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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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MCU フェーズ1 『アイアンマン』(2008)から『アベンジャーズ』(2012)までの6作品の感想まとめ


祝!『アベンジャーズ/エンドゲーム』4/26公開というわけで、昨年末からMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)第1作から順に見直している。21本あるから大変だ。
出演俳優と共に長い旅をしてきた気持ちになるのは『ローザ・オブ・ザ・リング』シリーズのようなもの。
ということで、過去作を見ながら自己五段階評価。
これはいつもの映画評価とは関係なく21作見て、一番ダメなのを★、一番良いのを★★★★★にして、その中で点数をつけている。今回はフェーズ1の6作を紹介。皆さんのお気に入りは?


1 .『アイアンマン』(2008年)★★★★
 見直してもアイアンマンシリーズではこれが一番。ロバート・ダウニー・Jrの魅力全開で、これがなければ後が続かなかったかも。軍需産業批判もチクリ。

2.『インクレディブル・ハルク』(2008年)★
 MCUで見ていて退屈したのは、これか『ダークワールド』ぐらい。エドワード・ノートンはうまい俳優だが、ブルース・バナー役には合っていないし、リヴ・タイラーも学者に見えないし、敵も魅力がない。ハルクのCGIもイマイチと、すべてがかみ合っていない。

3.『アイアンマン2』(2010年)★★★
 僕が最初にリアルタイムで観たMCU映画。「結構面白いじゃない」という感想だったが、再見すると話が詰め込みすぎか。でもここでMCUの世界観やキャラ設定が確立したと思う。

4.『マイティ・ソー』(2011年)★★
 制作前に『キック・アス』のマシュー・ボーンからケネス・ブラナーに監督が変わり、重い宮廷ドラマを目指したのかもしれないが、うまくいっていない。CGIのアスガルトも今となってはイマイチか。

5 .『キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー』(2011年)★★★
 「キャプテン・アメリカ」って名前、格好悪いなあと期待度薄かったが、しっかりと大人の映画として機能していて驚いた。第二次世界大戦物としても楽しめる。レトロな時代の特殊効果が得意なジョー・ジョンストン監督起用は成功。ラストの大技で現代にキャップを蘇らせたシーンは、自作に期待マックスに。

6.『アベンジャーズ』(2012年)★★★★
 数年間、お布施を払って見てきた甲斐がありました(笑)。いちいちヒーローが登場するシーンで気分がアガる。こう言うオールスター映画は概して“まあまあ”なことが多いが、すべてのキャラを立たせ、反発させ、そして結集させる交通整理能力はすごい。簡単そうに見えて多くの映画が失敗しているので、なおさらだ。唯一の不満は、敵が雑魚すぎ。チタウリ軍団はショッカーの戦闘員並みの扱い。それでもラストのトニーの自己犠牲からの落下シーンは、サイボーグ009の地底王国ヨミ編を彷彿させ、アガる。


by mahaera | 2019-04-21 12:54 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『グリーンブック』実話を基にしたウェルメイドな人種を超えた友情物語


本年度アカデミー作品賞ほか助演男優賞(マハラーシャ・アリ)、脚本賞など3部門受賞。定評の高い作品で、日本でも高年齢層を中心に『キャプテン・マーベル』を上回るスマッシュヒット。
公開から2か月余り立っているが、ようやく観た。実話を基にした映画だ。

1962年のニューヨーク。ナイトクラブ“コパカバーナ”で用心棒をしているトニー・ヴァレロンガは、新たな仕事ととして、アフリカ系アメリカ人のドン・シャーリーのディープサウスを回るツアーの運転手として働くことになる。
トニーが渡されたのは、南部で黒人が泊まるホテルやレストランなどを記した「グリーンブック」と呼ばれるガイドブックだった。
旅が始まると、対照的なトニーとドンはすぐに衝突する。
大家族で育ったイタリア系のトニーは粗野で、マフィアともつながりがある男。
一方、ドンはクラシックを演奏し、洗練された言葉遣いや振る舞いをした。
しかしトニーは舞台でのドンを見て、その才能に感銘を受ける。一方で、舞台外でドンが受ける差別的な振る舞いにトニーは動揺する。

