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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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「手塚治虫アシスタントの食卓」ぶんか社 堀田あきお&かよ

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GW中は読書と思ったが、何冊も手をつけたけど読み切ったのはこれだけ(笑)。

タイトルにもあるように、マンガ家・手塚治虫のアシスタントをしていた堀田さんが、思い出に残る食事や料理・食べ物とともに当時のエピソードをつづったマンガ。

今も連載中というが、ここには15篇が収められている。

読んでいると「ブラックジャック」連載中とか、映画「火の鳥」公開(1978)とあるので、時代は自分が高校生ぐらいのときだろうか。リアルタイムで読んでいた“あの頃”に引き込まれる。

一気に読むのがもったいないので、頑張って3日に分けて読んだ(一気読みだと30分ぐらいで終わっちゃうから)。

手塚作品は、今読んでもそのストーリーテリングに感心してしまう。

一般的にマンガはキャラクターが命で、ストーリーがほとんどない連載マンガも普通だが、手塚作品はテーマが必ずあり、そこへ向けてのストーリーがどの作品にもきちんとある。

普通の連載マンガは連続ドラマに似ているが、手塚作品は映画的なのだ。


さて、この「手塚治虫アシスタントの食卓」はそんな巨匠の元のアシスタント部屋の青春劇だ。

主人公ホッタくんの成長物語(になっていくと思う)と他のアシスタントの群像劇に、クセのあるOBアシスタントたち、いつも待機している編集者たちなど、手塚プロのスタッフなどが絡んでいく。

もちろん手塚先生も毎エピソードに出演。

とにかく面白く、次へ次へとページが進んでしまう。

アトムシールやレーズンバター、30年ぶりぐらいに思い出した(笑)。

各エピソードタイトル部分の脱力カットも笑える。いつか朝ドラになるかもしれない(笑)。

ということで、手塚マンガで育った人たちへ、オススメです。


by mahaera | 2019-05-10 09:44 | 読書の部屋 | Comments(0)

最新映画レビュー『グリーンブック』実話を基にしたウェルメイドな人種を超えた友情物語


本年度アカデミー作品賞ほか助演男優賞(マハラーシャ・アリ)、脚本賞など3部門受賞。定評の高い作品で、日本でも高年齢層を中心に『キャプテン・マーベル』を上回るスマッシュヒット。
公開から2か月余り立っているが、ようやく観た。実話を基にした映画だ。

1962年のニューヨーク。ナイトクラブ“コパカバーナ”で用心棒をしているトニー・ヴァレロンガは、新たな仕事ととして、アフリカ系アメリカ人のドン・シャーリーのディープサウスを回るツアーの運転手として働くことになる。
トニーが渡されたのは、南部で黒人が泊まるホテルやレストランなどを記した「グリーンブック」と呼ばれるガイドブックだった。
旅が始まると、対照的なトニーとドンはすぐに衝突する。
大家族で育ったイタリア系のトニーは粗野で、マフィアともつながりがある男。
一方、ドンはクラシックを演奏し、洗練された言葉遣いや振る舞いをした。
しかしトニーは舞台でのドンを見て、その才能に感銘を受ける。一方で、舞台外でドンが受ける差別的な振る舞いにトニーは動揺する。

映画を見るまで知らなかったのだが、2人とも実在の人物で、ドン・シャーリーは当時のアメリカでは人気のクラシック・ジャズ・ポピュラー、ピアニストだったようだ。
今の日本の“本物の”ジャズ史観では、マイルスやコルトレーンといった黒人の小難しいジャズの巨人ばかりが取り上げられるが、当時はセールス的にもイージーリスニング的な白人ジャズが売れていた(名盤も多い)。
ドン・シャーリーは黒人だが、演奏には“クロさ”はほとんどなく、クラシック的な要素が強かった。
もともとクラシックピアニストを目指していたが、クラシック界には黒人の需要がなく、ポピュラー音楽にシフトしていったようだ。
ジャズ曲も演奏しているが、ジャズらしいビートはなく、クラシックと言うよりイージーリスニング風に演奏している。
一方、トニー・ヴァレロンガは、70年代以降は「トニー・リップ」として、数々の映画やドラマにちょい役として出ている。

