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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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Netflixドキュメンタリー『バーデン』銃で撃たれるのもアート? ボティアートの第一人者

Netflixドキュメンタリー『バーデン』銃で撃たれるのもアート? ボティアートの第一人者_b0177242_11013680.jpg
 クリス・バーデンを知っているだろうか?
 僕も実はこのドキュメンタリーを見るまでは、たった一つのことしか知らなかった。現代美術史のボディアートの項で、彼が自分の腕を人に銃で撃たせる「シュート」という作品が紹介されているのを読んだだけだ。
 これはどんどん過激になっていくボディアートの例として有名なのだが、それ以外のことは知らなかった。本作は、そんなクリス・バーデンのアート人生を追うドキュメンタリーだ。

 当初、大学で彫刻家を目指したバーデンだが、人とは違うこと、誰もやっていないことを目指し、大学院生時代にロッカーの中に何日も入ったり(単なる変人)、連絡を絶って失踪するパフォーマンス(連絡が密でない人は気づかなかった)などを行う。

 しかしほぼ無名だった彼は、1971年の「シュート」で有名になる。身体を傷つけるというボディアートでは旧ユーゴのマリーナ・アブラモヴィッチが有名だが、銃を使うのはアメリカ的だ。友人にライフルで自分の腕を撃たし、それを動画や写真で撮るアートは当然ながら「これはアートか?」と物議を醸し、日ごろ現代アートに興味がない人も注目する事件になった。
 今じゃそうでもないが、当時は現代アートは、流行を追う人には注目すべきトレンドだった。ジョン・レノンだって、そうやってヨーコと出会ったのだから。

 さて、このドキュメンタリーでは「シュート」の裏話が聞けるのが面白い。何と当初の予定では、腕の表面をかすってかすり傷を負わせるだけだった。しかし撃つ人が緊張してわずかにずれてしまい、腕を銃弾が貫通してしまった
 失敗だったのだが、結果的にそれがセンセーショナルな話題になり、クリス・バーデンは時の人になる。

 もう一つ有名なボディアートに、1974年にワーゲンの車体に自分の手のひらを釘で打ち付けた「Trans-Fixed」がある。これも誰もバーデンの手のひらに釘を打ちたくなかったので、妻がやったというエピソードが語られる。

 しかし1970年代が終わるとボディアートも飽きられ、バーデンも元の立体アートの世界に戻っていく。カメラはカリフォルニアのトパンガ渓谷にある彼のアトリエで、その新作制作風景を映し出していく。街灯が密集した作品の2008年の「アーバンライト」はロサンゼルスで人気の観光スポットにもなった。
 ものすごく斬新というドキュメンタリーではないが、アーティストを代表作のみで記憶するというのも、ちと違うということを考えさせられる。★★★


by mahaera | 2020-05-11 11:03 | 映画のはなし | Comments(0)

7日間ブックカバーチャレンジ(前編)

旅行作家の蔵前仁一さんからご指名いただいた「7日間ブックカバーチャレンジ」です。「読書文化の普及に貢献するためのチャレンジで、参加方法は、好きな本を1日1冊、7日間投稿する」。ルールは「本についての説明はナシで表紙画像だけアップ」だそうです。
 現在、FBで毎日更新していますが、FBをしていない友人もいるので、こちらでも紹介します。まとめてですが。

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 ということで、1日目の今日は調べ物で机の上に乗っていたこの本を選びました。いくらでも説明したいところですが(笑)。今まで読んだミュージシャンの自伝の中で、一番面白い。和訳もよくて、マイルスが日本語を話しているかのごとく。故・中山康樹氏さすがです。

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2日目の今日はこの本。今は文庫になっているので、そちらの方が手に入りやすいかな。数年前に「子供に教える世界史」を書くときに直接ではないけれと、間接的に影響を受けた本です。「歴史を作るのは人物だけではなく技術の発達」という概念も世界史に入れたら面白いのにと思いました。