映画を見るまで知らなかったのだが、2人とも実在の人物で、ドン・シャーリーは当時のアメリカでは人気のクラシック・ジャズ・ポピュラー、ピアニストだったようだ。
今の日本の“本物の”ジャズ史観では、マイルスやコルトレーンといった黒人の小難しいジャズの巨人ばかりが取り上げられるが、当時はセールス的にもイージーリスニング的な白人ジャズが売れていた(名盤も多い)。
ドン・シャーリーは黒人だが、演奏には“クロさ”はほとんどなく、クラシック的な要素が強かった。
もともとクラシックピアニストを目指していたが、クラシック界には黒人の需要がなく、ポピュラー音楽にシフトしていったようだ。
ジャズ曲も演奏しているが、ジャズらしいビートはなく、クラシックと言うよりイージーリスニング風に演奏している。
一方、トニー・ヴァレロンガは、70年代以降は「トニー・リップ」として、数々の映画やドラマにちょい役として出ている。

粗野な白人と洗練された黒人という組み合わせが旅するのは、公民権運動に揺れるアメリカ南部だ。
物語は1962年のクリスマスイブまでの8週間の旅。
まだワシントン大行進も起きていないし、ケネディも暗殺されていない。ちょうどキューバ危機の後ぐらいか。
車のラジオから流れてくるチャック・ベリーやアレサ・フランクリンをドンが知らないことに驚くトニー。当時の白人は黒人はこうした音楽を聴く者として捉えていたことだけでなく、ドンが一般的な黒人から浮いていたことを示すシーンだ。ポピュラー音楽的にはモダンジャズ全盛期。また初期のロックンロールやR&Bの巨人たちも活躍していた頃だ。

最初は黒人に偏見を持つ男として描かれてたトニーだが、彼自身もイタリア系ということでアングロサクソンの中では見下されている。
旅を通じてドンがなぜ孤独そうなのか、何の問題を抱えているのかを知っていくことになる。
それは単に黒人というだけではない。その中でもドンはさらにマイノリティなのだ。

多分、誰が見ても感動できるクオリティの高い物語作りだが、『ROMA/ローマ』のようや野心やキレはない。
監督がバカ映画(『メリーに首ったけ』『ジム・キャリーはMr.ダマー』)ばかり撮ってきたファレリー兄弟のピーター・ファレリーというのが意外だが、しっかりした作品だ。

あと、本作がスパイク・リーなどに批判を受けているのもわからなくはない。
主人公が「黒人を救う善き白人」として誇張されているきらいはなくはない。共に欠点がある人間だが、世の受け止め方は違うからだ。

ともあれ、別人かと見えるほど体重を増量したヴィゴ・モーテンセン、複雑な表情を見せるマハラーシャ・アリの名演もあって見ごたえのある作品になっていることはまちがいない。
優等生だけど。★★★☆


by mahaera | 2019-04-17 22:06 | 映画のはなし | Comments(0)

マハエラ的名画館『未知との遭遇 ファイナル・カット版』 今となっては楽観的な宇宙人感


午前十時の映画祭ファイナルで上映中
1978年3月、高校生だった僕は期待に胸をときめかせながら日比谷の有楽座へ向かった。
そこで観た映画は、今までの映画では体験したことがない、圧倒的な映像だった。
ネットどころか家庭用ビデオもない時代、僕がこの映画を追体験できるのはサウンドトラック版しかなく、しばらく家でそれを毎日聴いて、頭の中で追体験をしていた。

スティーブン・スピルバーグの作品の中で一番好きという人も多いこの作品、アメリカでは前年の1977年11月公開で大ヒットしていたが、ネットもない時代だし、当時から公開前の情報制限をしていたスピルバーグなので、どんな映画かさっぱりわからずにいた。
UFOが飛来して宇宙人と出遭う、それだけで話になるの? 
製作当時スピルバーグは30歳
75年の『JAWSジョーズ』で世界的な大ヒットを記録した時はまだ29歳だった。
その彼の新作で、しかもSF映画なので期待が膨れ上がる。
派手にお金をかけたパニック映画がヒットはしていたが、演出や俳優は古臭い中、スピルバーグ映画は全てが新鮮だった。
実はアメリカでは、この『未知との遭遇』より、『スター・ウォーズ』の公開の方が先だった(日本では逆になる)。
なので、日本では新時代の映像体験は『未知との遭遇』が先で、よりインパクトが強かったとも言える。


