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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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子供に教える世界史[古代編]古代オリエント文明(前3500〜前2300年ごろ)2・エジプト古王国時代(その10・最終回)

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(写真)時代が下った新王国時代のコムオンボの浮彫だが、人物の造形は古王国時代から変わらない。
どの人物や神も決まった比率で描かれている。


ミイラ作り
エジプト人は死後の世界を信じ、
死んだ後も生前と同じような生活をすると考えていた。
そのため王などは副葬品を墓に入れ、魂が戻ってこられるように、死体に防腐処理を施しミイラにした。
ミイラ作りが始まったのは、前3000年頃の初期王朝時代。
当初はミイラを作るのは王や王族だけだったが、
時代が下り、王権が弱体化していくと経済力のあるものも
ミイラや墓を作っていくようになる。


文字と言語
最初の方にも書いたが、古代エジプトでは王朝時代より前のナカダ文化の時代にすでに初期のヒエログリフが生まれていた。
最初は漢字のような表意文字から生まれたが、
単純に音を表す表音文字としても使われるようになった。
短い文が土器などに書き添えられる程度だったが
次第に複雑化し、前3000年頃の初期王朝時代から
古王国時代にかけて文書レベルに発展していく。
第3王朝以降は建物に石材が使われるようになり、
そこに文字が書き込まれるようになる。
土器に比べれば広いスペースが与えられ、
長い文章が書けるようになったのだ。
文字の数は1000を超えた。
パピルスに文字が書かれるようになったのも、この頃ではないかと言われている。
ピラミッド時代には官僚も増えて、
文字が読み書きできる人も増えた。
とはいえ、人口の1パーセントにも満たなかったようだ。


古代エジプトの美術
世界の考古学博物館で、エジプト美術が大きなセクションを占めるところは少なくない。
一目見て古代エジプトだとすぐにわかる様式美は、古王国時代に確立して以来3000年間ほぼ変わることがなかった。
この時代のエジプトでは、今でいう美術は「美」を追求ものではなかったからだ。
神や人間の描き方は決まっており、そこから逸脱することはなかった。
絵は観賞されるために描かれるのではなく、そこに「存在させる」ために描かれた実用的なものだったからだ。
神や人物の顔は横向きだが目は正面、肩は正面だが腰から下は足を開いた横向きで、グリッド(方眼)に沿って同じ方で描かれた。
絵を描く前にグリッドが描かれ、足元から頭の高さまでを18等分し、頭や肩、手の長さなどのフォルムをどこに描くかはほぼ決められていた。
誰が描いても同じプロポーションだが、
出来不出来の差があまり生まれないという利点もあった。
工芸品は古王国時代の王族の副葬品などから発掘されている。


以上、初期王朝時代(前3100年頃〜前2180年頃)から古王国時代(前2686頃〜前2181年)までの古代エジプト第1王朝から第6王朝までを見てきた。
以降の古代エジプトの王朝期の基本はすべてここでできている。宗教観や生活スタイルは3000年、ほぼ変わらなかったのだ。息子的には、勇ましい戦争の話が出てこなかったので退屈だったかもしれない。
次回からは前3500〜2300年ごろのメソポタミアとエジプトの周辺地域をざっくり見ていく予定だ。


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# by mahaera | 2018-11-28 10:39 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)

子供に教える世界史[古代編]古代オリエント文明(前3500〜前2300年ごろ)2・エジプト古王国時代(その9)

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古代エジプトの社会構造

古代の他の王国の王が神職と統治が分離していったのに対し、古代エジプト王朝では2500年に渡り最後まで王を頂点とする神権政治が行われた
王は地上の統治者であり、唯一、神と同等な“生ける神”だった。
とはいえ、人間ではあるので、生まれて老いて死ぬことには変わりなく、また裏切られて殺されたり、廃位させられたりすることもあった。
ざっくり言うと、昔の日本の“天皇”に近いイメージだろうか。
違うのは重要視されるのが、“血統”ではないことだろう。
古代エジプトには30の王朝あり、血筋に関係なく続いている。
そのあたりは王朝が変われば人々は気にしなかったのだろう。
基本的な統治システムは、王を頂点に宗教的な祭儀を行う神官たち、実際の統治を行う宰相と高官、その配下の官僚機構に分かれていた。
成文法はまだないが官僚社会であり、官僚の主な仕事は王国の財政を維持する「徴税」だった。
そのためには、帳簿をつける多くの「書記」が必要で、
それには文字の学習が必要だった。


