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旅行・映画ライター前原利行の徒然日記

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最新映画レビュー『ファーストマン』期待のチャゼル監督の新作。しかし出来は、、


『セッション』『ラ・ラ・ランド』と続けて“面白い”映画を送りだしたデミアン・チャゼル監督
その新作は、『ラ・ラ・ランド』でもタッグを組んだライアン・ゴズリングを主演に迎え、人類初の月への第一歩を踏み出した宇宙飛行士ニール・アームストロングを描いたものだ。IMAXカメラで撮影された月への初飛行の再現が大きな見どころだが、エンタメ大スペクタクルを期待するとなんだか違うものを見てしまった感がある。
本作はアームストロングの自伝が原作だが、もともと彼が「冷静沈着で面白みがない」と評される人物なので、映画を見ていても彼の内面はわかりにくくなっている。
感情的でないから、もちろん月着陸という大務を任させられたのだろう。
ゴズリングはそんなアームストロングを、『ブレードランナー2』のように淡々と演じている。

映画はアームストロングが幼い娘カレンを治療の甲斐なく亡くす1961年から始まる。空軍のテストパイロットだったアームストロングは、悲しみから逃れるようにNASAの宇宙飛行計画に応募。
妻と長男を連れてヒューストンに移ったアームストロングは、過酷な訓練にも耐え、仲間たちとの友情も築いていく。ジェミニ計画で宇宙初飛行をしたアームストロングだが、ドッキングの際にトラブルが起きる。
それを冷静に乗り越えたアームストロングに、次のアポロ計画での重要な任務が任される。1969年、アポロ11号の船長に任命されたアームストロングは、月へと向かった。

過去には『ライトスタッフ』や『アポロ13』、近年では『ドリーム』など、アメリカの宇宙飛行の実話の映画化は少なくないが、意外にも一番のトピックともいえる「月着陸」を正面から描いた映画はなかった。
本作はその月面第一歩を刻んだアームストロングを中心に、月着陸までの道のりを描いている。もちろんドラマチックな展開はある。数々のトラブルが起きるが、トラブルも日々の生活も淡々と綴られていく。しかし演出もあるのだろうが、出来事をどこか傍観しているように見え、盛り上がりに欠けるのだ。高揚感がないというか淡白というか。淡々とした店舗でもいいが、深い味わいもない。技術的には確かに着陸シーンとかは見応えがあるのだけどね。
ということで、個人的には響かず“期待はずれ”になってしまった。残念。

★★


by mahaera | 2019-02-19 01:59 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『 ヴィクトリア女王 最期の秘密 』 晩年の女王と彼女に仕えたインド人の知られざる物語


2017年/イギリス、アメリカ
監督:スティーヴン・フリアーズ(『クイーン』『あなたを抱きしめる日まで』)
出演:ジュディ・デンチ(『マリー・ゴールドホテルで会いましょう』『007』シリーズ)、アリ・ファザル(『きっと、うまくいく』)、エディ・イザード、マイケル・ガンボン(『ハリー・ポッター』シリーズ)
配給:ビターズエンド、パルコ
公開:125日よりBunkamura ル・シネマにて公開中

●ストーリー
1887年、ヴィクリトア女王即位50周年を迎え、記念金貨の贈呈役としてインドからイスラム教徒の若者アブドゥルがやってきた。アドブゥルをひと目で気に入ったヴィクトリアは、彼を自分の身近に置くように命じる。長生きして愛する人を失ってきたヴィクトリアだが、アブドゥルを“ムンシ(先生)として”心を許すようになり、身分を超えた友情が芽生え始める。しかしアブドゥルを寵愛するヴィクトリアに、周囲は反発する。

●レヴュー
どこまでが事実かはわからないが、近年になって発見されたアブドゥルの日記や、破棄を免れたヴィクトリアのウルドゥー語の練習帳などをもとにシャラバニ・バスが小説を書き、それを映画化したしたのが本作だ。
ヴィクトリアは18歳にして即位。以来、在位期間が63年と7ヶ月に及んだイギリスの全盛期を象徴する女王だ。
その時代、イギリスは選挙制度が進み、近代国家として確立したが、植民地支配を推し進めたという面もある。
ただしドイツなどの専制国家とは異なり、その時代のイギリスは立憲君主制が進み政策は議会が決め、イギリスは女王といえど議会の決定を追認するしかなかった。
映画を見ていると、周囲は建前的には女王を敬うが、政策などには口を出させないことがよくわかる。
当時のヨーロッパの王室とは親戚関係にあり、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世とロシア最後の皇帝ニコライ2世の妻アリックスは孫だ。

