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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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最新映画レビュー『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』 ドラマ部分が見ていて辛い。感情移入できずに終了


この映画の感想を書こうと思っていたのが、見たのが旅行出発前日だったので、書く時間なかった。
さて、「GOZILLAゴジラ」「キングコング髑髏島の巨神」に続く、モンスターバース第3弾。
今回は念願の大怪獣バトルが見られるとあって期待大だったが。。。なんだか、ダメな点が多すぎて、乗り切れない。

多くの人が指摘していることだが、脚本がひどい。
大人の鑑賞にはかなり目をつぶらないと厳しい。
その一方で、ゴジラ映画ファンに対する目くばせは異常なほど高く、過去作品の引用やオマージュがかなり入っている。

現実の世界に巨大怪獣が出てくるというパニック描写は、前作でやったので、今回はあくまで怪獣バトルを見せるための作り。
しかしそこに家族問題を入れて、人間の視点を子供にしたのは、お子様サービスか。
これがうまく機能していない。
それと、世界各地で怪獣が出現するというスケール感も、意外に出ていない。
というのも、登場人物たちがすぐに次の場面に移動してしまうので(時間経過が映画を見ていてさっぱりわからなかった)、これは脚本の失敗か。
なんで、この映画が1日の出来事にしか見えなくなってしまう(実際には何日かにわたる話なのだろうが)。

ドラマはひどい。で、怪獣バトルはどうかというと、もちろんいいところもあるのだが、都合3回あるゴジラとギドラの戦いが南極の吹雪の中、暗い海上、雲が立ち込める悪天候のボストンと、みなモヤっとした天気の中。
なんで、同じように見えてしまう。一つは晴れた昼間にするとか、変化をつけて欲しかった。

あと、チャン・ツィイー演じる博士が双子(モスラの小美人オマージュ)だなんて、よくわかなかったよ。写真だけでなく、せめて二人が会話するとか、同じ場面に出してくれ。映画終わって解説読んで、理解した次第。

「怪獣たちが古代文明の守護神」というのは、ゴジラというより平成ガメラで、その辺りもしっかり取り込んである。実際、前作「GOZILLAゴジラ」は、世界観は平成ガメラの方が近かったし。元は多分、クトゥルー神話なんだろうが。
ということで、期待値を大きく下回ったので★さ


by mahaera | 2019-06-15 14:34 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『クリムト エゴン・シーレとウィーン黄金時代』クリムト少な! シーレの方が多い、ウィーンの芸術運動全般のドキュメンタリー

2018年/イタリア
監督:ミシェル・マリー
日本語ナレーション:柄本佑
出演:ロレンツォ・リケルミー、リリー・コール
配給:彩プロ
公開:6月8日よりシネスイッチ銀座ほかにて

先日、クリムト展を見たばかりだが、続いてクリムトやシーレを擁した世紀末ウィーンのアート運動全般を描いたドキュメンタリーが公開される。
昨日、東京都美術館で試写だったので行ってみた。

タイトルに反して、クリムトの出番はそんなに多くはなく、取り上げ方的にはシーレの方が多い。
そして画家だけでなく、映画はマーラーやフロイトなど、世紀末から第一次世界大戦までのウィーンの芸術運動を俯瞰で捉えているので、新書を一冊読んだぐらいの満足感。
映画というより、教養番組のようだ。

これから僕は初めてウィーンに行くので、映し出される美術館や建築物、カフェは見ていていい予習になった。
しかし、一時的に盛んになったウィーンの芸術も、ハプスブルグ家の崩壊とともに消える。いや、止めを刺したのは、芸術のパトロンだったユダヤ資本家たちを収容所に送り、退廃芸術としたナチズムか。
ナチ以降のウィーンでは、アートがしぼんだのも、芸術学校の試験に落ちた狂った伍長の仕業と思うと、その因果関係は残酷だ。
アドルフが画家になっていれば、その後の世界も変わっていたろう。

by mahaera | 2019-06-07 05:40 | 映画のはなし | Comments(0)