粗野な白人と洗練された黒人という組み合わせが旅するのは、公民権運動に揺れるアメリカ南部だ。
物語は1962年のクリスマスイブまでの8週間の旅。
まだワシントン大行進も起きていないし、ケネディも暗殺されていない。ちょうどキューバ危機の後ぐらいか。
車のラジオから流れてくるチャック・ベリーやアレサ・フランクリンをドンが知らないことに驚くトニー。当時の白人は黒人はこうした音楽を聴く者として捉えていたことだけでなく、ドンが一般的な黒人から浮いていたことを示すシーンだ。ポピュラー音楽的にはモダンジャズ全盛期。また初期のロックンロールやR&Bの巨人たちも活躍していた頃だ。

最初は黒人に偏見を持つ男として描かれてたトニーだが、彼自身もイタリア系ということでアングロサクソンの中では見下されている。
旅を通じてドンがなぜ孤独そうなのか、何の問題を抱えているのかを知っていくことになる。
それは単に黒人というだけではない。その中でもドンはさらにマイノリティなのだ。

多分、誰が見ても感動できるクオリティの高い物語作りだが、『ROMA/ローマ』のようや野心やキレはない。
監督がバカ映画(『メリーに首ったけ』『ジム・キャリーはMr.ダマー』)ばかり撮ってきたファレリー兄弟のピーター・ファレリーというのが意外だが、しっかりした作品だ。

あと、本作がスパイク・リーなどに批判を受けているのもわからなくはない。
主人公が「黒人を救う善き白人」として誇張されているきらいはなくはない。共に欠点がある人間だが、世の受け止め方は違うからだ。

ともあれ、別人かと見えるほど体重を増量したヴィゴ・モーテンセン、複雑な表情を見せるマハラーシャ・アリの名演もあって見ごたえのある作品になっていることはまちがいない。
優等生だけど。★★★☆


by mahaera | 2019-04-17 22:06 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『運び屋』 人生の終盤を迎えた男が、顧みなかった家族への贖罪を果たそうとする


クリント・イーストウッド監督・主演 公開中

“最新”と書きながら見そびれていたので、終了前にとようやくレイトで鑑賞。
ちなみにこの予告編と実際の映画は、印象がかなり異なる。

主なストーリーはこうだ。
かつて花の品評会で何度も賞を受賞するなど、周囲の人々から称賛を浴びていたアール。
しかし90歳になろうとする今は、仕事は行き詰まり、また大事にしていなかった家族にも見捨てられていた。
そんな彼が、麻薬の運び屋を引き受け、得た大金にアールは次第に運び屋の仕事にのめり込んでいく。
一方、麻薬の流れを追っている捜査官たちの手も、アールに近づいていた。。。

自分の父親はイーストウッドと同じ歳だ。
なので僕は昔から、父親とイーストウッドを重ね合わせることがあった。
父親が何歳の時は、イーストウッドで言えば何の作品だとか。
そんな父親も今では腰が曲がり、手足は細くなり、よく怪我をして入退院を繰り返すようになった。
似ているのはシワの多さぐらいだ。
そんなうちのイーストウッドは、家庭を顧みない人ではなかったが、母や我々子供達の中、正月の親戚に囲まれている姿は、どこか居心地が悪そうで、すぐに一人きりになりたがった。
この映画のイーストウッドは父とは逆で、外交的で人にジョークを言ったり、外面が非常にいい。
その分、家庭をまったく顧みず、娘の結婚式にすら仕事を口実に出席しない。
そんな彼が仕事を失って初めて家族の温もりを求めるが、当然ながら元妻も娘も彼の仕打ちを覚えていて、許さない。
愚かだが自分の支えだった仕事を失って、初めて家族の大切さを知るのだ。

そんな彼が偶然、麻薬の運び屋の仕事を始める。
大金が転がり込んできて、彼は今までの罪滅ぼしのように、そのお金で家族や周囲の人を助ける。
しかし仕事に縛られていけば、いつの間にか前と同じ。
家族よりも仕事を優先するようになっていく。

「家庭には俺の居場所がなかった」と病床の元妻を訪ねた主人公アールは言う。
仕事場ではチヤホヤされ、称賛を受けるが、家では何もできない。
週末、家にいても居場所がないから、口実をつけてゴルフに行く日本のサラリーマンと同じだ。

本作は、2度の結婚の他に多くの愛人がいて(5人の女性との間に7人の子がいるという)、妻や離婚を期待した愛人を傷つけ、子供の成長期に仕事で家庭を顧みなかったイーストウッドの懺悔の映画だ。
老境に達し、自分の残り時間が少なくなってから家族の温かみを求める主人公は、イーストウッド本人の投影だ。
父親との確執がある娘役に、本当の自分の娘であるアリソンを配役しているのも、それが関係しているのだろう。

