結局はジャイサルメールの砂漠から密入国しようとするのだが、砂漠の国境地帯にはメキシコ国境よろしくたくさんのトンネルが掘られているというのは、都市伝説かもしれないが面白かった。
密入国したインド人は、当然ながらパキスタンではスパイ容疑がかけられる。
しかし人々の善意と警察の無能ぶりにより、ふたりは何とかシャヒーダーの故郷であるカシミールへと向かう。
バレそうになっても、正直なバワンに皆心打たれて、一般人は彼を守るのだ。
舞台は砂漠地帯から一転してカシミールの山岳地帯へ。美しい風景もこの映画の見所だ。
ラストは、バワンの行動がインド、パキスタン両国の人々の心を動かす。
ヒマラヤの国境に両国の大勢の人々が押し寄せるシーンは感動的だ。
とはいえ、映画的には“古〜い邦画喜劇”的な緩さ(インドの娯楽映画)なので、映画として出来はというと、ゆるくみればいい。
一応、「両国は仲良くしましょう」という社会的メッセージはあるが、昨年の『パッドマン』ほど強くはなく、「人々の善意で何とかなる」という程度のゆるいもの。
あと、個人的には子役の演技が古すぎてイラつくときがあった。
インドではまだ、子役に定型の演技を求めるのだが、ほら、邦画で不自然な子役の演技にイラっとすることあるでしょ。あれと同じ。
インドということで、自動的に☆ひとつおまけして、★★★

# by mahaera | 2019-01-26 01:08 | 映画のはなし | Comments(0)

名盤レビュー『ザ・ビートルズ/50周年記念アニバーサリーエディション』CD3 イーシャーデモを聴く

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4月にインドから帰ってきたビートルズは、それぞれ休暇を取った後、新会社の設立など忙しく過ごす。
5月末になりようやく新アルバムに向けて、サリー州イーシャーにあるジョージの家に集まり、27曲のそれぞれのアコースティックデモを作成。
この模様は4トラックレコーダーにまとめられ、通称「イーシャーデモ」として知られるようになる。
27曲ということは、ビートルズはインドで作った十数曲にプラスできるほど新曲を作る時間があったことだろう。
27曲中21曲が「ホワイトアルバム」の録音に取り上げられ、ハリスンの「ノット・ギルティ」とレノンの「ホワッツ・ザ・ニュー・メリー・ジェーン」以外の19曲がアルバムに収録されている。

このCD3に収められた27曲の「イーシャーデモ」は、昨日録ってきたような音質もさることながら、アコースティックギターでシンプルに歌われる歌の数々が、すでに完成されていることに驚く。
とくにポールのデモの楽曲は、リズムが入った完成系を見越していることが、アコギだけでも伝わってくる。
そしてメンバーの仲の良さ。後ろでコーラスを入れたり、机を叩いたり、声で効果音を入れたりと、のちに不仲になる要素の微塵も感じさせない。
しかしこのイーシャーデモを録ったあとの5月30日にはジョンがヨーコを連れて初めてスタジオに現れる。
それは今までのメンバーのバランスを崩すものだった。

このイーシャーデモのうちインドで作られた曲は、たぶんリシュケシュの瞑想キャンプではこんな感じで輪を囲んで演奏されていたんだろうと想像できる感じだ。
アルバムに弾き語りで収録された曲はもちろん、「バック・イン・ザ・USSR」「オブ・ラ・ディ・オ・ブラ・ダ」「ヤー・ブルース」といったバンド曲も原型がわかる。
イーシャーデモにあり、ホワイトアルバムに入らなかった曲8曲のうち、ポールの「ジャンク」はのちに「マッカートニー」に入り、ジョンの「ミーン・ミンター・マスタード」と「ポリシーン・パン」は「アビーロード」に、ジョージの「サワー・ミルク・シー」はジョージがプロデュースしたジャッキー・ロマックスに、「ノット・ギルティ」と「サークルズ」はソロアルバムに収録される。
驚いたのがジョンの「チャルド・オブ・ネイチャー」だ。名曲「ジェラス・ガイ」の元歌だが、歌詞が違うだけでメロディはそのまま。
こんないい曲が入らなかったのは、やはり歌詞がイマイチだったのか、ポールの「マザーネイチャーズサン」と被るからか。