旧作映画レビュー『ゴッドファーザー』午前十時の映画祭にて 後継教育は辛いよ


何度見たかわからない『ゴッドファーザー』だが、劇場で見たことはあったけ?と思いつつ、午前十時の映画祭ファイナル上映の劇場へ。
皆さんも機会があったら、ぜひ最後のスクリーン上映かもしれないこの機会に。

映画ファンでこの映画を見ていないってことはないと思うので、ストーリーは書かないが、ギャング映画の形を借りた家族映画であり、ファミリービジネスの後継者問題は難しいという映画。
コッポラはマフィアに全く興味がなかったが、家族を描くというテーマに惹かれたという。
DVDに入っているコッポラの音声解説は、いかにしてスタジオと戦いながらこの映画を作ったかの、グチが3時間(笑)。

マーロン・ブランドのヴィトーはもちろん素晴らしいが、この映画で一躍スターになったのはほとんど無名だったアル・パチーノだ。
スタジオはロバート・レッドフォードを推したらしいが、それでは別な映画になってしまう。

何度見ても素晴らしいのは、ゴードン・ウィリスによる撮影だ。
上からのライトで目の下真っ黒に潰してしまう画面と琥珀色の色調は、古典絵画のようだ。
スタジオは大作を手掛けるのは初めてというコッポラを心配して、技術スタッフはベテランをそろえたという。

意外にも、コッポラのファーストカットは125分。
長くなったのはスタジオの要請で(普通は逆だ)最終的に175分に。
おかげで、この映画のテンポが決まった。
特に最初の結婚式のシーンは、短かったらこの映画の雰囲気は出ないだろう。

昔は、実際の主人公であるマイケルに共感したが、今見ると父であるヴィトーに共感する。
自分が創り上げたものを、自分の子供に伝えることの難しさ。
ヴィトーには4人の子供がいるが、一番優秀なマイケルにだけは家業は継がせたくなかった。
その苦渋の選択が、この映画の肝。次のPART IIだと、今度は、二代目社長は辛いよという話になる。
★★★★★

by mahaera | 2019-06-04 14:28 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『パドマーワト 女神の誕生』インド史上の美女をめぐる、闘いを描く歴史大作



2018年/インド
監督:サンジャイ・リーラー・バンサーリー(『ミモラ 心のままに』)
出演:ディーピカー・パードゥコーン(『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』)、ランヴィール・シン、シャーヒド・カプール
配給:SPACEBOX
公開:6月7日より新宿ピカデリー、ユナイテッドシネマほか全国で公開
公式HP:http://padmaavat.jp/


●ストーリー
13世紀末、ラージャスターンのラージプト族のひとつメーワールの王ラタン・シンは、シンガール王国(スリランカ)を訪れる。
その時、シンは王女パドマーワティと恋に落ち、彼女を妃に迎えることに。
その頃、北方のデリーでは、アフガニスタンからやってきたハルジー朝がデリーを都として力を伸ばしていた。
その中で若きアラーウッディーンは頭角を現していき、スルタン(皇帝)である叔父を殺し、ハルジー朝のスルタンの位を簒奪する。
モンゴル軍の侵入を防ぎ、「第二のアレクサンドロス」と呼ばれたアラーウッディーンに敵はいなかった。
そんな時、アラーウッディーンは絶世の美女パドマーワティの噂を聞き、軍をメーワールの都に向ける。

●レビュー
何年か前、ラージャスターンのチットールガル城塞へ行った。
行った人はわかると思うが、ここは平地にそびえる高さ150m、東西800m、南北2.5kmという軍艦のような形をした丘だ。
その周りを城壁が取り囲み、戦時には人々がこの中に避難して戦うという城市だった。
今では中は遺跡になっているが(世界遺産)、その中に「パドミニ・パレス」という建物がある。これは王妃パドミニ(パドマーワティ)のために建てられた宮殿で、その隣の貯水池の中に小さなキオスクがあった。
解説によると、そこはアラーウッディーンがパドマーワティを見初めた場所と書いてあった。
その時は、本作で描かれたパドマーワティの伝説は知らなかったので、今回は映画を見て「ああ、あの場所か」と感慨深いものがあった。