古王国時代の都市と人口

官僚組織が整い始めたのは第3王朝以降のピラミッド時代だ。
官僚機構が整ったからこうした事業が達成できたのか、

それとも事業を通して官僚機構が整ったのかは両方だろう。
とにかく巨大ピラミッドを造るには国家システムが整っていなければ無理で、穀物の徴税と分配がすみやかに行われるようになった。
古代エジプトは「都市なき文明」と呼ばれるほど、都市人口が少ない古代文明だったと言われている。
古王国時代の人口は資料によれば120万人程度で、そのうちの95%は農村に住んでいた。
農村の人口は平均して450人ほどという。前3000年ごろの古王国時代には、都市と呼べるのは首都となったメンフィスと宗教的な都市アビドスぐらいしかなかった。
人口はメンフィスが2〜3万人、アビドスが2万人ぐらいと推定されている(ただし同時期、人口で対抗できる都市は世界でもウルクとスーサぐらいしかなかった)。
前2300〜前2000年ごろもメンフィスの人口は3万人程度、
その代わり宗教都市ヘリオポリス(カイロ近郊)と
上エジプトの中心テーベ(ルクソール)がそれぞれ人口2万人ずつになっていた。


古王国時代の対外交易
古王国時代の外国は、ナイル上流のヌビア、シナイ半島から先のパレスチナ、そして西の砂漠の向こうのリビアだった。
ヌビアからは金や水晶などの鉱物資源、象牙、香料、傭兵がもたらされていて、たまに遠征も行った。
パレスチナヘ向かう途中のシナイ半島には銅鉱山があり、またエジプトにはないレバノン杉や香木、オリーブやワインなどがもたらされ、さらに先の西アジアの国々との交易も行っていた。
もっとも遠くのものは、アフガニスタン産のラピスラズリが出土している。
ただし対外交易はほぼ王家によって行われ、一般の人々が交易をし、商人が生まれるのはエジプトではもっと後の時代になってからだ。(続く)


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# by mahaera | 2018-11-27 10:18 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)

最新映画レビュー『エリック・クラプトン 12小節の人生』 E.C.のヒストリードキュメンタリー


2017年/イギリス

監督:リリ・フィニー・ザナック
出演:エリック・クラプトン、B.B.キング、ジョージ・ハリスン、パティ・ボイド
配給:ポニー・キャニオン
公開:11月23日よりTOHOシネマズシャンテほか

常人には波乱万丈の人生としか思えないギタリスト、
エリック・クラプトンの人生を時系列で追う
ヒストリー・ドキュメンタリー。
2時間を超える長尺だが、とくに仕掛けもなく続いていくので(それが人生だが)、ファン以外は最後はちと退屈になるかもしれない。

描かれている内容は、「エリック・クラプトン自伝」
読んだり、ファンでロック雑誌を読んだ人にはご存知だが、知らない人にはまさに波乱万丈。
ずっと母だと思っていた人は実はおばあちゃんで、
ある日、本当の母親が現れた少年時代。
ここでジョン・レノン同様、エリックは家族愛や女性愛をこじらせてしまい、のちの女性遍歴につながるのか。
その後、ヤードバーズ、ジョン・メイオール&ブルース・ブレイカーズ、クリームと、上り調子のギタリスト人生。「Clapton is God」の時代だ。
ジミヘンとの出会い、ホワイトアルバムへの参加
ブラインドフェイスと、音楽人生も丁寧に語られる。
アレサ・フランクリンのレコーディングへの参加など、
いいエピソードも。

中盤は一番の山場となる、親友ジョージの妻パティへの報われぬ愛だ。
夫がインドに傾倒し、女として相手にしてくれない不満。
パティはビートルズの妻たちの中でいちばんの美人だから当然だろうが、ジョージの家の近くに引っ越してきたエリックは、彼女がいながらパティにメロメロになる。
しかし彼女のために名曲「いとしのレイラ」を含むデレク&ドミノスの名盤を作り、それを聴かせてもなびかなかったからバンドやる気なくすのも如何なものか。
パティが好き、というより、手に入らないから求めているようにしか思えない。
その後、激しいヘロイン中毒に陥り、
廃人のような1年を送る。

長いクラプトンの人生にとってはまだ序盤のはずだが、
その後から現在まではけっこう駆け足。
ドラッグ中毒から回復し、ソロアルバム「461オーシャンブールバード」の成功から再びシーンに復帰するも、
今度はアルコール依存症になり、暴力的になったり、
女性に次から次へと手を出す。
ようやく1979年に念願叶ってパティと結婚するも、
エリックのアルコール依存症と女性依存症は治らず(同時に何年にもわたって複数の女性と交際し、子供までいた)、1989年パティはエリックのもとを去る。