若いうちなら人生をやり直すことができる。しかし90歳なら?
「時間は金で買えない」と主人公アールは、元妻に言う。
時間があるときは、そんなことは少しも考えなかった愚かな男。
しかし今すぐだってやり直すことができると、元妻は諭す。
すでにそこにいることが、やり直している証拠なのだ。
映画の中でイーストウッドは、元妻や娘と和解し、贖罪を果たす。
しかし実生活ではどうなのだろうと考えてしまう。
かつて暴力で悪党を倒す映画に多く出演したイーストウッドだが、今は「暴力による解決」を否定する映画を撮り続けている。
本作もそんな彼の贖罪の映画の一本なのかもしれない。
★★★★


by mahaera | 2019-04-02 10:09 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『ブラック・クランズマン』エンタメ度も高い、スパイク・リー久々の快作!


世界の各賞を受賞し、アカデミー賞でも脚色賞でも受賞したスパイク・リー、久々のヒット作。
スパイク・リーは“白人ばかりのアカデミー賞”に異議を唱えていたが、これで少しばかり溜飲を下げたろう(『ドゥ・ザ・ライト・シング』の時に受賞すべきだった)。


コロラド・スプリングスで初めて採用された黒人警官ロンは、潜入捜査を得意としていた。
ある日、ブラックパワーの集会に潜入捜査したロンは彼らの主張に共感。
逆に試しに白人至上主義団体KKKの本部に、白人になりすまして電話をすると、何も疑われなかったため、そのまま構成員になって捜査することに。
とは言っても実際に会ったらバレてしまうため、白人警官フィリップ(実はユダヤ系)を替え玉にして、二人一役の潜入捜査を続けることになる。
何度かバレそうにはなるが、潜入捜査は続けられ、ついに最高幹部であるデュークの信頼も得て、支部長にまで昇進することに。そして彼らのある計画を暴く。


本作は実話を基にしているが、黒人刑事がKKKに潜入捜査して二人一役をするという設定以外はほぼ脚色だという。
つまり原作は割と地味な捜査ものだったようだが、映画にするに際して、エンタメ的な盛り上げ、そしていつもながらのリー監督の強い主張が盛り込まれている。

実際、本作はかなりエンタメ度が高い
また、KKKを徹底的に笑いの対象とすることで、本来持つ人種差別の怖さをシリアスになりすぎない程度に調整している。
しかしそれは間口を広くためでもあり、笑ってスリルを楽しむなかで、KKKの滑稽さを笑いながら、それが今も続いていることをすんなり知ってもらうことだろう。ホワイトトラッシュのレイシストをうまく政治利用するのは、金持ちの白人だ。元からそこに住んでいる以外何も誇れない貧乏人は、体制を批判するのではなく、批判しやすい方へ向かう。それは日本でもどの国でも同じだ。その前に自分の人生立て直せよって


ロンの代わりになった白人が実はユダヤ系で(名前がジマーマンだ。KKKはアングロサクソン以外の白人を差別する)、彼がそれまで自分がユダヤ系であることを意識していなかったが、捜査を続けるうちに出自を意識するようになったくだりもうまい(一目でユダヤ系とわかるアダム・ドライバーが演じている)。
主人公であるロンも、当初は黒人でありながらブラックパワーに興味がない。演じるのは、名優デンゼル・ワシントンの息子ジョン・デヴィッド・ワシントン

日本人はぼーっと見てしまうと(チコちゃんに叱られる)ただのエンタメ作に見えてしまうが、アメリカ人にとっては笑いながらも今も身近な問題として感じるに違いない。
KKKは今も健在だし、トランプ政権になって再び人種間の緊張は高まっているからだ。「分断して統治せよ」は今も続く。
映画のラスト(最近のニュース映像)はリー監督らしく、その現実を私たちに突きつけるのだ。
★★★☆


by mahaera | 2019-04-01 11:27 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』スコットランド女王メアリーの生涯を描く


世界史好きで映画好きなら、ヘンリー8世からエリザベスまでのチューダー朝のドロドロした王室ものは大好物。
『1000日のアン』『わが命つきるとも』『エリザベス』『エリザベス:ゴールデンエイジ』『ブーリン家の姉妹』など数多くの映画になってきた。
さて、本作はその中でも、脇役として描かれることが多かったスコットランド女王メアリー・スチュワートを中心に描いた作品で、メアリーをシアーシャ・ローナン、エリザベスをマーゴット・ロビーが演じている。