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3日目の今日はこの本。まあ、僕を知っている方なら、ボブ・ディラン関連の本を一冊は選ぶとは思うでしょう。一番の愛読書は、もちろんご本人の「ボブ・ディラン自伝」ですが、表紙が気に入っているという点で本書を選びました。装画はもちろん、みうらじゅん氏、装丁は安斎肇さんによる、ダニエル・クレイマーの写真集。23歳から24歳までの若きディランがここにいます。

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4日目の今日はこの本。映画の本を何か一冊あげたいなと思っていたけど、真っ先に挙げたい名著『定本 映画術 ヒッチコック・トリュフォー』が家になかったので、代わりにこの『ワイルダーならどうする?―ビリー・ワイルダーとキャメロン・クロウの対話』(キネマ旬報社)を紹介します。ワイルダーとクロウが誰か知らない人は、自分でググってください(笑)。装丁も、見ればわかりますよね。

by mahaera | 2020-04-26 10:55 | 読書の部屋 | Comments(0)

新作映画レビュー『ラスト・ディール 美術商と名前を失くした肖像』 オークションにかけられた幻の名画。老いた画商が人生最後の勝負に挑む


2018
監督:クラウス・ハロ
出演:ヘイッキ・ノウシアイネン、ピルヨ・ロンカ、アモス・ブロテルス
配給:アルバトロス・フィルム、クロックワークス
公開:228日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか
公式HP: lastdeal-movie.com/

●ストーリー
長年仕事を優先し、家族をおろそかにしてきた老画商のオラヴィ。ヘルシンキで小さなギャラリーを営む彼の元に、音信不通だった娘から連絡が入る。問題を起こし、職業体験の引受先がない孫息子のオットーを預かってくれというのだ。その一方、オラヴィはオークションに出品されていたある男の肖像画に心を奪われていた。署名がないために安い価格がついていたその絵だが、オラヴィは妙にひっかかるものを感じたのだ。オットーと共に作者を探し始めたオラヴィは、その絵がロシア写実主義の巨匠イリヤ・レーピンの作ではないかと推測する。

●レビュー
イリヤ・レーピンを知っているだろうか。
世界史や美術史の本にはたいてい「ヴォルガの舟曳き」が掲載されるが、個人的には「イワン雷帝と息子イワン」が印象的だ。伝説を取り入れたこの絵では、抗議しに来た息子をイワンが癇癪を起こして杖で殴り殺してしまった直後を描いている。自分がしでかしたことに恐れおののく老人の恐怖の表情が、夜に見たらトラウマになりそうなぐらい怖い(ゴヤの「我が子を食らうサトゥルヌス」に匹敵する)。

イリヤ・レーピンはロシアの巨匠だが、その作品の多くがロシア国内にあるため、世界的にはあまり知られていなかった。晩年はサンクトペテルブルク郊外に住んでいたが、その地がフィンランドの独立とともに編入されると、高齢であることを口実に帰国することなく1930年に没した。やがてソ連=フィンランド戦争が起き、レーピンの住んだ地はソ連に編入される。

そのような経緯があるので、本作のような「幻の名画」の話も俄然現実味を帯びてくる。レーピンの晩年に描かれた絵がフィンランド内に残っていても不思議はない。それではなぜ署名がないのか。その謎を探る部分はミステリー仕立て、そしてそれを周囲に知られることなく落札する下りはサスペンスになっている。ただしそれはストーリーを進行させるためのもので、強く印象に残るのは、他人に対して愛情が薄かった仕事人間が年老いてようやく家族の大事さに気づくドラマ部分だ。

主人公のオラヴィは日本人でもいそうなキャラクターだ。仕事熱心といえば聞こえはいいが、自分のことにしか関心がないとも言える。不実ではないが、相手のことに関心がない。それは家族に対しても同様だ。
面倒なことを考えるより、仕事をしている方が楽と人生を過ごしてきた感がある。
そんな男が、この肖像画の購入を通して、今まで気がつかなかったものに気づくが、人生は残り少なかった。観ていてなんとなく、自分の父親とオーバーラップしてしまった。派手さ皆無の小品だが、こうした地味なドラマもなかなか良い。★★★前原利行

この記事は旅行人のウエブサイト「旅行人シネマ倶楽部」に寄稿したものを転載しました

by mahaera | 2020-03-06 09:00 | 映画のはなし | Comments(0)