ということで、ヨーコの影を感じさせない、ビートルズ少年時代最後の録音がこのイーシャーデモかもしれない。楽しそうだもの。


# by mahaera | 2019-01-25 00:25 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)

子供に教える世界史[古代編] インド=ヨーロッパ語族の民族移動の時代(前2000〜前1500年)その3 インド=ヨーロッパ語族

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(写真)パキスタン北部山岳地帯、フンザ地方グルミット村の少女たち。

このあたりは、パキスタンでもインド系ではなく、イラン系の顔立ちの人が多い。


人種とは別に「インド=ヨーロッパ語族」が広く拡散したことは学説的にはほぼ定説となっている。
これは話者人口では現在世界最大の語族で、
大半のヨーロッパ言語とイランのペルシャ語、
インドのヒンディー語
などが含まれている。

ヨーロッパ系の言語とヒンディー語は今ではかなり異なるが、18世紀末に古代語であるサンスクリット語と古代ギリシャ語が同じような構造であることに気づいた学者がおり、以降、研究が進んだ。
そこでそれらの諸言語の大もとになる「印欧祖語」があると推測され、その起源を探すようになる。

印欧祖語がどこで生まれたかについては諸説あるが、現在では紀元前5000年ぐらいにウクライナ南部からアナトリア半島北岸にかけての地域、つまり黒海の北岸から東岸、そして南岸の一部、カフカス山脈にかけてその話者が住んでいたと推測されている。
そして言葉に含まれる単語と考古学の研究が進み、
その社会もだんだんとわかるようになってきた。
生活では牧畜と農耕が主で、一部では遊牧という社会形態も始まっていた。
ともあれ、一番の財産は家畜で、牛、馬、豚を飼っていた。
車も導入され、家畜に引かせており、銅器や青銅器は使われていた。
宗教は多神教で、神は天に住み、天空神が重要視された。のちの話だが、世界最初期の騎馬文化が生まれたのもこの語族だ。

従来はインド=ヨーロッパ語族とは見られていなかった「古アナトリア諸語(ヒッタイト人)」なども前5000年ぐらいの早い段階で枝分かれした言葉とみられている。
同時期に分かれた言葉としては、紀元後8世紀まで現在の新疆で使われていたトカラ語もあるが、共に死語になっている。
その次に分かれたのが古代ギリシャ語やアルメニア語だ。
当然ながら古くに分かれた言葉ほど、他の言語との隔たりが大きい。

そしてインド・イラン諸語と、
ヨーロッパ系の言語に分かれたのがだいたい前4000年ごろ。
インド・イラン語派のもとは中央アジア付近で形成されていったと考えられ、前2500〜2000年ぐらいの間にそれぞれ別の言語へと分かれて行った。
インド・イラン語派の話者は現在、バングラデシュのベンガル語からトルコ東南部のクルド語までの範囲にわたって広範囲に広がっている。
ちなみにヨーロッパのロマ(ジプシー)語も、このインド・イラン語派に入る。

最初に東へ移動したグループは、ヒッタイト人やギリシャ人となった。
エーゲ海周辺ではイリオス(トロイ)などで前2200年ごろ一度文化が断絶しているが、インド・ヨーロッパ語族の最初のギリシャ人がこのころに移住してきたとみられている。
しかしギリシャやヨーロッパ方面への民族移動は、
この後、何回も続く。

インド・ヨーロッパ語族の民族は、前1900年ごろからオリエントの地へも少しずつ侵入しだした。
最初に彼らが国を作ったのは小アジアのヒッタイトだが、メソポタミア北部に建国したフルリ人の国ミタンニも、フルリ語は膠着語だが、単語に多くのサンスクリット語系の言葉を含んでいる事から、支配階級はインド・アーリア語族の可能性が高いという。フルリ人は馬を用いた戦車を使っていた。(続く)
# by mahaera | 2019-01-24 00:07 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)

2018年映画マイベストテンを選ぶ。第1位は『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』!