イングランド国王ヘンリー8世は、生涯に6人の妻をとったが、うち2人を“姦通の罪”で処刑している。
2番目の妃となったアン・ブーリンが最初の犠牲者だ。
ヘンリーは彼女と結婚するために、最初の妻(レコンキスタを完成させたカトリック両王イサベルの末子)との間に男子が生まれなかったことから、結婚の無効を訴え、それがローマ法王に認められなかったことからイギリス国教会を成立させた男。
しかし、アンが生んだのは女子で、失望したヘンリーは次の女へと向かい、アンを処刑する。
そのアンの娘がエリサベスだ。
ヘンリーは6回結婚するが、結局生まれた男子はひとりだけ、しかも国王に即位して早死してしまう。
次には最初の妻キャサリンとの間に生まれたメアリー1世がイングランド女王となるが、彼女が死んでエリザベスに王位が巡ってきた。

一方、スコットランド女王メアリー(ヘンリー8世の姉の孫)は、若い頃はフランスの宮廷で暮らし、フランスの王子と結婚していた。夫が14歳で国王フランソワ2世になるが、16歳で病死。
18歳で未亡人となったメアリーは、王位が空いたスコットランドへと呼び戻される。
メアリーはカソリックだったが、スコットランドではプロテスタントの長老派が力を伸ばしており、反対も多かった。

偶然、ブリテン島の南北で女性君主が誕生する。
ふたりはライバルであるが、映画の中ではむしろ“共感”も描かれている。
16世紀はまだまだ男の時代。
君主だが、宮廷の男性たちには「政治はわからない」と軽んじられ、結婚して子供を産む以上の期待はされない。
男子を生まなければ、離婚、あるいは処刑もありの世界
そんなドロドロとした宮廷の陰謀の中を、うまく生き残らなければならない点では、同じ境遇なのだ。
そして自分が女王である限り、寄ってくる男は国内の者なら全て“格下”になり、結婚を利用するだけの男かもしれない。
未亡人であるメアリーがスコットランドで結婚したのは、見た目や人当たりはいいが、実は男に興味がありヘタレの貴族(暗殺される)、次は部下の貴族に強制されて。
一方、エリザベスは「男になる」として、生涯独身を通す(愛人は何人かいた)。

予告編ではエリサベスの出番が多いが、映画は8割がメアリーを軸に動く
波乱の生涯と悲しい死を迎えたメアリーだが、その生涯に悔いはなかったのではないか。
それを見つめるエリザベスは自分の生涯を犠牲にする代わりに、イングランドを強国にしたが、それで良かったのだろうかという自問する。

エリザベスは生涯独身だったので、彼女の死とともにチューダー朝の血統は途絶えた。代わりに王になったのは、メアリーの息子でスコットランド国王のジェームズ1世だった。メアリーは自分は国を追われて死んだが、息子はスコットランドばかりかイングランドの国王になった。
ということで、歴史劇や宮廷劇が好きな人には興味深いだろうが、それ以外の人にはどうなのかな。たとえば「大奥」とかを欧米人が見て面白いかどうなのかという感じで。
個人的にはもう少し深みが欲しかったなあ。
出てくる男は、基本的に嫌な奴ばかり(笑)

★★★


by mahaera | 2019-03-24 10:31 | 映画のはなし | Comments(0)

マエハラ的名画館『大統領の陰謀』午前十時の映画祭にて公開中

ウォーターゲート事件を追うワシントンポストの2人の記者の姿を描く。アカデミー賞4部門受賞。



1976年

アラン・J・パクラ監督

ロバート・レッドフォード、ダスティン・ホフマン、ジェイソン・ロバーツ


この映画を観るのはおそらく40年ぶり。
当時、映画少年だった高校生の僕は、なんだか勉強をしに行ったような気分で、面白くなかったことだけは覚えている。
前評判はよく、新聞記者が悪事を暴く、痛快なサスペンスを期待していったのだが、映画の大半は記者が電話をしているかインタビューをしているか、調べているだけ。
銃撃も爆発もなければ、サスペンスもなし。悪人も出ないし、何よりも悪者がやられるカタルシスがない。
これからってところで映画は終わってしまうのだ。