『未知との遭遇』を見たことがない人はいないとは思うが、ざっとストーリーを。
メキシコ、ゴビ砂漠、インドのダラムサラ、地球のあちこちでUFOによる不思議な事件が起きていた。
そんな中、電気技師のロイ(リチャード・ドレイファス)は停電事故を調べるために出かけた先でUFOに遭遇する。
以降、彼の頭の中はあるイメージが浮かび続ける。
一方、政府はフランス人の科学者ラコーム(フランソワ・トリュフォー)を中心に、宇宙人と接触する計画を進めていた。
その場所が、ワイオミング州にあるデビルズタワーだ。
ロイも頭の中に浮かんだイメージがそこであることを知りやってくる。
やがて、巨大なマザーシップが現れ、中から異星人が姿をあらわす。。。


ややこしいが本作には3つのバージョンがある。
まずは135分のオリジナル版、1980年の132分の特別編、138分のファイナルカット(今回のディレクターズカット版)だ。
見終わった後の印象の大きな違いはないのだが、特別編では予算の関係で当初見送られたゴビ砂漠のシーンや宇宙船の内部のシーンが追加され、その分、ロイの家族ドラマ部分が細かくカットされて短くなっている。
今回上映のディレクターズカット版は、宇宙船内部のシーンがなくなり、ドラマ部分が復活。
なので一部の方には、ロイが泥でデビルズタワーを作るシーンなどが増えたように見えるはず。


今、親になった目線で見ると、主人公のロイはひどい男だ
結果的に妻や子供達を捨てて宇宙船に乗り込むのだから。
しかし30歳のスピルバーグ、そして高校生だった僕には、全く違和感がなかった。
しかしのちに家庭を持ったスピルバーグは、本作のロイに対して批判的になっている。
「あのころ、僕はひどい男を主人公にしたよ」ってね。
ロイは地球を出ることになんの未練もなく、宇宙船に乗り込む前に家族を思い出したりもしない。

スピルバーグはユダヤ系だが、主人公ロイもおそらくユダヤ系で、演じるリチャード・ドレイファスももちろんユダヤ系。
ロイの家族が家で見ている映画が『十戒』だから、この『未知との遭遇』は旧約聖書の「出エジプト記」になぞらえているのは明白。
つまり、ロイは約束の地へと向かうのだ。
そう思えば、この映画がSFでありながら、クライマックスが宗教的な至福感のようでもあるのも納得できる。
この時代のアメリカは、様々なオカルトを含む神秘主義思想が流行っていた。
キリストは宇宙人だったとか、UFOは物理的な物体ではなくエネルギーだとか、ピラミッドパワーや滝のエネギーとか、ユリ・ゲラーとか、横尾忠則も全盛期。
映画のラストは、物語としては破綻している。
選ばれたものが宇宙に行って終わり。

だからどうしただが、それでも皆納得していたのは、カタルシスが得られるからだろう。

ひどいことが世界各地で起きていたにせよ、ある意味、人間は1977年の頃は楽観的だったと思う。
宇宙人は無垢な子供で、人間を導く存在として描いていた。
こんな映画は、おそらく二度とは作られないだろうなあ。
あ、若い人へ行っておくけど、CGはまだ使われていない時代の映画です(笑)。

是非、スクリーンで。

★★★★☆


by mahaera | 2019-04-13 09:34 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『レゴⓇムービー2』戦いの先に見たものは、敵はもう一つの正義だった


「レゴ・ムービー? しかも2だろ」と思う人もいるかもしれない。
そんな人はまず「1」を観てみよう。何の先入観もなしに。
ということで、この先も読まないようにと言いたいのだが、何も知らないで観るとそのSF的な展開と、ドラマの着地点に驚くはず。
『レゴⓇムービー』1は、レゴの世界で、選ばれし者が世界を救うパーツを発見し悪を倒すという、「ロード・オブ・ザ・リング」的な話かと途中まで思って見てみると、2/3ぐらいのところでそれは“あること”のメタファーというか、別次元の話であることがわかる。
神の視点が投入されるからだ。その時、思ったね。
ああ、この自分が住んでいる世界も、神から見たらこんな感じなのだと。
おっと、これ以上は書けないが、『レゴⓇムービー』のラストは、神が下した新しい決定(新約)が、レゴの世界に別の価値観を持ったデュプロが侵略するところで終わる。
そして本作はその続きから始まる。


デュプロの侵略後、レゴシティは荒廃し、人々の心はすさんでいたが、“選ばれしもの”だったエメットはただ一人いつものように超ポジティブ。
恋人のルーシーとのマイホームをユメみている。
しかし“宇宙”からやってきたものに、ルーシーや仲間のバットマンを女王の星に連れ去られてしまう。
エメットは宇宙船に乗り、女王の星へと向かう。

