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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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最新映画レビュー『ヘレディタリー/継承』 よくできたオカルトホラー。後味悪くてバンザイ!


都心では11月30日から公開していたが、なぜか海老名イオンシネマでは先週末から一週間限定公開。という訳で、一部で評判になった話題のホラー映画をようやく見る。
こうした映画は前知識なく見るのが一番いいのだが、簡単にストーリーを。主人公は、街から少し離れた一軒家に住むグラハム一家の中心ミニチュアアーティストのアニー。同居していたその母エレンが死んだ。アニーには夫と息子ピーターと娘チャーリーの家族がいる。エレンは秘密主義で、葬式にはアニーの知らないエレンの知り合いも多数来ていた。しかしそれをきっかけに家族には不思議な出来事が起こり始める。。。。
まだ序盤20分ぐらいのところだが、それ以上は書けません。そのあと、ある悲劇が一家を襲うのだが、その事件が見ていてひえーっとなって、あまりのショックで当事者も〇〇となって、が割と物語が始まって1/3ぐらいのところで起きる。そこからは、もうオカルトもあるが、家族の辛〜い感じになっていく。この辺り、演技力のある俳優と演出力でぐいぐいと持っていく。心理サスペンス的にうまい。
で、実はってそのあとは、エクソシストやオーメン的世界に入っていくのだが、オカルトの範疇に入っていくとちょい冷めしてしまった。いや、怖いんだけどね。やっぱり一番怖いのは、人間ではないかと。しかしかなり良くできた、上品なホラーだと思う。昨年は「クワイエット・プレイス」も、ちゃんとした俳優と演出でやれば上質なホラーがきちんとできるという感じだったし。劇場、緊張で本当にしーんとしてた。そしてとにかく、トニ・コレットの表情が怖すぎ。★★★☆
# by mahaera | 2019-01-21 19:26 | 映画のはなし | Comments(0)

子供に教える世界史[古代編] インド=ヨーロッパ語族の民族移動の時代(前2000〜前1500年)その2 [間違いだらけのアーリア人学説?] 

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(写真)インダス文明の人形。昔は「インダス文明はアーリア人の侵入によって滅んだ」と教科書に出ていたが、現在はアーリア人の移動はインダス文明の滅亡後で、直接は関係ないとされている。(デリー国立博物館収蔵)


よく勘違いするのが、用語としての「インド=ヨーロッパ語族」と「アーリア人」との関係だ。
狭義のアーリア人とは、前1600年ごろにイランに侵入していった牧畜系征服民族で、現在のイラン人(国号の「イラン」もアーリア人の国を意味する)のこと。
イラン・アーリア人とは別に、この時、
東に向かったグループがインド・アーリア人だ。
狭義の「アーリア民族の移動」はこのことを示す。
一般的には広義のアーリア人というと、イラン・アーリア人、インド・アーリア人、パシュトーン人やタジク人を示す。
しかし「アーリア人」というと「ゲルマン人」を
イメージする人もいるだろう。
なぜヒトラーは「我々はアーリア民族」と言ったのだろうか。

もともと人種と語族は、別な概念だ。
英語が国語のアメリカを考えれば、同じ語族の国でもさまざまな人種が混在しているのはわかるだろう。
しかし「インド=ヨーロッパ語族」=「アーリア人」と
拡大解釈し、そのような人種がかつていたと
作り出したのが「アーリアン学説」だ。
「アーリア神話」とも呼ばれるこの学説は今では
全く根拠がないが、自分たちを優秀な民族だと正当化し、
白人が世界を支配するのに都合のいい学説だっだ。
とくに「ドイツ人」(1871年ドイツ帝国建国)が生まれてまだ半世紀もたっていないドイツでは国民の心をつかみ、「ゲルマン人こそ純粋なアーリア人」という学説が神秘主義やオカルトと混じり、ヒトラーはそれに感化されてナチズムを生んだ。
ナチズムでは、純粋アーリア人が優良人種として世界を支配すると真剣に考えたが、そもそもゲルマン系ドイツ人と、
イラン人やインド人を一緒にするのは無理がある。
それでも第二次世界大戦中は、
「実は日本人もアーリア人だった!」とか
「インド人はアーリア人だから、イギリスと戦え」とか、
都合のいい学説も唱えられた。