その後、エリックは彼の子を産んだイタリア人女性と結婚し、子供コナーを愛するようになるが、コナーは1991年にニューヨークのホテルから転落死
失意のエリックはその辛さを音楽に向け、アルコール依存症も克服し、亡き息子のために「ティアーズ・イン・ヘブン」を書き上げ、「MTVアンプラグド」でグラミー賞を受賞する。

ソロになってからのアルバムごとの変化は、
ほとんど取り上げられず、後半がプライベート中心に
なってしまったのが残念。最後は家庭人となり、ようやく幸せが訪れるというエンディングだが、こう見ていくと彼の人生は、常に何かに依存していたのだなうと思う。
珍しい演奏シーンはないのと、肝心のクラプトン本人のインタビューが無いのが残念。深みが足りないので、できればスコセッシあたりに作って欲しかったかなあ。

★★★


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# by mahaera | 2018-11-25 12:46 | 映画のはなし | Comments(0)

子供に教える世界史[古代編]古代オリエント文明(前3500〜前2300年ごろ)2・エジプト古王国時代(その8)

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(写真)シーワオアシス。手前の丘上にある廃墟がかつての町。日干しレンガの壁は泥に還りつつある

狩猟から牧畜へ
前3000年ごろ、エジプトが王朝時代に入った頃はまだ人々の生活で狩猟は大きな非常を占めていたが、次第に乾燥化が進み、ナイル川領域にすんでいたゾウやライオン、カバなどの大型野生動物はその数を次第に減らしていった。
他にもアンテロープ、オリックス、カゼル、ウサギが狩猟の対象だった。
また、ナイル川沿いの湿地には多くの野鳥が訪れていたので、野鳥を捕らえてよく食べていたようだ。

漁労は古代を通じて盛んで、
狩猟よりも簡単に動物性タンパク源得ることができた。
骨角器でモリや釣り針を作り、
パピルスの舟に乗って漁網を使っての漁労が行われた。
収穫された魚は、ナイルパーチ、ティラピア、ナマズ、ウナギなどだ。

狩猟の代わりに牧畜はこの時代に広まった。
ウシは畑仕事に欠かせない家畜だったが、農民個人が所要するのは高価で難しかったかもしれない。
また、食用として一般人が牛肉を食べるのは稀だったろうが、その骨や皮や角などが工芸品に、
糞が肥料や燃料として使われた。
ヒツジやヤギは飼育しやすく繁殖も早いので、広く飼われた家畜だった。
肉やミルク以外にも、皮や毛が衣服の材料に使われた。
そのほかにもブタ、アヒル、ガチョウ、ニワトリ、ハトが肉用に飼育された。


住居と衣服
人々の住居は基本的には日干しレンガで造られ、壁には漆喰が塗られていた。
貴族や王族の住居の壁はさらに彩色されていたようだ。
門の枠や天井の梁など一部は木材も使われていたが、石材が使われるのは宗教的建造物や、建物の消耗する部分(敷居や軸受け)ぐらいだった。
王族や貴族の家には木製の家具があったようだ。

人々はこのころどんな服を着ていたのだろうか。
古代エジプト人がもっとも着ていたのは「亜麻」から織られた衣服だった。
まず、亜麻から作った繊維をより合わせて糸を作る。
繊維の太さは、亜麻の収穫時期をずらして調節していたようだ(早いほど細い繊維になる)。
前3000年頃の初期王朝時代には機織り機による平織りも行われていた。
他にも、さまざまな動物の皮を使った獣皮も服の材料として使われていた。

衣服のスタイルは、紀元前の約3000年間、古代エジプトではほとんど変わらなかった。
男は亜麻などの腰布を巻いて上半身は裸。
女性は長い筒状の布で胸元から膝下まで覆っていたが、農民など一般庶民の女性は腰巻だけという者も少なくなかったようだ。
王族や貴族は装飾的な服や装身具もつけていた。
腕輪や指輪、首飾り、ヘアバンドなどをつけ、アイシャドウなどのメイクも欠かさなかった。(続く)


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# by mahaera | 2018-11-24 10:18 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)

映画レビュー『上田慎一郎ショートムービーコレクション』 『カメ止め』はいきなり出てきたのではなかった!