新作映画レビュー『 シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢 』愛娘のためにたったひとりで築き上げた奇想の宮殿


2018
監督:ニルス・タヴェルニエ(『グレート・デイズ!夢に挑んだ父と子』)
出演:ジャック・ガンブラン、レティシア・カスタ
配給:KADOKAWA
公開:1213日より角川シネマ有楽町、YEBISUGARDEN CINEMA

●ストーリー
19世紀末、山に囲まれたフランス南東部の村オートリーヴ。
村から村へと郵便を届ける配達人のシュヴァルは妻を亡くした。
人付き合いが苦手で変わり者のシュヴァルだが、
やがて未亡人のフィロメーヌと知り合い、結婚。
娘アリスも誕生する。
ある日、配達の途中で石につまずいたシュヴァルは、
その石の変わった形からひらめきを得る。
それから毎日、シュヴァルは娘のために、
たったひとりで石を積み上げ、彼の理想宮を作り続けることになる。

●レビュー
正規の美術教育を受けていない者が、
その発想のままに優れたアート作品を制作することがある。
これを美術用語では「アウトサイダー・アート」という。
その代表例としてよく引用されるのが、
南仏にあるこの「シュヴァルの理想宮」だ。
本作は、ひとりの郵便配達人シュヴァルが33年の年月をかけて、
石やセメントを使い、一人で造り上げた「理想宮」の物語だ。

シュヴァルは人付き合いが苦手で、
人とまともに視線も合わせられない人物だ。
今なら「発達障害」とか「自閉症」とか病名が付けられる
かもしれないが、昔はそんな“変わり者”はいても、普通に暮らしていた。
人とのコミュニケーション能力は高くはないシュヴァルだが、
別に冷たいわけではない。家族に対する深い愛情はあっても、
それをうまく表現できないだけなのだ。
数少ないセリフで自分の感情を表すというこの難役を演じる、
ジャック・ガンブランがすばらしい。
何十年という映画時間を彼と過ごしているうちに、
シュヴァルの気持ちがこちらによく伝わってくる。

彼はこの建物を娘のために建てたのかもしれない。
しかし、それは彼がつまずいた石と同じで、
きっかけさえあれば彼は何かを作り上げたのではないか。
何かを表現せざるを得ないという人はいる。
その衝動は自分の心の内にあるのか、それとも外にあるのか。
富や名声とは関係なく、誰にも顧みられるわけではないのに
作り続けるのは一体なぜか。そしてそんなアウトサイダー・アートは、
美術に詳しくないものでも心を動かされる強い魅力を持っている。

主人公シュヴァルが淡々とした人なので映画自体も淡々と進むが、
この映画は全くダレることなく私たちに様々なことを訴えかける。
身近なものへの愛情、秘めたパッション、強い意志とは。
人が何かをこの世に残すとはどんなことか。
そして最も心が揺さぶられるのは、人を愛すれば愛するほど、
その人に先立たれてしまうことが辛いかだ。
長生きするということは、
愛するものを次々に失う苦しみを味わうことである。
シュヴァルは88歳という当時としてはかなりの長生きをしたが、
それだけに愛するものに先立たれるという多くの苦しみもあった。
個人的には、小品ながらも忘れがたい作品。
この冬のおすすめだ。
★★★★前原利行)
※この記事は旅行人のウエブサイト、「旅行人シネマ倶楽部」に寄稿したものを転載しました。

●映画の背景
シュヴァルの理想宮は現在、フランスの重要建築物に指定されており、
オートリーヴ村の観光地になっている。
リヨンから日帰りできるようだが、辺鄙な場所にあるので、
公共交通機関を使っていくと1日がかりになりそうだ。

by mahaera | 2019-12-17 09:44 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『エッシャー 視覚の魔術師』不思議な絵を描くフツーの人の生涯