ということで、現在の世界史では「アーリアン学説」は否定されているので混同しないこと。
つまり「アーリア人」が出てきたら、せいぜいイラン、インドを含む「広義の」アーリア人と解釈して欲しい。(続く)


# by mahaera | 2019-01-20 11:18 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)

子供に教える世界史[古代編] インド=ヨーロッパ語族の民族移動の時代(前2000〜前1500年)その1歴史上何度かあった民族移動

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(写真)パキスタンのフンザ地方。こうした険しい山や谷を越えて、人々はより環境の良い地を目指して移動していった。

人類は歴史上、何度も民族移動を繰り返しており、
それは現在でも続いている。
そもそも人類が移動を始めなければ、
我々は今もアフリカにとどまっていたはずだ。
人は常により良い環境を求めて移動をする生物であり、
その能力も持っている。
最初は徒歩で、やがて馬などの動物を乗り物に、
そして船や車、飛行機などを使い世界中に拡散していった。
きっといつかは集団で宇宙に進出していくだろう。

歴史上、その拡散や移動には大きな波があった。
後から来た波は、先にそこに住んでいた者を支配し、
同化したり滅ぼしたりするが、
また次の波が来れば同じことが起こった。
そうして現在では「単一民族」と呼ばれているグループでも、
実は多くのレイヤーを重ねている。
日本人だって、顔つきひとつ見ても
様々な民族が混じり合っているのがわかるだろう。
世界史の中では、こうした民族移動が
たびたび取り上げられている。
ただし民族移動といっても同じ民族が固まって長距離を移動していくわけではなく、移動の過程で周辺民族を取り込んだり、玉突き現象で押し出されていく場合もあったりした。

高校生の大学受験レベルでも押さえておかねばならない大移動は、前2000〜1500年頃のインド=ヨーロッパ語族、
前1200年頃の「海の民」、4〜7世紀のゲルマン民族、
9〜11世紀のノルマン人、16〜17世紀のスペイン人の新大陸への移民、20世紀初頭のアメリカへの東欧移民が挙げられるだろう。
自主的ではないが、アフリカから新大陸へ連れて来られた
黒人も民族移動に入れてもいいだろう。
アジア地域では大規模な民族移動が行われている。
ただし数百年かけてのゆったりしたもので、現地の文明を破壊していくほどではなく、ゆっくりと浸透していくようなものだった。
長江以南への漢民族の移動、トルコ系民族の移動、
雲南からのタイ族の移動などだ。
それらは、また別の機会に。

大規模な民族移動はそこにあった社会を破壊することもあるが、社会が新たに活性化することもある。
たいていは後から来た方の民族のほうが少数派なので、
時代を経るに従って同化していくが、逆に文化的に
上位の場合、少数でも文化的に支配していく場合もある。
世界史を学んでいくと、そうした文明の衝突を世界のさまざまな場所で見ていくことになるだろう。(続く)