1972年、ワシントンDCのウォーターゲートビルにある民主党の本部で、5人の不法侵入者が逮捕される。
ワシントンポストの新米記者ボブ・ウッドワード(ロバート・レッドフォード)は、逮捕されたばかりで電話もできないのに、容疑者たちに立派な弁護士がついていること、元CIAがいることに違和感を抱く。
また、多額の現金と盗聴器器を持っていたことから、単なる泥棒ではなく、誰かに雇われているらしい。
ウッドワードは、先輩記者のカール・バーンスタイン(ダスティン・ホフマン)とコンビを組んで調査に乗り出すが、糸口がつかめない。
内部情報提供者のディープ・スロートは、「金を追え」とだけしか言わない。
しかし、犯人への報酬が、ニクソン大統領の再選委員会から出ていたことをつかむ。


40年ぶりに見た本作は、こちらが大人になったせいか実に面白かった。
映画は2人の記者の視点から離れることはないので、事件に関わったおよそ20人近い人物名が飛び交い、その関係を頭で整理するだけでも精一杯。
しかし、これはそもそも事件の知識がなければ無理で、そのあたりの混乱も狙った脚本だ。
最初は事件の全容がつかめず、まるで霧の中を歩いているような気分だが、それは主人公たちと同じ気分にするため。
ようやく証言が取れたと思うと、オフレコの話ばかりで証拠にはならない。
怪しいだけでは記事にはできない。
編集主幹(ジェイソン・ロバーツ、本作でアカデミー助演男優賞受賞)から、「証拠を固めろ」とゲキが飛ぶ。

久しぶりに見てあらためて思ったのが、インターネットのない時代は大変だなあということ。
とにかく記者は電話をしまくり、相手の話を聞き出す。
そして資料を請求し、年間で名前を調べ、電話をしたり、相手の家に突撃取材をする。
二週間何の成果もなかったりと、とにかく見てて大変なのだ。

2時間を超える映画だが、描かれたのはウォーターゲート事件が起きてから最初の4か月。
映画は2人の取材がまだ成果を上げず、ニクソンが再選されたところで終わる。
「え?ここで終わり? 事件はどうなの」と当時の人も思ったと思う。
「ウォーターゲート事件」は、再選を目指すニクソン大統領が、ライバルの民主党本部に盗聴器を仕掛けた事件だが、当初、世間の関心は薄かった。
ニクソンは中国訪問やベトナムからの撤退と成果を上げており、国民の人気も高かった。
何もしないでも再選は確実だったのに、なぜそんなことをするか。
答えは「盗聴マニア」だったから。
この事件が裁判で解明されるしたがって、ニクソンの人気は落ち、任期途中で大統領を辞めた唯一のアメリカ大統領になった。
盗聴や謀議はそれまでもずっとしていたことがわかれば、一気に信用はなくなる。
ライバルの民主党がスキャンダルで自滅して行ったのも、実はニクソンが盗聴してマスコミにリークしたり、あるいはでっちあげで風評被害を作り上げていたのだ。
まあ、いまも与党がネットニュースのコメント欄でやらせを使って自分たちをヨイショしたり、他党を批判したりというのは、やってることだけど。


さて、映画はこの事件をちっとも解明しない。
エンディングは唐突にやってくる。
まだ事件の入り口で、世間の関心も低く、ニクソンが゜再選される。
そのニュースがテレビから流れる脇で、2人の記者は黙々とタイプライターに向かっている。
そのあと、テロップで、その数年後の裁判で多くの関係者が逮捕され、ニクソンが辞任したことが、音楽もなく淡々とつづられる。
少年の頃は、このカタルシスのない終わり方に「とほほ」と思ったが、こちらも大人になり、見方は変わった。
この映画は、ウォーターゲート事件や大統領の陰謀の映画ではなく、ジャーナリズムの映画であると。
だから、この地味だが熱意がなければできない仕事を、こつこつ積み上げているところを描いて終わっているのだ。
結構この終わり方、今見ると静かだが、その後のことを知ると強いドラマを感じる。
何事も地道な積み重ねが大事。★★★★


by mahaera | 2019-03-16 11:19 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『サッドヒルを掘り返せ』あの名作ウエスタンのロケ地を有志たちが復活!


