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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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子供に教える世界史[古代編]中国王朝の開始 その3 殷の社会と滅亡

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(写真)甲骨文


殷は祭政一致の国家で、国王は天界と人界をつなぐ存在だった。日本で言えば邪馬台国のようなものだったのか。
ただし、古代ではエジプトのように王と神を同一視するのは珍しいことではない。

殷を支えていたのは氏族の構成員で、次第に強大な軍事力を持つようになり、周辺地域を併合していく。
一番の武器は戦車(馬が引き、御者と兵士が乗っていた)で、それを多くの歩兵が支えた。エジプトを侵略したヒクソスの戦車などと同じタイプだ(時代的にも同じくらい)。
武具としては青銅器による兜や、皮による鎧などが発見されている。


人身御供 —殷の習俗—
殷の特徴としては、多くの人身御供があげられる。
戦争捕虜が儀式の際に生贄とされたが、戦争がない時は、儀式のために戦争や侵略が行われたほど。
つまり周囲の異民族を生贄のために捕獲していたのだ(古代の中南米の文明を連想する)。
また、王や貴人の墓には殉葬も行われていた。
殉葬は動物のほかに、チベット系の羌族や、戦争捕虜、死者の家族や部下などで、多い時には一度に数百人が埋められた。
発掘から、捕虜の場合は首を切断されていたことがわかる。
また、殉葬される動物は家畜のほかに、当時まだ中国にすんでいたゾウも含まれていた。


殷墟と甲骨文
史書によれば、殷墟(中国では「商」あるいは「大商邑」という)に遷都を行ったのは殷の第19代の王・盤庚(ばんこう)で前1373年。
ただし甲骨文が見られるのは、第22代の王・武丁(ぶてい)の時代のものから。
なので、考古学的には殷墟は武丁の時代からとされている。
今までに殷墟から発見された甲骨に刻まれた文字は5000字以上で、うち1700字余りが解読されている。殷は祭政一致の国家で、占いが国家の方針を決めていた。
それに使われていたのが、亀の甲羅や獣の肩甲骨で、これに小さな穴を開けて、熱した青銅の棒を差し込む。
するとひび割れが生じ、それに虚って吉兆を占っていた。
占いの前に甲骨に、占う内容の文字が刻まれていたが、これが甲骨文字だった。

殷の滅亡
殷の時代は、その勢力範囲は黄河の中下流域がほとんどで、のちの中国王朝よりもずっと小さかった。
その周辺にはチベット系の羌族や、のちに雲南省に移り住む少数民族たちの祖先が暮らしていた。
現在の漢民族による「中国」はまだ生まれたばかり。
しかしのちに漢民族の文化は拡大していき、数千年かけて他の民族を周辺に追いやるか、あるいは同化していく。

殷が滅んだのは前1046年とされている。「史書」によれば、無能な王や暴君が相次ぎ、最後の紂王は妃の妲己を寵愛し、国を傾けた。
「酒池肉林」はその紂王の贅沢ぶりを表す言葉だ。
もっとも中国の歴史は、新しくできた王朝が編纂するので、前の王朝の最後は暴政であることがほとんど。
なので歴史的根拠はない。
ともあれ、最終的には周辺の従属国家が反乱を起こし、殷は滅んだ。
新たに王朝を打ち立てたのは、殷の西の渭水流域を統治していた「周」だ。周については、また別の項で。


by mahaera | 2019-06-11 06:26 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)

子供に教える世界史[古代編]中国王朝の開始 その2 殷の成立

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中国最初の王朝と言われる夏王朝については歴史上まだ曖昧だが、次の王朝「殷」については文字資料も発見されており、より多くのことがわかるようになっている。
伝説では夏王朝が暴政を働くようになり、殷の湯王が天命を受けてこれを滅ぼしたことになっている。
実際、夏の都市のひとつであった「望京楼遺跡」(2010年に発掘)からは破壊と虐殺の跡が見られるという。

日本では、ひとまず殷が確認できる中国最初の王朝とされている。殷王朝の開始は前16世紀頃という。
都は何度も遷都されたが、前1300年ごろには現在の安陽市の殷墟を都として落ち着き、滅亡まで首都として栄えたようだ。

殷の初期の都は、黄河が流れる現在の河南省・鄭州にある「二里岡遺跡」と言われている。
この都市が栄えたのは前1600〜前1400年ごろで、先行する二里頭文化の影響を受け、青銅器を大々的に使用。
陶器を作る工房なども発見されている。

殷の歴代の都市の規模ははっきりしていないが、およそ1〜2万人ぐらいと推測されている。
当時、都市人口は、エジプトのテーベが8万人ぐらいいたのは別格で、ギリシアのミケーネやクノッソスなどもせいぜいこのぐらいの人口だった。最後の都となった殷墟はそれら比べるとかなり大きく、5万人以上が住んでいたと推測されている。


「殷」の発見は20世紀に入ってから

殷墟の発見の経緯はよく知られた話だ。
中国では動物の骨の化石は「龍骨」として漢方薬に使われていた。
清末の1899年にその龍骨を収集していた金石学者がその中に古代中国の文字が書かれているものがあることに気づき、それを収集。
やがてそのコレクションは金石学者の羅振玉にわたり、その出土地が河南省北部の小屯村であることがわかる。
羅振玉はここが殷王朝の都ではないかと推定し、1928年から発掘調査が始まった。
この調査は日中戦争で中断するが、多くの甲骨と青銅器が発見され、ここが殷の都であることがわかった。