ヴィクトリアは夫アルバートを愛していたが42歳の時に死別。
その後、イギリス帝国主義を推し進めた政治家ディズレーリを偏愛したことは知られていて、彼の死のときに葬式に出たいと言ったことは有名(当時は身分的にかなわなかった)。
孤独のまま長生きしていたヴィクトリアが、晩年に出会ったのがインド人のアブドゥルだった。
本作でも描かれているように、70歳を過ぎたおばあさんが若いイケメン男子を寵愛するのは、哀れでもあり可愛らしくもある。たとえば自分の息子、いや孫に近いぐらいのアイドルに熱狂する日本のおばさんたちと変わらない。
しかし、長く生きていれば、それぐらいの楽しみがあっても何が悪いとも言える。
老人は老人らしく、何の楽しみもなく静かにしていればいいと、周囲は思うかもしれない。
でも生きがいもなく、ただ生きるのは苦痛なのだ。

それまで抜け殻のようになっていたヴィクトリアだが、インドからやってきたアブドゥルを見て一目で気に入り、自分の手元に置くように命じる。
アブドゥルはインド皇帝であるヴィクトリアの側近になるという野心もあったにちがいない(映画ではアブドゥルが本当は何を考えているのかをワザとはっきりとは描かない(善良だが、都合の悪いことは言わないというしたたかな面もある)。
抜け殻の老人から、恋する乙女に変身するヴィクトリアを演じるジュディ・デンチは本当に素晴らしく、その演技を見るだけでもこの映画をみる価値はある。
実際、本作を批判的な人でもデンチの演技だけは絶賛している。

実際のヴィクトリアは、短期で直情的、そして教養がなかったと言われている。
映画に描かれているように、息子のアルバート皇太子とは仲が悪く(若い頃から不品行で親を悩ませ、それが原因で夫が亡くなったとヴィクトリアは思っている)、アルバートも母親が長生きなのでいつまでも自分が国王になれないと思っている。
ヴィクトリアは夫の死後、ひとり噂されたお付きの者がいたが、その彼も亡くなっていた。
長生きするということは、ひたすら愛するものを失う日々が続く。
いいことばかりではないのだ。
そんなヴィクリトアにとって物怖じしないアドブゥルは大きな光だ。
同じイギリス人は本音と建前があり距離感を作るが、利害関係がなく屈託のないインド人には心許せるのだ。

恋する乙女になったヴィクトリアだが、途中アブドゥルに妻がいたことを知って怒る。
アブトゥルからしたら聞かれないことは言わなかっただけだが、まあズルい(笑)。
インドに帰れとなるが、思い直して「妻も呼びなさい」と命じる。
やがてヴィクトリアはアブドゥルにウルドゥー語を習い始める(当時のインドの宮廷語)。
大英帝国のトップが、支配下の国の言葉を学ぶというのは当時としては大問題だ。
逆にみんなが英語を覚えろという時代だから。
しかしヴィクトリアはそんなことにはおかまいなしだ。
ただ2人になれる時間が欲しかったのだろう。
ヴィクトリアのインド熱は高まり、インドの寸劇を王宮で演じたり、インドの王族の広間のダルバールホールを宮殿内に作らせたりもする(事実)。

当然ながら、周囲はアブドゥルを嫌い、ヴィクトリアを諌めるものも現れる。
「どうしゃったのだろう?」と。それが表面化するのは、ヴィクトリアがアブドゥルを叙勲しようとした時だ。また、アブドゥルが女王に言っていた家柄とは違うこと、「インド大反乱」についてアブドゥルがイスラム教徒よりの見解を伝えていたことがわかってくる。
そしてヴィクトリアに死期が迫ってくる。

本作は実際にあった話をもとにしているが、あくまでフィクションだ。
アブドゥルは実在の人物で、晩年のヴィクリアに仕えたが、スキャンダルを恐れた皇太子のエドワードが書類や手紙を全て焼却してしまったのでわからない。
残っているのは、アブドゥルの日記と、ヴィクトリアのウルドゥー語の練習帳だ(何が書いてあるかわからなかったので焼却を免れた)。
しかしどちらかといえば、ヴィクトリアの歳の方が近い自分としては、老人の生きがい、愛する人が皆死んでしまっての長生きなどを考えてしまった。
はたから見たら、「うちのばあちゃん、何やっているの」だが、当人にしてみたらそれぐらいの自由は欲しいのだと。