セルジオ・レオーネ監督作品はすべて名作だが、なかでも世界中の人々に愛されているのが『続・夕陽のガンマン』だ。
南北戦争を背景に、3人の無法者が盗まれた金塊をめぐって出し抜こうとするマカロニ・ウエスタンで、小さな話がどんどん膨らみ、最後には一大叙事詩となる。
クリント・イーストウッド、イーライ・ウォーラック、リー・バン・クリーフの3人にとっても代表作となった。
そしてクライマックスに流れるモリコーネの超名曲「黄金のエクスタシー」は、メタリカのコンサートのオープニングで流れることでも知られている。
たぶん、最近の映画しか見たことがない人には、驚くばかりのクライマックスでは。
音楽に合わせて墓地を走り回るだけ、そして3すくみ状態の対決での顔のアップが延々続く。
かくいう僕も映画館で少なくとも5回、DVD購入して5回は見ている。

この映画のロケは、他のマカロニウエスタン同様、フランコ政権下のスペインで行われた。
有名なのは南スペインだが、この『続・夕陽のガンマン』のクライマックスとなるサッドヒルの円形墓地での対決シーンは、マドリード北方、ブルゴスの町の郊外にあるミランディージャ溪谷にスペイン軍を集めて造られた墓地で行われた。
撮影後は打ち捨てられ、土に埋もれて忘れられていった墓地だが、熱心なファンがそれを再発見。
やがて地元の有志たちを巻き込み、草の根運動で墓地を掘り返し始める。
やがてその動きは世界中のファンを動かし、50年の時を経てサッドヒルが蘇る。
本作はその過程を記録したドキュメンタリーだ。

本作には映画に関わった人々への貴重なインタビューも含まれている。何しろ50年前の映画で、生きている人は少ない。
映画を見ているときは「こんな墓地もあるんだ」と思っていたが、「円形墓地」というアイデアは創作で、古代ローマの円形劇場を模したというのは、さすがイタリア人の美術監督。
ドキュメンタリーのクライマックスは、50年を記念してサッドヒルで行われた『続・夕陽のガンマン』の記念上映。
そこでイーストウッドへのインタビュー映像が公開。
ファンたちによっては感無量だろう。

ということで、『続・夕陽のガンマン』ファンにはうれしいドキュメンタリーだが、逆にファンクラブの集まり以上に広がりがない出来でもある。
そこから広がって何かが見えてくる、というわけではない。
ないものねだりだろうが。★★☆


by mahaera | 2019-03-12 09:41 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『ファーストマン』期待のチャゼル監督の新作。しかし出来は、、


『セッション』『ラ・ラ・ランド』と続けて“面白い”映画を送りだしたデミアン・チャゼル監督
その新作は、『ラ・ラ・ランド』でもタッグを組んだライアン・ゴズリングを主演に迎え、人類初の月への第一歩を踏み出した宇宙飛行士ニール・アームストロングを描いたものだ。IMAXカメラで撮影された月への初飛行の再現が大きな見どころだが、エンタメ大スペクタクルを期待するとなんだか違うものを見てしまった感がある。
本作はアームストロングの自伝が原作だが、もともと彼が「冷静沈着で面白みがない」と評される人物なので、映画を見ていても彼の内面はわかりにくくなっている。
感情的でないから、もちろん月着陸という大務を任させられたのだろう。
ゴズリングはそんなアームストロングを、『ブレードランナー2』のように淡々と演じている。

映画はアームストロングが幼い娘カレンを治療の甲斐なく亡くす1961年から始まる。空軍のテストパイロットだったアームストロングは、悲しみから逃れるようにNASAの宇宙飛行計画に応募。
妻と長男を連れてヒューストンに移ったアームストロングは、過酷な訓練にも耐え、仲間たちとの友情も築いていく。ジェミニ計画で宇宙初飛行をしたアームストロングだが、ドッキングの際にトラブルが起きる。
それを冷静に乗り越えたアームストロングに、次のアポロ計画での重要な任務が任される。1969年、アポロ11号の船長に任命されたアームストロングは、月へと向かった。

過去には『ライトスタッフ』や『アポロ13』、近年では『ドリーム』など、アメリカの宇宙飛行の実話の映画化は少なくないが、意外にも一番のトピックともいえる「月着陸」を正面から描いた映画はなかった。
本作はその月面第一歩を刻んだアームストロングを中心に、月着陸までの道のりを描いている。もちろんドラマチックな展開はある。数々のトラブルが起きるが、トラブルも日々の生活も淡々と綴られていく。しかし演出もあるのだろうが、出来事をどこか傍観しているように見え、盛り上がりに欠けるのだ。高揚感がないというか淡白というか。淡々とした店舗でもいいが、深い味わいもない。技術的には確かに着陸シーンとかは見応えがあるのだけどね。
ということで、個人的には響かず“期待はずれ”になってしまった。残念。