パドマーワティは、インドでは知らない者がいないという絶世の美女だ。
何しろ彼女を手に入れるために、時のスルタンが大軍を送ったほどなのだから。
とはいえ、それは歴史上の事実ではなく文学による創作だ。
1540年にイスラームの詩人が著した叙事詩「パドマーワト」で、1303年に起きたハルジー朝のメーワール王国への侵攻をロマンチックに脚色したものだが、それが人気を呼び人々の間で歌い継がれ、現代ではドラマや映画として上演されて、インドでは知らぬもののない状態になったのだ。

本作はその叙事詩をもとに、自由に脚色した歴史大作だ。
33億円というインド映画では最大級の制作費を使ったが、『バーフバリ』のような派手な戦闘スペクタクルシーンは意外に少ない。
それではその制作費はどこに消えたかというと、CG処理ではなく(もあるが)、豪華な宮殿のセットや主人公であるパドマーワティの衣装代だという。
実際、そちらを見せるシーンにはかなり力をかけていることは確かだ。
一着何百万もする衣装が、映画のために作られたという。

本作はインド映画の王道とも言える演出で、特に目新しいところはない。
美男美女が出会って恋に落ち、結ばれるが強敵が登場する。
キャラクターもぶれずに、映画内での成長も特にない。
いい人は最後までいい人、悪い奴は反省もしない。
歌や踊りもあり、安心して見られる。
『バーフバリ』みたいに、笑っちゃうほど破天荒でもでもない。
オーソドックスに堅実に作っているのだ。

映画ではハルジー朝の軍は二度にわたってチットール城を包囲する。
ただしその攻防戦が、力の戦いだけではなく、バカしあいで相手の心理を見抜いて逆手に取るのは面白かった。
メーワール国王は善人なのだが、その分、映画的には掘り下げにくく、また攻めてこられる側なので、ドラマはほとんどが悪役であるアラーウッディーンを中心に展開する。
なのでアラーウッディーン、出番は多いのだが、もう少し人物像を彫り込んで見たら(小さい頃にトラウマがあったとか、冷酷だが動物は異常に愛するとか)と思う。
まあ、インド映画でそれをやったら、観客が混乱してしまうかもしれないけど。

二人の男の闘いも見せ場としてあるが、やはりパドマーワティを演じるディーピカー・パードゥコーンの美しさが本作の最大の見どころだろう。
とにかく彼女が美しく見えるようにというのが、本作のキモなのだ。
ということで、ラージャスターンの宮殿と豪華な衣装、それにアクションを足して楽しめる2時間半。この映画はしばしあなたをインドに連れて行ってくれるはずだ。
★★★
(この記事は旅行人のウエブサイト「旅行人シネマ倶楽部」に寄稿したものと同じです)

by mahaera | 2019-06-02 09:38 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『アナと世界の終わり』ハイスクールはゾンビだけらけのミュージカル


「ハイスクールミュージカルとゾンビものをかけ合わせたら」というシンプルな発想で、歌って踊ってゾンビを倒すという映画ができた。

キャストはほとんど無名に近い、イギリスの低予算映画で、インディーズ臭もぷんぷん。


舞台はイギスリの田舎町。

高校生のアナは、幼い頃に母が亡くなり、高校で用務員をしている父親と二人暮らし。

クラスメイトはパッととしない連中ばかり。高校卒業後は大学に行かずに、世界を旅するバックパッカーになろうと夢見ていたアナ。しかしクリスマスの日、旅行の計画が父親にバレてしまい、大げんかしてしまう。翌朝、友人のジョンと学校へ向かうアナだったが、その前にゾンビが現れる。一晩のうちに、街はゾンビだらけになっていたのだ!