ヴィクトリアを演じるジュディ・デンチは、ヴィクトリアを映画で演じるのはこれが2回目になる。魅力的な若者アブドゥル役に抜擢されたのは、『きっと、うまくいく』に出演していたアリ・ファザル。途中で自殺してしまうイケメン役だ。監督は『クイーン』などのスティーヴン・フリアーズ。
映画としての出来はふつうだが、イギリス映画らしい丁寧さは落ち着く。
フリアーズ監督の手堅い演出は映画的なスケール感はないが、上質のテレビドラマを見たような感じで、実は僕は好きだ。
またデンチの演技は必見なので☆をプラス。
★★★☆
旅行人のwebサイト「旅行人シネマ倶楽部」に寄稿したものを転載しました

by mahaera | 2019-01-31 13:21 | 映画のはなし | Comments(0)

新作映画レビュー『ミスター・ガラス』いつのまにか3部作になってしまったシリーズ完結編


日本では2001年に公開されたシャマラン監督の3作目『アンブレイカブル』。その前年の『シックス・センス』の大好評を受けての公開だが、この作品は賛否両論を呼んだのを覚えている。
ブルース・ウィリス演じる主人公デビッド・ダン(ヒーローは名前と名字が同じイニシャルが多い)は、全員が死亡した列車事故からただひとり生き残った男。そこにサミュエル・L・ジャクソン扮するミスター・ガラスという男が現れ、彼こそがヒーローだと告げる。
サスペンスフルな内容で、意外なオチを期待した人は、オチの方向性が違って(そっちか!)びっくりはしたものの、なんだか変な映画を見させられたと思った人もいるだろう。
いまはアメリカエンタメ映画の主流とも言えるアメコミヒーローものだが、その誕生編を地味に魅せられている感じといったらわかるだろうか。

2016年の『スプリット』は、ジェームズ・マカヴォイが24の多重人格を持つスリラーとして公開されたが、そう思ってみた人はオチなしのオチのあとに、別なオチが用意されていて驚いた。「えーっ、その話だったか」と。悪役誕生編だ。

となると、次こそ本題となる「善玉VS悪役対決編」と期待する。それがこの『ミスター・ガラス』なので、期待しないわけはない。しかしアメリカでは興収初登場1位の大ヒットだが、日本ではかなり厳しい成績となった。そして相変わらず、賛否両論になっている。

前回逃亡した“ケビン=ザ・ビースト”の事件から数週間後、彼を追うものがいた。“アンブレイカブル”のダンだ。
ダンはザ・ビーストに監禁されている少女たちを救うが、ザ・ビースト共々警察に捕まり、精神病院に収監されていまう。
そこには長年収監されているミスター・ガラスもいた。
精神科の医師エリーは、自分が超人的な力を持つ人間だと信じ込むのは精神疾患だと3人を説得するが、納得させることができない。やがてミスター・ガラスは、ケビンからザ・ビーストの人格を呼び出して、病院から脱出しようとする。

たとえば、「アベンジャーズ」のクライマックスシーンが実際の出来事だったとして、それを引きのワンカメで音楽も効果音もなしの映像で見たら?なんてことも考えてしまうのが本作だ。
本作の英雄も悪漢も空を飛べるわけではないし、光線も出さない。人よりも強い身体能力を持っている程度。だが、常人ではない。どんな能力でも、訓練して使わなければ、本人も気づかないで終わってしまうかもしれない。それは勉強でも運動でも、特殊能力でも同じだと言わんばかりに。つまり両者とも、英雄だろうが悪漢だろうが、力は初期段階なのだ。

本作は、シャマラン流の「ヒーロー論」だ(映画の、というよりコミックの)。もしこの世の中にリアルに英雄や悪漢がいたら? それは社会の秩序を破壊するものなのか。
映画のほとんどは、地味な病院内の会話劇だが、僕は面白く観れた。
「ヒーロー映画の大アクションを期待するな」という感じは、ラストに至るまで貫かれている。
そして本作に失望した人たちは、きっとこんな結末を見たくなかったからだろう。
しかし、これは「世の中の人が違う結末を望めばそれは叶うかもしれない」というシャマランのメッセージなのかもしれないし、そのぐらいだよと言いたいのかもしれない。
ともあれ、スキッとカタルシスを感じさせてくれないのがシャマラン。ベルドリッチとかヨーロッパ映画の巨匠が作ったようなヒーロー誕生物語は、新鮮だ。

★★★☆


by mahaera | 2019-01-28 14:48 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『バジュランギおじさんと、小さな迷子』迷子の少女をパキスタンまで送り届けるヒューマンドラマ


2015年/インド
監督:カビール・カーン
出演:サルマン・カーン、カリーナ・カプール、ハルシャーリー・マルホートラ
配給:SAPCEBOX
公式ページ:bajrangi.jp/
公開:1月18日より新宿ピカデリーほかにて公開中