それまで中国(清)の歴史学界では、「疑古派」と呼ばれる過去の史書の真偽を疑う考えが主流で、殷の存在も疑われていた。
ただし司馬遷の「史記」とほぼ一致する王名が甲骨文字から発見されたことにより、殷が存在し、ここが都であることが裏付けられた。
日本では王朝名を「殷」としているのはこの殷墟に由来するが、中国では王朝名を「商」としているので、中国の博物館で展示物を見るときは注意が必要だ。(続く)


by mahaera | 2019-06-10 07:03 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)

子供に教える世界史[古代編]中国王朝の開始 その1 夏王朝は伝説か? 前2000〜前1800年ごろ

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インド以西では紀元前1200年ごろまで来た古代史だが、ここで目を東アジアに向けてみよう。
古代文明のところで、アワやヒエなどの雑穀類を主食とした黄河文明米を主食とした長江文明を紹介し、西アジアに比べるとかなり早く土器が発達したことも書いた。
西アジアでは小麦は粉にしてパンにする、肉は焼いて食べるということで、料理といえば“焼く”だった。
ところが東アジアの主食である米や雑穀は、普通は焼いては食べない。煮て食べるのが食べいやすいということで、東アジアでは早くから土器が作られるようになっていた。


前5000年から前4000年の黄河文明の仰韶(ヤンシャオ)文化では彩文土器が使われ、人々は竪穴式住居で暮らしていた。長江では河姆渡(かぼと)遺跡で米作を中心とした文化が栄えていた。
その後、前3000年ごろからは華北では黒陶土器の竜山文化が栄える。このころから大きな集落が次第に統合されていき、城壁を持つ都市国家である「邑」が生まれてくる。
それらを統合として国が生まれてくるのは、伝説である三皇五帝の時代の後に来る「夏」の時代だ。


中国最初の王朝?「夏」
夏(xia)は中国最初の王朝だが、長らく伝説や神話の域とされていて、実材するかは疑問視されてきた。
しかし河南省の二里頭(にりとう)遺跡の発掘が進むと、これが夏の都ではないかとされるようになり、これが現在では定説になっている。
中国では夏王朝は歴史上の存在とされているが、日本ではまだ教科書には登場していない
ただし、ここのところの流れでは「二里頭遺跡=夏」となってきているので、将来的には高校の世界史の教科書にも掲載されるだろう。
二里頭遺跡の都市は前2000〜前1800年ごろから建設された。都市の中心には100m四方の宮殿があった。
ただし文字資料は発見されていないので多くのことはわからない。すでに青銅器は使われていたが、武器というより祭器としての役目が強く、権力を示す玉と共に、それを周辺の都市国家・邑の実力者に与えることによって権威を示していたとみられる。夏にはわからないことが多く、私たちがイメージする中国王朝ほどの規模はなかった。
このころには西方より黄河流域に小麦も伝わってきていた
日本で最も古い小麦栽培は、前2000年ごろと言われる。、おそらく中国から伝わってきたのだろう。
二里頭文化の後半は、すでに次の王朝である「殷」に入っていたと思われる。
殷が始まる頃、西方ではインド=ヨーロッパ語族の大移動が起きており、ヒッタイトの建国、エジプト中王国の滅亡、インダス文明の滅亡などの大事件が続いていた。中国でも、民族移動を引き起こした気候の変動が起きていたのかもしれない。(続く)


by mahaera | 2019-06-01 08:29 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)

子供に教える世界史・番外編/映画で学ぶ世界史/『トロイ』(2004)

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●『トロイ』(2004)ヴォルフガング・ペーターゼン監督

世界史の中で都市としてのトロイアは実在しているが、トロイア戦争というと神話や伝説の中だ。

西欧文化の中では、前述したモーセの出エジプトぐらいポピュラーな話で、しかもほぼ同時代の出来事とされている。とにかく話がドラマチックだ。

さて、トロイア戦争関連は何度か映画になっている。

1956年のハリウッド映画『トロイのヘレン』とかあるが、今となるとやはり2004年のヴォルフガング・ペーターゼン監督による『トロイ』だろう。

のちに「ゲーム・オブ・スローンズ」で売れっ子になったデヴッド・ベニオフの脚本によるもので、監督のペーターゼンは『Uボート』『ネバーエンディング・ストーリー』など大作も得意。