寄稿している旅行サイト「旅行人」の「旅行人シネマ倶楽部」に掲載した2018年のマイ映画ベスト10。
ここに転載しますね。詳しいレビューは、ブログのそのページにリンク貼ってあるので、そちらを読んでください。

2018年に観た映画は、スクリーン、DVD、新作・旧作含めて160本。前年の129本に比べ、ずいぶん増えた。相変わらず英米映画が多いが、小粒だが気になる第三世界の映画もある。英米の映画は大作より、中堅で作家性を感じさせるものものが気に入った。
1.アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダルクレイグ・ギレスビー監督/アメリカ
最近は実話スポーツものの良作が多いアメリカ映画だが、これは実録スポーツ版「グッド・フェローズ」ともいうべき傑作。「社会の底辺にいるダメな人間が這い上がって何が悪い」と画面のこちらを見据えながらも、今日に通じる階層社会への批判を込めたブラックコメディ。出てくるのは最低の人たちだが、上から目線の世間よりも愛おしく、もっとやれと拍手を送りたくなる。

2. カメラを止めるな(上田慎一郎監督/日本)
昨年の話題をさらった邦画で、予備知識ない前にと慌てて行ったらほぼ満席。そんなイベント感も観客の期待もあり、劇場で多幸感に包まれた作品。いや、あらを探す人もいるが、ものを作っている人はこの感じ、わかるはず。

3. ブリグズビー・ベアデイヴ・マッカリー監督/アメリカ
幼い頃に誘拐されて隔離されて育った少年が、自らのアイデンティを取り戻すために映画を作る。ユーモアと哀愁と周りの善意が自分好み。今見逃すと、見られなくなるよ!

4. スリービルボード(マーティン・マクドナー監督/アメリカ、イギリス)
『セブン・サイコパス』の監督がこんな名作を作るとは。ひとつの事件から町に起きた波紋を、いくつもの視点で描く“大人の映画”。俳優陣がいい。

5. 万引き家族是枝裕和監督/日本
社会的弱者に優しい目線を向ける映画が心に残る。なのでヤフコメみたいな“独善的な社会正義”は大嫌い。本作もそんな優しさをあなたが持っているかという、心の踏み絵になる作品かもしれない。

6. バトル・オブ・ザ・セクシーズ(ジョナサン・デイトン&ヴァレー・ハリス監督/アメリカ)
空き時間に入った映画館で見て得した気分。これもアメリカのスポーツ実話だが、ユーモアを交えながら社会批判をさらり。

7. パティ・ケイク$ジェレミー・ジャスパー監督/アメリカ
ニュージャージーのこれまた底辺に暮らす主人公が、ラップでそこから抜け出ることを目指す。荒削りといえば荒いが、それでなくては生まれないインディーズの力強さ。インド人がラップすると、英語なのにヒンディーポップみたくなるのも面白い。とにかくダメな顔ばかり映し出されるが、それも人生。

8. ミッションインポッシブル/フォールアウトクリストファー・マッカリー監督/アメリカ
正直、話はアクションを成立させるための方便で崩壊している。しかし自ら体を張り、やらなくていいアクションをするトム・クルーズの姿には感動すら覚えた。

9. 恐怖の報酬 オリジナル全長版(ウィリアム・フリードキン監督/アメリカ)
昔の劇場公開の時は大した印象も無かった作品だが、こうして30分近く長い全長版を見ると、こんなに面白かったのかと驚く。そして公開時の世界情勢を思い出した。

10. 判決、ふたつの希望ジアド・ドゥエイリ監督/レバノン、フランス
最後には旅シネらしい作品を。プライベートなイザコザが社会に波紋を呼んでいく。他者を憎むことで自分の境遇を忘れる人は、日本でもありがち。憎しみの連鎖は時間の浪費。