ゾンビと化した人々が襲ってくる中、主人公のアナと友人たちは街中で、学校で歌って踊りまくる。ミュージカルの基本で、歌われる内容は、彼らの内面の声。自分の悩み、相手に対する恋心だ。邦画の『桐島、部活やめるってよ』でもそうだが、高校生にとってゾンビとは、死んだように生きている大人や同級生たちのメタファーだ。そしてそれは増殖していき、次第には友人や恋人さえを日々をただ生きているゾンビ(集団)の仲間入りし、自分が孤立化していく。

もっとも本作はコメディなので、その辺りは深く掘り下げないが。しかも映画最大の悪役はゾンビではなく、校長を狙う意地悪教師であり、脅威となるが頼り甲斐もあるのはクラスのイジメっ子だ。

映画はまあ手作り感ある他愛のないものだが、音楽がなかなかよくできている。80'sポップス風のどの曲もキャッチーで、耳に残りやすい。音楽チームは、以前公開された英国製ミュージカル映画『サンシャイン/歌声が響く街』にも参加しているようで、英国ミュージカルという流れが、日本では伝わりにくいけどきちんとあるのだろう。映画は★★☆ぐらいだが、音楽がよかったので★★★


by mahaera | 2019-05-31 07:22 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『イングランド・イズ・マイン モリッシー,はじまりの物語』まだ何者にもなっていないモリッシー


2017年/イギリス

監督:マーク・ギル
出演:ジャック・ロウデン、ジェシカ・ブラウン・フィンドレイ
配給:パルコ
公開:5月31日
劇場情報:シネクイント

5月22日、モリッシーの誕生日とラジオがザ・スミスの曲を流していた。
実は、僕はザ・スミスはちょうどリアルタイムなのだが、全く印象にない。
当時のロック雑誌「ロッキンf」などで盛り上げていたので、84年の1st、85年の2ndはビニール盤で聴いていたのだが、ピンとこず、今もモリッシー人気はわからない。
映画『アントマン&ワスプ』で、モリッシーしかかからないジュークボックスの話が出てくるが、LAのメキシコ系に何故人気があるのかもわからない。
そんな状況でこの映画を見たのだが、それでもわからなかった(笑)。というのも、この映画では、一切、ザ・スミスの曲は流れないからだ。


本作は、まだモリッシーになる前のただのスティーヴンを描く。1976年、高校をドロップアウトしたスティーヴンがすることは、ライブハウスに行って観たバンドのレビューを音楽雑誌に投稿することぐらい。あとは家でゴロゴロするニートだ。
好きな音楽はニューヨークドールズなどのパンク。
この年、ピストルズがマンチェスターで行った公演に来た42人の客のうちの一人で、NMEにもモリッシーがレビューを投稿している。
余談だが、この42人の中に、ジョイ・ディヴィジョン/ニュー・オーダーを結成したイアン・カーティスやバーナード・サムナー、ピーター・フック、バズコックスのピート・シェリーやホワード・デヴォート、ミック・ハックネル(シンプリー・レッド)、トニー・ウィルソン(元ファクトリー・レーベル社長)がいたことは、伝説になっている。


さて、スティーヴンは父親が家を出て行ってしまい、苦しくなった家計を助けるために、全く興味ない税務関係の仕事をすることに。もっとも仕事に身が入らなく、空き時間にノートに発表されることのない詩を書き綴る。
そんなスティーヴンだが、女子には人気で、何かとお節介に面倒を見てくれる。
男にとっては実力ないくせに自尊心が強い面倒な奴だが、女子には磨かれざる玉のようなものか。

スティーヴンは女子に言われてバンドのメンバー募集に応募するが、いざギタリストが来ると、恥ずかしくてダッシュで逃げてしまう。
一人でいるときや女子の前ではとてつもなく自信があるのだが、同年代の男子の前では小さくなってしまう。
若い頃は、あるあるだ。
裏付けのない自信は、実績のあるものには通用しないと、自分でもわかっているからだ。

それでもバンドを組んでライブハウスデビュー。いきなりの高評価で前途洋々かと思いきや、当てにしていたギタリストが単独で引き抜かれてしまう。
それで落ち込み、部屋から出ない引きこもり生活。自分を応援してくれた女子は、才能が認められてロンドンへ。一人、置き去りにされた感。そんなスティーヴンの家に、ある日、一人のギタリストが訪ねてくる。ジョニー・マーだ。


