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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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最新映画レビュー『蜘蛛の巣を払う女』 キャスト、スタッフを一新したシリーズ最新作だが、、


ダニエル・クレイグとルーニ・マーラの共演で2011年に映画化されたデビッド・フィンチャー監督の『ドラゴン・タトゥーの女』の続編だが、原作の2部、3部は飛ばして、作者のクレイグ・ラーソン死後に他の作家によって書かれた4部を映画化したのが本作。
この8年間に何があったかわからないが、3部作映画化の話はなくなり(ダニエル・クレイグは3部作に出る契約をしていた)、前作のキャストは誰も出演しない別映画になってしまった。
原作は未読だが、映画のテイストは大きくアクション映画寄りに変更されている。
たとえていうなら、リスベットのキャラは、トム・クルーズが演じそうな主人公のようだ。
その分、雑誌「ミレニアム」編集長のミカエルの役割はかなり縮小している(単なる脇役)。

天才ハッカーのリスベットが依頼された仕事は、世界の防衛システムにアクセスできるプログラムを持ち出した科学者からだった。
不正使用される前にそれを取り戻して破棄したいというのだ。
データを盗み出したリスベットだが、何者かに襲われデータは盗まれ、科学者も殺されてしまう。
その裏には、生き別れになった妹カミラの組織がかかわっていた。。
007のようなストーリーだが、原作者が亡くなっているため、新たに諸事情で書き下ろされた新シリーズは派手になっているのだろう。
リスベットと悪者が取り合うのは、重要なものであれば何でもよく、映画の技法でいう「マクガフィン」だ。
ある意味、前作「ドラゴン・タトゥーの女」が、話が2系統に分かれていてわかりにくく、映画向きではなかったのを、マクガフィンのと奪い合いという直線的にし、アクション重視にしたのは映画的には見せ場を作りやすい。
しかし、そのために、「別にこれ、ドラゴンタトゥーの女でなくても」と感じてしまうのも仕方がない。
リスベット役のクレア・フォイはがんばってはいるものの、リスベットのある種の不気味さはなくなっている。つまらなくはないが、新鮮味の薄い出来に。

★★☆


# by mahaera | 2019-01-12 10:47 | 映画のはなし | Comments(0)

名盤レビュー/ジョニ・ミッチェルその1 『ジョニ・ミッチェル』『青春の光と影』

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気まぐれに愛聴盤の解説を書いていきます。今回は仕事のBGMとしてお世話になっているジョニ・ミッチェルの初期の2枚。

●『ジョニ・ミッチェル Song to a Seagull』(1968)
ファーストソロアルバム。彼女は当時、ジュディ・コリンズの「青春の光と影」バフィ・セントメリーの「サークル・ゲーム」などを提供しヒットさせており、その原作者の待望のデビューとなったが、このデビューアルバムには人に提供した曲はなく、未発表曲ばかり。
というのも当時のLPのA面が「I CAME TO A CITY」B面が「OUT OF THE CITY AND DOWN TO THE SEASIDE」という物語構成になって曲が並べられているから。
全編ジョニのギターかピアノ弾き語りと、時折それをサポートするスティーブン・スティルスのベースのみ。
しかしジョニの弾くギターは、この頃から独特の響き。
CS&N結成の経緯は、ジョニの家で3人が会って意気投合したことがきっかけ。
そのためか、このアルバムのプロデューサーはデビッド・クロスビーになっている。
地味な曲が続くので、ひとつひとつの曲というより全体の雰囲気に浸るといった感じのアルバム。
仕事のBGMにはピッタリ。とくに朝の爽やかな空気にあい、
頭がクリアになる感じ。
ジャケットのイラストやデザインはもちろんジョニ。
ダブルジャケットで内面にすべての歌詞が掲載されている。