ストーリーはこんな感じだが、本作は一つ一つのディティールが、「何をレゴ化した」のかを考えてみると面白い。
お父さんお母さんなら、自分の子ども達の頭の中、そうじゃなくても自分が子供だった頃、何を考えて日々生きていたかを思い出すだろう。
想像力が足りない大人たちが多すぎるが、そんな大人もかつては頭の中に宇宙を創造するほどの空想力を持っていたはず。
神様がこの世を作ったなら、すべての子供たちは毎日頭の中で、世界をクリエイトしている点で神に近い。
おもちゃを動かして遊ぶのは、“神の視点”だ。
しかし、もう一人神が現れたら? 
自分が唯一の絶対神でなくなったら?

『レゴⓇムービー』『レゴⓇムービー2』のすごいところは、戦いの先に見たものは、敵は絶対悪ではなく、もう一つの正義だったということを子供にも大人にもわかるように描いてること。
子供が自分以外に最初に意識して軋轢を感じるのは、親。
これは『レゴⓇムービー』で描いた。次は兄弟姉妹だ。
親ほど絶対的ではないが親しい他者。時にはケンカもする。
それとどう折り合っていくかが『レゴⓇムービー2』のテーマだ。
特に相手が自分よりも、幼稚な存在だった場合に。

今回も、そのテーマが見えてくるのが、物語が後半に差し掛かってから。
レゴが現実世界のメタファーなら、今、私たちが生きているこの世界も、髪の頭の中だけに存在する世界なのかもしれない。そんな哲学的なことも考えてしまう作品だ。★★★


by mahaera | 2019-04-09 22:24 | 映画のはなし | Comments(0)

マハエラ的名画館『男と女の詩』1973年/フランス映画


『男と女』のクロード・ルルーシュ監督作品。

冒頭、主人公である初老の宝石強盗シモンが刑務所で見ている映画が同じルルーシュの『男と女』であることから、この邦題がついたが、原題は「La Bonne Annee(新年)」
新年の特赦で刑務所を出獄したシモンが、かつての恋人フランソワーズに会いに行く。しかしそれは警察の罠だった。
シモンは警察の追っ手を巻き、フランソワーズの家に行くが、彼女はすでに男と暮らしていた。
シモンは彼女との出会いを思い出す。


今じゃ、こんな強面の渋い人は主演にならないだろうとうリノ・ヴァンチュラ(日本なら松方弘樹か)主演。
彼が相棒(やはり老人)と南仏の小さな宝石店から宝石を強奪しようとする。
その計画を丁寧に(地味に)見せているのが、70年代映画らしい。
ヴァンチュラは宝石店を偵察するうちに、隣の骨董屋の女主人フランソワーズに一目惚れをする。
彼女に近づくために、彼女が欲しがっていたテーブルを手に入れたりと、強盗とは関係ない努力もいろいろし、その甲斐あってフランソワーズもシモンが好きになり、ついに二人は結ばれる。
しかし翌日は強盗の決行日。周到な準備をしたおかげで、うまくいくかと思って見ているが、最後の最後でシモンはあっけなく捕まってしまう(宝石を盗んだ相棒は予定通り脱出)。
シモンが犯人だと知って驚くフランソワーズ。
しかし彼女はシモンを愛しており、刑務所に通う。

出所を告げずに彼女の家に行き、男がいることを知ったシモンは、強盗の分け前を受けとり、そのまま南米へ行こうとするのだが、最後に迷ってフランソワーズに電話する。
ここからが驚きだったのだが、フランソワーズは一緒に暮らしている男をさっさと追い出し、シモンに「来て」という。
やってきたシモンの様子を見て、フランソワーズはシモンが自分が男と暮らしていたことを知っていると悟るが、「あなたを待って生きるためには仕方がない」という。
シモンはまだモヤモヤしているが、「新年おめでとう」と言って幕を閉じる。

一緒に暮らしていた男をさっさと追い出せるのとか、あなたのために仕方がないと言える女性の論理は、男には理解しにくいが、恋愛に関しては男の方がくよくよしているんだろうな。モヤモヤするが、そこは追求しないのが大人の男ヴァンチュラ。


宝石強盗のシーンは、今見てもシンプルだが逆にリアル。
高性能なコンピューター技術もないし、撃ち合いだってない。
実際にありそうなレベルの強盗だ。
そして強盗シーンと同じぐらいの割合で二人の恋話を描いており、最後はそこに落ち着くのがフランス映画。
しかも二人とも若者じゃないしね。