# by mahaera | 2019-01-19 11:30 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)

名盤レビュー/ジョニ・ミッチェル その3『ブルー』『バラにおくる』

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●『ブルー Blue』(1971)
前年、ワイト島のフェスに出演し、人気を確立したジョニ。
その4thアルバム。タイトル通り、ブルー一色のジャケットが印象的でビルボード15位のセールスを記録し、ジョニのアルバムで初めて20位以内にランクイン(イギリスでは3位)。
ジョニのアルバムの中では『コート・アンド・スパーク』と並ぶ代表作で、ローリングストーン誌が選ぶオールタイム・グレイトストアルバムで30位にランクインするなど、名盤として知られている。
サウンドの核はアコースティックギターとピアノのまだまだアコースティックなサウンドだが、すでに「脱フォーク」的な、ジャズに近いモダンなサウンド。
シングルカットは「ケアリー」と「カリフォルニア」
聴きどころは、グラハム・ナッシュと別れ、この頃に付き合っていたというジェームズ・テイラーとのコラボ。
ふたりのジョイントライブは1970年に幾度となく行われている。
アルバム1曲目「オール・アイ・ウォント」から彼の印象的なギターが聞こえるが、「カリフォルニア」「ア・ケイス・オブ・ユー」にもテイラーは参加してギターを弾いている。
全編でベースを弾いているのは、今まで同様スティーブン・スティルス
ラス・カンケルが何曲かでドラムとパーカッションを入れている。

「カリフォルニア」はパリの公園で新聞を読んだり、ギリシャの島でオムレツ食べたり、スペインでパーティーに出たりしている主人公が、カリフォルニアが恋しいと歌っている曲。
「ディス・フライト・トゥナイト」はシングルカットされた「ケアリー」のB面で、のちにロックバンドのナザレスのシングルカバーが大ヒット。

このアルバムで僕が一番好きな曲は「ア・ケイス・オブ・ユー」だ。
ナッシュやその後に短期間付き合ったというレナード・コーエンとの仲を歌ったともいう。のちにライブバージョンがシングルカットされたこともある名曲だ。
フィービー・スノウ、プリンス、ミシェル・ブランチなどもカバーしている。
プリンスのジョニ好きは有名だろうが、カバーしているのはこの曲。
ジェームス・テイラーのギターの音色もペラペラしていて印象的。
「僕の愛は北極星のように変わらない」という彼氏に、彼女は「どこに? 見えないわよ。私を探するならバーに来て」と言う。
「ワインのように苦くて甘く」時には「傷つく覚悟が必要」な彼だが、彼女はそんなワイン(彼)を一箱飲めるという。
「でも両足で立っていられるわよ」と。
ルーファス・ウェインライトのライブでのカバーもいい。


●『バラにおくる For the Roses』(1972)
リプリーズからアサイラムに移籍しての第一弾。
名盤の『ブルー』と『コート・アンド・スパーク』に挟まれて、いささか地味な5thアルバムだが、完成度は高い。
表ジャケットは緑の自然の中のジョニだが、歌詞付きの内ジャケには、海岸の岩場に立つジョニのヌード写真(後ろからだが)。
これも基本となるのはジョニのギターとピアノだが、他のミュージシャンは、トム・スコット、ウィルトン・フェルダー、ラス・カンケル、ジェームズ・バートンなどジャズ畑が初めて参加。
今までのフォーク人脈とは変わったのは(1曲だけCSN&Yが参加)、移籍して新しい音楽をしたいと思ったからか。
とはいえのちにゲフィンレコードを設立するデビッド・ゲフィンによる新会社アサイラムレコードには、1970年代を代表する西海岸シンガーソングライターたちがバッチリそろっていたけど。
シングルカットされヒットしたのは「恋するラジオ」
ジョニにしては明るい曲調で、歌詞にも陰りがない。要は「車に乗っていている人、ラジオを聞いて」という歌なのだが、ジョニも「ラジオのことを歌ったら、ラジオでよくかけてくれるかもしれない」と思って(シングルヒットを熱望していた)作ったと言っている。
カナダでは10位、アメリカでは25位。
全体的にキャッチーな曲が少ないかな。やはり地味かも(笑)


# by mahaera | 2019-01-18 14:01 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)

乃木坂→六本木 プチ散歩 乃木神社、旧乃木邸、檜町公園、FUJIFILM SQUARE


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(写真)乃木神社


試写の時間を間違えて六本木に2時間ほど早く着き、天気も良かったので1時間ほどプチ散歩。
降りた乃木坂駅から、まずは乃木神社へ。
乃木坂は六本木への行き帰りに時々利用する駅だが、
この神社に行くのは初めて。
乃木大将は死んで神格化されて神様になったのかと思いつつ、隣接した乃木公園内の旧乃木邸へ。