主演は当時人気絶頂とも言えるブラッド・ピットによる3時間近い大作だ。

期待が高まり興行的には成功したが、批評家的には評判が良くなかった

そもそも戦争のきっかけが、三女神が「誰が一番美しいか」を決めるのに、トロイの王子パリスに審判を求めるところから始まる。

ホメロスの「イーリオス」にも神々がばんばん出てきて、ギリシア側とトロイ側、両方を応援する。

神話では人間と神が同等に語られるのだが、映画でそれをやったらファンタジーになる。

そこで映画では、神々の要素をバッサリ切った。

じゃないと『タイタンの戦い』みたいな中途半端な映画になってしまう。

それではリアルな歴史指向かというと、それも難しい。

何しろ戦争の原因が美女の取り合いというところで歴史としてはリアリティがないし、トロイの木馬も出さなきゃならない

なので人間ドラマを中心に、物語を再構成したのは当然の結果で、脚本は間違っていない。

塩野七生はじめ、知識人が「神話と違う」というのはポイントがずれている。

これが歴史上の事件ならあまりの脚色は問題だが、そもそも原作がフィクションなのだ。


映画のストーリーはこうだ。トロイの王子パリス(オーランド・ブルーム)は、スパルタの王妃ヘレン(ダイアン・クルーガー)と恋に落ち、トロイへと連れ去ってしまう。

兄のヘクトル(エリック・バナ)は怒るが、結局はトロイ王で父のプリアモス(ピーター・オトゥール)とともにヘレンを受け入れることに。しかし妻を取られたスパルタ王メラオネスは激怒し、兄のミケーネ王アガメムノンに助けを求める。かねてからトロイを狙っていたアガメムノンは、ギリシア連合軍を率いて海を渡る。英雄アキレウス(ブラッド・ピット)は、アガメムノンが嫌いだが、親友のオデュッセウス(ショーン・ビーン)に頼まれて参戦。しかし戦争で得た巫女プリセイスの処遇をめぐって、アガメムノンと対立して戦線を離脱してしまう。

いろいろあって、アキレウスを欠いたギリシア軍は劣勢になるが、アキレウスの親友のパトロクロスが戦死したことから、アキレウスは参戦し敵の王子ヘクトルを打ち取る

しかしアキレウスの怒りは収まらず、ヘクトルの死体を戦車で引きずり回し辱める。

その夜、アキレウスのテントをトロイア王プリアモスが密かに訪れ、息子の亡骸を返してくれと涙ながらに訴える。アキレウスは自分のしたことを後悔し、遺骸を返す。

最後にオデュッセウスの計略で、大きな木馬を作ってトロイア城への侵入が成功。

ギリシア軍は城内に入り、略奪と虐殺が始まる。アガメムノンはプリアモス王を殺すが、巫女プリセイスまで殺そうとしてアキレウスに殺される。しかしアキレウスも、パリスに殺されてしまう。パリスもまた炎に身を投じ、プリセイスやヘレンは脱出に成功する。


神話と違うのは、一番重要な「アキレウスの死」。

神話ではアキレウスはトロイア落城前に死んでいるが、主役がクライマックス前に死んでは映画にならないので、アキレウスの死はエンデンィグまで持ち越されている。

また、神話ではアキレウスは愛していたパトロクロスを殺されて怒るが、映画ではそれは友情にして、愛を注ぐのは女性のプリセイスだ。

これもそうしないと、多くの観客が置いてきぼりになるから。また中盤の決闘で、メラオネスがヘクトルに殺されてしまうが、これも映画の創作。神が戦いに干渉するシーンもすべて別な理由に置き換えられている。

この映画が作られた頃は、ちょうど『ロード・オブ・ザ・リング』などでCG技術が発達し、背景の軍勢をいくらでも増やせ始めた時代。

ギリシアの軍船が大挙して海を渡る姿は壮観

大人数による合戦シーンも、迫力がある。ドラマとしても、盛り上がるようによくできていると思う。

面白といといえば面白い。

しかし、格調高い名作かと言われると、そうでもない。各俳優陣は頑張ってはいると思うが、演出のせいなのかキャラが書き割り的なのが残念。

映画の中で悪役と言っていいアガメムノン兄弟はゲスすぎて、なぜ王として人望があるのかさっぱりわからない。

トロイアの王子パリスも魅力が伝わらないから、ただのヘタレにしか見えず、見ていてイライラする。なんとなく、薄っぺらいのだ。あと女優陣も、メインの男たちの戦いの動機付け以上のものではない。テレビドラマシリーズならいいと思うのだが、映画としては深みがないのだ。

とはいえ有名な話だから、「あのシーンがない!」と不満が出ないように、うまくまとめたと思う。劇場公開版は163分だが、ブルーレイ化されるときに33分足した長尺版もでた(こちらは未見)。より戦争の残酷度が増しているらしい。
ということで、「イーリアス」を読んだことがないよという人、ギリシア神話のトロイアの話も木馬しか知らないという人は、3時間弱かかるがアウトラインはこの映画で理解できるはず。「天地創造」や「十戒」のような昔の作品ではないので、かったるくもなく、楽しめると思う。中古DVDなら500円以下で買えるし。


by mahaera | 2019-05-09 10:40 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)

子供に教える世界史・番外編/映画で学ぶ世界史/『十戒』『エクソダス:神と王』

「創世記Genesis」に続く、旧約聖書の2番目の書が「出エジプト記Exodus」だ。
前にも書いたが、これが世界史上のできごとであるかは証明されていない。しかしヘブライ人(ユダヤ人)の祖先が、エジプトからカナンに移住したという出来事はあったのかもしれない。
岩波文庫の「出エジプト記」を読むのは面倒なので(ネットにもあがっているが)、一番楽なのは映画やドラマを見て物語のアウトラインを知る事だろう。