フランソワーズ役は、フランソワーズ・ファビアン
映画にも本人役で登場するミレイユ・マチューが主題歌を担当。
このテーマがフランシス・レイらしいいい曲で、前にも紹介した『雨の訪問者』もそうだが、少ない音数のリフレインで甘いメロディーを作っている。
日本ではヒットしなかったが、フランスでは主題歌はヒット。またアメリカで1987年にピーター・フォーク主演で『恋する泥棒』としてリメイクされているらしい(未見)。
フランシス・レイは昨年の11月に亡くなったが、いい音楽をたくさん残していたので、機会があればまた紹介したい。ということで、主題歌をここに貼っておく。


by mahaera | 2019-04-08 10:58 | 映画のはなし | Comments(0)

マハエラ的名作映画館『恐怖の報酬』『雨の訪問者』やっぱりフランス映画が好き!



まずは1953年のアンリ・ジョルジュ・クルーゾー監督の傑作『恐怖の報酬』
ベネズエラの油田で起きた火災を鎮火するために、4人の男たちがニトログリセリンをトラックで運ぶ。
映画の最初の1時間は、ベネズエラの村で行き場を失った男たちの描写が、痴話喧嘩のようにつづられ、後半の1時間はトラックによる運搬のサスペンスの2幕構成。
昨年完全版が公開されたフリードキン版も面白いが、このオリジナル版は名作の風格漂う
観るのは小学生の時から数えると7、8回目だが、今回気が付いたのは、ドラマにホモセクシャル的なものがちょっと感じられること。主演のイヴ・モンタンが格好いいのだが、彼を軸に男の嫉妬とかも描かれている。兄貴を惚れるチンピラ、それまでの友人の嫉妬とかね。
女性も出るが、男、男の嫉妬と愛憎とサスペンスだ。



もう1本。ルネ・クレマン監督の『雨の訪問者
これ、中1かな。地元北千住の名画座で、何かの併映で見た思い出が。

当時、ブロンソンは「う〜ん、マンダム!」で人気絶頂

セリフのある主な登場人物は5人くらいしかいないのだが、この時代のフランス映画らしく、じっくりと登場人物のやりとりを見せてくれる。

傑作ではないが、何度もリピートして見ている良作。

ブロンソンは、この映画にブロンソンが出ているのを忘れたくらい(25分過ぎたぐらい)に登場

画面に映った瞬間に、“ただものではない”と感じさせるオーラを放っている。いや、人によっては笑っちゃうと思うが、ラジニーカントや渥美清が登場するシーンに匹敵する。
で、この映画でお気に入りはフランシス・レイの音楽で、当時流行っていたVOXのオルガンのチープな音や、ペラペラのエレキギターもいい感じ。有名なのはシングルにもなったワルツだが、冒頭のオルガン曲とか好き。これも7、8回は見ているな。


by mahaera | 2019-04-06 09:42 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『ブラック・クランズマン』エンタメ度も高い、スパイク・リー久々の快作!


世界の各賞を受賞し、アカデミー賞でも脚色賞でも受賞したスパイク・リー、久々のヒット作。
スパイク・リーは“白人ばかりのアカデミー賞”に異議を唱えていたが、これで少しばかり溜飲を下げたろう(『ドゥ・ザ・ライト・シング』の時に受賞すべきだった)。


コロラド・スプリングスで初めて採用された黒人警官ロンは、潜入捜査を得意としていた。
ある日、ブラックパワーの集会に潜入捜査したロンは彼らの主張に共感。
逆に試しに白人至上主義団体KKKの本部に、白人になりすまして電話をすると、何も疑われなかったため、そのまま構成員になって捜査することに。
とは言っても実際に会ったらバレてしまうため、白人警官フィリップ(実はユダヤ系)を替え玉にして、二人一役の潜入捜査を続けることになる。
何度かバレそうにはなるが、潜入捜査は続けられ、ついに最高幹部であるデュークの信頼も得て、支部長にまで昇進することに。そして彼らのある計画を暴く。


本作は実話を基にしているが、黒人刑事がKKKに潜入捜査して二人一役をするという設定以外はほぼ脚色だという。
つまり原作は割と地味な捜査ものだったようだが、映画にするに際して、エンタメ的な盛り上げ、そしていつもながらのリー監督の強い主張が盛り込まれている。