●『青春の光と影 Clouds』(1969)
2ndアルバム。プロデュースは1曲を除きジョニ自身になり、ほとんどの楽器を演奏。
他に参加しているミュージシャンはスティーブン・スティルス(ギターとベース)のみ。
基本は前作同様弾き語りの静かな曲が続くが、ジュディ・コリンズに提供してヒットした「チェルシーの朝」「青春の光と影」というキャッチなー曲があり、全体的にはずっと聴きやすくなっている。
「青春の光と影」のジュディ・コリンズ版は1969年のアメリカ映画『青春の光と影』の主題歌にもなったし、他にもシナトラやビング・クロスビー、ニール・ダイヤモンド、クロディーヌ・ロンジェにもカバーされる、ジョニの代表曲となった。
このアルバムではラストを飾り、素晴らしい弾き語りを聴かせてくれる。歌詞も素晴らしいので、どこかで訳詞を読むといい。ジョニは飛行機に乗っている時、窓の下に広がる雲を見て、この歌詞が浮かんだそうだ。
以下、大意
「空に浮かぶ雲を私は上と下の両方から見た。
分かった気になっているがそれは幻想で、
実は雲のことなんか何も知らない。
愛も同じで、今は両方の側から見たことになる。
与える側と受け取る側と。
でもそれもひとつの見方で、
実は何も知らないのかもしれない。
昔の友達は、私が変わってしまったという言う。
失ったものもあるが、得たものもある。
人生も私は両方の側から見た。
勝者と敗者の側と。でもそれも幻想なのかもしれない。
本当の人生なんて、私は何ひとつ知らないのだから」

ちなみにクリントン元大統領の娘チェルシー・クリントンの名前は、「チェルシーの朝」から名付けられたという。
ジャケットのはジョニの自画像。これもダブルジャケットで内面にすべての歌詞が掲載されている。


# by mahaera | 2019-01-11 19:20 | 音楽CD、ライブ、映画紹介 | Comments(0)

子供に教える世界史[古代編]初期ギリシャ文明(前3000〜前1500年)その3 交易によって栄えたミノア文明

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(写真)クレタ島イラクリオン郊外にあるクノッソス宮殿跡


前2000〜前1500年ほどに栄えたミノア文明の
クノッソス宮殿跡には、高い城壁などがなかったことから、
メソポタミアの都市と異なり、外敵に悩まされることがなかったと言われている。
実際、宮殿が焼け落ちるまで、大きな戦争が続くこともなかったのだろう。
この王国は外敵に攻められることが少ない島国という
利点を生かし、地中海交易で栄えたようだ。
ワインやオリーブ、銅や錫、陶器などをエジプトに
輸出していたとみられ、中王国から新王国時代のエジプトとは密接なつながりがあった。

宮殿に描かれたフレスコ画は、のちのギリシャ人のように
兵士や戦いを描くものではなく、オシャレで優雅な女性や
イルカや牛などの動物が描かれた開放的で明るいものだった。
文明の条件である都市も発達し、
前18世紀には独自の線文字Aが生まれた。
この当時のミノア人の言葉が
何系の言葉だったかはわからない。

ミノア文明が栄え始めたころは、エジプトは再び安定を取り戻した中王国の時代で、クレタとは盛んな交易があった。

当時はまだ鉄器が使われる前の青銅器時代。
青銅は銅と錫の合金で、銅に比べると硬く、
武器や農具にも使用可能だった。
銅の産地は比較的多かったが、錫の産地は少なく希少だった。なので遠隔地から貿易でそれを手に入れる必要があったのだ。当時は遠くイギリスのコーンウォールや北西スペイン、
北西フランス、北イタリアなどで産出していた錫

運ばれてきたようだ。


繁栄したミノア文明だが、前1400年ごろには滅んでしまう。
かつてはサントリーニ島で起きた火山の大爆発の影響という説もあったが、これは前1600〜20年ぐらいの出来事なので、
クレタ島も被害を受けたであろうが、
それで滅んだわけではない。
その後、前1600年ごろからギリシャ本土で栄えた
ミケーネ文明が前1450年ごろクレタ島に侵攻し、
これを支配下に置いたことはクノッソス宮殿から
ミケーネ人が使っていた線文字Bが発掘されたことから事実のようだ。
クレタ島にある他の宮殿都市遺跡のフェイトスやマリアの
宮殿はこのときに炎上したとみられている。
ミケーネ人の支配は75年に及んだが、
前1375年ごろクノッソス宮殿は全焼してしまう。
遺跡からは焼死体の跡は発見されず、
住民は逃げる余裕があったのだろう。
ここでミノア文明は完全に消滅した。
ミケーネ人が破壊したのか、それともミノア人自身が
反乱を起こし、火がつけられたのか。
それは永久にわからないかもしれない。

この後は、ミノア文明に変わったミケーネ人を含む、
インドヨーロッパ語族の大移動について述べていくことになると思う。
# by mahaera | 2019-01-10 12:51 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)