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日本史ではおなじみの、明治天皇崩御の際の乃木夫妻の自刃の場所だが、外から見られるようになっていたのには驚いた。
乃木大将については語るほど多くは知らないが、
当時もこの殉死については賞賛と非難の両方があったという。
今なら非難したら「非国民」と叩かれそうで、
大正末期は言論が今よりもオープンな面もあったのだろう。

乃木公園からミッドタウンの方に歩き、
ミッドタウンからの坂の斜面に広がる檜町公園へ。
ここも来るのは初めてだが、
このあたりは江戸時代は長州藩などの屋敷があったようだ。



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公園内には「21 21 DESIGN SIGHT」というアートギャラリー、スケートリンク、「長州藩主毛利家下屋敷跡碑」などがあり、緑も多い。
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小さな子供連れのお母さん、制服を着た小学生もいるが、この付近のマンション住まいってどのくらい年収が必要なんだろうと、下世話なことも考えてしまう。
当然ながら、すれ違うお母様方は、
現在住んでいるオダサガのお母様方と比べると生活臭がない。

そのままミッドタウンを抜け、FUJIFILM SQUAREへ。


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無料で見られる写真ギャラリーで、
「第14回 美しい風景写真100人展」を開催中だった。
美しい風景写真を撮るには、根気が必要とつくづく感じた。
併設の小さな写真歴史博物館は、
古いカメラがいろいろ陳列されていて、見ていて楽しい。
カメラ・オブスクーラとか実物を覗くのは初めてだ。
まあ、こうしてぽっと時間が空いた時、ふらふらと町歩きしていると、なんだか余生を過ごしているような気になるな(笑)。


# by mahaera | 2019-01-17 11:48 | 日常のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『クリード 炎の宿敵』公開中 新ロッキーシリーズの第2弾


『クリード チャンプを継ぐ男』の続編で、ロッキーを受け継ぐシリーズ。
かつての親友アポロの息子アドニス・クリードを主人公にしたシリーズだが、ロッキーの子供世代の話として受け継がれているのは、第1作がほぼ同じ頃(1年違い)に始まり、今も続く「スターウォーズ」シリーズに似ている。
そのころ、少年だった人々は、
もう20代の息子や娘を抱え、孫もそろそろという感じだ。
なので、本作でもアポロの息子に子供ができ(アポロの孫)、ロッキーにも孫がいても馴染む。

前作で親子のような関係を結んだロッキーとアドニス。
本作は「ロッキー2」の流れを汲み、アドニスが真のチャンプになる姿と、アドニスに子供ができるという姿を描く。
しかし本作でシリーズファンが期待するのは、因縁の対決だ。
「ロッキー4炎の友情」で、アポロをリング上で
死に追いやったソ連(当時)のボクサー、ドラコ。
今回はドラコの息子もボクサーになっており、
アドニスに闘いを挑む。
アドニスにとっては父を殺した男の息子という、因縁がある。
そしてドラコはロッキーに負けた事により国家の英雄ではなくなり、妻にも去られて辛い人生を送ってきた。
彼はその怒りを息子のヴィクターに注ぎ、
ハングリーなボクサーに仕立て上げていた。
過去がそれぞれの息子世代に受け継がれていくという、
ドラマチックな展開だ。

と、プロットを見ると、嫌が応にも盛り上がる展開なのだが、映画としてはわりと普通の出来になってしまった。
脚本はいいと思うし、物語の解決の仕方も予想外だが後から考えるとそれ以外しかないと思えるほど、綺麗な着地点だ。
盛り上がるところは盛り上がる。
しかし、ダレるところもままあり、それが映画全体の高揚感にストップをかけているのかもしれない。そこが残念。