●ストーリー
パキスタンの山岳地帯に住む少女シャヒーダーは、幼い頃から声が出ない。そこで心配した母親がインドの聖者廟に願掛けに連れて行くが、帰国途中ではぐれてシャヒーダーはインドにひとり取り残されてしまう。そんな彼女に出会ったのは熱心なハヌマーン信者のバワン。「バカ」がつくほどの正直者の彼は、やがてシャヒーダーがパキスタン人と知って驚くが、彼女をパキスタンへ送り届けようと国境を越える。

●レビュー
『ダンガル きっとつよくなる』『バーフバリ 王の凱旋』に次ぐインド映画世界歴代興行収入第3位というヒットのヒューマンドラマ。
タイトルロールのバジュランギおじさんことバワンを演じるのは、インド映画界の大スターのサルマン・カーン。アクションもののイメージが強い彼だが、今回は多少の立ち回りはあるものの、“頭がちょっと弱いギリギリの正直者”(昔の邦画喜劇ではよくあったキャラ)を演じている。
面白いと感じたのは日本人には馴染みが薄い宗教の違いから来るギャグだ。
迷子の少女を最初は「バラモンの子」と勘違いしていた主人公。
シャヒーダーが目を離した隙にイスラム教徒の家に入り込んで肉を食べているのを見てビックリするシーン、モスクに入り込んでお祈りしようとしているのを見て「ムスリムだ」とショックを受けるというのも、日本人には異文化を感じるシーンだ。
バワンはバラモン階級らしいヒンドゥー教徒で、しかもハヌマーン信者とドラマ内では公言しているが、これがどんなタイプなのかがわからない。
シヴァとかヴィシュ信者は聞くけど。
パキスタンに住むシャヒーダー(イスラムの「殉教者」という意味)が、「ご利益あり」として母親に願掛けに連れて行かれるのが、デリーのニザーム・ウッディーン・アウリヤー廟。
ガイドブックではおなじみの場所だが、ここがパキスタンからわざわざ苦労してくるほどの場所だとは知らなかった。
厳格なイスラーム原理主義の国とは違い、インドを含む南アジアではイスラーム神秘主義(スーフィズム)による聖者信仰が盛んだ。モスクは神のために祈る場所であり、神様は個人の願いなど聞いてくれない。
しかし人々は神様にすがって何かを祈願したい。
そこでイスラーム教の場合、神様ではなく聖者にご利益を求める。有名な聖者の廟は、男ばかりのモスクと違って女性が多い。
厳粛なモスクと違い、ここでは熱狂が渦巻くことがある。
ただし、厳格なムスリムからすればそれは偶像崇拝で異端でもある。
しかしヒンドゥー寺院などみれば、聖者廟はインドの文化に受け入れやすい。
「声が出ますように」という祈りは、娯楽映画なので最後には叶えられるのだが。
また、映画には「インド人のパキスタン人観」が垣間見られ、面白い。
バワンは最初は正規のルートでパキスタン行きを申請しようとするのだが、埒があかない(役人のダメさ加減は笑いの対象)。
結局はジャイサルメールの砂漠から密入国しようとするのだが、砂漠の国境地帯にはメキシコ国境よろしくたくさんのトンネルが掘られているというのは、都市伝説かもしれないが面白かった。
密入国したインド人は、当然ながらパキスタンではスパイ容疑がかけられる。
しかし人々の善意と警察の無能ぶりにより、ふたりは何とかシャヒーダーの故郷であるカシミールへと向かう。
バレそうになっても、正直なバワンに皆心打たれて、一般人は彼を守るのだ。
舞台は砂漠地帯から一転してカシミールの山岳地帯へ。美しい風景もこの映画の見所だ。
ラストは、バワンの行動がインド、パキスタン両国の人々の心を動かす。
ヒマラヤの国境に両国の大勢の人々が押し寄せるシーンは感動的だ。
とはいえ、映画的には“古〜い邦画喜劇”的な緩さ(インドの娯楽映画)なので、映画として出来はというと、ゆるくみればいい。
一応、「両国は仲良くしましょう」という社会的メッセージはあるが、昨年の『パッドマン』ほど強くはなく、「人々の善意で何とかなる」という程度のゆるいもの。
あと、個人的には子役の演技が古すぎてイラつくときがあった。
インドではまだ、子役に定型の演技を求めるのだが、ほら、邦画で不自然な子役の演技にイラっとすることあるでしょ。あれと同じ。
インドということで、自動的に☆ひとつおまけして、★★★

by mahaera | 2019-01-26 01:08 | 映画のはなし | Comments(0)

2018年映画マイベストテンを選ぶ。第1位は『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』!