「出エジプト記」のストーリーをざっと書いてみよう。
エジプトに移住したヘブライ人たちは、時代が下り、奴隷として苦役にあえいでいた。
神託によりエジプトの王(ファラオ)が生まれたヘブライ人の男子を皆殺しにするが、モーセは母の手により葦舟でナイルに流され、ファラオの娘に拾われる。
成長したモーセはやがて出生の秘密を知り、ミデヤンの地へと逃れる。
そこで妻を娶るが、神の言葉を聞いたモーセはエジプトへ戻って同胞を救うことにする。
ヘブライ人の移住を認めないファラオに対し、神は十の災いをエジプト人にもたらす。
ついにヘブライ人はエジプトを出るが追っ手が迫る。
しかし海が割れ、ヘブライ人は脱出に成功。
一方、ファラオの軍隊は海に飲み込まれる。
モーセは民を率いてシナイ山の麓にたどり着き、そこで十戒を授かる。しかし待ちきれなかった民は偶像の金の子牛を崇め、神の怒りを買う。


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『十戒』(1956年)セシル・B・デミル監督

この「出エジプト記」をほぼ忠実に描いたのが『十戒』だ。
今回、20年ぶりに見直したが、前半はほとんど忘れていた。
上映時間が音楽のみの部分を入れて232分という大長編
長い。本当に長い。モーセにはチャールトン・ヘストン、ラムセス(2世)にはユル・ブリンナー、ネフレテリ(ネフェルタリ)にはアン・バクスターが演じている。

冒頭、セシル・B・デミル監督自身が登場し、観客に映画の趣旨を語るシーンがある。
大真面目に聖書の映画化に取り組んだという。
時代考証などは専門家に頼んだようだが、演出は当時のハリウッド的なので、自然主義的なところはない。
何しろデミルがサイレント時代の監督なので、演出が非常に古臭い。定位置に登場人物が並んでセリフを言っていく、舞台のようだ。ということで、今の目で見ると古色蒼然としているのだが、そこは我慢。

前半はモーセが王の娘に拾われて成長し、手柄を立てるが出生の秘密を知り、追放されて神の啓示を受けて預言者になるまでが描かれている。
「出エジプト記」にはモーセの前半生の詳細は書いてないので創作なのだが、スペクタクルが詰まった後半よりもこちらの方が面白い
人間関係のドラマがちゃんとあるのだ。

ラムセスがモーセを憎むのは、自分にないものを全てモーセが持っているから。
実の父や妹でさえ、ラムセスよりモーセを愛している。
しかしプライドだけは高い。いや、高くしないとやってられないのだろう。何しろ、モーセには欠点がないのだ。

後半は、エジプトに戻ったモーセとラムセスの対立が軸となり、派手なスペクタクルが続く。
「十の災い」ではナイルの水が真っ赤になり、エジプト人の長子が神に殺される。
とうとうラムセスは、ヘブライ人が出ていくことを認めるが、後を追撃。そこで有名な紅海が割れるシーンが登場
ここはこの映画の一番の見どころ。
しかし映画はここで終わりではない。
モーセがシナイ山で十戒を授かるのと、民が偶像を崇めて怒りを買うシーンが、さらにクライマックスとしてある。
後半は預言者になったモーゼが、ただ「偉い人」というだけで人間的に魅力がない。
そのため、どんなスペクタクルがあっても共感できず、再現ドラマを見ているような感じで、今ひとつつまらない。

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『エクソダス:神と王 Exodus:Gods and Kings』(2014)

この『十戒』のリメイクが、リドリー・スコット監督の『エクソダス:神と王』だ。
こちらも150分の大作で、モーセをクリスチャン・ベール。ラムセスをジョエル・エドガートンが演じている。
原題がKings、Godsと複数形で、エジプトとヘブライという二つのグループのそれぞれの王と神の対立とも取れる。
あらすじは『十戒』と同じだが、こちらのモーセは「神に選ばれてしまって迷惑」という設定で、進んで指導者になるのではなく、いやいやなるといった感じ。
神は子供の姿でモーセの前に現れる。
エジプト人の長子を皆殺しにすると神が決めると、モーセもそれは酷すぎると神に文句を言う。

冒頭の合戦シーンは、当時の戦争の様子を再現していてなかなか面白い。
馬に引かせた二輪戦車の機動力がわかる(まだ騎馬はない)。
「十の災い」では、ワニが人を食っていくシーンはやりすぎ感があるが、それがスコット節(笑)。
今どき神の奇跡を出しすぎると観客がしらけるので、科学的にも納得できるよう紅海の水が引くのも「隕石の落下が原因」としている。これはこれで面白かった。

ということで見ている間はなかなか面白かったのだが、今となると、なかなか思い出せない。
まあ、それもスタイル優先のリドリー・スコット節。
アメリカでは評判はあまり良くなかったが、その理由は「古代エジプトなのに出てくるのは白人ばかり」「紅海が割れたのは神の奇跡なのに、隕石のせいにしている」といったもので、映画の出来とは関係のないところだった。


by mahaera | 2019-05-08 09:50 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)