実際、本作はかなりエンタメ度が高い
また、KKKを徹底的に笑いの対象とすることで、本来持つ人種差別の怖さをシリアスになりすぎない程度に調整している。
しかしそれは間口を広くためでもあり、笑ってスリルを楽しむなかで、KKKの滑稽さを笑いながら、それが今も続いていることをすんなり知ってもらうことだろう。ホワイトトラッシュのレイシストをうまく政治利用するのは、金持ちの白人だ。元からそこに住んでいる以外何も誇れない貧乏人は、体制を批判するのではなく、批判しやすい方へ向かう。それは日本でもどの国でも同じだ。その前に自分の人生立て直せよって


ロンの代わりになった白人が実はユダヤ系で(名前がジマーマンだ。KKKはアングロサクソン以外の白人を差別する)、彼がそれまで自分がユダヤ系であることを意識していなかったが、捜査を続けるうちに出自を意識するようになったくだりもうまい(一目でユダヤ系とわかるアダム・ドライバーが演じている)。
主人公であるロンも、当初は黒人でありながらブラックパワーに興味がない。演じるのは、名優デンゼル・ワシントンの息子ジョン・デヴィッド・ワシントン

日本人はぼーっと見てしまうと(チコちゃんに叱られる)ただのエンタメ作に見えてしまうが、アメリカ人にとっては笑いながらも今も身近な問題として感じるに違いない。
KKKは今も健在だし、トランプ政権になって再び人種間の緊張は高まっているからだ。「分断して統治せよ」は今も続く。
映画のラスト(最近のニュース映像)はリー監督らしく、その現実を私たちに突きつけるのだ。
★★★☆


by mahaera | 2019-04-01 11:27 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『ROMA/ローマ』本年度暫定マイベストワン! 内容、風格とも素晴らしい


今年のアカデミー賞作品賞最有力と言われながら、劇場での限定公開、そしてメインが動画配信サイトのNetflixでの公開のためで惜しくも3部門の受賞にとどまり、選考基準にも一石を投じた作品。
ただし、映画自体は文句なくすばらしく、また作品賞を取ってもいい格調であるあることは確か。
そして動画配信作品ながら、もっとも映画館の環境で見るべき作品だ。もし、見に行くか迷っている人がいたら、公開が終わる前に必ず行くべし! 
パソコンのモニターとスピーカーで見たら、映画の良さの1/10ぐらいしか伝わらないからだ。
ベネチア映画祭では最高賞の金獅子賞、アカデミー賞では外国語映画賞、監督賞、撮影賞を受賞


舞台は1970年から71年にかけての、メキシコシティのローマ・コンデンサ地区。
若い先住民の女性クレオはそこで医者のアントニオと妻のソフィアに雇われ、住み込みの家政婦として働いている。
家には夫婦の子供たちが4人、ソフィアの母のテレサも暮らしていた。
ケベックへ仕事で出かけたアントニオだが、そのまま家には帰ってこなかった。その前からソフィアとの夫婦関係はギクシャクしていたのだ。
一方、クレオは友達の恋人の紹介で、フェルミンという武術を習っている青年と付き合っていたが、ある日、彼に自分が妊娠したことを告げると、彼は戻ってこなかった。
クレオの出産予定日が近づき、テレサにつれられてベビーベッドを買いにいくクレオだが、そこで暴動に巻き込まれてしまう。。。


上映時間2時間15分、モノクロ、映画のための劇伴音楽は一切なし。そして出だしはスロースタートと、見ていて眠くなってしまう要因は多いが、最初だけ我慢して見続けて欲しい。
冒頭、床とそこに流される水が数分にわたって映し出される。耳を澄ますと流れる水の音、犬の吠える声、遠くを飛ぶ飛行機、通りの物売りの音がリアルに聞こえてくる。
カメラがパンすると、主人公である若い家政婦のクレオが映し出され、それから彼女の日常の1日の仕事が始まる。
この生活音の音響設定が見事で、まるで自分がそこにいるかのように、左右、前方から聞こえてくる。
スロースタートなのは、映画の世界に没入するようにするためだろう。
基本的には1シーンのカット割りが長い。というか、ほぼ1シーン1カットだ。
家の2階をゆっくりカメラが一周し、クレオの仕事とそこで暮らす家族を映し出す(これが劇中何度か繰り返される)。観客は間取りまで、完全に頭の中に入る。