新作ではないのだが、『カメラを止めるな』の上田慎一郎監督がそれまでに作って評判の良かった短編4編を現在各地のイオンシネマで巡回上映している。
海老名では昨日が最終日だったので見に行ったが、4編ともとても面白かった。
すべて上田監督が脚本も手がけているのだが、観客をミスリードさせる語り口がうまいのだ。
メジャー映画や長編映画とは違う、アイデアとスピード感で勝負する意気込みが伝わってくる。
すべてコメディだが、共通するのは「それまである部分では受け身で生きてきた主人公が、逆境、あるいは選択を迫られ、奮起する」というテーマだ。
簡単に解説すると以下のよう。僕は短いこともあって、どれも楽しめた。
たぶん、一般の人より、映画好きの人の方が楽しめるかもしれない。
★★★☆

●『彼女の告白ランキング』(2014)21分
洋平は2年越しの恋人にプロポーズすると、彼女はなぜかそれを保留に。
翌日、彼女は「17の告白を聞いて、すべて受け入れてくれたら結婚する」という。
すると家にフリーの司会者が現れ、ショックの低い順にランキングを発表していく。
果たして彼は、彼女の告白を受け止めることができるのか。

この告白が、いきなり主人公の度肝を抜くもので、それが17位なら上位は一体何?とエスカレートしていのが笑えるのだが、同時にもし自分がこんな目にあったらという、共感を誘いストーリーに引き込んでいくのもうまい。
「世にも奇妙な物語」みたいなショートコントだが、うまくできていると思う。

●『ナポリタン』(2016)19分
人の話を聞かない営業マンの川上は、恋人が家でナポリタンを作って待っていたことも忘れて外食してきてしまう。
翌日、川上は人の話す言葉がすべて「ナポリタン」としか聞こえなくなってしまう。
そしてその日は、彼女の実家に挨拶に行く日だった。。

星新一のショートショートにありそうな話。
恋人役の秋山ゆずきは『カメ止め』にも出ていた。
要はいい加減な男が罰を受けるという話だが、恋人の親に認められるというテーマは、この後も続く。全体の中では軽め。

●『テイク8』(2015)19分
自主映画監督の隆夫は、結婚式場で恋人の茜を主演に映画を撮影していた。
撮影はあと1シーンを残すのみとなったが、茜の父役の俳優が手違いで来ない。
そこへ偶然現れた茜の本当の父親が代役を買って出るが、隆夫に難癖をつけて何テイクも要求する。

『カメ止め』にも通じる部分がある作品で、フィクションに現実が混じり、
その境界が崩れたところに、本人たちが言えなかった感情が現れていくというメタ構造。
茜の父親は演技ではなく、自分の思いを娘の恋人にぶつける。
それを受け止めることで成長していく主人公がいる。
主人公の自主映画監督の頼りなさも『カメ止め』にも通じる。
で、最後はほろりとさせ、メジャー映画近しを感じさせる。

●『Last Wedding Dress』(2014)24分
70代の老夫婦の貞夫とコトミ。ある日、コトミが倒れてしまい、余命いくばくもないことを知った貞夫は、コトミの最後の願いを叶えてあげようとする。
それは結婚式をあげられなかったコトミのために、ウェディングドレスを着せてあげることだった。

4本の中では一番ドラマ重視で、“泣かせ”に持って行く作品だが、これもよくできている。
話はそれほど意外性はなくベタだが、そこはストレートに持って行き、ウエディングを成功させようとする周囲の協力に面白さを持って行く『カメ止め』のラスト近くのスタッフの奮闘ぶりに近い。

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# by mahaera | 2018-11-23 12:28 | 映画のはなし | Comments(0)

子供に教える世界史[古代編]古代オリエント文明(前3500〜前2300年ごろ)2・エジプト古王国時代(その7)

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古代エジプトの農民の生活

ここで古代エジプトの人々の生活を見てみたい。
2500年にわたる古代エジプトだが、その生活スタイルはその間、驚くほど変化していなかったようだ。
古代エジプト人の大半は農民だが、
漁業や職人と兼業するものもいた。
ナイルの増水期の7〜10月の間、人々は農作業を休むがその間、暇ではなかった。
ピラミッドに代表される大規模な公共事業もあったが、
たいていは地元の運河や堤防の補強やダム造り
農地を広げるための灌漑作業が共同作業で行われた。
ナイルの水は集水溝を通って耕地に耕地に運ばれるが、
その前に沈んだ土砂を取り除かねばならなかった。

耕地が完全に冠水してしまう前に、
農民たちは家畜を高地に移動させた。

この頃にはアシの茂みには多くの水鳥や小動物が集まってくるので、男たちはそれを狩ったり、漁業に精を出したりした。
鳥は罠や網、弓、投げ棒で獲っていたようだ。
網や釣り針を作る技術も発達した。
女性や老人は貯蔵用に肉を塩漬けにしたり、魚を干したりするほか、