子供に教える世界史・番外編/映画で学ぶ世界史/『ノア約束の舟』『キング・オブ・エジプト』

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●『ノア約束の舟』(2014) ダーレン・アロノフスキー監督

旧約聖書「創世記」のアウトラインは映画『天地創造』でわかるが、映画としての面白さには欠ける。近年映画化された「創世記」関連の映画としては、2014年の『ノア約束の舟』をあげたい。

監督は『ブラック・スワン』ダーレン・アロノフスキー。ユダヤ教徒として育ったアロノフスキーは、子供の頃からのこの物語に興味を持っていたという。

アダムとイブには、カインとアベル、そして弟のセトの3人の子供がいた。カインの末裔であるトバルが王として君臨する世界、セトの末裔であるノアは家族と山に隠れて住んでいた。

やがて神のお告げが降りノアが箱舟を作ると、世界中から動物がやってきて舟に乗り込む。大雨が降り出し、トバルたちが箱舟を奪おうとするが、堕天使である泥の巨人たちの助けを受けて箱舟は無事漂いだす。

ここまではCGをふんだんに使ったスペクタクル映画と言っていい。ノアを演じるのは『グラディエーター』のラッセル・クロウ。妻のナーマにはジェニファー・コネリー

ただしアロノフスキーが描きたかったのは、その後の物語だ。箱舟が漂いだしてから、ノアの家族が次第にノアの真意を知っていく過程は、サスペンスというかホラー。神の御心としてノアは助けを求める人間を誰も救わない。家族は「何かおかしいな」と思うのだが、洪水が引いた後の楽園に住めるのは、「人間以外の動物のみ」とノアは信じている。

要するに人間は罪深い生き物だから、ノアの家族と共に滅びるのだ。しかし、実子ではなく子供が産めない体だったイラ(エマ・ワトソン)が、いつの間にかノアの長男セムと愛し合い妊娠していた。ノアは神の名に背いた家族に怒りを感じ、使命を果たそうとする。。。

信者でない人が感じる創世記の記述の疑問を膨らませて(アロノフスキーが脚本も)映画化したような内容だが、そもそも信者なら聖書に疑問は持たない。なのでキリスト教徒ばかりでなく、世界各地でユダヤ教徒、イスラム教徒の間で論議(主に非難)を呼んだ。イスラム教国では上映もされなかった(そもそも預言者ノアを描いてはいけない)。

また、信者でない人たちにとっては、神の仕業もノアが取る行動も極悪非道・女性蔑視(今の感覚だと)に見えるので、共感しにくい(そもそも聖書の中の神の行動は、信者でなければいきあたりばったりで“全能”には見えない)。

つまりアロノフスキーは、信者と無神論者の両者が納得するバランスを取りたかったのだろうが、結果的には両方から嫌われてしまった。特に日本では、聖書の知識がない人が多いので、ノアや神が悪に見えてしまい、共感できない人が多かったようだ。

もともとユダヤの神は残酷なんだけどね。僕は楽しめたけど。聖書は知識や教養、あるいは文学と思っている人にはちょうどいいけど。ゴールデン・ラズベリー賞で最低監督賞ほか4部門ノミネート


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●『キング・オブ・エジプト』(2016)アレックス・プロヤス監督

神話時代のエジプトを描いたのが、2016年の『キング・オブ・エジプト』だ。こちらはノアと比べると、まあ見ても見なくてもどうでもいいお気楽ファンタジー映画だが、エジプト神話のキャラ設定やアウトラインを2時間で知ることができるというお手軽さもある。本で読むと、どうしても神の名前とキャラが頭に入らない。映画ならきっと忘れないだろう。
オシリス王のもとで繁栄を極めていた神と人間が共存する古代エジプト。しかし弟セト(ジェラルド・バトラー)がオシリスを殺して王位につき、人々は圧政に苦しめられる。オシリスの息子ホルスは両目を奪われて王座から追放されるが、泥棒の青年ベックと共にセトを倒すべく立ち上がる。。
知恵の神トト、ハトホル、太陽神ラー、オシリス、アヌビスなどいった古代エジプトの神々が登場するCGバリバリのファンタジーだが、オシリスが弟セトに殺されて、息子のホルスが復讐するというざっくりとした流れはエジプト神話から。なので「歴史的史実ではない」と文句をつける方が間違っているのだが、公開当時は「建物が違う」「古代エジプトには白人はいなかった」などと非難を浴びたようだ。

映画的深みはあまりないが、僕は酷評を先に聞いていたので意外に最後まで楽しめた。

監督はアレクサンドリア生まれのギリシア系オーストラリア人アレックス・プロヤス(『ダークシティ』)。この作品もゴールデン・ラズベリー賞では最低監督賞ほか5部門でノミネート。惜しくも(笑)受賞は逃した。


by mahaera | 2019-05-07 10:31 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)

子供に教える世界史・番外編/映画で学ぶ世界史『天地創造』

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僕が子供の頃は小学校の図書室には必ずあった「聖書物語」。波乱万丈、時には理不尽で残酷な物語は、断片的にでも印象に残っている。
また、近代以前の西洋美術のテーマの多くはキリスト教的なものなので、聖書のストーリーはざっくりとは覚えていた。
が、息子は聖書の中の人物名も、その名を拝借したアニメぐらいの知識しかないので、手っ取り早くとこの映画を見せた。
175分あるが、映画なら一度見れば何となく頭に入るだろう。少々退屈だが。