ワイドスクリーンの画面をフルに使った画面構成は見事
クレアが家を出て町の通りを歩き、映画館に着くまでを長い横移動でほぼ1カットで見せる。
クレアがベビーベッドを買いにいくくだりでは、数百人のエキストラが動き、デモから暴動、屋内の家具店内での事件からクレアの破水までを、ほぼ1カットの流れるような移動カメラで見せる。すごい迫力だ。
このカメラワークと、自然音の演出は、クレオの出産シーンやラストの海のシーンでピークに達する

そうした映画の中でインパクトが強いシーンの合間にも、印象的なシーンが多い。
というか、ほとんどが印象的なシーンといってもいい。
フルチンで武術をクレオに見せるフェルミンの滑稽さと、その後の最低男ぶりは、誰かに語りたくなるほど。
フェリーニ映画(とくに『アマルコルド』)のような、大変なできごとを後ろの方で起きているユーモラスな絵のアンバランスが打ち消す。
たとえば深刻な状態でベンチに座り込んでアイスを食べている一家の後ろには巨大なカニの作り物(カニ道楽のような)があり、そして後ろでは結婚で喜ぶ新婚カップルが映し出されるなど、あげていけばきりがない。

さらに、メキシコにおけるメスティソと先住民との経済格差といった問題(先住民が多い地方の町はバスを降りると未舗装でドロドロだ)などが、重層的に盛り込まれている。
ただ、そうした階層の差を超えて、いつしか家政婦のクレオと雇い主のソフィアは、男に苦しめられている女性という点で心情が理解し合えるようになるのだ。

もちろんアメコミ映画などとは違い、受け身で楽しめる映画ではない
しかし集中して見れば、不穏な空気がだんだん高まっていき、緊張を持って見ることはできるだろう。
なので、いつでも視聴を止められる環境で見ることは、あまり勧められない(集中が中断すると良さは半減する)。
そして、素晴らしい立体的な音響効果を堪能するには、やはり音のいい劇場空間で。いや、本当に音が360度から聞こえてきて、びっくりした。THXならもっといいんだろうな(試してないがヘッドフォンやサラウンドシステムもアリかも)。

見る人を選ぶかもしれないが、今の所、本年度暫定ベストワンの作品だ。

★★★★☆


by mahaera | 2019-03-27 19:13 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『キャプテン・マーベル』 MCU次の展開への布石となるか


『アベンジャーズ/エンドゲーム』公開1ヶ月前、MCUの21作目で新キャラが投入。
ということは、もちろん次につながる重要なキャラであることはまちがない。
MCU映画はおそらくあまり興味のない人でも、何本か見たことがあるだろう。
第1作目の『アイアンマン』からもう10年。
そろそろ節目に来ていることは、製作陣も承知の上。
そこでファースト・フィナーレに向けて動いているのだが、それがセカンド・シーズンに向けているのも確か。


舞台は1995年の宇宙と地球。
クリー人とスクラル人の星間戦争が続く中、クリー人の特殊部隊の隊員バースは過去の記憶がなかった。
スクラル人との戦闘で囚われたバースは、記憶を少しずつ呼び起こされる。
脱出したバースは地球に転落。
スクラル人の追跡をかわしながら、シールドのエージェント、フューリーと知り合い、過去の記憶を探っていくうち、自分が地球人キャロル・ダンバーズだったことを知る。


映画の最初の20分ほどは、クリー星や宇宙人どうしの戦いが描かれる。
そのあとは、“地球に落ちてきた女”バースが、自分が誰であるかを探るミステリー要素と追っ手との戦いのアクション要素、そして一緒に旅をする若きフューリーとのバディムービー要素が絡み合う。
1995年の地球が舞台の部分は、わざと画面を白っぽく飛ばしたり、解像度を低くしているのは、当時の映画の雰囲気を狙っているからだろう。
アクションはあるが、シリアスにはさほどならず、ライトなコメディ感を出している。
なんで、キャプテン・アメリカ系のリアルアクションではなく、ゆるいものといえばゆるい。戦闘シーンとか。

高度な文明持っている宇宙人なのに、格闘技で勝負するの?とか、そんなのでスーパーパワーが身につくの?とか、まあ、いろいろつっこみはあるだろうが、MCU世界の中ではそういうもの。