12/14より公開中
 エッシャーを初めて知ったのは少年マガジンだったと思う。
僕が子供の頃の少年マガジンは、横尾忠則が表紙をするなど今から思えばハイブロウで、巻頭特集は少女の水着ではなく、かなり力の入った「ムー」みたいなものだった
そこでマグリットと並んで、不思議絵として特集されていたのがエッシャーだ。
小学生の僕にとってエッシャーの絵は、不思議な中世の迷宮のようで(モノクロが多かったから)、囚われたら永久に抜け出せない牢獄のように見えた。

 本作はエッシャーの生涯を追う、オーソドックスなドキュメンタリーだ。
とはいえ、絵に比べると“ふつう”の生涯を送ったエッシャーの人となりについてはあまり知られていないので、そのふつうさを知るのも驚きだった。
オランダ生まれのエッシャーは、芸術家というよりデザイン職人として人生をスタートさせる。
そのためか、生涯、他の芸術家たちとの交流はほぼなく、波乱に満ちた20世紀の芸術運動とは無縁だった。

 彼が描く「無限階段」「描く手」などのだまし絵だが、それは旅行で訪れたスペインのアルハンブラ宮殿の装飾に影響されたというのは腑に落ちた。
永遠に同じ柄が続くという、イスラムのタイル装飾だ。
確かに、ヨーロッパのキリスト教アートにはそれがなかった。
それに不思議なだまし絵的要素を加えたのだ。
エッシャーにとって自分の絵は、感情表現ではなく、パズルのようなもので、数学的表現だった。

 エッシャー人気は、1950年代にアメリカの雑誌「TIME」「LIFE」に取り上げられたことで始まる。
そのためアメリカでの人気は高く、何度も講演を行っている。
60年代のドラッグカルチャーの中で、エッシャーは若者にも浸透していく。ドラッグをしながらエッシャーの絵を見ると「トリップできる」というのだ。
もちろんエッシャーはドラッグとは関係ない、お堅い人だった。
 CS&Nのグラハム・ナッシュがエッシャーに「あなたはアーティストですか?」と聞くと「ノー、私は数学者だ」と答えたエピソードも。
そして自分の絵が無許可で、ドラッグカルチャーのTシャツやポスターに使われるのも困っていたらしい。
ミック・ジャガーから電話があり、ストーンズのレコードジャケットの依頼を受けたが、断ったりというエピソードも紹介される。

 エッシャーの兄が結晶学者だったこともあり、エッシャーは数学的興味から図形を描くことが好きだったのだろう。ちなみに普通の絵は、それほど上手くはないと思う。
 本作は映画とかドキュメンタリー的に優れているかというと、ごくふつうなのだが、ゴッホなどと違い、エッシャーの人について何も知識がなかったので、個人的にはためになったという印象。90分で新書を読んだぐらいの知識は身につくと思う。
★★★


by mahaera | 2019-12-15 10:33 | 映画のはなし | Comments(0)

Netflix映画レビュー『失くした体』 失くしたのは手ではなく、体。孤独な青年がと街を彷徨う手


 今年のカンヌ国際映画祭の国際批評家週間で大賞を受賞したほか、アヌシー国際アニメーション映画祭でクリスタル賞と観客賞を受賞するなど、国際的に高く評価されたアニメーション。
もちろんこれからも各賞に絡んでくるだろう。
と言ってもテーマは地味で、派手な展開やオチはないアランス映画だ。

 主人公は、パリでピザ配達の仕事をしているアラブ系の青年ナオフェル。
子供の頃に両親を自動車事故で亡くし、今は一人都会で孤独に暮らしている。
仕事も対人関係も不器用な彼が、偶然知り合った図書館で働くガブリエルに恋をする。
彼女に近づくために、彼女の叔父の町工場で働き出すナオフェル。
一方、切断された手首が病院の冷凍庫から逃げ出し、街を彷徨う。
ハトやネズミに襲われ、川に落ちながらも、手首は自分の体の元へ戻ろうとする。
手首が何かに触れるたび、幸せだった過去が蘇る。

 映画を見ながら、手首が思い出す回想からこの手はナオフェルのものだとは推測するのだが、ナオフェルの物語では彼には手が付いている。
つまり物語が進むにつれて、彼はいつか手をなくすのだろうと観客は感じている。
映画のタイトルが『失くした体』で「失くした手」でないのも、そこに意味があるのだろう。
手が触れて思い起こすのは、楽しかった両親の思い出、少年時代だ。