★★


by mahaera | 2019-02-19 01:59 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『マイ・サンシャイン』 LA暴動を描いた意欲作だが、出来は残念な結果に



『裸足の季節』で注目を浴びたトルコの女性監督デニズ・ガムゼ・エルギュヴェンによる新作は、1992年のロサンゼルス暴動を一家族の目から描いた意欲作。
原題は「KINGS」で何のことかというと、この暴動の発端となった白人警官によるロドニー・キング暴行事件を指しており、甘ったるい「マイ・サンシャイン」という邦題とは異なる硬派な作品であることがわかる。

1992年のLAのサウスセントラル地区。
黒人が多く住むこの地区では、仕事にあぶれた若者、麻薬、警官による不当逮捕が相次ぎ、人々の不満がくすぶっていた。
そんな中、ミリー(ハル・ベイリー)は自分の子供だけでなく、近所で親が逮捕されたり蒸発したりでいなくなった子供たちを引き取って育てていた。
隣に住む白人のオビー(ダニエル・クレイグ)は、そんな騒々しい一家に文句を言うが、心の底では温かく見守っていた。
しかし4月、前年のロドニー・キング事件で暴行を起こした警官たちが無罪になったことにより、住民たちの怒りが暴動に発展してしまう。

1992年のロス暴動、記憶に残っている方もいるだろうか。
これはもともと黒人差別への不満がくすぶっていた時に、2つの事件の犯人が無罪、あるいは軽い判決で済んだことに対し、警察や権力に対する無力感から暴動が起きたのが原因だ。
本作の冒頭で語られるように、事件のひとつはラターシャ・ハリンズ射殺事件だ。
これは韓国系商店でオレンジジュースを万引きをした(異論あり)15歳の黒人少女と、言い合いからもみ合いになった女性店主スンジャが、ジュースを置いて帰ろうとた少女の頭を背後から撃ち抜いたもの。
あきらかにやりすぎで、殺人罪が適用されたが、裁判により5年間の保護観察と罰金500ドルという異常に軽い判決になった。
当時、黒人が住むスラム街に韓国系の商店が増えていたが、住民と溶け込もうとしたない韓国系の高圧的な態度、黒人への蔑視が、順民たちとの軋轢となっていた。

ロドニー・キング事件は、スピード違反で停車を命じられた黒人が、路上で20人余りの白人警官に暴行を加えられ、顎を砕かれ、片目を潰された事件で、白人ばかりの陪審員は警官に無罪判決を言い渡した。
判決が出ると、人々は路上に出て、当初は韓国系商店を襲い、パトカーを止めたが、やがて手のつけられない略奪となった。
警官たちは映画でも描かれているように、自分の身を守るのが精一杯で、警察署に立てこもり、街は無法状態になった。唯一活動していたのは、消防士だけだったという。

さて、映画は、この暴動をハル・ベイリー演じる家族と子供たちの視点から描いているのだが、この部分が弱い。
暴動に関しては、たぶん本当にあったようなエピソードを描き、面白い部分もあるのだが、それがうまく絡んでいない。
さらに、ダニエル・クレイグ扮する隣人も、物語を進行させる以上の役目を果たしていない。
また、彼らがどんな人間でどんな仕事で、どうやって生きているのかのキャラクターの掘り下げができていない。
ロサンゼルス暴動を描き、現在も続く黒人への不当な圧力への批判という志は高いのだが、結果として非常に残念なできになってしまっているのだ。
まあ、ロサンゼルス暴動がどんな雰囲気で起きたかの勉強にはあるのだが。。
それならLA暴動ではないが人種間の緊張を描いた作品では、スパイク・リー監督の『ドゥ・ザ・ライト・シング』や、ローレンス・カスダン監督の『わが街』がおすすめだ。
★★


by mahaera | 2018-12-19 12:20 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『パッドマン 5億人の女性を救った男』インドで大ヒットした実話をベースにした感動作


2018年/インド
監督:R. パールキ
出演:アクシャイ・クマール、ソーナム・カプール、ラーディカー・アープテー、アミターブ・バッチャン
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
公開:127日よりTOHOシネマズシャンテほかにて公開中