子供に教える世界史[古代編] 初期ギリシャ文明(前3000〜前1500年)その2 ミノア文明と神話



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(写真)クレタ島にあるクノッソス宮殿跡。行ってみたら想像と違い、かなり内陸にあった。3500年前に焼失したので、残っているのは土台の部分だけ。壁は日干しレンガで作られ、柱や天井は木材だったのだろう。写真の建物の部分は、発掘後に復元されたレプリカだが、コンクリート製の結構粗雑な作りでがっかり。

ヨーロッパ最古の文明・ミノア文明
東方ではインダス文明が衰退していったころ、オリエントの西方の地中海ではミノア文明が最盛期を迎えようとしていた。
ミノア文明は東地中海のほぼ中央に浮ぶクレタ島に栄えた文明で、中心都市はクノッソス(現イラクリオン郊外)だ。
クレタ島の大きさは広島県ぐらいで、島には他にもフェストス、マリアなどの都市があった。
ミノア文明はギリシャ人の移動以前に栄えて続いたので、
現在のギリシャ人とは民族系統は別だ。
しかしその文字(線文字A)が解読されていないので、
言語は何系かわかっていない。

[クノッソスの迷宮]
ミノア文明の名前の由来は、
ギリシャ神話のミノス王の伝説による。
ゼウスとエウロペ(ヨーロッパの語源となった)との間に生まれたミノスは成長してクレタの王になったが、
その時王位継承の証として生贄に捧げる牡牛を、
海神ポセイドンに送って欲しいと頼む。
しかしポセイドンが送った牡牛があまりにも美しかったため、ミノスは代わりの牡牛を生贄にしてしまう。
ポセイドンは怒り、仕返しにミノスの妃のパシパエが牡牛に欲情を抱くようにする。
悶々としたパシパエは思いを遂げるために、
工匠のダイダロスに頼み、木製のハリボテの雌牛を作ってもらい、その中に入って牡牛と交わった。
パシパエは妊娠し、人間の体に牛の頭の怪物ミノタウロスが生まれてしまう。
困ったミノス王はクノッソスの宮殿の一部に、
ダイダロスに銘じて迷宮のラビリンスを造らせ、
そこにミノタウロスを閉じ込めた。

時が過ぎ、クレタとの戦争に負けたアテナイは、毎年少年少女7人を生贄としてクレタに貢ぐことになった。
彼らはみなミノタウロスの餌食になる運命だった。
3回目の時に、アテネの英雄テセウスが
そのグループにもぐりこむ。
ミノスの娘アリアドネはテセウスに恋し、
彼を救おうとダイダロスに迷宮脱出の方法を聞きだした。
そしてアリアドネは短剣と魔法の糸の片方をテセウスに渡し、自分は糸の片方を持つ。
短剣でミノタウロスを倒したテセウスは、
糸を手繰り寄せてアリアドネのもとに戻り迷宮を脱出する。

これがギリシャ神話の中のクノッソスの迷宮のエピソードだ。しかし神話が作られたのはミノア文明が栄えていた頃より千年も後なので、史実とは関係ないだろう。
ミノア文明が栄えていた頃はアテネもなかったろう。
しかし遠い時代の記憶が、神話となって語り伝えられていたのかもしれない。(つづく)


# by mahaera | 2019-01-09 12:40 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)

子供に教える世界史[古代編]初期ギリシャ文明(前3000〜前1500年)その1キクラデス文化と初期のトロイ

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(写真)トロイII市(前2600〜前2300年)にある「ランプ」と呼ばれる傾斜路

ここで目をオリエントから地中海へ。
インド=ヨーロッパ語族の移動が始まる前から、
ギリシャ地域では文明が生まれていた。
ギリシャ人到来前のギリシャ文化だ。
教科書では「ギリシャとローマ」の章に入れられてしまうので、もっと後の時代かと勘違いしてしまうが、メソポタミア→エジプト→インダスに次ぐ古代文明といえるかもしれない。