『天地創造』(原題「The Bible : in the Beginning」)は1966年公開のアメリカ=イタリア合作映画。
旧約聖書の中の「創世記」の第1章の「天地創造」から第22章の「イサクの犠牲」までを映画化したものだ。
トータルに流れるようなストーリーはなく、とはいって大胆な脚色を加えるわけにもいかず(カトリック中央協議会監修)、映画単体としてみると盛り上がりに欠ける凡作かもしれない。なので、“勉強”として見せるしかなかった。
本嫌いな息子にはその方が早い。

神による「天地創造」から映画は始まる。
「はじめに神は天と地を創造された」とナレーションが入る。
印象的なのは「光あれ」と神がいい、光を見て神が「よし」とされたこと。
そして昼と夜が作られ1日目が終わった。
こんな調子で、この天地創造の部分はイメージ的に作られ、6日目に人間が登場する。アダムだ

ちなみに現代以前は、聖書の中の記述から天地創造の年代を推測する研究が行われていた。諸説あるが紀元前5500〜前4000年ぐらいのこととされている。

最初に作られた人間の男性アダムから、女性イブが作られた。全裸だが、当時の映画コードだとまずいので長い髪の毛や角度でうまくごまかしている(笑)。
やがて、イブは蛇(悪魔)の誘惑に負けて禁断の実を食べてしまい、それをアダムにもすすめる。
二人が服を着ているので神は実を食べたことを知り、二人を楽園(エデン)から追放する。
そんなことするぐらいなら、そこに禁断の実がなる木を生やすなよと思うのだが。。
またこの木は「善悪の知識の木」とされているので、ここで人間が実を食べなかったら文明もなかったわけだ。
「人は何も知らない方が幸せ」という、昔の人の考えもあるのだろう。

映画の次のシーンは楽園を追われ、自らの力で食料を獲得しなければならなくなったアダムの一家、息子のカイン(リチャード・ハリス=初代ダンブルドア校長)とアベル(フランコ・ネロ)の話だ。
兄のカインは農耕を、弟のアベルは放牧に従事し、それぞれ供物を神に捧げるが、神はアベルのものを受け取るがカインのものを無視。
嫉妬したカインは弟のアベルを殺害。「人類最初の殺人」だ。
神はカインをエデンの東の地へと追放する。
これも“えこひいき”する神が悪いようにしか見えないのだが、もともと旧約聖書が牧畜民であるユダヤ人の先祖の伝承なので、「牧畜民の方が農耕民よりエラい」ということを言いたいのだろう。
このカインとアベルの話をモチーフとした作品は、西欧文化の中に多い。
父親(母親)に認められなかった兄弟が片方に嫉妬したり、認められようとしてより悪い結果になったりするという話だ。
兄弟は人生における最初のライバルなのだ。
ジェームズ・ディーン主演の映画『エデンの東』は、まさしくそんなカインとアベルのテーマを持ち込んだ話だ。
スタインベックの原作はもっと長く、文庫で4巻あるうちの最後の1巻の部分を映画化したもの。
兄弟の嫉妬と確執、親に認められたい息子の話だ。

次のエピソード「ノアの箱舟」でいきなり大作感が。
神は増えすぎて堕落した人間を滅ぼそうとするが(勝手だ)、信仰深いノアとその家族だけは救おうと方舟を作らせる。
ひとつがいの動物たちが方舟に乗り込むシーンが迫力あり。大洪水が起き、地上のものはすべて死に絶える。
神はもう二度とこんなことはしないとノアに約束する。元ネタはシュメール人の洪水神話という。

次は「バベルの塔」のシーンだ。聖書では短い記述だが、神を恐れぬ王が天にも届く塔を作って神の怒りを買い、神は人々が集まらぬようお互いの言葉をわからなくするという話だ。
つい雷に塔が破壊されるようなスペクタクルを想像してしまうが、塔の破壊は聖書にはない。
ここでのポイントは、なぜ世界にはいろいろな言語があるかの説明だ。
神は世界に人々を散らそうとしたが、集まってきてしまうので言葉を通じないようにしたのだ。
ブリューゲルの絵など、絵画によく描かれるモチーフだ。
ここで前編終了。息子一度寝る。

後編は、族長アブラハムの物語。創世記なら12章から22章まで。非キリスト教徒には馴染みがない話なので、これは映画で見て覚えておくといいだろう。
遊牧民の族長アブラハム(ジョージ・C・スコット)は神のお告げを受け、カルデアのウルからハランを経て、カナン(パレスチナ)を目指す。
前半のハイライトは、映画的に見栄えのするソドムとゴモラ。
アブラハムの弟ロトはヨルダンの地にあるソドムに住んでいたが、神は退廃したソドムとゴモラの町を滅ぼすことを決め、信心深いロトとその家族だけ逃す。ここで登場する神の3人の使い(ピーター・オトゥール)が不気味で怖い。町を脱出する途中、振り返ったロトの妻は塩の柱になってしまう。今だったらCGでもっとリアルにするだろう。