寄稿している旅行サイト「旅行人」の「旅行人シネマ倶楽部」に掲載した2018年のマイ映画ベスト10。
ここに転載しますね。詳しいレビューは、ブログのそのページにリンク貼ってあるので、そちらを読んでください。

2018年に観た映画は、スクリーン、DVD、新作・旧作含めて160本。前年の129本に比べ、ずいぶん増えた。相変わらず英米映画が多いが、小粒だが気になる第三世界の映画もある。英米の映画は大作より、中堅で作家性を感じさせるものものが気に入った。
1.アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダルクレイグ・ギレスビー監督/アメリカ
最近は実話スポーツものの良作が多いアメリカ映画だが、これは実録スポーツ版「グッド・フェローズ」ともいうべき傑作。「社会の底辺にいるダメな人間が這い上がって何が悪い」と画面のこちらを見据えながらも、今日に通じる階層社会への批判を込めたブラックコメディ。出てくるのは最低の人たちだが、上から目線の世間よりも愛おしく、もっとやれと拍手を送りたくなる。

2. カメラを止めるな(上田慎一郎監督/日本)
昨年の話題をさらった邦画で、予備知識ない前にと慌てて行ったらほぼ満席。そんなイベント感も観客の期待もあり、劇場で多幸感に包まれた作品。いや、あらを探す人もいるが、ものを作っている人はこの感じ、わかるはず。

3. ブリグズビー・ベアデイヴ・マッカリー監督/アメリカ
幼い頃に誘拐されて隔離されて育った少年が、自らのアイデンティを取り戻すために映画を作る。ユーモアと哀愁と周りの善意が自分好み。今見逃すと、見られなくなるよ!

4. スリービルボード(マーティン・マクドナー監督/アメリカ、イギリス)
『セブン・サイコパス』の監督がこんな名作を作るとは。ひとつの事件から町に起きた波紋を、いくつもの視点で描く“大人の映画”。俳優陣がいい。

5. 万引き家族是枝裕和監督/日本
社会的弱者に優しい目線を向ける映画が心に残る。なのでヤフコメみたいな“独善的な社会正義”は大嫌い。本作もそんな優しさをあなたが持っているかという、心の踏み絵になる作品かもしれない。

6. バトル・オブ・ザ・セクシーズ(ジョナサン・デイトン&ヴァレー・ハリス監督/アメリカ)
空き時間に入った映画館で見て得した気分。これもアメリカのスポーツ実話だが、ユーモアを交えながら社会批判をさらり。

7. パティ・ケイク$ジェレミー・ジャスパー監督/アメリカ
ニュージャージーのこれまた底辺に暮らす主人公が、ラップでそこから抜け出ることを目指す。荒削りといえば荒いが、それでなくては生まれないインディーズの力強さ。インド人がラップすると、英語なのにヒンディーポップみたくなるのも面白い。とにかくダメな顔ばかり映し出されるが、それも人生。

8. ミッションインポッシブル/フォールアウトクリストファー・マッカリー監督/アメリカ
正直、話はアクションを成立させるための方便で崩壊している。しかし自ら体を張り、やらなくていいアクションをするトム・クルーズの姿には感動すら覚えた。

9. 恐怖の報酬 オリジナル全長版(ウィリアム・フリードキン監督/アメリカ)
昔の劇場公開の時は大した印象も無かった作品だが、こうして30分近く長い全長版を見ると、こんなに面白かったのかと驚く。そして公開時の世界情勢を思い出した。

10. 判決、ふたつの希望ジアド・ドゥエイリ監督/レバノン、フランス
最後には旅シネらしい作品を。プライベートなイザコザが社会に波紋を呼んでいく。他者を憎むことで自分の境遇を忘れる人は、日本でもありがち。憎しみの連鎖は時間の浪費。

上位5以内は不動の5本だが、610位に入れていい力作は以下の通り。『女は二度決断する』『ダンガルきっと強くなる』、『犬ケ島』、『祈り』、『ボヘミアン・ラプソディ』。
by mahaera | 2019-01-23 15:48 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『ヘレディタリー/継承』 よくできたオカルトホラー。後味悪くてバンザイ!