ギリシャ最初期のキクラデス文化(前3000〜2000年)
紀元前3000年ごろから、オリエント文明の影響を受けた青銅器文明が東地中海の各所に生まれていた。
エーゲ海周辺の土地は狭く、大規模な灌漑農業には向いていなかったが、牧畜や交易活動が積極的に行われた。
初期のエーゲ文明は、前3000年ごろに
現在のギリシャとトルコに挟まれた海域に広がる
キクラデス諸島に生まれたキクラデス文化だ。
ただし各島の人口は少なく、せいぜい数千人程度。
キクラデス諸島では大麦や小麦を栽培し、羊やヤギの放牧、マグロなどの漁業が行われ、船による交易が行われていた。
発掘物では、まるで現代アートのような大理石の女性像が有名だ。キクラデス文化はその後、クレタ島に興ったミノア文明に統合されていく。


初期のトロイとクレタ(前3000〜前2200年)
一方、黒海とエーゲ海を結ぶダーダネルス海峡の西端では、
前3000年ごろから現トルコのトロイ遺跡がある丘(チャナッカレ近郊)にイリオスの町ができ始める(「トロイ」は英語で、古代ギリシャ語では「イリオス」という)。
この場所は、黒海交易の拠点だった(イリオス滅亡後は、海峡の東端のビザンチオン=イスタンブールが発展する)。ただしイリオスはこの頃はまだ集落といっていいほどの規模で、大きな町になるのは前2500〜前2200年になってから。

クレタ島でも前3000年ごろには、人々が町や宮殿を作り始めていたが、まだ文明と呼べるほどではなかった。
しかしキクラデス文明が前2000年ごろに断絶した後、クレタ島では「ミノア文明」が発展していく。
これらのエーゲ海文明と、それより古いマルタの巨石文明、ビブロスなどの東地中海沿岸の諸都市とは、前3000〜前2000年ぐらいの間にどの程度交易があったかはわからない。
少なくとも前2000年頃には、すでに幅広い交易活動があった。
しかし前2200年ごろ、ギリシャ本土では一度、文化が断絶する。民族移動による破壊と停滞がこの時期起きたのだろうと推測されている。つまりそのころから、インド=ヨーロッパ語族のギリシャ人が黒海付近から移動してきて、この地に住むようになるのだ。(続く)


# by mahaera | 2019-01-08 09:34 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)

「子供のための世界史」関連本紹介9(古代オリエント)その6「四大文明 インダス」「メソポタミアとインダスのあいだ」

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NHKスペシャル 四大文明 インダス

日本放送出版協会 (2000/08)
近藤 英夫(著), NHKスペシャル「四大文明」プロジェクト (著)

NHK、放映された「四大文明」の時に出た本。当時、初めて詳しくカメラが入ったドーラビーラー遺跡については詳しくて面白い。ただし、インダス文明の外観的なところが弱い、というか、素人にもわかるような解説が少なく、いきなり細かく専門的なところに入るので、読み進めてもイメージがつかみにくいのが難。

★★


メソポタミアとインダスのあいだ: 知られざる海洋の古代文明

(筑摩選書) 単行本 – 2015/12/14
後藤 健 (著)

メソポタミア文明とインダス文明を結ぶ間のペルシャ湾岸に、農耕ではなく交易によって栄えていた文明があったという説を唱える。それにより、両地域は孤立していたわけではなく、交易ネットワークがあって成り立っていた。イラン高原のトランス・エラム文明についても触れるが、大半はアラビア半島で繁栄した交易都市文明について。今まで知らなかったので、なかなか興味深い。文明はすべて農耕から発達したわけではないという「非農耕文明」もあったという主張や、インダス文明の起源についてイラン高原のエラム文明が関係していたという説もまた、面白い。

★★★


# by mahaera | 2019-01-06 13:15 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)

最新映画レビュー『ホイットニー~オールウェイズ・ラヴ・ユー~』見てて辛いが力作ドキュメンタリー


かつて一世を風靡したといってもいい歌手、ホイットニー・ヒューストン。しかし多くの人にとっては、いつのまにか名前を聞かなくなり、そして亡くなっていたと、彼女の後半生についてはほとんど何も知らない。
このドキュメンタリーは、彼女の生涯を追うが、とくに印象に残ったのはピークから転げ落ちていく彼女の姿だ。
昨日紹介した『アリー/スター誕生』にも通じるが、
本作ではホイットニーがキャリアのピークを飾った1992年の映画『ボディガード』出演あたりを折り返し地点とし、
後半の転落人生を冷静に見つめている。