ここからスティーヴンの人生は変わっていくのだが、映画はここまで。ひたすら、悶々とした若者の数年間を見せつけられて、じれったい
それが映画の狙いなんだが、別にモリッシーでなくてもいい、どこにでもいるような青春の悶々を描いているが、切羽詰まった感がそれほど感じられない。
スティーヴンの場合は、何かと助けてくれる人(女子)が周りにいるので、単なるわがままにしか見えない。
これ、ルックスが悪くて、女子にも助けられなかったら、どうなのかなあと見てしまった。
ということで、映画の中でパッと解放されるのは、唯一のバンドの演奏シーン。ここだけはいい。
あとは悶々とした1時間半でした。★★


by mahaera | 2019-05-27 15:37 | 映画のはなし | Comments(0)

『アベンジャーズ/エンドゲーム』を観に品川Tジョイへ

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上映している間にもう一度と、先日『アベンジャーズ/エンドゲーム』を観に、わざわざ品川へ。
初回は普通の2D(THX)で。そして今回はIMAX 3Dで。
いつもはIMAXは新宿で見るのだが、品川が評判がいいのでと行く。久しぶりの品川。

スクリーンが大きいというより、スクリーンに近いという感じのTジョイ。
新宿のTOHOでは割と前の方でIMAXを見るのだが、ここだとやや後方でも大きく見られる。
画面は新宿よりいいが、音響は新しいTOHO新宿の方が良かったかな。
しかし通常料金で見たら2700円(3Dメガネ込み)。高いなあ。

映画は二度目の方が没入でき、3時間も長くは感じなかった。
最高のファンムービーであることはまちがいなく、来ているお客さんたちも、みな号泣。
初見の時は気になったことも、二度目はわかっているので気にならず。
脚本家の人たち、本当に苦労したのだろうなあ。
多分、下手な脚本家だと、セリフで説明しようとしたら、この倍の長さになってしまう。
すべてのキャラを登場させ、主要以外はあまり喋らせないけど、見せ場を作るのはパズルのよう。
あと、やっぱり泣かせるところで、邦画だと観客が泣く前に映画の中のキャラに先に泣かせてしまうでしょ。
あれ、ダメだよね。

今回、その点は過剰にウエットにならないように、出演者の号泣アップとかなく、叫ばせたりとかもなく、非常に上品な演出。
ということで、シリーズ物としては『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』以来、10年ぶりの大満足。あの時も、しばらくロスが続いた。
by mahaera | 2019-05-25 11:24 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『マルリナの明日』5/18より公開中


インドネシアの僻地。荒野の一軒家に一人暮らすマルリナのもとに強盗団がやってくる。
強盗団の首領は、マルリナから金と家畜だけでなく、体も奪うと告げる。
その夜、マルリナは料理に毒を入れ、男たちを殺害。
首領の首をナタで切り落とす。
翌日、首を持って村の警察に向かうマルリナ。
しかし警察は動こうとしない。一方、強盗団の残党が首領の仇を討とうと、マルリナを追っていた。

日本では映画祭ぐらいでしか公開されない、珍しいインドネシア映画。それも都会を舞台にしたラブコメやアクションではなく、人も少ない辺境の島でのウエスタン風アクションだ。
ストーリーは、一人ぐらしの未亡人マルリナが強盗団に反撃するが、そのために命を狙われるというシンプルなもの。
それに臨月を控えた友人のノヴィが絡む。
出てくる人物はごくわずか。とにかく一つの画面にたくさん人が出てくる町や村のシーンはないので、どの程度の規模の村なのかわからないがわからないが、バスが走っているので、どこかには通じているのだろう。

丘上に立つ一軒家にひとり住むマルリナ。
映画が始まって部屋の中が映し出されると、部屋の中に一体のミイラ化した死体が座っているのに驚く。
これはマルリナが殺したわけではなく、彼女の夫。
この映画の舞台のスンバ島では人が死ぬとすぐに埋めず、お金がたまって盛大な葬式ができるまで、死者をミイラ化して残しておくという風習がある。
つまりその間、何年も死者は生者と一緒に暮らすことがあるのだそうだ。
また、家の外にはマルリナの子供の墓がある。
生者と死者の距離が近いのだ。