上位5以内は不動の5本だが、610位に入れていい力作は以下の通り。『女は二度決断する』『ダンガルきっと強くなる』、『犬ケ島』、『祈り』、『ボヘミアン・ラプソディ』。
# by mahaera | 2019-01-23 15:48 | 映画のはなし | Comments(0)

名盤レビュー『ザ・ビートルズ/50周年記念アニバーサリーエディション』CD1&CD2 2018リミックス

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いつか書こう書こうと思っていたのだが、機会を逸していた昨年出た「ホワイトアルバム」の50周年記念盤
こんなのが出てくると「生きてて良かった」と思う(笑)。
同時期ディランのBOXも出たので、一気に懐がさびしくなったよ。
豪華ブックレット(日本語版は対訳付き)に、2018のステレオ最新ミックスがCD1とCD2に、CD3はイーシャーデモ、CD4、5、6はスタジオのアウトテイク、さらにBlue Rayがあり、ここには、2018ステレオのハイレゾ、5.1サラウンド、モノミックスが入っている(らしい。Blue Rayないんで)。


で、今回は2018ステレオミックスの紹介から。
簡単に言うと、ジョージ・マーティンの息子のジャイルズが、マルチテープからリミックスしたもので、ミックス済みのマスターよりも古い段階からなので分離も良く、音質も格段に良くなっている。
なので、ミックスそのものはオリジナルを踏襲しているが、別な質感に仕上がっている。
が、これが今のサウンドとしても聞けるが、やりすぎないように細心の注意を図っているのがわかる。
全体で言うと、トラックの関係で極端なパンニングがされていたのを直す(ボーカルやベースはセンターに)、中音域を強化(ベースとタムの迫力を増す)、ノイズを消す、不自然なバランスをなくす、などが随所でなされている。
つまり、今の人が初めて「ホワイトアルバム」を聴いても、自然に聴けるようにとの配慮だ。
まず、冒頭の「バック・イン・ザ・USSR」が始まったところから、ベースがブンブンいう迫力に驚く。
次の「ディア・プルーデンス」はこの2018ミックス一番の聴きもので、最初に聞いたときはその豊かなベース音に驚いた。
と、どうしてもベース音を聴いてしまうが、ジョージの「ホワイル・マイ・ギター〜」でも、ジョンの弾く6弦ベースの生々しさに大感動。
すごくかっこいい。クラプトンのギターは元のミックスではちょっと音が大きいなと思っていたが、ここでは曲になじむように音量が下げられているのも正解。
8曲目「ハピネス・イズ・ウォームガン」は好きな曲だ。
ここまできて随分聴いた気になったが、まだLPならA面しか終わっていない。すごい8曲。
B面は「マーサ・マイディア」から始まる。センターにすっきりとまとめられたミックス。
「ドント・パス・ミー・バイ」前はミックスがぐっちゃりしていた印象だが、分離が良くなりすっきりと聴け流ようになった。
C面は「ヤー・ブルース」「ヘルタースケルター」というビートルズの中でも2大ハードな曲を含む8曲。
この2曲に関してはすっきりとして、前のミックスにあったホラー的な怖い感じが消えたかな。
「マザース・ネイチャーズ・サン」「ロング・ロング・ロング」が、いい感じになったと思う。
D面。「サボイトラッフル」のブラスセクションに広がりが出て迫力が増して、かっこいい曲になった。バンドののりがいい。「クライ・ベイビー・クライ」も、改めて聴くとバンドのノリも悪くない。全体的に歌やギターをセンターにして、ベースの中域が補強されている。
「レボリューション9」は特に何もしていないというか、しようがない。
最後の「グッドナイト」は、弦のオーケストラに迫力と立体感が出た。
と駆け足だが、もう通しで20回は聴いているこのミックス。年末から年始の僕の愛聴盤です。
CD3以降は、また今度。


# by mahaera | 2019-01-22 13:20 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)