 ナオフェルがガブリエルに近づくためにすることは、今の日本じゃストーカーみたいなもので、気持ち悪いかもしれない。
だが女性に縁がない若者が、相手のことを知りたいとすることは、今も昔も変わらない。
主人公を不器用で陰気な若者にしたことで、このアニメは万人に受けるものではないことは確か。
何をやってもうまくいかない時期というのはある。
うまくいかないのは、自分がいいと思ったことと、相手が望むことがズレて、空回りしてしまうからだ。

歩く手首というと、『アダムズファミリー』のハンドくんだが、この手首も不気味ではあるが、ホラーテイストではないので、怖いものが苦手な人も大丈夫。
むしろ淡々と、青春期の疎外感を描いた作品だ。

劇的な展開やオチはなく、美少女も出てこないので、ハリウッド映画や日本の萌えアニメしか見ていない人には、オススメはしない。ヒロインであるガブリエルがまたいつも笑わず、super prganismのオロノみたいなのだが(笑)。
なぜか不思議に映画を見ている間、主人公に寄り添っている気分になっている。それは僕にとっては、しばらく忘れていた若い時の気持ちだった。

しかしこういう大人の作品が劇場で見られないのが残念。これからは、大人の作品は、家でTVでになるんだろうな。
★★★☆


by mahaera | 2019-12-11 09:40 | 映画のはなし | Comments(0)

新作映画レビュー『バウハウス 原形と神話』20世紀初頭にモダニズム造形運動を生んだ学校の歴史を追うドキュメタンリー


11/23よりユーロスペースほかにて

 「バウハウスってバンドだっけ?」と思うのは、今やオールドロックファンか。
そのバンド名のもととなったのは、20世紀初頭にドイツ(ワイマール)で起きたモダニズム運動の発祥地である造形学校「バウハウス」だ。
 今年はその開校100周年ということで、イベントがいろいろ行われていたようだが、その一環で「バウハウス100年映画祭」としてドキュメンタリーが6本公開される。
これはそのうちの1本で、学校としてのバウハウスの歴史を追うドキュメンタリーだ。
「バウハウスって何?」という人(私も)には、新書を読むつもりで見れば、大体のことがわかる90分だ。

 「バウハウス」とはモダニズム、近代的な機能主義や合理主義を進めた芸術運動だが、このドキュメンタリーを含め、今ではモダニズム建築との関わりで語られることが多い。
初代校長が近代建築の四大巨匠の一人グロピウスであり、やはり四大巨匠の一人のローエも校長を務めていたこともある。

 僕が中学に進学した頃の1970年代は、まだ近代建築が大流行していて、中高の母校も今から見ればそのモダニズム建築の方法論に則って建てられていたと思う。
それを知ったのは、他校の生徒に「ピロティ」と言っても通じなかったこと。
母校にはピロティ(建物の1階部分の柱を残して外部空間を作る)があり、よく待ち合わせに使われていたが、今から思えば「あれってモダニズム建築ね」という感じだ。
1980年代のバブル時代もコンクリ打ちっ放しの丹下建築が流行ったが、そっけない上に音響効果が悪くて嫌だった。

 もともとモダニズム建築は、それまで流行っていたアールヌーヴォーとか古典建築を否定するところから始まっている。ゴテゴテした装飾や非機能的なカーヴなど、近代合理主義的に余計なものをできるだけ廃し、直線を多用する理性の建築だ。
巨大工場と大量生産が始まった第二次産業革命は、初期の頃にはガウディのようなバロック的な建築家やアールヌーヴォー建築を流行らせたが、それも第一次世界大戦とスペイン風邪と共に終了。合理的な精神(理念)の造形運動がドイツで起きた。それがバウハウスだ。