一方、アブラハムは妻サラ(エヴァ・ガードナー)との間に子供ができず、奴隷の女との間にイシュマエルが生まれる。
しかし神は約束通り、高齢になったサラとの間にイサクを誕生させる。
ハイライトは西洋絵画のテーマでよく見かける「イサクの犠牲」だ。
神がひとり息子イサクを犠牲に捧げるようアブラハムに強いて、彼の信仰を試すというエピソードだ。
結局、神はアブラハムが本当に信心深いか試しただけだったが、極悪な試し方だと思ってしまう。カラヴァッジョの絵が怖いので、見て欲しい。

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こうして映画は終わる。長いが、教養としては「創世記」が3時間で身につくので、聖書の話や西洋絵画のテーマを知りたい人は、見ておいて損はない。
映画としてみると冗長だが、テレビの教養番組としてみるならいいかと思う。息子もこの映画を見たあと、西洋絵画のテーマが少しわかるようになったという。■


by mahaera | 2019-05-06 10:23 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)

子供に教える世界史 [古代編] 前1200年のカタストロフとオリエントの混乱/その8 カタストロフの理由

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(写真)ルクソールにあるラムセス3世葬祭殿。ラムセス3世の死後、エジプトは不安定な王朝が続き、衰退していく。


なぜ「前1200年のカタストロフ」が起きたか。

理由はハッキリしないが、ともかくこの時期、大規模な民族移動があり、エジプト以外の東地中海に面した多くの文明や国家が滅んだことはまちがいない。
また「海の民」の正体もハッキリしていないし、滅亡の理由が本当に異民族の侵入によるものなのかもわからない。
炎上した都市もあるが、放棄された都市もあるからだ。

幾つかの説があるが、有力なのは「気候の変動」説だ。
この時期、地中海を干ばつが襲い、飢えた人々が宮殿の穀物庫を襲い王国が滅んだ。
人々は豊かな地を求めて南下し、その地にいた人々を玉突き状に押し出した。
そして海に近く、交易に従事していた人々が「海の民」という武装難民となって地中海を南下していったというのだ。
また「地震」説もある。

ヒッタイトの記録では、滅亡前に作物の不作による飢饉が起き、各地で反乱が起きていることがわかっている。
また、おそらく似たような気候のギリシアやイタリアでも同じことが起きていたので、ミケーネなどは城壁を補強していたのだろう。
しかし、結局はヒッタイトとミケーネが滅び、その国民たちがさらに北方からやってきた異民族に押し出されるような形で「海の民」となり、エジプトや東地中海に拡散したのではないだろうか。
特にもともと交易に従事していた海に近いギリシア系なら、船を操ることもできる。
その中には、ギリシア人に滅ぼされたトロイア人もいたろう。
そんな彼らが目指したのが、豊かなエジプトの地だったのだ。


「前1200年のカタストロフ」以降

「海の民」を撃退したエジプトだが、ラムセス3世の治世の後期はエジプトにも飢饉が起き、「王家の谷」の職人たちのストライキ(最古のストライキ)が発生し、ラムセス3世も暗殺されている。
以降は王位継承のトラブルや短命な王などが続き、急速にエジプトは衰えていき、オリエントの強国の座から落ちていく。

ヒッタイトがあったアナトリアへは、滅亡後の空白地帯にフリギア人が侵入し、小王国を建国する。
また、ヒッタイト人の残党はアナトリア南東部に移り、新ヒッタイト(シリア・ヒッタイト)を建設するが、小さな都市国家群程度だったようだ。
エジプトが弱体化したため、シリア方面では都市国家とも言える小国家が分裂。
中でもアラム人が勢力を広げ、パレスチナではイスラエル(ヘブライ)人が勢力を伸ばしていく

北メソポタミアではアッシリアが勢力を伸ばしていた。
メソポタミア以東は「前1200年のカタストロフ」の影響はあまり受けなかったようだ。
前1225年ごろに、アッシリアはカッシートを破りバビロニアを征服している。
カッシートはその後自立するが、アッシリアとの度重なる戦いが続いた後、エラム(現イラン方面)に負けてバビロニアが略奪され、ハムラビ法典の碑文などがスーサに運ばれる。
前1155年、カッシート(バビロン第3王朝)は滅亡する。ここまでが前1200年前後までのオリエントの王朝史の流れだ。(続く)


by mahaera | 2019-05-05 09:50 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)

子供に教える世界史 [古代編] 前1200年のカタストロフとオリエントの混乱/その7 ヒッタイトとウガリットの滅亡

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(写真)ミケーネの獅子門。ミノア文明やトロイアを滅ぼしたミケーネも、前1200年のカタストロフであっさり滅亡している

前1200年を過ぎると、ヒッタイト王国各地では、反乱や軍事行動が相次ぐ。前1195年前後、ヒッタイトの同盟国で、地中海東岸で当時一番繁栄していた都市国家ウガリットが滅亡する。
ヒッタイト王は「敵が来る」とウガリットに警告していたが、肝心のウガリットの軍隊はヒッタイトの要請でアナトリアへ、艦隊はキプロスに出かけていた。
ウガリットの滅亡は短い間に起きたものだったらしい。