名作・傑作ではないものの、お客が楽しめるように、細かい配慮がされていて飽きさせないのは、いつもながらさすが。
目が光ったり、手から光線出したり、モヒカン型の宇宙服着て宇宙を飛んだりは、10年前ならお子様以外は白けたかもしれない。
そう思うと、ギリギリ、リアルな『アイアンマン』からシリーズをスタートさせ、徐々に観客を慣らせていった。
いきなり第一弾が本作だったら、やはり子供向け映画か、MIBのようになってしまったかもしれない。
そんなわけで、ブリー・ラーソンの女を感じさせないヒロインの頑張りもあり、合格点のでき。
でも一番アガったのは、エンドクレジットの最初の追加映像。「早くエンドゲーム観たい!」ってみんななったはずだ。★★★☆


by mahaera | 2019-03-26 20:41 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『サンセット』見るものの知的レベルを問う、100年前のブダペストを描く意欲作


大傑作だが何度も見るのが辛い『サウルの息子』のネメシュ監督による新作(長編第2作目)は、第一次世界大戦前夜の1913年のオーストリア=ハンガリー帝国の都ブダペストを舞台にしている。
第一次世界大戦が始まるのはちょうどその1年後の翌1914年。
大戦が終わるとオーストリア=ハンガリー帝国は解体し、オーストリア、ハンガリー、チェコスロバキアなどの国に分裂。
しかし民族主義の台頭はまったく解決できず、第二次世界大戦への引き金の1つになる。
本作は、そうした結果を知っている現代の人々が、時計の針を戻して、1913年のブダペストに降り立つような映画だ。
ただし映画の中の人々は、1年後に戦争が始まり、国が無くなることは当然ながら知らない。
映画タイトルの『サンセット』とは、没落する大帝国の最後の姿のことだ。


では、簡単なストーリーを。
ブダペストにある高級帽子店であるレイター帽子店に、トリエステ(現在はイタリアだが、当時はオーストリア=ハンガリー帝国の一部)から、帽子店の創業者の娘イリスがやってくる。
2歳の時に両親が死に、イリスは身寄りがなく、トリエステで暮らしていた。
しかし親が作ったレイター帽子店で働きたいと、ブダペストにやってきたのだった。
しかし現在の経営者であるブリルは、なぜかイリスを追い返そうとする。
しぶとく帰らないイリスに、ブリルはイリスを雇うことにするが、次第に両親の死に人々が語ろうとしない謎があることを知る。
また、カルマンという兄がいて、失踪中であること。
彼がハンガリーの独立運動に関わっていることがわかってくる。。。


きっとアメリカ映画など最近の娯楽映画しか見ていない人の中には、謎が提示されるだけで回収しない本作に、集中力が途切れてギブアップしてしまう人もいるかもしれない。
ただし、1960-70年代の欧州系アート映画を見慣れた人なら、「あの雰囲気ね」と感じるだろう
つまり「謎は出すが解釈は観客に委ねる」というスタイルだ。
だから映画を見ている間は、何も知らずにやってきた主人公のように、何が起きているのかさっぱりわからない。
集中して見ても、わかることは限られている。
そして謎が次の謎を生み、答えは見つからない。
それを強調するように、カメラはイリスにぴったりと寄り添い、彼女が見たこと以上は映し出さない
それが彼女が理解出来る世界だから。


この帽子店は上流階級がお得意先で、それはハンガリーを支配している親オーストリア派(権力側)に取り入っていることでもある。
1年後に暗殺されるオーストリア皇太子夫妻も店にやってくる。
それと対立しているのが、独立派の人々。
取り締まりやが強化され、スパイが暗躍し、街には不穏な空気が流れている。
イリスは兄がいることを知り、次に兄が両親の死に関わっていたことを知る。
どうやら両親は権力側、兄は独立側で対立があったらしい。
謎めいた人物が次から次へと登場し、イリスに「帰れ」「関わるな」と忠告したり、「カルマンの妹ならこっちへこい」などと連れ回す。
そして目の前で人が死んでいく。
どちら側が正しいかはわからない。
ただし、旧体制がサンセットを迎えていることは確かだ。

主人公イリスの目は終始大きく見開かれている。
そしてラスト、過去から現在の私たちへその眼差しは向けられる

受け身で映画を見ることに慣れてしまっている人は脱落するかもしれない。
歴史的背景も難しいかもしれない。
とはいえ非常に作家系が高いネメシュ監督の作風に、知的好奇心を呼び起こされる人もいるだろう。
そういった意味で、見る人を選ぶ作品だろう。

★★★☆


by mahaera | 2019-03-25 12:25 | 映画のはなし | Comments(0)