 このドキュメンタリーは、そのバウハウスを資料映像や関係者たちのインタビューなどで、実はどんなものだったかを描き出している。
「新しいものを生み出そう」という意欲に満ち、若者たちを集めて始めた造形学校だが、それは古いものの否定から始まるので、軋轢も生まれる。
当時、思想の最先端は共産主義だったから、若者たちはそれにも影響を受け、造形学校は常に共産主義とのかかわりを疑われるようになる。
そして廃校に追い込まれていくのだが、のちにバウハウス出身の建築家が有名になったことにより、バウハウスも神格化された。「ナチズムの殉教者」として。
しかしこのドキュメンタリーでは、バウハウス内にもナチムズムの協力者がいたこと、決して反権力ではなかったことなどを挙げ、そうしたイメージも払拭していく。

 まあ個人的にモダニズム建築がそれほど好きじゃないってこともあり、“お勉強”って感じで観賞。歴史や流れを知るにはいいけど、最低、有名建築家の名前とその作品ぐらい知っておいたほうがいいだろう。
でないと、その後、その人がどんなものを作っているかわからないし。
ということで、興味のある人には★★★。それほどない人にとってはという、誰にでも楽しめるわけではないドキュメンタリー。


by mahaera | 2019-11-22 09:43 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『 永遠の門 ゴッホの見た未来 』 ゴッホの最期の日々を描く。ウィレム・デフォーの熱演が光る


At Eternity’sGate
2018
監督:ジュリアン・シュナーベル(『バスキア』『潜水服は蝶の夢を見る』)
出演ウィレム・デフォー、ルパート・フレンド、オスカー・アイザック、エマニュエル・セニエ、
   マチュー・アマルリック、マッツ・ミケルセン
配給:GAGA、松竹
公開:118日より新宿ピカデリー他
公式HP : gaga.ne.jp/gogh/

■ストーリー
画家としてまだ評価されていなかったフィンセント・ヴァン・ゴッホは、出会ったばかりの画家ゴーギャンの「南へ行け」というアドバイスを受け、南仏のアルルにやってくる。しばらく安宿に滞在していたゴッホだが、カフェのジヌー夫人の紹介で「黄色い家」を紹介してもらう。やがてゴッホは絶対の美を見出していくが、孤独は彼と住民の間にトラブルも引き起こしていた。一見を案じた弟のテオは、金銭的な援助を条件にゴーギャンに兄と合流することをすすめる。

レヴュー
1887年から1890年までのゴッホの最晩年を描いた映画。ゴッホ役のウィレム・デフォーの演技は高く評価され、ヴェネチア国際映画祭で最優秀男優賞を受賞したほか、アカデミー賞主演男優賞にもノミネートされた。弟のテオにはルパート・フレンド、ゴーギャンにオスカー・アイザック、ジヌー夫人にエマニュエル・セニエ、ガシェ医師にマチュー・アマルノック、聖職者にマッツ・ミケルセンと他のキャストも豪華だが、全編デフォーは出ずっぱりだ。

一応、事実に沿ったゴッホの伝記映画風にはなっているが、セリフは少なく、カメラはただゴッホの姿を追う。
ゴッホだけのシーンが全体の半分ぐらいあるのは、ゴッホが孤独だからだろう。
撮影時62歳ぐらいのデフオーが、37歳で亡くなったゴッホを演じているが、特に違和感はない
撮影はかなり特殊で、大半がゴッホに近寄った手持ちカメラの長回しと、遠近両用レンズを使ったゴッホの主観に近い映像だ。
画面は斜めになったり揺れたりして、人によっては前の方で見ていると酔うかもしれない。
遠近両用レンズを使った映像は、そのタイプの眼鏡を持っている人ならわかるだろうが、上半分でピントが合っていたら、下半分はボケで見える状態になっている。これは、他の人には見えない世界が見えたゴッホの視点を表している。
野心的な映像だが、それが効果的かどうかは個人的には疑問。画面が落ちかなくて集中できないからだ。

本作のゴッホの姿が次第にイエス・キリストにダブってくるのは偶然ではない。
そもそもデフォーは『最後の誘惑』でイエスを演じていたし、本作でも神父との問答で自分とイエスを重ねているゴッホのセリフが出てくる。
ゴッホは画家になる前は神父を目指していたので、聖書に詳しい。
「なぜ神は、誰も欲しがらない絵を描く才能を私に与えたのか。それは私の絵は、未来の人々のためのものだから」とゴッホは神父に言う。
イエスの教えも同時代の人々には受けいられなかった。
その時点では、キリスト教も“未来の宗教”だったとゴッホは言う。