インドネシアというと緑豊かな熱帯雨林をイメージすると思う。確かに国土の多くはそうだが、舞台となるスンバ島エリアは、オーストラリアからの乾燥した風が吹くため、大地は土が露出したサバンナ気候。
世界で一番大きなトカゲが棲むコモド島などもこの海域にあるため行ったことがあるが、東南アジア的な風景からはほど遠い。本作がどこかウエスタン風なのも、こうした風景がもたらすものが多い。今でもスンバ島では強盗団が出没するという。

映画に出てくる強盗団はウエスタンと違って、そこらにいそうな冴えない男たち。
首領でさえ小柄。インドネシアやタイ、インドもそうだが、熱帯ではヤクザものも割と普通の格好をしているので、ぱっと見、わからない。

また、この映画は“強い女”の映画でもある。
強い女と言っても、アメリカのアクション映画のように、殴ったり撃ったりと肉体的に戦うわけではない。
じっと耐え忍んで抵抗せず、相手が油断した時に反撃するのだ。強盗のために食事を作らされると(定番のチキンスープ飯である「ソト・アヤム」)、その中に毒を入れて毒殺。犯されそうになると、ナタで首を切断(いつもチキンの首を切断しているので慣れている)。

中盤から物語に絡んでくるもう一人の女性、ノヴィは臨月だが夫から虐待されている。
夫はノヴィの浮気を疑い、去っていく。
物語のクライマックス、ノヴィの出産をマルリナが手伝う。
男どもの死と新たな命の誕生。
この映画の中では、男どもは全く役に立たないか、悪者かどちらかだ。目の前にある困難を克服するには、男に頼るのではなく、女同士の協力が大事なのだ。

勧善懲悪でもなく、派手なアクションシーンがあるわけではない。語り口が滑らかでもない。
しかし、この土地ならではの不思議な魅力があるのが、本作の魅力。画面に映し出された風景が、作り手たちの力量を超えて私たちに訴えてくる。そんな作品だ。
★★★


by mahaera | 2019-05-19 11:22 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『ガルヴェストン』 アメリカのノワール小説をフランス人女優が監督。独特の味わいを残す小品


解説を読むまで知らなかったのだが、「TRUE DETECTIVE」と評判のいいTVシリーズのクリエイターであるニック・ピゾラット。
その彼による小説『逃亡のガルヴェストン』も好評で(アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀新人賞候補にもなった)、本作はその映画化だ。
ガルヴェストンも知らなかったのが、実際にあるテキサス州ヒューストン郊外にある海沿いの町。主人公の思い出の町として本作に登場している。

1988年のニューオーリンズ。組織で働くロイ(ベン・フォスター)は、ボスの勧めで行った病院でレントゲンを見せられ、自分の命が短いとさとる。ボスの命で行った仕事先で、ロイは待ち伏せを食らうが反撃。女絡みのトラブルによる、ボスの裏切りだった。ロイはそこで囚われていた若い女性(エル・ファニング)を連れて逃げだす。彼女の名はロッキー。家出をして、金に困って娼婦をしていたという。ロッキーを見捨てることができないロイは、彼女と彼女の小さな妹を連れ、逃避行を続けることに。。

宣伝費もあまりかけられず、ひっそり公開されることになるノワールの小品。
組織に裏切られ、死期の近づいた犯罪者が、最後に行きずりの女と逃避行をする
主人公は癖のある顔をして悪役(『3時10分、決断のとき』など)が多いベン・フォスターなので、粗雑で暴力的、なおかつ意志が弱い男にはぴったり。
その彼が愛を注ぐのが、現在絶好調の女優エル・ファニング。美人顏ではないが、とにかく華があるというか、本作でも彼女は輝いている。