布を織ったり、網の補修などもしていた。


11月中旬になり水が引いていくと、種まきの季節となる。
農民は耕地に家畜を走らせてその蹄で畑を耕したり、
柔らかくなった土の上を木製の鋤(すき)を2頭の牛に引かせたりした。

これは手早くやらないと、土が乾燥して耕すのに固くなってしまう。
それでも手に負えない時は、木製の鍬(くわ)で、
泥の塊を打ち砕いた。
穀類は、パンを作るための小麦と、ビール(当時はまだ粥状で食事としてとらえられていた)のための大麦がメインだった。
次にはタンパク質の供給源として豆類が栽培された。
レンズマメ、エンドウマメ、ソラマメが栽培されていたことが知られている。
野菜類は、レタスやネギ(リーク)、ニンニクや玉ねぎが、
果実類ではスイカやメロン(果肉ではなく種を食べていた)、イチジク、プラム、ザクロ、ナツメヤシなどが栽培された。
他にもゴマなどから油が取られていたようだ。
ブドウからワインも作られたが、庶民が飲むようなものではなく、王侯貴族の贅沢品だった


収穫は5 月半ばから7月半までの2ヶ月で、農民にとってこの時期がおそらく一番忙しい時期だったことだろう。
収穫時期は南の上エジプトから北の下エジプトとずれるので、一部の者たちは収穫をしながら北上していった。
刈り入れは、木に硬い石で作った刃を取り付けた鎌で行った。穀物は脱穀場へと運ばれ、家畜によって籾が踏み落とされ、空中に放り投げて殻を風の力で飛ばした。
穀物以外にも、この時期は亜麻やブドウが収穫された。
早く収穫しないと、ナイルの増水が始まってしまうので、
時間は限られていた。

収穫が終わると、国から派遣された書記官が収穫状況をチェックし、人々から税を徴収した。
若くて力のあるものは労働者として
運搬に徴用されたかもしれない。

税を国庫に入れるため、
ナイル川を毎日多くの船が行き来した。
村のほとんどはナイル川沿いにあり、
葦や木で作った船が行き来した。
基本的には風は南から北に吹いていたので、下る時は水の流れ任せ、上る時は帆を張って風の力で上流へと向かった。
それを補完するために10人ほどの漕ぎ手が乗船していた。(続く)


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# by mahaera | 2018-11-22 13:54 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)

最新映画レビュー「母さんがどんなに僕を嫌いでも」俳優たちのオーバーアクションが見ていて辛い


割と久しぶりの邦画だったが、居心地の悪さが最後まで続いた。
退屈して寝てしまうのではなく、周りのみんなは楽しんでいるのに、ひとりだけ乗れない感じだ。

実話を基にした原作がある作品。
主人公は、幼少時から母親の虐待を受けて育ち、
人との距離感がうまくつかめない青年だ。
デブだった少年を愛してくれたのは両親ではなく、
工場で働く婆ちゃんだった。
父親と離婚した母に引き取られ少年はやがて成長するが、
虐待はひどくなり、ついに家を飛び出す。
年月がたち、会社で働く青年になった主人公は劇団に入り、
心を許せる友人もでき、ようやく母親と向き合おうとする。
しかし、母親の心は変わらない。青年の努力が始まる。

こんな内容の話で、主人公を太賀、母親を吉田羊、
友人に森先ウィン、婆ちゃんに木野花が演じている。
で、まったく映画に乗れなかった。
途中途中、モノローグで子供時代の回想シーンにつなげるのだが、
子役がまったく自然じゃない。
子供劇団のあざとい演技のようで、
『万引き家族』を見習ってほしい。
大人の演技もオーバーアクションで、映画の間じゅう、
主人公も母親も怒鳴ったり叫んだりばかり。
あと、主人公と友人たちとの交流も、
見ていて気恥ずかしなる不自然さ。
素人劇団の描写あるが、あんな感じなのか?

細いディティールがちょっとずつ甘いのも、
映画を見ていてノイズになる。
雨音は結構するのに、路上は大して濡れてないとか、
いきなりのお見舞いなのに婆ちゃん眼鏡かけて寝ていて待機していたり、住んでいる家にリアリティがなかったりとか。

感動させたい、泣かせたいというのはわかるが、
あざとさが終始つきまとい、見ていて恥ずかしくなってきた。
たぶん、俳優の演出プランがよくなかったのだろう。
映画を見ている間、オーバー演技が気になって集中できないってことは。
この半分ぐらいのテンションでやるべきところかも。
常に大声で誰かわめいたり叫んだりしていて、こちらの気持ちが離れていった。

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# by mahaera | 2018-11-21 10:20 | 映画のはなし | Comments(0)