歌手である母シシー・ヒューストン
従姉妹であるディオンヌ・ワーウィック
名付け親はダーレン・ラヴというニュージャージーの音楽一家のもと、1963年に生まれたホイットニーは、幼い頃から夢は歌手になることだった。
モデルやバックコーラスを得て、
1983年にアリスタレコードの創業者クライブ・ディヴィスの目に止まり、1985年に満を持してデビュー。
シングルが7曲続けてチャート首位になり、ビートルズの6曲という記録を抜く。
日本でも洋楽アルバムチャート11週連続1位を記録
1991年のスーパーボウルでのアメリカ国家斉唱は、
未だ語り継がれるものになった。
1992年には主演映画『ボディガード』が公開され、
サントラ盤は世界で4200万枚を売り、
日本でも洋楽史上最高の280万枚が売れた。
そして主題歌「オールウェイズ・ラヴ・ユー」は全米で14週連続1位という偉業を成し遂げた。
同年、歌手のボビー・ブラウンと結婚。
翌年、娘を出産する。ここが彼女の人生のピークだ。

もし恋愛映画なら、ふたりが出会い、結婚するまでを描くだろう。みんなが見たいのはそこまでだ。
しかし実際にはそのあとにはるかに長い山あり谷ありの人生が待っている。
ホイットニーが亡くなったは2012年。
ピークから20年も彼女の人生は続いていたが、たいていの人はデビューからピークまでの7年しか覚えていないだろう。

成功した彼女だが、その裏ではドラッグ依存が続いていた。
なぜ、彼女は自滅して行ったのか。
このドキュメンタリーでは、その姿を多くのインタビューやホームビデオを通じて描いていく。
彼女の転落人生は、前に見たエイミー・ワインハウスのドキュメンタリー『エイミー』とほとんど同じだ。
金と名声に群がる家族や友人たち。
身近なスタッフは、ホイットニーの家族である以外、
なんの能力もない人たち
だ。
兄や弟たちはそれを十分に生かし、
ホイットニーをドラッグ漬けにしていく。
そして母と離婚した父親が、ホイットニーの行動を管理していく。
幼い頃に母の浮気が原因で両親が離婚したホイットニーは、
父を愛していた。
しかし父親はホイットニーを利用し、多くの金を引き出すのが目的で、解雇されるとホイットニーを告訴している。

そして、妻の名声に嫉妬する夫
結婚当初はスーパースター同士の結婚だったが、
落ち目のボビーはDVも含め何かとホイットニーに辛く当たる。

かといってホイットニーも単なる可憐な女性ではない。
仕事がないときはカウチで寝たきりで、ほとんど育児放棄。
男関係、女関係もある。
かと思うとツアーやパーティーに小さな娘を連れ回し、
小学生ぐらいの年齢なのに娘はドラッグを覚え
高校生の時には自殺未遂をしてしまう。

もちろん彼女のためを思っているスタッフもいたが、
そんな人たちは物言える重要なポジションにはいない。
最終的に彼女の周りに残るのは、イエスマンか、
彼女の金が目当てのものばかり
だ。
最後に明かされる幼少期に受けた性的虐待も痛々しい。
そのせいで自分の性的な立ち位置を見失ったこともあるし、
ふつうの家族を知らずに育ったため、いい家庭を築けなかったのかもしれない。
本作はデビューからピークまではものすごくあっさりしており、ホイットニーの代表曲を聞きたいという人はアテが外れるだろう。
そして映画の約半分を占める、約20年のホイットニーの転落人生に疲れることだろう。

最後はほぼ一文無しになり、体型も崩れ、
声も出なくなり、ヤジが飛び交うステージをこなし、
ドラッグによる心臓発作で浴槽の中で溺死したホイットニー。
しかし、すばらしい時代もあっただけに、
成功とは、幸せとはなどと、いろいろ考えてしまう作品だ。

2012年、ホイットニーは48歳で亡くなる。
大ヒット中の『ボヘミアン・ラプソディ』との関連でいうと、ライブエイドのころはデビューアルバムが大ヒットし、
フレディが亡くなった翌年にキャリアのピークを迎えている。
ということで、『ボヘミアン・ラプソディ』のようなカタルシスを期待している方は、本作はやめといたほうがいい。『エイミー』が響いた方はOK。でも力作。

★★★☆


# by mahaera | 2019-01-05 11:58 | 映画のはなし | Comments(0)