■ストーリー

北インドの小さな町マヘシュワール。
母親と2人の妹、そして結婚したばかりの愛する妻と暮しているラクシュミは、ある日、妻が生理中に清潔とは言えない古布を使っているのを見て驚く。
妻のためにと薬局で生理用ナプキンを買うラクシュミだが、高価な品を自分ひとりで使うわけにはいかないと妻に断られてしまう。
そこでラクシュミは生理用ナプキンを手作りするが、うまくいかない。
女子大でアンケート調査をしようとしたり、自分で試着したりと試行錯誤するが、そんなラクシュミの行為は田舎町で波紋を呼び、恥じた妻は実家に帰ってしまう。
失意の中、あきらめきれないラクシュミは都会に出て研究を続け、ついに低コストでできるナプキン製作の試作機を開発。
デリーからやってきた女性パリーという協力者を得て、発明コンペにその試作機を出品する。

■レビュー

仕事柄インドには毎年のように行くが、
私が男性なのでインド人女性が置かれている立場はわからない。
正直、本作でも初めて知ることが多かった。
映画で描かれるのは今から十数年前のインド。
インドでは当時(今も?)、高い生理用ナプキンを買うお金がなく、不衛生な古布を洗って使い、そこから感染症になる女性も少なくなかったという。
また、生理中の女性は「穢れ」とみなされ、生理期間中は家の中で眠ることも許されないという習慣が映画の中に出てくる(ベランダのイスで寝る)。
これは保守的な農村部だからなのかわからないが、
それも含め「生理」を話題にすることも避ける姿は、
やはり「穢れ」とする習慣があるからだろう。
そんな中で、ひとり大のオッサンが手作りナプキンに奔走する姿は、田舎町でなくとも “ヘンタイ”にしか見えない
まあ、映画では誤解を招くように誇張しているというのもあるが、
女子大の入り口で女子大生に手作りナプキンを配ってアンケートを取ろうとしたり、
初潮を迎えた近所の女の子のところに夜こっそり行ってナプキンを手渡ししたり、
テストのため動物の血で濡らしたナプキンを自分で装着して自転車に乗ったり(わざわざ白いズボンで)と、その後の“大惨事”を予想してハラハラしてしまう。
いや、周りから見たら“変質者”でしょ(笑)。

また、いたるところでインド人の宗教観が問題となるのも、日本人の意表をつく。
「聖なるナルマダ川を動物の血で穢した」と。そこが問題か。

そんなラクシュミの協力者になるのが、都会(デリー)の裕福なシク教徒の娘だ。
教育をきちんと受けて進歩的な考えというところで、
“恥”の文化で育った田舎育ちのラクシュミの妻と対照的に描かれている。
試行錯誤を続けながら、ラクシュミがあきらめずに続けるのは、妻への愛だけでなく(妻には実家に帰られしまうのだから)、ラクシュミの物作りの職人気質に火がついたからだろう。

ラスト近く、ニューヨークの国連に招かれたラクシュミのスピーチは感動的
つたない英語で、わかりやすく自分の考えを述べるが、
素朴でストレートな主張だからこそ、人々に響くのだ。
そしてこの映画が、インドの人々に向けた志の高い啓蒙映画でもあることに気づくだろう。
★★★☆


■映画の背景

・主人公のモデルとなったアルナーチャラム・ムルガンダ氏は、南インドのコインバートル出身。映画ではデリーの発明コンテストとなっているが、実際の場所はチェンナイだった。

・映画では、主人公が暮らしているのはマディヤ・プラデーシュ州のインドール近郊のマヘシュワールに変更されている。マヘシュワールは聖なる川ナルマダ川に面した田舎町で、映画でもフォートに面したガートが重要な場所として何度も登場する。また、ここはインドールを都としたホールカル家が、18世紀の女性当主アヒリヤー・バーイーの治世の期間、遷都されていた町でもある。映画にはそのフォート前が出てくる。

・マヘシュワールから都会に出た主人公が行くのは、おそらくインドール。デリーから公演に来たパリーが主人公と出会うのもおそらくここ。しかし映画では、パリーの宿泊ホテルはマヘシュワールに近いマンドゥのマルワ・リゾートとなっている(乗っているタクシーにも名前が書かれている)
(旅行人のWEBサイト「旅行人シネマ倶楽部」に寄稿したものを転載しました)

by mahaera | 2018-12-07 02:43 | 映画のはなし | Comments(0)