かといってゴッホは聖人ではない。
特に彼の身近に暮らしていた人にとっては、いつ人に危害を加えるかわからない危ない存在だった。
映画でもセクハラまがいのことをしたのに、「記憶にない」とゴッホに言わせている。
南仏では子供に石をぶつけられて追いかけるが、最後には子供が自分に犯した罪を自ら被って死んでいく。

ゴッホが絵を描くシーンの多くは、デフォーが実際に描いている
ゴーギャンが「早く描きすぎ」というように、ゴッホの筆は早く、ためらいがない。
なので実際にデフォーが描く必要があったのだ。
より複雑なタッチの部分は、監督のジュリアン・シュナーベルの手によるもの。
本作に飾られているゴッホの模作の多くもシュナーベルによって描かれたものだ。

シュナーベルは、バスキアなどで知られる1980年代の新表現主義の代表作家で、のちに映画監督も始め、『バスキア』『潜水服は蝶の夢を見る』などを送り出した。
そんな画家としても一流の感性が本作には込められている。

映画は最近のゴッホ研究により、ゴッホ自殺説を否定している。
ゴッホの油絵が動くタッチで作られた映画『ゴッホ最期の手紙』もそうだった。
ゴッホは自殺した悲劇の画家ではなく、最期まで自分の芸術に向き合った。
彼の作品からそう考える方が、腑に落ちるのだろうな。

ハリウッド映画しか見ていない人には、タルかったり、きつかったりするかもの映画。
正直、僕もピンと来たわけでなく、夢うつつの中でゴッホと生活を共にしたような非現実感に包まれていた。
ただしデフォーの熱演や、各俳優の存在感、神父との問答は面白く感じた。
ゴッホは少年の罪を許し、かぶって死んだ。キリストのように。
そして、今、私たちはそのゴッホを信仰している“未来”に生きている。
★★★
※この記事は旅行人のwebサイト「旅行人シネマ倶楽部」に寄稿したものを転載しました

by mahaera | 2019-11-05 12:46 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『ゴッホとヘレーネの森 クレラー・ミュラー美術館の至宝』ゴッホの生涯と、その作品を収集した女性のヒストリードキュメンタリー


10/25より新宿武蔵野館他にて公開中

 上野の森で現在開かれている「ゴッホ展」に合わせての上映だと思うが、しかし今までに何本のゴッホ映画が作られたのかと思うと、その人気ぶりにあらためて驚く。僕でさえ5本は見ているし。
そんな中での本作の位置は「ゴッホ入門編」だろう。
ゴッホの生涯を知っている人には、基本的な話が続き退屈な部分も多いが、何も知らない人にとっては、ゴッホの生涯を時系列で追ってくれるのでありがたい
まあ、ゴッホの新書を読むようなものか。
ただしそれではあまりにひねりがないので、本作では人の女性を要所に絡ませている。それがヘレーネだ。

 ヘレーネ・クレラー=ミュラーはオランダの裕福な女性で、ゴッホの死後、個人としては最大の300点というゴッホ作品を収集した。
娘の美術教室に通ううちに、美術に目覚めた彼女は、人の勧めでゴッホ作品を収集するようになる。
ゴッホは10年という短い活動期間の後、亡くなるが、死後まもなくの1890年代からその名は広く知れ渡るようになる。
それには絵そのものではなく、彼の悲劇的な人生が知られるようになったことも大きい。

 ヘレーネがゴッホ作品を買うようになったのは、1910年代以降。ちょうどゴッホ作品が市場で高騰し始めた頃だった。
それには1911年に出版されたゴッホの「書簡集」の助けが大きい。これをもとに多くの伝記本が書かれ、ゴッホ=イエス・キリスト的な受難のイメージが広がっていく。