それからまもなくヒッタイトの首都ハットゥシャが炎上する。一体、誰によって攻撃されたのかは、王国滅亡の頃の文書が残ってないのでわからない。
ともかく王都ハッシゥシャは炎上し、ヒッタイトは滅亡した。
ヒッタイトの滅亡は、従来はエジプトに襲来した「海の民」と同じグループによるものと言われていたが、最近は反乱か起きたか、それとも住民が蜂起して自主的に放棄したという説にも変わってきている。

ギリシアに「暗黒時代」が到来
ギリシア本土でもその頃、ミケーネ文明が滅亡した。
ミケーネ、ティリンスといった都市が破壊され、文明そのものが消滅したのだ。
彼らが使っていた線文字Bも、以降は誰も使うことがなく、歴史から忘れ去られた。
以降のギリシアは都市が衰退し、文字資料がない「暗黒時代」が約400年続く
ただし、その間に口承文学が発達しており、暗黒時代末期にホメロスによってまとめられていくことになる。

ミケーネ文明滅亡の理由だが、2003年ごろまでの世界史の教科書には「ギリシア北部から南下してきたドーリア人によるもの」と記述されていた。
しかし現在はその説は否定され、ドーリア人ではなくエジプトを攻撃した「海の民」ではないかと言われている。
ミケーネ人は何かを書き残す余裕もなく、滅亡してしまったからだ。

ちなみに「ドーリア人侵入説」はギリシアの歴史家トゥキジデスの「戦史」に、「トロイア陥落の80年後にドーリア人が南下してスパルタに定着」という記述があることから生まれた。
実際は、ドーリア人はすでにミケーネ文明が破壊された後にやってきたようだ。
ドーリア人はスパルタの支配層になり、先住の人々を奴隷、あるいは非自由民として軍国国家を築いていく。

イオニア人の都市アテネはかろうじて滅亡は免れたようだが、その後、停滞期に入る。
ギリシア本土にいた多くのイオニア人やアイオリス人はドーリア人に押されて、エーゲ海の対岸のイオニア地方へと次第に移住していったようだ。

エジプトでは、前1186年ごろラムセス3世が即位していた。
彼の即位8年めには「海の民」が二度目の大規模なエジプト侵入を試みた。
これはパレスチナ方面からの地上軍と海からの攻撃の二面作戦だったが、エジプトは両方とも撃退。
この時の海の民の構成は、トロイア、シチリア、ペリシテ人たちなどと記録されている。
東地中海北岸に住んでいた人々が何らかの理由で故郷を失い、大きな集団となって押し寄せたのだろう。
負けた「海の民」の一部は傭兵になったり、ペリシテ人のようにカナン(パレスチナ周辺)に定住したりした。
またラムセス3世はこの頃、リビア人の侵入も二度撃退しており
おそらくリビアでも深刻な食糧難があったのだろう。 (続く)


by mahaera | 2019-05-04 10:42 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)

子供に教える世界史・番外編/映画で学ぶ世界史/先史時代


聖書やギリシャ神話以外で、紀元前の古代史を取り上げた映画はそれほど多くはない。今回は先史時代を扱った映画3本を紹介。世界史学習に役に立つかは別だが。。


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●『恐竜100万年』(1966)

人間と恐竜が同時代に暮らしていたというというように、怪獣映画としては面白いが時代考証は適当な作品。ただしアメリカのバイブルベルトの聖書原理主義の人たちの中には進化論は認めず、恐竜と人間が一緒に住んでいたと主張する人たちもいるので、信ずる者にとってはあながち嘘でもないのだろう。ちなみに聖書では、世界の創生と人間の誕生は、紀元前4000年ごろとなっている。★★★


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●『人類創世』La Guerre du Feu(1981)フランス映画 ジャン・ジャック・アノー監督
アカデミーメイクアップ賞を受賞。CGのない時代に着ぐるみ、台詞なしで、旧石器時代の人類を描く。ずいぶん前に見た映画だが、専門家たちの考証により、身振りや“原始語な”どが作り出されて、違和感はなかったように思う。ストーリーは、「火」を奪われた部族が、それを取り戻すために3人をたびに出すというもの。当時の宣伝では「人類初の正常位」を話題にしていたが‥。監督は『薔薇の名前』のアノー監督なので、ずいぶんきちんとした“まとも”な映画だ。残念ながら、DVDは現在廃盤のようだ。★★★★

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●『紀元前1万年』(2008年)アメリカ映画 ローランド・エメリッヒ監督
『インデペンデンス・デイ』や『2014年』など、スケールが大きいが中身はない大作を作り続けているエメリッヒ監督の、時代考証を無視したざっくり映画。紀元前1万年、マンモスを狩る部族の主人公が、さらわれた部族のものを救うために旅に出る。途中でサーベルタイガーなどの襲撃にあったりして、たどり着いたところは、マンモスを使ってピラミッド建設をしている町だった。こう書いていても、かなり荒唐無稽の娯楽映画。世界史的には観たら混乱する映画だが、エンタメとしてみればまあまあか。★★


by mahaera | 2019-05-03 11:34 | 子供に教える世界史・古代編 | Comments(0)