ドラコも前作の4に比べると、きちんと“弱さ”といった人間臭さが描かれており、キャラの彫りも深いのだが、息子のヴィクターのほうは、もっと掘り下げが欲しかったかな。
というよりドラコ親子がもっと見たかった。
ドラコはこの試合を通して、息子との絆を取り戻すことができる。そしてロッキーもそうだ。
前作『クリード チャンプを継ぐ男』にはロッキーの息子は登場しなかったが、それは「ロッキー5」でロッキーの息子役もしたスタローンの実の息子が、2012年に亡くなっていた事も関係するのかもしれない。
★★★


# by mahaera | 2019-01-16 21:42 | 映画のはなし | Comments(0)

名盤レビュー/ジョニ・ミッチェルその2『レディス・オブ・ザ・キャニオン Ladies of the Canyon 』(1970)

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●『レディス・オブ・ザ・キャニオン Ladies of the Canyon 』(1970)

まず訂正。前回ジョニの恋人をスティーブン・スティルスと書いたが、グラハム・ナッシュの間違いだった。すまん。
さて3rdアルバム。タイトルにあるキャニオンとは、当時ジョニを始め西海岸の若手ミュージシャンが多く住んでいたというローレル・キャニオンのこと。
ザ・バーズ、ママス&パパス、ドアーズ、CSN&Yのメンバー、リンダ・ロンシュタットなどが住んでいたという。
このアルバムも基本的にはジョニのギターとピアノ弾き語りだが、のちにライブでも定番となった3つの重要な曲が入っている。

「サークル・ゲーム」は1967年にバフィー・セントメリートム・ラッシュに提供した曲で、ようやく本人によるセルフ・カバーが収められた。
僕は最初は映画『いちご白書』に収められたバフィー版が好きだったが、今ではこのジョニのバージョンが一番好き。
このアルバムではクロスビー、スティルス、ナッシュがコーラスをつけている。歌詞も最高にすばらしい。
もともとこの曲はデビュー前の1965年ごろ、カナダでやはりフォークシンガーとして活躍していたニール・ヤングが19歳の時に書いた「シュガー・マウンテン」という曲への返歌として作られた(2人は大学時代からの知り合いだ)。
「シュガー・マウンテン」は21歳になったらもう昔のようなことはできないという歌詞だが、ジョニは21歳になっても自分やニールにも希望をもたらすために、この曲を書いたという。以下、大意
「ひとりの子供が好奇心と出会ったのはちょっと前。
瓶の中でトンボを飼い、雷の音に怯え、流れ星に涙を流した。そして季節は何度も巡り、ペンキで塗られた仔馬は上がったり下がったり、私たちはみな時の回転木馬の囚われ人。
戻ることはできず、ただ振り返るだけ。
サークルゲームの中で。
(中略)
そして時は過ぎ、あの時の少年は20になった。
望んでいた夢は少し輝きを失ったけど、新しい夢、もっと素晴らしい夢が生まれるかもしれない。
最後の年が巡る前に。」

「ウッドストック」は、自分が行けなかったウッドストックフェスの模様をテレビで見て書いたという曲。
ジョニが弾く、トレモロをかけたウーリッツァーピアノが印象的で、CSN&Yもシングルに取り上げている。
また映画『ウッドストック』のテーマ曲にもなった。
これも名曲。

「ビッグ・イエロー・タクシー」は多くの人にカバーされた、おそらくジョニの中でももっとも知られた曲の1つ。
シングルカットもされた。カウンティング・クロウズのバージョンで知っている人もいるかも。
内容は自然を潰して大きな駐車場を作ったり、木を抜いて博物館に飾って入場料を取ったりする環境破壊について。
「昨夜、ドアが閉まる音がして、
大きな黄色いタクシーが私の大切な人を連れて行った。
いつだってそう。大事なものは無くしてから気づくものだから。彼らは楽園を舗装して、そこに駐車場をたてるの」。
このジャケットもジョニのイラスト、ダブルジャケットで内面にすべての歌詞(手書き)が掲載されている


# by mahaera | 2019-01-14 16:46 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)