都心では11月30日から公開していたが、なぜか海老名イオンシネマでは先週末から一週間限定公開。という訳で、一部で評判になった話題のホラー映画をようやく見る。
こうした映画は前知識なく見るのが一番いいのだが、簡単にストーリーを。主人公は、街から少し離れた一軒家に住むグラハム一家の中心ミニチュアアーティストのアニー。同居していたその母エレンが死んだ。アニーには夫と息子ピーターと娘チャーリーの家族がいる。エレンは秘密主義で、葬式にはアニーの知らないエレンの知り合いも多数来ていた。しかしそれをきっかけに家族には不思議な出来事が起こり始める。。。。
まだ序盤20分ぐらいのところだが、それ以上は書けません。そのあと、ある悲劇が一家を襲うのだが、その事件が見ていてひえーっとなって、あまりのショックで当事者も〇〇となって、が割と物語が始まって1/3ぐらいのところで起きる。そこからは、もうオカルトもあるが、家族の辛〜い感じになっていく。この辺り、演技力のある俳優と演出力でぐいぐいと持っていく。心理サスペンス的にうまい。
で、実はってそのあとは、エクソシストやオーメン的世界に入っていくのだが、オカルトの範疇に入っていくとちょい冷めしてしまった。いや、怖いんだけどね。やっぱり一番怖いのは、人間ではないかと。しかしかなり良くできた、上品なホラーだと思う。昨年は「クワイエット・プレイス」も、ちゃんとした俳優と演出でやれば上質なホラーがきちんとできるという感じだったし。劇場、緊張で本当にしーんとしてた。そしてとにかく、トニ・コレットの表情が怖すぎ。★★★☆
by mahaera | 2019-01-21 19:26 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『クリード 炎の宿敵』公開中 新ロッキーシリーズの第2弾


『クリード チャンプを継ぐ男』の続編で、ロッキーを受け継ぐシリーズ。
かつての親友アポロの息子アドニス・クリードを主人公にしたシリーズだが、ロッキーの子供世代の話として受け継がれているのは、第1作がほぼ同じ頃(1年違い)に始まり、今も続く「スターウォーズ」シリーズに似ている。
そのころ、少年だった人々は、
もう20代の息子や娘を抱え、孫もそろそろという感じだ。
なので、本作でもアポロの息子に子供ができ(アポロの孫)、ロッキーにも孫がいても馴染む。

前作で親子のような関係を結んだロッキーとアドニス。
本作は「ロッキー2」の流れを汲み、アドニスが真のチャンプになる姿と、アドニスに子供ができるという姿を描く。
しかし本作でシリーズファンが期待するのは、因縁の対決だ。
「ロッキー4炎の友情」で、アポロをリング上で
死に追いやったソ連(当時)のボクサー、ドラコ。
今回はドラコの息子もボクサーになっており、
アドニスに闘いを挑む。
アドニスにとっては父を殺した男の息子という、因縁がある。
そしてドラコはロッキーに負けた事により国家の英雄ではなくなり、妻にも去られて辛い人生を送ってきた。
彼はその怒りを息子のヴィクターに注ぎ、
ハングリーなボクサーに仕立て上げていた。
過去がそれぞれの息子世代に受け継がれていくという、
ドラマチックな展開だ。

と、プロットを見ると、嫌が応にも盛り上がる展開なのだが、映画としてはわりと普通の出来になってしまった。
脚本はいいと思うし、物語の解決の仕方も予想外だが後から考えるとそれ以外しかないと思えるほど、綺麗な着地点だ。
盛り上がるところは盛り上がる。
しかし、ダレるところもままあり、それが映画全体の高揚感にストップをかけているのかもしれない。そこが残念。

ドラコも前作の4に比べると、きちんと“弱さ”といった人間臭さが描かれており、キャラの彫りも深いのだが、息子のヴィクターのほうは、もっと掘り下げが欲しかったかな。
というよりドラコ親子がもっと見たかった。
ドラコはこの試合を通して、息子との絆を取り戻すことができる。そしてロッキーもそうだ。
前作『クリード チャンプを継ぐ男』にはロッキーの息子は登場しなかったが、それは「ロッキー5」でロッキーの息子役もしたスタローンの実の息子が、2012年に亡くなっていた事も関係するのかもしれない。
★★★


by mahaera | 2019-01-16 21:42 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『蜘蛛の巣を払う女』 キャスト、スタッフを一新したシリーズ最新作だが、、


ダニエル・クレイグとルーニ・マーラの共演で2011年に映画化されたデビッド・フィンチャー監督の『ドラゴン・タトゥーの女』の続編だが、原作の2部、3部は飛ばして、作者のクレイグ・ラーソン死後に他の作家によって書かれた4部を映画化したのが本作。
この8年間に何があったかわからないが、3部作映画化の話はなくなり(ダニエル・クレイグは3部作に出る契約をしていた)、前作のキャストは誰も出演しない別映画になってしまった。
原作は未読だが、映画のテイストは大きくアクション映画寄りに変更されている。
たとえていうなら、リスベットのキャラは、トム・クルーズが演じそうな主人公のようだ。
その分、雑誌「ミレニアム」編集長のミカエルの役割はかなり縮小している(単なる脇役)。