犯罪映画だが、ちよっとテイストが違うのは、監督がフランスの女優メラニー・ロラン(『イングロリアス・バスターズ』のユダヤ人女性役)だからか。アクションよりも、二人のさりげない情感を描いている。70年代のフランスのノワールもののようでもあるが、そうした作品を見慣れていない人には、かったるく感じるかもしない。
また、スカッとしない終わり方も、70年代的だが、それがちょっと味のある作品に本作を仕上げている。
★★★

by mahaera | 2019-05-18 11:13 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『アベンジャーズ エンドゲーム』公開中


もう見る人は見たと思うので、ネタバレにはならないと思う。そろそろ2回目という人もいるのでは。
十数年22作に及ぶアベンジャーズシリーズの完結編ということで、本作単体での評価は難しいが、突っ込みどころはあるもののうまくシリーズを完結させ、また次につなげたと思う。
キャラの紹介と戦いに徹していて派手だった「インフィニティウォー」に対し、本作「エンドゲーム」は大きな戦いはラストにあるぐらい。映画が始まって早々とサノスが退場し、「え?あとの2時間半はどうなるの?」と驚く。続いて「5年後」のテロップ。ここまでは展開の早さについていくのがやっとだ。

残りの前半は、残された人々の喪失感とその後の生活を追う静かなシーンが多い。愛するものや身近な人々を失ったメンバー。そこから立ち直って家族をきずく者もいれば、敗北に囚われている者もいる。そしてスコット・ラング=アントマンが量子世界から戻り、タイムトラベルの可能性を示す。

普通の映画とMCU(マーベルシネマティックユニバース)映画が違うのは、大きなテーマがありそこに向かっていくのではなく、コミックが原作なので各キャラクターにそれぞれ活動の動機があり、それの解消に向かっていくキャラクター映画ということ。

なので主人公となるキャラが、自分の宿命やトラウマを克服するのが終着点となる。今回のアベンジャーズでは、それがアイアンマン=トニー・スタークキャプテン・アメリカ=スティーブ・ロジャースの二人(他にも退場者はいるが)なのだ。とりわけ、今回はシリーズ最大の功労者アイアンマンの有終の美を飾る作品と言ってもいい。

「父親に愛されていなかった」と思って育ち、そのトラウマを父の死後も抱え、人と親密になるのが苦手だったトニー。しかし「アベンジャーズ」で人々を救うため自己犠牲を、「アイアンマン3」で苦手な子供を克服し、「ウルトロン」では世のためにしたことが失敗し、「シビルウォー」では両親の死の真相の死を知り友情が崩れ、「ホームカミング」ではピーターを息子のように感じと、10年で彼の役柄は少しずつ成長してきた。それが一本の道のように見えるのは、やはりロバート・ダウニーJRの演技力が大きく、彼の「アイアンマン」がなければ、ここまでシリーズが成功したかもと思ってしまう。ラストのセリフ「私がアイアンマンだ」も、シリーズ1作目のラストと呼応し、トニー・スタークの物語は綺麗に閉じられた。

もう一人のシリーズの功労者、スティーブ・ロジャース=キャプテンは組織に裏切られながらも、常に個人と個人の信頼を大事にしてきた。違う時代で活躍することになった彼が信じられるものは、組織や法律ではなく個人なのだ。そしてアベンジャーズシリーズを通じ、彼はアメリカの兵士から個人に戻っていく。“正義”は幻想に過ぎず、戦うのはアメリカや世界のためではなく、愛する人々のため。

個人主義からスタートしたトニーが最後に自己犠牲に変化していくのに対し、自己犠牲からスタートしたスティーブが徐々に個人の幸せを追求していくというテーマも本作で完結する。しかしそれは間違いではない。シリーズは、トニーとスティーブという対照的な二人を通じて、進んできたのだ。

「ハルクとソーの扱いが雑」という意見もわからないではないが、今回、そこまでは大きくは盛り込めなかったのだろう。今回は水島新司漫画で言えば『大甲子園』、永井豪で言えば『バイオレンスジャック』みたいなもので、最初から各作品を見ている人の方が、断然楽しめる。というか、今まで10年見てきた人へのご褒美とも言える。

ということで、しばらくアベンジャーズ・ロスが続きそうだ。採点不可能。


by mahaera | 2019-05-12 12:04 | 映画のはなし | Comments(0)