 ヘレーネは私財を投げ打ってゴッホ作品を収集し、大戦前の1938年にクレラー=ミュラー美術館を創設。収集品をそこに寄付した。ヘレーネはゴッホの書簡を読み、自分との共通点を見い出し、それをまた自分の書簡に認めている。ヘレーネはその翌年に没した。

 勉強不足で、僕はこのドキュメンタリーを見るまでこの美術館のことも知らなかったし、世界で2番目にゴッホ作品を多く収蔵していることも知らなかった。なのでこのドキュメタリーの魅力は、そこに展示されているゴッホ作品が見られること。
 ドキュメンタリーの案内人となるのは、『ふたりの5つの分かれ路』などで知られるイタリア出身の女優ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ(妹はカーラ・ブルーニ)。
 
 とはいえ、映画的な面白さはどうかというと、申し訳ないがほとんど無い。ストレートな作りなので、ゴッホの人間性に切り込んで探るわけでなく、ウィキを読むよう。なので、上野のゴッホ展を見る前に予習とか、ゴッホの本を一冊も読んだことが無い人にオススメといったところか。ゴッホの生涯が90分でわかるので、伝記本を読むより早い。

★★


by mahaera | 2019-10-28 20:59 | 映画のはなし | Comments(0)

ファッションと映画 Vol.4『マノロ・ブラニク トカゲに靴を作った少年』(2018)★★★☆


 この映画を観たのは去年なので、やや記憶が薄れかけているが、今年77歳になるというマノロ・ブラニクがチャーミングなおじいさんという印象は強く残っている。
 そもそも自分では靴に全く興味なく、同じスニーカーをずっと履き続けているぐらい。しかし人によっては足元が気になる人もいる。ましてや女性なら用途やファッションによって靴を変えたりするのは当たり前だろう。
高級ブランドの靴の世界は、自分とは縁遠い世界だが、こうして知ることができるのも映画ならでは。自分とは関係ないと思っても、一番縁遠い世界を見てみるのも、いい刺激になるかもしれない。

 マノロ・ブラニクは「靴のロールスロイス」とも呼ばれる高価な靴のブランドだが、それを立ち上げた同名のデザイナーのマノロは、1942年にスペインのカナリア諸島で生まれた。
映画のタイトルは、マノロが少年の頃に島にいるトカゲにアルミで靴を作っていたエピソードから。
ヨーロパ各地を転々とした後、マノロはまずファッションモデルや写真家としてデビュー。1970年にパリで出会った伝説のファッション雑誌編集者であるダイアナ・ヴリーランドに靴デザイナーになるように勧められ、ロンドンで靴作りを開始する。それまで靴作りをしたことがなかったため、一から職人から学んで勉強したという。
1973年にロンドンのチェルシーに旗艦店をオープン。

 ドキュメンタリーはこうしたマノロのヒストリー、現在のマノロ、そしてマノロの靴を愛する人たちへのインタビューからなる。ハイヒールを履いたことがない男性にとっては、重心や歩く苦労はわからない。
マノロのハイヒールはその点を考案して抜群のバランスを持ち、「世界一早く歩けるハイヒール」と呼ばれているらしい。

 この「ファッションと映画」のコラムの1〜3のすべてに登場したVOGUEの編集長アナ・ウインターはここにも登場し、「マノロの靴以外は履けない」とのたまう。他にもマノロの靴を一般に有名にしたドラマ「SEX AND THE CITY」、マノロに靴を発注して映画に使ったソフィア・コッポラの『マリー・アントワネット』、リアーナなどもインタビュー。『メットガラ ドレスをまとった美術館』でリアナーナが履いていた靴もマノロのものだとわかる。
 
 しかし一番興味深いのは、やはりマノロの仕事ぶりだろうか。今も毎日、デザイン画を描き、サンプルの靴作りに勤しむ。その時は、白衣の作業着姿だ。
本人自体は有名になりたいとは思わず、毎日、理想の靴作りをしていたいらしいが、履く人たちが有名人だからそれは無理だろう。人は華やかな部分しか外に見えないが、デザイナーはこうした日々の地味な仕事ぶりがあるから、優れたものができる。僕も頑張ろうっと(笑)


by mahaera | 2019-10-08 10:12 | 映画のはなし | Comments(0)