天才ハッカーのリスベットが依頼された仕事は、世界の防衛システムにアクセスできるプログラムを持ち出した科学者からだった。
不正使用される前にそれを取り戻して破棄したいというのだ。
データを盗み出したリスベットだが、何者かに襲われデータは盗まれ、科学者も殺されてしまう。
その裏には、生き別れになった妹カミラの組織がかかわっていた。。
007のようなストーリーだが、原作者が亡くなっているため、新たに諸事情で書き下ろされた新シリーズは派手になっているのだろう。
リスベットと悪者が取り合うのは、重要なものであれば何でもよく、映画の技法でいう「マクガフィン」だ。
ある意味、前作「ドラゴン・タトゥーの女」が、話が2系統に分かれていてわかりにくく、映画向きではなかったのを、マクガフィンのと奪い合いという直線的にし、アクション重視にしたのは映画的には見せ場を作りやすい。
しかし、そのために、「別にこれ、ドラゴンタトゥーの女でなくても」と感じてしまうのも仕方がない。
リスベット役のクレア・フォイはがんばってはいるものの、リスベットのある種の不気味さはなくなっている。つまらなくはないが、新鮮味の薄い出来に。

★★☆


by mahaera | 2019-01-12 10:47 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『ホイットニー~オールウェイズ・ラヴ・ユー~』見てて辛いが力作ドキュメンタリー


かつて一世を風靡したといってもいい歌手、ホイットニー・ヒューストン。しかし多くの人にとっては、いつのまにか名前を聞かなくなり、そして亡くなっていたと、彼女の後半生についてはほとんど何も知らない。
このドキュメンタリーは、彼女の生涯を追うが、とくに印象に残ったのはピークから転げ落ちていく彼女の姿だ。
昨日紹介した『アリー/スター誕生』にも通じるが、
本作ではホイットニーがキャリアのピークを飾った1992年の映画『ボディガード』出演あたりを折り返し地点とし、
後半の転落人生を冷静に見つめている。

歌手である母シシー・ヒューストン
従姉妹であるディオンヌ・ワーウィック
名付け親はダーレン・ラヴというニュージャージーの音楽一家のもと、1963年に生まれたホイットニーは、幼い頃から夢は歌手になることだった。
モデルやバックコーラスを得て、
1983年にアリスタレコードの創業者クライブ・ディヴィスの目に止まり、1985年に満を持してデビュー。
シングルが7曲続けてチャート首位になり、ビートルズの6曲という記録を抜く。
日本でも洋楽アルバムチャート11週連続1位を記録
1991年のスーパーボウルでのアメリカ国家斉唱は、
未だ語り継がれるものになった。
1992年には主演映画『ボディガード』が公開され、
サントラ盤は世界で4200万枚を売り、
日本でも洋楽史上最高の280万枚が売れた。
そして主題歌「オールウェイズ・ラヴ・ユー」は全米で14週連続1位という偉業を成し遂げた。
同年、歌手のボビー・ブラウンと結婚。
翌年、娘を出産する。ここが彼女の人生のピークだ。

もし恋愛映画なら、ふたりが出会い、結婚するまでを描くだろう。みんなが見たいのはそこまでだ。
しかし実際にはそのあとにはるかに長い山あり谷ありの人生が待っている。
ホイットニーが亡くなったは2012年。
ピークから20年も彼女の人生は続いていたが、たいていの人はデビューからピークまでの7年しか覚えていないだろう。

成功した彼女だが、その裏ではドラッグ依存が続いていた。
なぜ、彼女は自滅して行ったのか。
このドキュメンタリーでは、その姿を多くのインタビューやホームビデオを通じて描いていく。
彼女の転落人生は、前に見たエイミー・ワインハウスのドキュメンタリー『エイミー』とほとんど同じだ。
金と名声に群がる家族や友人たち。
身近なスタッフは、ホイットニーの家族である以外、
なんの能力もない人たち
だ。
兄や弟たちはそれを十分に生かし、
ホイットニーをドラッグ漬けにしていく。
そして母と離婚した父親が、ホイットニーの行動を管理していく。
幼い頃に母の浮気が原因で両親が離婚したホイットニーは、
父を愛していた。
しかし父親はホイットニーを利用し、多くの金を引き出すのが目的で、解雇されるとホイットニーを告訴している。

そして、妻の名声に嫉妬する夫
結婚当初はスーパースター同士の結婚だったが、
落ち目のボビーはDVも含め何かとホイットニーに辛く当たる。

かといってホイットニーも単なる可憐な女性ではない。
仕事がないときはカウチで寝たきりで、ほとんど育児放棄。
男関係、女関係もある。
かと思うとツアーやパーティーに小さな娘を連れ回し、
小学生ぐらいの年齢なのに娘はドラッグを覚え
高校生の時には自殺未遂をしてしまう。

もちろん彼女のためを思っているスタッフもいたが、
そんな人たちは物言える重要なポジションにはいない。
最終的に彼女の周りに残るのは、イエスマンか、
彼女の金が目当てのものばかり
だ。
最後に明かされる幼少期に受けた性的虐待も痛々しい。
そのせいで自分の性的な立ち位置を見失ったこともあるし、
ふつうの家族を知らずに育ったため、いい家庭を築けなかったのかもしれない。
本作はデビューからピークまではものすごくあっさりしており、ホイットニーの代表曲を聞きたいという人はアテが外れるだろう。
そして映画の約半分を占める、約20年のホイットニーの転落人生に疲れることだろう。

最後はほぼ一文無しになり、体型も崩れ、
声も出なくなり、ヤジが飛び交うステージをこなし、
ドラッグによる心臓発作で浴槽の中で溺死したホイットニー。
しかし、すばらしい時代もあっただけに、
成功とは、幸せとはなどと、いろいろ考えてしまう作品だ。

2012年、ホイットニーは48歳で亡くなる。
大ヒット中の『ボヘミアン・ラプソディ』との関連でいうと、ライブエイドのころはデビューアルバムが大ヒットし、
フレディが亡くなった翌年にキャリアのピークを迎えている。
ということで、『ボヘミアン・ラプソディ』のようなカタルシスを期待している方は、本作はやめといたほうがいい。『エイミー』が響いた方はOK。でも力作。

★★★☆


by mahaera | 2019-01-05 11:58 | 映画のはなし | Comments(0)

最新映画レビュー『アリー/スター誕生』たぶんみんなが見たいサクセスストーリーではないだろうが


映画『ボヘミアン・ラプソディ』の割りを食ってか、
日本では予想外の不振となった感のある、
「スター誕生」の4度目の映画化。
今回は前回のバーブラ・ストレイサンド版を踏襲して、
音楽業界を舞台にしており、
基本的になストーリーもほぼ同じ。
ただしキャラクター設定は変わっている。
以下ストーリーを簡単に。

カントリー・ロックのスター、ジャクソンは
人知れず聴力が落ちる病気にかかっていた。
久しぶりに立ち寄った馴染みのライブバーで、
歌うアリーを見たジャクソンは彼女に心惹かれる。
かつて歌手を目指していたアリーだが、
いまはその夢も破れ、バイトで食いつないでいた。
彼女に才能を見たジャクソンは、アリーをステージに誘う。
やがてアリーは世間にも認められ、マネジャーもつき、
ソロデビューし、成功への階段を駆け上がっていく。
ふたりは結婚するが、ジャクソンのアルコール依存は進行していった・・。

旧作を見ていない人は、予告編やタイトルから想像して、
レディー・ガガ演じるアリーの成功物語と思うたろうが、
そう見るとアテが外れるだろう。
これは女性の成功と対照的に凋落していく男の物語でもある。
例えて言うなら、ライブエイドのステージを映画の中盤に持ってきた『ボヘミアン・ラプソディ』のようなもの。
だからその後に、死に至る下降の物語が続く。
なので最も高揚感があるのは、中盤でアリーがジャクソンのステージに呼ばれて主題歌「Shallow」を歌うところだ。
ここが感動具合で言うならピーク。
そこまでは観客は成功への階段を上る、
アリーの気持ちに同化しているので、
このシーンが感動的なのだ。
しかし、そこから先は映画の力点は、アリーではなく
アルコール依存に陥っていくジャクソンの方に移っていく
(映画内では均等に描いていくが、アリーは成功してしまっているので、それ以上のエモーションはない)。
なので映画の終着点は、予想がつくだろう。

監督・主演のブラッドリー・クーパーは、
本作をふたりの物語として描くことに徹底し、
ライブ演奏シーンにありがちな観客目線のアングルを排除しているのが特長だ。カメラはステージの上をただよう。

問題は、観客はレディー・ガガが演じているので、
最初からアリーの歌がうまいことに何の疑問も抱かない。
つまり歌手として、最初から成長しないので
そこがドラマッチックにならない。
あとはジャクソンと一緒にステージに上がっているときは、
よくあるロックだが、ソロになるとダンサンブルな今のガガと変わらない音楽になるのも違和感。

結論としては、後半に行くに従って高揚感はなくなっていくので、どうしても、長く感じたり、だるく感じたりするだろう。
とはいえ、それしか作りようがないのもわかる。
スターが誕生すれば、どこかで他のスターが消滅するのだ。

★★★


by mahaera | 2019-01-04 00:26 | 映画のはなし | Comments(0)